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朝食、献身よりお金

ヒメナ「しょせん、この世は金というわけデスか。さもしいデスねェ」

イサ「初対面で『タダ飯食えるほど、世間は甘くない』と言って労働を強いた奴の台詞とは思えんな」

ヒメナ「まァ~、それはそれ。これはこれデスヨ♪」

イサ「納得できるか!」

 窓から差し込む強い日差しと、外の喧騒けんそうで目が覚めた。

 まだ完全には覚醒していない頭でベッドから上半身を起こし、半分閉じたままの目をこする。


 ――今何時だ?


 周囲を見回すが時計がないため、はっきりとした時間はわからない。

 だが窓から差し込む光の加減で、もう昼近いことが知れた。


 ――完全に寝過ごした。


 予定では、もうこの街を出ているはずだったのだが……。

 はぁ、と大きなため息を吐くと、俺は傍らですやすやと眠っている小娘に視線を落とした。


 酔って眠ってしまった小娘を連れて来たはいいが、もともと俺1人で泊まっていたため、部屋にはベッドが1つしかない。

 ソファーでもあれば良かったのだが、あいにくこの部屋にはベッドとサイドテーブル。あと、スタンド式の洋服掛けくらいしかなかった。

 部屋を変えてもらうことも考えたが、深夜ということもあり、すでに宿の人間は居らず、そのためだけにわざわざ起こすのも気が引けた。

 それで仕方なく1人用のベッドに小娘を寝かせ、俺も小娘の隣りに潜り込んだのだが、狭すぎて寝返りすら打てず、なかなか寝つくことができなかった。

 おそらく寝過ごしたのは、そのせいだろう。


「おい、起きろ」


 俺の苦労も知らず、幸せそうに眠りこけている小娘の頬を2~3回軽く叩く。

 だが小娘は「もっと食べマスぅ」と意味不明な寝言を吐くだけで、起きる気配はまるでない。


 ――当分起きそうにないな。


 俺は小娘を起こすことをいったん諦め、身支度を整えると遅い朝食をとりに階下へ下りて行った。

 コーヒーの薫りを楽しみつつ、クロワッサンを口に運ぶ。

 だが一口食べるごとに昨夜の小娘の戯言が頭の中で何度も再生され、ゆっくりと味わうことができない。


『ヒメナさんと一緒に食事をしてくれて、すっごく嬉しかったデス』


 俺は早々に食事を終えると、先程食べたのと同じメニューの食事を追加注文し、部屋へと持ち帰った。


 俺が部屋に戻ってきても、小娘はまだ眠ったままだった。


 ――まだ寝ていたのか。


 せっかくのコーヒーが台無しだなと思いながら、食事ののったトレイをサイドテーブルに置いた瞬間、小娘ががばっと飛び起きた。


「なんだ。起きたのか」

「なんか、美味しそうな匂いがします!」


 俺の言葉なんか耳に届いていないといった様子で、小娘がクンクンと匂いをぎながら、せわしなく首を動かす。

 そしてサイドテーブルに置かれた匂いの元を見つけると、満面の笑みを浮かべ、なんの躊躇ちゅうちょもなく、両手を合わせてこう言った。


「いただきます!」


 俺が面食らっている間に、小娘は驚異の早さで完食した。

 トレイの上にはカップと皿がある以外、パン屑1つ落ちていない。


「ふぅ~。美味しかったデス。ごちそうさまでした」


 満足気に両手を合わせて、ほっとひと息ついた小娘と目が合う。


「アレ?」


 俺が口を開くよりも先に小娘が口を開いた。


「イサ、いつからそこにいたんデスか!?」

「さっきから、ずっといただろうが」

「それに、ここどこデスか? なんでイサがヒメナさんと一緒にいるんデスか?」


 小娘が落ち着かない様子で、キョロキョロと周囲を窺う。


 ――こいつ、もしかして今やっと覚醒したのか?


 すると、寝ぼけながら食事をしていたのか。

 なんという食い意地だ。

 呆れながら、困惑している小娘に話しかける。


「もしかして、昨夜のことは何も覚えていないのか?」

「昨夜のこと……と言いマスと、酒場で絡まれていたイサをヒメナさんが機転を利かして助けてあげたことデスか?」

「……その後だ」


 色々言いたいことはあったが、ぐっと飲み込み先を続ける。


「その後……デスか?」


 そう言って考え込むが、すぐに小娘が首を左右に振る。


「駄目デス。全然覚えていまセン」


 小娘がとぼけているようには見えない。

 どうやら、本当に何も覚えていないらしい。


 ――俺に醜態をみせたことも覚えていないみたいだな。


 どこまで話そうかと思案していると、小娘が急にひらめいたとばかりに口を開いた。


「あの、もしかして、ヒメナさんがあんまりにも優しくて可愛らしいカラ、お持ち帰りしちゃったトカ、そういう流れデスか!?」

「は?」

「隠さなくても大丈夫デス。イサもようやく、ヒメナさんの魅力に気づいたんデスネ! さァ、思う存分ヒメナさんの愛くるしさを堪能たんのうしてクダサイ」


 自己陶酔している小娘に軽く殺意がわく。

 こんなことなら、酒場か路地裏にでも捨ててくれば良かった。

 色々気遣い、朝食まで用意してやった俺が馬鹿みたいだろうが。

 俺は腹の虫を収めるため、小娘の頭を締め上げた後、酒に酔った小娘にどれだけ迷惑を掛けられたかをじっくりと語って聞かせた。

 さすがに酔って発した小娘の戯言はすべて省いたが。


 すべて聞き終えた小娘は、いきなりベッドの上でひれ伏した。


「大変ご迷惑をお掛けしたようで、誠に申し訳アリマセン。きっと『何か食わせろォ!』と叫んで暴れたんデスね。ああ、穴があったら入りたいデス」


 顔を上げ、赤く染まった両の頬を両手で覆い隠す。

 前回酒を口にした時は叫んで暴れたという事実よりも、小娘にも人並みに羞恥心という物があったということのほうが驚きだ。

 小娘は気が済むまでベッドの上で恥ずかしさに身悶えした後、何事もなかったかのようにベッドから下り、ささっとベッドを整えると俺と向き合った。


「色々ご迷惑をおかけしました。本当にスミマセン。あと、朝食美味しかったデス。ごちそうさまでした」


 小娘が深々と頭を下げる。


「それでは、そういうことで失礼します」

「……おい、ちょっと待て」


 ある言葉が引っ掛かり、俺は思わず立ち去ろうとする小娘を呼び止めた。

 背を向けて歩いていた小娘が、俺の声に反応してぴたりと立ち止まる。

 そして一拍あけた後に再度俺と向き合い、笑顔を浮かべた。


「なんデスか?」


 なんでもないふうを装っているが、その白々しい笑顔がすべてを物語っている。


「何か忘れていないか?」


 一応水を向けるが、わかっていてしらばくれている小娘が素直に認めるはずもない。


「イエ。特に忘れ物はないと思いマスよ?」

「……わからないのなら教えてやる。まだ払っていないよな? お前が食べた食事代」


 俺の台詞に、小娘が小さく舌打ちする。

 あの食事は、もともと小娘のために用意した物だし、無断で食べたことについてはとがめるつもりはない。

 それに、食事を用意した時点では、食事代を請求しようなどとは欠片かけらも思っていなかった。

 だが、昨夜の記憶がないという言葉と食い逃げしようという先程の小娘の態度で気が変わった。


「ほら、早く払え」


 右手を小娘の方へ差し出し、金を催促する。

 すると小娘は、眉間に皺を寄せた後、何かを思いついたのか、まっすぐ俺の顔を見つめ、そしてのほほ~んと笑った。


「イサは『献身』という言葉を知っていマスか?」


 嘘臭い笑顔と語りかけるような話し方。

 こういう時の小娘は十中八九、相手を言いくるめる気だ。


「『献身』というのは、たとえ自分がどうなろうとも、相手のために誠心誠意尽くそうという、尊い『心』のことデス。イサは今、その尊い『心』を手に入れるチャンスを与えられたんデスヨ! そのせっかくのチャンスを奪うなんてこと、ヒメナさんには出来まセン!!」


 徐々に感情を織り交ぜ、最後の方はいかにも辛そうな苦悩の表情を浮かべる。

 おそらく出会ってすぐの頃なら、小娘のまやかしの言葉を、なんの疑いもなく聞いていただろう。

 だが、この短期間の間に経験を積んだ俺には通用しない。

 献身がどうとか回りくどいことを言っているが、つまるところ小娘が言いたかったことは「お金なんて払う気はさらさらない」という一点のみだ。


 俺はいまだ演技中の小娘に近づくと、いつものように小娘の頭を鷲掴わしづかみにした。


御託ごたくはいい。払うのか? 払わないのか? どっちだ?」

「……い、いたいけな少女から金を取ろうだナンテ、なんて心が狭、ぎゃぁおぅ!!」


 少し力を入れただけで小娘が奇声を発する。


「それで、払うのか? それとも払うのか? どっちだ?」

「一択!? 払う以外の選択肢がありませんヨ! ……ぎゃぁおぅ!! 払う! 払いマス!!」


 再度頭を締めつけたことにより、小娘が絶叫する。

 ようやく小娘から快諾を聞けた俺は、頭を掴んでいた手を離した。

 解放された小娘は両手で頭を庇い、恨みがましい目を俺に向けるが、俺にとっては恐るるに足りない。


「ほら、早く払え」


 先程とまったく同じ台詞を小娘に聞かせる。

 すると小娘は差し出した俺の右手を見ながら、ぼそっと吐き捨てた。


「お金なんて、持ってませんヨ」

「は!?」

「だ、誰も払わないとは言ってませんヨ!? ただ、今は手持ちがないんデス!」


 俺の機嫌が一気に悪くなったのを察して、小娘がすぐにフォローを入れる。


「女の子が1人で大金を持ち歩くのは危険ですカラ、お金はある場所に隠してあるんデス。今すぐその場所にお金を取りに行きマスので、ここで少し待ってて下さい。とりあえず、今持ってる分はこれだけなんですケド、置いて行きますネ」


 そう言うと小娘はスカートのポケットから小銭を数枚取り出して、俺の手のひらに乗せた。


「それでは、いってきます!」

「待て」


 体を反転させ、今にも駆け出そうとしていた小娘の頭を左手で掴む。

 左手を使ったのは、右手に小銭が乗っていて、とっさに使えなかったためだ。


「俺も一緒に行く。案内しろ」

「……なんでデスか?」

「何故? そんなこと、お前が信用ならないからに決まっているだろう」


 このまま小娘ひとりを行かせたら、金を持って戻ってくる保証はない。

 むしろ、隠してある金を回収して、さっさと姿をくらましそうだ。


「……わかりましたヨ」


 しばしの沈黙の後、小娘が諦めたように吐き出した。

 さすがの小娘も今までの経験上、頭を掴まれた状態では逆らわないほうが賢明だと学習したらしい。

 俺はすぐに貴重品を身につけると、小娘の案内で金の隠し場所へと向かった。

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