カメ少女、本当の仲間
ヒメナ「イサ、干しイカの正しい食べ方って知ってマスか?」
イサ「そんなものがあるのか?」
ヒメナ「まず、味がしなくなるまでかじって、空腹を紛らわしマス。そしてかじっても味がしなくなったら、ようやく食べて腹の足しにするんデス。一つで二度おいしいとは、まさにこのことデスよネ♪」
イサ「…………」
さすがに昼近いこともあって、ギトカの街中は人で溢れていた。
だが、出掛けに羽織ってきたマントのフードを目深に被っているため、無闇に人目を集めることもない。
「あの、イサ……」
俺の数歩前を歩く小娘がちらちらと振り向きながら、遠慮がちに話しかけてくる。
「昨夜も思ったんですケド、なんでフードなんて被ってるんデスか?」
「悪目立ちをしないための防衛策だ」
「ああ、イサの髪、目立ちマスからネ」
俺の答えに納得し、一度は前を向いた小娘が、再度振り向いて残念そうにこう言った。
「せっかくの綺麗な髪を隠すなんて、なんだか勿体無いデスね」
小娘にどう思われようが、俺には余計なトラブルを回避できるほうが重要なため、黙ったまま指先でフードを摘み、さらに深く被る。
その様子を見ていた小娘も、それ以上は何も言わず、前を向いて黙々と人混みの中を歩いて行った。
「おい、どこまで行く気だ?」
会話もなく歩き続けて、すでに街の外れまで来た。
視界には、馬が十数頭、柵の中で放し飼いにされている光景が映っている。
遠方から来る者も多いギトカでは、長旅で疲れた馬を売り、新しい馬に買い換えることも珍しくない。
つまり、それなりに馬の需要があるというわけだ。
しかし、魔物が街道にまで出現するようになり、人々がなるべく街から出て行くのを控えている現在、新しい馬を買い求めに来る者は、ほとんどいないのだろう。
市街地では溢れかえっていた人の群れが、ここでは影も形もない。
それどころか、ざっと辺りを見回してみても、この近くに人影らしきものは見えない。
今、この場にいるのは、俺と小娘の2人だけだ。
「もう着きましたヨ」
前を歩いていた小娘が急に振り返る。
「それで、食事代はいくらデスか?」
「え? ああ……」
いきなりで面食らいながらも、小娘が食べた食事の代金を伝える。
「わかりました。少し待ってて下さいネ」
いつものように、のほほ~んとした顔でそう言うと、小娘はつかつかと歩き出した。
だが、小娘の進行方向には、人の背丈ほどに積み上げられた干し草の山が6~7個しかなく、とても金を隠しておけるような場所はない。
――まさか、その辺の地面に穴を掘って埋めているとか言わないだろうな。
不安な気持ちを抱きながら、俺は注意深く小娘の動向を見守る。
すると小娘は、俺から見て一番奥に積まれた干し草の前で足を止めた。
そして一呼吸おいた後、頭を下げ、屈むような体勢で干し草の山に頭から突っ込んだ。
俺が面食らっていると、小娘が入って行った干し草の山がガサガサと動き、そしてすぐ静かになった。
しばらく呆然と見ていたが、小娘が出て来る気配がない。
――何かあったのか?
一向に姿を見せない小娘の身を案じ、俺は小娘が消えた干し草の山に走った。
「おい! いるのか?」
「ここデス」
声と同時に、頭だけがずぼっと山の麓から出て来る。
突然の出来事に、一瞬心臓が止まった。
「なんデスか? 騒々しい」
小娘は悪びれた様子もなく、干し草から頭だけを出している姿は、まさにカメそのものだ。
「……いや。なんでもない」
怒りを押し殺しながら、なるべく穏やかな口調を心掛ける。
すると小娘は、また頭を干し草の山に引っ込め、今度はすぐに頭を出した。
「それじゃあ、これが食事代デス。受け取ってクダサイ」
そう言いながら、小娘が干し草の甲羅から右手の拳を突き出す。
だが位置的に、小娘の拳の中にある金を受け取るには、俺が屈まなければならない。
――何故俺が、カメもどきのために膝を折らなければならないんだ?
しばらく無言でカメを見下ろしていたが、カメから小娘に変わる気配がないので、仕方なく腰を落とした。
無言で差し出した俺の手のひらに、小娘が握っていた硬貨を落とす。
「あとデスね、これは昨夜ご迷惑をお掛けたお詫びとお礼デス」
今度は左手を甲羅から出し、その手に握っていた『ある物』を俺の手のひらにのせた。
「よく味わってカラ食べて下さいネ。それでは!」
ガサッと音がしたかと思うと、すでに小娘の姿は消えていた。
1人残された俺は、無意識のまま自分の手のひらに視線を落とす。
俺の手の上には、食事代と何故かそれを隠すように干しイカが置かれていた。
しかも、干しイカは歯形付きだ。
「出て来い! 小娘」
俺は激情に任せて左腕を干し草の山に突っ込み、力ずくで小娘を甲羅から引きずり出した。
「痛いデス! いきなり何するんデスか!?」
甲羅から引きずり出され、無防備となった小娘が抗議の声を上げるが、俺は無視して小娘の後ろにある干し草の山を掻き分けた。
すると思った通り、中には人ひとりが座れるくらいの空間があった。
どうやら木の枝を上手く組み合わせて、その空間を作り上げたらしい。
そこには見覚えのある小娘のリュックも置かれていた。
小娘の寄越した歯形付きの干しイカを見てまさかとは思ったが、本当にここで生活をしていたとは……。
「なんてことをするんデスか!! せっかくヒメナさんが苦労して作ったモノを」
「これは、どういうことだ?」
いくら小娘とはいえ、さすがに食べかけの物をお礼に渡すようなことはしないだろう。
それなら考えられることは、単純に間違えたということだ。
だが小娘は、昨夜からずっと俺と一緒にいたため干しイカを食べることはできない。
そうなるとこの干しイカは、昨夜俺と出会う前にかじられていたことになる。
その干しイカがこの場にあるということは、小娘が昨日もここで干しイカを食べていたということに他ならない。
そうだとすると、ここで生活していると考えるのが一番しっくりくる。
「もしかして、俺と別れてから、ずっとここで生活していたのか?」
「…………だったらどうだって言うんデスか?」
声のトーンはいつもと変わらない。
だが、本心を隠すように張りつけられた笑顔がやけに冷たく感じた。
これまでも小娘の作り笑顔は何度も見てきた。
しかし今回の笑顔は、いつもとは異質な感じがする。
いつもの笑顔は作っているとわかっていても、どこか温かさがあった。
でも今の笑顔は、なんだか突き放すような、他人と一線を画したいように見える。
このまま俺が何も気づかない振りをして「そうだな。俺には関係ないことだ」と一掃してしまえば、それで終わる。
そして間違いなく、小娘と出会ってすぐの頃なら、俺は躊躇わずそう言っていただろう。
だがもし今「俺には関係ない」と切り捨てたとしても、きっと俺はこのあと小娘のことが気になってしまう。
昨夜、酒場で再会する前に、宿屋でひとり小娘のことを考えていたように。
「世の中には、変わった性癖の奴もいるんだぞ? こんな人気のないところで万が一襲われでもしたらどうするつもりだ?」
「もしそうなったとしても、イサには何も関係ありませんヨね?」
冷たい笑顔。
平静を装っているが、その口調にはわずかに苛立ちが滲んでいる。
「それにヒメナさんだって、ちゃんと考えてマスよ。だから昼間は街中で美味しい物を食べ歩いて、夜は酒場で働いてるんデス。もちろん、ここでの出入りの際も、周りに人がいないか十分に気を配っているつもりデスし、イサに心配してもらうことなんか何もありませんヨ」
笑顔の仮面から覗く小娘のきつい眼差し。
俺はこの目を知っている。
ギトカに着いた日。
小娘との別れ際に俺が言った不用意な一言に対して、小娘が俺に向けた眼差しだ。
『村ではお前の帰りを待っている者もいるんだろう?』
そう言った俺の言葉に小娘は動揺し、小さく「帰りを待っててくれる人なんて……」と呟いた。
あの時はその後の小娘の勢いに圧されて、何も訊けずじまいだったが、今回は引くわけにはいかない。
おそらくこの機を逃せば、今度こそ完全に俺と小娘を繋ぐ糸は切れてしまうだろうから――。
意を決して、俺は小娘と向き合った。
「どうして、こんな無茶なことをするんだ?」
「イサには関係ありませんヨ」
「俺には、まるでお前が生き急いでいるように見える」
そうだ。
思い返してみれば、「近道をしましょう」といかにも魔物が出そうな雑木林に突っ込んで行ったり、木の枝で魔物に切り込んで行ったり、宿屋に泊まらず野宿をしようと言い張ったり、何故か小娘は危険な選択ばかりしていた。
小娘は決して馬鹿ではない。
もっとも知性的かと訊かれたら疑問符がつくが、それでも決して愚かではない。
巧みな話術がその証だ。
口が上手いということは、頭の回転が速いということ。
頭の回転が速く、これまで出現しなかった場所にまで魔物が出現するようになったという噂を知っていたのならば、村や町の外はどこも危険と理解していたはずだ。
だとしたら、小娘はわざと危険な選択肢を選んでいたことになる。
だが、それでも小娘に死の意志があったわけではないだろう。
ただ、結果的に命を落とすことになっても仕方がないと、半ば諦めのような気持ちを抱えていただけだ。
本人がその想いを自覚していたかどうかは定かではないが。
「なあ、どうして無茶ばかりするんだ?」
「…………うるさいデスヨ!」
再度問いかけた俺の言葉に、小娘が冷たい笑顔の仮面をかなぐり捨て、苛立ちを露わに俺に噛みついてくる。
「ヒメナさんがどう生きようが、ヒメナさんの勝手デス。その結果どうなろうとも、ヒメナさんの勝手デス。イサに――ただの他人に、そんなこと言われる筋合いはアリマセン!」
確かに小娘の言うことは正論だ。
俺と小娘は『ただの他人』。
本来なら、口を挟むべきことではない。
それでも俺は――。
「お前の言う通り、俺はただの他人だ。だが他人でも、心配くらいしてもいいだろう?」
「心配? 笑わせないで下さいヨ」
小娘が鼻で笑い、冷たい眼差しを俺に向ける。
「今までヒメナさんのことなんて、まるで無関心だったクセに。急に心配してるなんて言われても、信じられるワケありませんヨ」
もっともな小娘の言葉に、俺は言葉を失う。
「ヒメナさんのことを何も知ろうとせずに、一時的な同情心で中途半端に口出ししないでクダサイ。不愉快デス」
この時、俺は初めて小娘に見下されたような気がした。
いつも明るく元気に振る舞っていた小娘の本心に、初めて触れた気がした。
「ヒメナさんは偽善のための道具じゃあありません。本当に助けて欲しい時に助ける気がないのなら、初めから優しくしたりしないでクダサイ。……そうしたら、初めから何も期待せずに済みマス」
淡々とした声。
感情のこもっていない表情。
けれど最後に一瞬だけ、俺を突き刺していた冷たい視線が揺らいだ。
「話はそれだけデス。わかったら、もうヒメナさんのことは放っておいて下さいヨ」
わずかに揺らいだ心を隠すように、小娘が俺から顔を逸らす。
確かに俺はこれまで、小娘のことをまったく気にしていなかった。
その証拠に、どうして小娘が1人暮らしをしていたのかとか、どうして旅立ちの日に誰も見送りに来なかったのかとか、そもそもどうして俺を助けたのかとか、今考えると疑問だらけのことを、不思議とも思わなかった。
そんな俺がこれ以上、小娘の心を土足で踏みにじるようなことをする権利はない。
けれど、ここで引き下がれば、俺は小娘を『偽善の道具』にしたことになる。
それだけはしたくなかった。
「…………家族はいないのか?」
長い躊躇いの後で、それだけ口に出した。
できることなら、もっと気の利いた言葉を掛けたかったが、あいにく俺は小娘のような芸当はできない。
ずっと城に籠もり、他人との関わりを拒絶してきた報いだろうか。
それでも小娘は、俺の言葉が意外だったのか、逸らしていた顔を俺へと向けた。
表情は冷たく、まっすぐ注がれる視線は不審に満ちている。
まるで「何を今更」という心の声が聞こえてくるようだ。
さっき俺が躊躇った時間よりも長い間見つめ合った後で、小娘が諦めたようにたった一言こう言った。
「いませんヨ」
小娘は俺から視線を外すと、自分の足元へ向けた。
「家族なんていませんヨ。……だってヒメナさんは捨て子ですカラ」
「捨て子?」
思わず聞き返した俺の言葉に、小娘が下を向いたまま頷いた。
「赤ん坊の時にバスケットに入れられて、ミニアル村の近くに捨てられていたそうデス。……だからヒメナさんに家族はいません」
俯いているため、小娘の表情はわからない。
ただ、不自然なほどはっきりとした声がやたらと耳に残る。
「……それでも、お前を育ててくれた人はいるのだろう?」
家族はいないと言っていたが、赤ん坊の時に捨てられていたのなら、少なくとも物心つく頃までは誰かが面倒をみていたはずだ。
そう思って言った俺の言葉に、小娘は俯いたまま答える。
「いましたヨ。でも、もういません。ヒメナさんが10歳になる前に病気で亡くなりました。……それからは、ずっと独りきりデス」
言いながら、自身の服の裾を両手でぎゅっと握り締める。
握り締められた小娘の両の拳が小刻みに震えている。
てっきり泣いているのかと思ったが、次の瞬間、顔を上げた小娘は笑っていた。
今にも泣き出しそうな顔で、笑っていた。
「これまでもヒメナさんは、いつだって独りでなんとかしてきました。だからイサも、もうヒメナさんのことは放っておいてクダサイ。これ以上、構わないでクダサイ。……ヒメナさんは、独りでも大丈夫ですカラ」
きつく引き結ばれた口元と不自然なほど見開かれた目。
これも以前、目にしたことのある表情だ。
俺が余計な一言を言ったあの時に。
「……俺には、まったく大丈夫には見えない」
涙を堪えて無理に笑おうとしている小娘に、俺は言葉を続けた。
「本当に独りで大丈夫なら、どうして俺を助けたりしたんだ? 本当は、寂しかったんじゃないのか?」
育ての親が死に、孤児となった余所者の小娘を村人たちがどう扱ったのかは、これまでの小娘の言葉からおおよそ推察できる。
今にして思えば、小娘が実年齢よりも幼く見えるのは、幼少期の栄養不良による発育不足のためなのだろう。
「寂しかったから、誰かに少しの間だけでも一緒にいて欲しくて、俺を助けたんじゃないのか?」
「わかったふうな口をきかないでクダサイ! イサに――イサなんかに、ヒメナさんの何がわかるっていうんデスか!?」
小娘が急に声を荒げる。
「ヒメナさんは独りでも大丈夫なんデス! ヒメナさんはなんでも独りでできるんデス! ヒメナさんは強いカラ……だから、独りでも平気なんデス!!」
強がってはいるが目一杯開かれた瞳からは、今にも涙が零れ落ちそうだ。
小娘はこれまでも、ずっと自分に言い聞かせてきたんだろうか?
自分は大丈夫。
自分は強い。
自分は独りでも平気だと。
寂しさを笑顔の下に隠しながら。
精一杯の虚勢を張って俺を睨みつける、まだ幼さの残る目の前の少女を、俺は初めて愛おしいと思った。
初めて、彼女に触れたいと思った。
「ヒメナ」
彼女の名を呼び、濡れた睫毛を指で拭ってやると、ヒメナは驚きの表情を見せた。
「俺は確かにヒメナのことを何も知らなかったし、知ろうともしなかった。だからこそ、これからは少しずつ解り合っていきたいと思う。だからもう少しだけ、俺の旅に付き合ってくれないか?」
俺の言葉に、ヒメナは見開いた目をさらに大きく開き、何か言いたげに唇を動かした後、瞬きひとつせず、ぽろぽろと大粒の涙を零した。
声を堪え、目を閉じることもなく泣くヒメナの姿を、俺は痛ましいと思った。
涙は誰かに受け止めてもらってこそ、昇華される。
受け止めてもらえなかった想いは、ただ流し出すほかない。
だからヒメナはこれまでもこうして、たった独りで泣いてきたんだろう。
この小さな身体に、様々な想いを閉じ込めながら。
気づいたら、体が勝手に動いていた。
まるで何かから隠すように、ヒメナの華奢な身体を抱きしめる。
ヒメナはびくっと体を強ばらせたが、落ち着かせるように頭を撫でてやると、まるで堰を切ったように、俺の腕の中で声を上げて、泣いた。
どれぐらい、そうしていただろうか?
ようやく顔を上げたヒメナは、涙と鼻水まみれの酷い顔をしていた。
だが不思議と、それを不快とは思わなかった。
むしろ気恥ずかしそうに顔を逸らし、服の袖で必死になって顔を拭っている様子がなんだか微笑ましい。
「落ち着いたか?」
俺が声を掛けると、ヒメナは顔の汚れを完全に拭い去ってから、俺に笑顔を見せた。
何も言わなかったが、ヒメナの顔はどこかすっきりとしているような気がする。
その笑顔につられて、俺の口元も自然と緩む。
すると、突然ヒメナが奇声を発した。
「はぅ!」
「なんだ? どうした?」
「イサが、イサが……笑いマシタ」
「……は?」
いったいどんな重大事が起こったのかと思ったら、拍子抜けもいいところだ。
俺は呆れながら、面食らいやたらと瞬きをしているヒメナに話し掛けた。
「俺だって、たまには笑うこともある。そんなに驚くことはないだろう」
「驚きますヨ! いつも怒ってるか仏頂面してるイサが笑ったんデスよ? 驚くなというほうが無茶デス」
やや興奮気味で答えるヒメナの言葉が胸に引っ掛かる。
――そういえば、ヒメナの前で笑ったことはなかったな。
それどころか、ここ最近笑ったことなんてなかった気がする。
最後に笑ったのはいつだったか、もう思い出すこともできない。
「だけど、イサの笑った顔が見れて、ヒメナさん嬉しかったデス」
泣き腫らした目をしたヒメナがにっこりと笑う。
だが、その純粋な笑顔は、すぐにいつもの意地の悪そうな顔に変わった。
「だから、もう少しだけイサに付き合ってあげマス。さァ、思う存分ヒメナさんに感謝してクダサイ」
――おい。さっきまでのしおらしさは、どこに行った?
腫れた目や濡れた袖口など、至るところに先程までの痕跡を残しているくせに、ヒメナはすでにいつもの調子を取り戻したようだ。
あいかわらず、切り換えが早い。
「それで、イサはこれからどこへ行くつもりなんデスか?」
「……王都ルノオンだ」
余計な言い合いを避けるため、率直に答えた。
「それじゃあ、ヒメナさんと目的地が同じデスね。だったら、もっと早く言ってくださいヨ♪ 別れる必要なかったじゃあないデスか」
だから言わなかったんだ、と心の中で呟きため息を吐く。
――もしかしたら俺は、早まったのかもしれない。
そんな考えが頭を過ぎったが、一度口にした以上、簡単に自分の言葉を取り消すことはできない。
それに、もはや俺はヒメナのことを放っておくことは出来なくなっている。
どんなに気丈に見えても、ヒメナがまだ15歳の女の子だと知ってしまったから。
「そうと決まれば、さっそく旅立ちの準備をしないといけませんネ。まずは荷物をまとめて……あっ、酒場にも昨夜のお詫びと仕事を辞めることを言いに行かねば! あとは――」
ヒメナがひとりでぶつぶつと話し出す。
どうやら長引きそうだ。
「ヒメナ、俺は一度宿に戻る。準備ができたら荷物をまとめて来い」
「あっ、ちょっと待ってクダサイ!」
一言残し、立ち去ろうとした俺をヒメナが慌てて呼び止める。
声に反応してヒメナを見ると、ヒメナは何やら恥ずかしそうにもじもじしながら地面と俺の顔を交互に見ている。
「なんだ? 用がないなら行くぞ」
「あ、ありマス!」
そう言うとヒメナはまっすぐ顔を上げ、真剣な眼差しを向けながら、俺に右手を差し出した。
「あの、イサには色々お世話になりましたケド、なるべくご迷惑を掛けないようにしますので……これからもよろしくお願いします!」
――なんだ。すっかり元通りかと思ったら、可愛いところもあるじゃないか。
俺は差し出されたヒメナの右手をしっかりと握り返した。
その瞬間、ヒメナの顔が笑顔になる。
こうして、俺の旅は正式な仲間が1人増えることになった。