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俺が魔王で、勇者が……ヒメナ!?  作者: かんな月
ルニガッセ編ーー1日目ーー
18/41

出会いは突然に、ソル&リリィ兄妹

ヒメナ「イサ。顔色がよくありませんケド、どうかしたんデスか?」

イサ「……どうにかして、出会いを回避する方法はないのか?」

ヒメナ「無茶言わないでクダサイ」

イサ「それならせめて、妹のほうだけでもっ!」

ヒメナ「…………知り合いなんデスか?」

 大門から一歩ルニガッセに足を踏み入れると、そこはまるで別世界だった。

 ルニガッセの中は、色とりどりの露店が所狭しと並び、それに群がる人々の活気や喧騒で溢れている。

 目立たないようフード付きマントを身に付け、フードを目深に被っている俺にとって、この人いきれは辛い。

 しかしヒメナは目の前に広がる光景に目を輝かせている。


「すごい人出デスねェ。それにお店もいっぱい出てマス。あっ、あそこで揚げパン売ってますヨ!」


 興奮したヒメナがそう言って、俺のマントを引っ張る。


「わかったから、マントを引っ張るな」


 ヒメナの手からマントを引き抜き、そのまま人の流れにそって歩き出す。


「いいか、ヒメナ。この人手だと、一度はぐれたら最後だ。絶対に俺から離れるなよ?」


 そう言って傍らに目をやるが、そこにヒメナの姿はなかった。


「ヒメナ!? どこへ行った?」


 ぐるりと周囲を見回したが、やはりいない。


「言っているそばから……。ヒメナ! 返事をしろ!!」

「ハイ。なんデスか?」


 反射的に声がしたほうへ顔を向ける。


「ヒメナ! いったいどこに――いや、いい。わかった」


 ひょっこりと現れたヒメナの両手には、紙に包まれ、まだ湯気が立っている揚げパンがひとつずつ握られていた。


「ホラ。今日は昼食まだでお腹空いてマスし、そんな時に揚げパンの美味しそうな匂いがしたら、これはもう買うしかないじゃあないデスか!?」


 ヒメナが揚げパンを握りしめ、力説する。

 そしてにっこり笑って、俺に揚げパンをひとつ差し出した。


「イサもお腹空いてるんじゃあないデスか? これ、食べてクダサイ」

「……金なら払わんぞ?」


 ヒメナが親切面している時は、絶対に何か企んでいる時だ。

 特に食べ物に関しては、食い意地のはったヒメナがなんの見返りもなくタダで他人にやるわけがない。

 そう考えて、先手を打ったつもりだったが、俺の返事を聞いたヒメナは心外だとでも言うように顔をしかめて、口を尖らす。


「お金なんて取りませんヨ。ヒメナさんの奢りデス」

「…………毒でも入っているんじゃないだろうな?」

「失礼な! ヒメナさんのことなんだと思ってるんデスか!?」


 ヒメナが頬を膨らませ、拗ねたような口調で言葉を続ける。


「ヒメナさんはただ、お礼のつもりで買って来ただけデスよ。……もちろん、これだけで済ませるつもりはありませんケド、イサに字を教えてもらって、ヒメナさん本当に嬉しかったんデス。だから……」


 ヒメナがまっすぐ俺を見て、笑顔で再度揚げパンを差し出す。


「どうぞ。ヒメナさんの気持ちデス」


 そこまで言われると、揚げパンを受け取らないわけにはいかない。

 むしろ、ヒメナの厚意を邪推した自分のことが恥ずかしくなる。


「まあ、そういうことなら……」


 ばつが悪く言葉を濁すと、ヒメナの手から揚げパンを受け取る。

 揚げパンは温かく、香ばしい匂いが食欲をそそる。

 だが、問題がひとつ。


 ――これ、どうやって食べるんだ?


 仮にもパンなのだから、手でちぎって食べればいいのか?

 でもそうすると、油で汚れた指はどうすればいいんだ?

 そこまで考えて、揚げパンを凝視していた視線をヒメナへと向ける。

 ヒメナは見られていることには気づかず、元気に「いただきます」と言うと、満面の笑みで揚げパンにかぶりついた。


「はぅ~ん。おいひぃデス」


 口に物が入った状態で、ヒメナが恍惚(こうこつ)の表情を浮かべる。

 俺が呆気にとられていると、ヒメナが口の中の物をゴクンと飲み込んでから話しかけてきた。


「イサ。食べないんデスか?」

「いや、その……」

「もしかして揚げパン、嫌いでしたか?」

「そんなことはない。ただ、人前で大口を開けて、かぶりつくのは抵抗があるというか……」


 俺がそう言うと、ヒメナはきょとんとした顔をする。


「何言ってるんデスか? 買い食いする時は丸かじりが常識ですヨ」


 ……そういうものなのだろうか?

 しかし言われて見ると、屋台で買ったと思われる食べ物を手にしている人々は皆そのままかぶりついている。


「まァ、騙されたと思ってかぶりついてみて下さいヨ。美味しいですカラ」


 ヒメナに言われて、おそるおそる揚げパンに口を近づける。

 そして一口。


「……美味い」


 思わず口から漏れるほど、この揚げパンは美味しかった。


「でしょう? さァ、どんどん食べてクダサイ。――あっ、あっちにはホットドッグが売ってマスよ! あとで買いに行きまショウ」


 そう言うとヒメナは嬉しそうに、食べかけの揚げパンにかぶりついた。

 それからヒメナは宣言通りホットドッグを買い、その後も次々と食べ物を買い漁っていった。


「ふぅ~。美味しかったデス」


 人混みと歩き疲れのため広場のベンチで2人並んで休んでいると、俺の隣りでヒメナが大きく膨らんだお腹を撫でながら独り言を呟く。


「今ならお腹がはち切れて死んでも、悔いはアリマセン」


 俺なら、死因が食べ過ぎによる腹膜破裂なんて恥ずかし過ぎて死ぬに死ねないがな。

 そんなことを思いながら、幸せそうなヒメナの顔を見て、目を細める。

 思えばヒメナと出会ってからは、色々なことがあったな。

 肉体労働で汗水たらしたり、食材に感謝したり、魔物に追われて木に登ったり、人混みで揉みくちゃにされたり、揚げパンにかぶりついたり。

 きっと城に引きこもったままだったら、一生経験しなかっただろう。


 この国のことは何でも知っているつもりだった。

 けれど、書面や翼竜で空から見るだけだったら、俺は人混みの熱気の不快さも、そこを出た時の風の気持ちよさも知らないままだったのだろうな。

 そして、そこで生きる人達のことさえも。


 じーっとヒメナの顔を眺めていたら、視線に気づいたらしいヒメナと目が合った。


「……なんデスか?」

「いや。その……これからどうするんだ?」


 ヒメナに見ていたことを気づかれ、やや動揺しながらも、なんとか話を繋げた。


「どうするって何をデスか?」

「それは……ほら、この人出だろう?このぶんだとルニガッセの宿屋は満室だろうし、どうしようかと」


 苦し紛れにしては、なかなか上手く話をまとめられたのではないだろうかと自画自賛しながら会話を続ける。


「今からルニガッセを出て、別の町に行くか?」

「イヤです! せっかく祭りの時に来たんですカラ、一日くらい祭りを満喫したいデス!! それに今から徒歩で行ける範囲にある村や町の宿屋なんて、どこもいっぱいに決まってますヨ」


 珍しくヒメナが駄々をこねるが、たしかにヒメナの言うことにも一理ある。


「それなら今夜は街中で野宿ということになりそうだな」

「え!? この様子だと夜も人通りが多そうデスよ。さすがのヒメナさんも知らない人間がうろつく傍で呑気に寝てられるほど、図太い神経してませんヨ!」


 一応、人並みより図太い神経をしているという自覚はあったのか。

 いや。今はそんなことより――。


「それなら、今夜はどうする気なんだ?」

「ん~」


 ヒメナが珍しく難しい顔で考え込む。

 しかしそれもほんの数十秒ほどで、すぐに顔を上げて元気よくベンチから立ち上がった。


「ここで考えていても(らち)があかないデスし、少し情報収集をして来マス。もしかしたら祭りの間だけ、どこかの公共施設が臨時の宿泊場所として開放されているかもしれませんし。すぐ戻って来ますので、イサはここで待っててクダサイ」


 そう言うとヒメナは、笑顔をひとつ残して人混みへと消えて行った。


 ――まあ、情報収集ならヒメナの得意技だし、俺が一緒に行っても邪魔になるだけか。


 冷たい風にあたり、ゆったりとした気持ちで、ぼんやりと広場を眺める。

 広場には、街中のように露店が並んでいるのではなく、何組もの曲芸師達がいて、それぞれ自分達の技を競い合っている。

 曲芸師達がしのぎを削って、客の取り合いに躍起になっている様を見て暇を潰していると、視界の隅に猛スピードでこちらに近づいて来る人影が映った。

 反射的にそちらに目をやると、つい先ほど情報収集に出かけたはずのヒメナが凄い形相で走って来る。


「イサイサイサイサイサイサイサ! スゴい! スゴい! スゴいデス!!」


『凄いのはお前の顔だ』と、息切れして赤い顔をしているヒメナに心の中で返答する。


「今そこで、赤い髪が美男美女で、はぅわって!」

「そうか。とりあえず、落ち着け。何を言っているのかさっぱりわからん」

「これが落ち着いていられマスか!」


 子どものように全身で興奮を表現しながら、ヒメナがさらに言葉を重ねる。


「だから、美男美女が赤くて髪が華やかで……あァもう、一緒に来てクダサイ! そのほうが早いデス!!」


 説明するのがまどろっこしくなったのか、ヒメナが俺の腕を引っ張る。

 そして仕方なくベンチから立ち上がった俺の腕をさらに引っ張り、さっきヒメナが駆け戻って来た方向へ俺を連れて行った。


 露店と人混みでごった返すルニガッセの大通りをヒメナがなんの苦もなく、ずんずん進んで行く。

 だが、ヒメナに腕を引っ張られている俺は、人混みをすり抜ける技術を持っているわけもなく、何度も道行く人にぶつかり、揉みくちゃにされながら、無理やりヒメナの後について行っている。

 しかし、そろそろ限界だ。


「おい、ヒメナ」


 腕を離してもらうため、声をかけたのとほぼ同時に、ヒメナが立ち止まって振り返った。


「イサ。いましたよ! ほらっ、あそこデス」


 そう言って、ヒメナが前方を指差す。

 そこには、赤い髪をした男女が連れ立って歩いていた。

 やや遠目のうえ、人垣に遮られ、顔までははっきり見えないが、男女2人の邪魔をしないように、2人の歩みに合わせて通りをいっぱいに広がって歩いていた人々が左右に分かれて道を譲っている。

 それだけで、あの男女が只者(ただもの)でないことがわかる。


「イサ。もっと近くに行って見まショウ! どうせなら顔がはっきり見えたほうがいいデスよネ?」


 そう言うとヒメナは特に俺からの返事を待たず、2人の顔がはっきりとわかる絶妙の位置まで俺を引っ張っていった。


「ほら、見てクダサイ。スゴい綺麗デス」

「……!!」


 ヒメナがうっとりとした表情を浮かべている横で、俺は言葉を失った。

 遠目からだと、ただ赤く見えた髪は、近くで見るとさらに深みのある鮮やかな深紅の髪をしていた。

 男のほうは、胸くらいまであるその深紅の髪を緩く編んで前へ垂らし、女のほうは腰まである長い髪をそのまま背中に垂らしている。

 瞳は2人とも珍しい紫紺。

 まだ若く艶麗(えんれい)で華やかな外見。

 そして、はっきり見ることができたその端正な顔は――。


 ――なんで、この2人がここに!?


 頭の中で答えの出ない問いが、ぐるぐると回っていく。

 だが次の瞬間、はっとした俺は、とっさにもともと被っていたフードをさらに深く被り直し、視線を自分の足下へと移した。

 この際、なんで2人がこんなところにいるのかは、どうでもいい。

 とりあえず今は、2人に見つからずこの場をやり過ごすことが先決だ。

 そう考えた俺がなるべく目立たないよう黙って俯いている横で、いまだ2人を見てうっとりとしているヒメナがこう呟いた。


「あの2人、あんなに仲良さそうに寄り添って、恋人なんでショウか? あぁ~、ヒメナさんもあんな素敵な恋人が欲しいデス」


 ほぅと息をつく、夢心地のヒメナの戯言(たわごと)なんて、完全に無視をすればいい。

 そう思ったはずなのに、俺の中に満ちていく言いようのない不快な気持ちが、それを許さなかった。


「あの2人は恋人ではなく、兄妹だ」

「えっ!?」


 ぼそっと呟いた俺の言葉をヒメナが耳ざとく聞き取った。


「なんでイサがそんなことを知ってるんデスか? ……もしかして、あの2人のお知り合いなんデスか!?」


『しまった』と思った時には遅かった。

 完全に興奮状態になったヒメナが目を輝かせて、俺に詰め寄ってくる。


「それならそうと早く言って下さいヨ! なんで黙ってたんデスか?」

「……。頼むから、少し静かにしていてくれ」


 いちおう宥めてみるが、興奮したヒメナが応じるはずもなく、さらに大きな声を出す。


「ちゃんと質問に答えて下さいヨ! イサはあの美男美女とお知り合いなんデスか!?」

「わかった! あとで教えてやる。だから、俺の名を呼ぶな!!」


 いくら雑踏の中に紛れているとはいえ、はっきり互いの顔を判別できるほどの至近距離で名前を叫ばれては堪らない。

 俺としてはかなり下手に出たつもりだったが、ヒメナは納得できない様子でぶすっとした顔をみせる。

 そして、大きく息を吸い込むと、こう絶叫した。


「イサイサイサイサイサイサイサ」

「なっ!?」

「イサイサイサイサイサイふぁっ!」


 ありったけの力でヒメナの口を塞ぐ。


「ふがふがふが!」

「暴れるな! 少しの間おとなしくしていろっ」


 右手で口を塞ぎつつ、逆の手で暴れるヒメナの体を締めつける。

 まるでヒメナを後ろから抱きしめているような格好になりながら、俺はそっと視線を例の2人へと向けた。


 ――あっ!


 女の紫紺の瞳と視線がぶつかり、慌てて下を向く。


 気づかれたか?

 いや。でも一瞬だったし、たぶん大丈夫だ。

 ……大丈夫だと、信じたい!


 心臓の鼓動がはやくなっていく。

 早く立ち去ってくれと願いながら、俯いて突き刺さる視線に耐える。

 しかし願いは(むな)しく、女の気配が徐々に近づいて来るのを感じた。

 女の動きに合わせて周囲の視線も移り、そして女の歩みが止まった時、注目の的は女の歩みを妨げたもの……つまり俺(とヒメナ)へと変わっていた。

 ヒメナを挟んだ真ん前には、会いたくなかった相手。

 前後左右からは突き刺さるような好奇の視線。

 絶体絶命とはこんな状態をいうのだろうか?

 目の前にいる女には、すでに俺のことを気づかれているであろうことはわかっていたが、顔を上げる勇気はなかった。


 女はしばらく、そんな俺の様子を黙って見ていた。

 しかし、場を支配していた緊張感がわずかに緩んだと思った瞬間、女のしなやかな指先が俺のフードを摘み、そして後ろにはね飛ばした。

 露わになった俺の黒髪に、どよめく大衆。

 そんな注目を浴びながら、思わず目を向けた深紅の髪の女は艶然(えんぜん)とした笑みを浮かべていた。


「久しぶりね、イサ。そんな格好をしてるから、一瞬誰だかわからなかったわ」

「……リリィ」


 信じたくはなかったが、さすがに認めざるを得なくなり、目の前にいる深紅の髪をした女の名前を呟く。

 その女、リリィはにっこりとしながら、さらに話しかけてきた。


「こんな所で会うなんて、珍しいこともあるものね。いったいどういう風の吹き回し? あっ、そういえば髪切ったのね。何か心境の変化でもあったの?」


 上機嫌で次々と質問を重ねてくるリリィに対して、沈黙を守ることにした俺は口を一文字(いちもんじ)に引き結んだ。

 その後もリリィは一方的に質問をしてきたが、まったく口を開こうとしない俺に苛立ちを感じたらしく、フンと鼻を鳴らすと俺の胸辺りを指差し、意地悪くこう言った。


「どうでもいいけど、いい加減手を離してあげないと、その()……死ぬわよ?」

「?」


 リリィの言葉の意味が理解できないまま視線を下へ向けると、ヒメナが苦しそうに俺の手をなんとか口から外そうとバタバタもがいていた。

 何をそんなに必死になっているのかと思いよく見たら、どうやら暴れるヒメナを押さえつけているうちに口だけでなく、鼻まで塞いでいたらしい。


「悪い!」


 慌ててヒメナから手を外し、一歩後ずさる。


「…………死、死ぬかと思いました」


 大袈裟なくらい肩で息をしながら、ヒメナが息も絶え絶えに呟く。

 そして呼吸を整えると、体を反転させ、キッと俺を睨みつけた。


「もう少しで行ってはいけない世界に足を踏み入れるところでしたヨ! どうしてくれるんデスか!?」

「だから、悪かったって」

「『悪い』ですんだら、この世に慰謝料やお詫びの品という物は存在しないんデスよ! 本当に悪いと思ってるなら、それ相応の誠意という物をみせてクダサイ」

「誠意?」


 俺が聞き返すと、ヒメナはにんまりと笑って、指で硬貨を表す丸を作ってみせた。

 どうやらさっきまでの怒りは、この流れに持って来るための前振りだったらしい。

 現にヒメナの顔からは、さっきまでの怒りはすっかり消え失せ、代わりに悪だくみを企んでいる時の嘘臭い笑顔になっている。


「ヒメナ」


 安堵感と騙されたことへの苛立ちを感じながら、俺は口元だけの笑みを浮かべて、ヒメナの名を呼んだ。

 そして次の瞬間、嘘臭い笑顔をしたヒメナの頭を片手で鷲掴みにした。


「どうやら、行ってはいけない世界とやらにどうしても旅立ちたいようだな?」

「ぎゃお~! ……全力で辞退させて頂きマス」

「遠慮するな」

「してませんヨ! それよりも、殺されそうになったのはヒメナさんのほうなのに、なんでこんな理不尽な扱いを受けてるんデスか!?」

「そもそもの原因はお前が叫んで暴れたせいだろう?」

「それはイサがヒメナさんの質問に答えてくれなかったせいじゃあないデスか! それにいきなり口を塞がれれば、誰だって抵抗しますヨ!!」


 そこで俺達のやり取りは、朗らかな女性の笑い声によって終わりを迎えた。


「アハハハハ! もうダメ。おっかしい!!」


 笑い声のしたほうへ目を向けると、リリィが腹を抱えていた。

 しかも目にはうっすらと涙まで浮かべている。

 そんなリリィの傍には、いつの間に来ていたのか先ほどリリィと並んで歩いていた深紅の髪の青年が立っていた。

 その青年がリリィを(たしな)める。


「リリィ。公衆の面前でそんな大口を開けて笑わないように。はしたなく思われるよ」

「だって兄様。おかしいんだもの!」


 そう言ってさらに笑い転げるリリィを見て苦笑いをしている青年と、今度は目が合った。


「……久しぶりだね、イサ」


 一呼吸あけて、リリィに『兄様』と呼ばれた青年が柔らかな笑顔で俺に挨拶をする。

 俺はリリィと同じ深紅の髪に紫紺の瞳をしたその青年に挨拶を返した。


「久しぶりだな、ソル」


 リリィの兄、ソルはその言葉を聞くと、優美な笑みを浮かべた。

 すると周囲から感嘆の息が漏れる。

 その時つんつんと袖口を引っ張られるような感覚を覚え、見ると真っ赤な顔のヒメナが俺を期待に満ちた目で見つめていた。


「どうした?」


 俺がそう言うと、ヒメナは少し上擦った声でこんなことを言い出しやがった。


「あっ、あの! あちらの笑顔が素敵な男性はどなたデスか!? できればヒメナさんにも紹介してくれたら嬉しいなァ、なんて……」


 柄にもなくもじもじと恥じらいながら、ちらちらとソルに視線を送るヒメナを見ていると何故か不快な気分になる。

 苛立ちを覚えながら再び視線をソルに移すと、ソルも俺と一緒にいるヒメナのことが気になっているらしく、興味深そうにヒメナのことを見ていた。


「……行くぞ、ヒメナ」


 原因不明の苛立ちと不快感から逃れるため、俺は強引にヒメナの手を引っ張り、この場を去ろうとした。

 しかし、そう簡単にこの兄妹から逃げられるはずがなかった。


「ちょっと待ちなさいよ! 久しぶりにあった幼なじみに対して、その態度はあんまりじゃない?」


 さっきまで笑い転げていたはずのリリィが駆け寄って来て、ヒメナの手を掴んでいるほうとは逆の腕に自分の腕を絡めてきた。


「それにさっきから気になってたけど、その()はいったい誰なの? イサとはどういう関係?」

「どういうって……」

「イサ! そちらの綺麗な女の人とは幼なじみなんデスか?」

「まあな……」


 左右から交互に飛び交う質問に辟易(へきえき)していると、見かねたソルが助け舟を出してくれた。


「2人とも。気持ちはわかるけど、少し落ち着いて。一度に質問されて、イサが困ってるだろう?」


 ソルの一言で、ヒメナとリリィが同時に口を閉じる。

 ヒメナまで口を閉じたことは引っかかるが、これでリリィの追及からは逃れられる。

 そう思い、ソルに感謝しながら目配せする。

 するとソルは優雅に笑い、こう言った。


「ここは人目もあるし、イサだって話しづらいだろう? 続きは場所を改めてからゆっくりしよう。僕としても、イサには訊きたいことが色々あるしね」


 一瞬でもソルを味方だと思った俺が馬鹿だった。

 ソルの笑顔が、悪魔の微笑みのように見える。

 だが、後悔したところでもう手遅れだ。


「そうね、兄様。イサ、この続きは場所を変えてから、ゆーーーーっくりしましょう」


 顔を引きつらせた俺とは対照的に、嬉々とした様子のリリィは、俺の腕をしっかりと組んで歩き出した。

 必然的に俺と俺に掴まれているヒメナも歩き出す。

 頭の隅にちらっと逃げるという選択肢が浮かんだが、すぐにその後のことを考えて断念した。

 こうして俺(とヒメナ)は周りの注目を一身に集めながら、その場を後にした。

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