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お持ち帰り、酔っぱらいの戯言

ヒメナ「お酒は20歳になってカラ!」

イサ「なんだ? 唐突に」

ヒメナ「飲んだら乗るナ! 乗るなら飲むナ!」

イサ「は?」

ヒメナ「酒は飲んでも呑まれるナ! ケケケケケ」

イサ「……説得力という言葉を知っているか?」


 酒場を出た俺はとりあえず、すぐ脇の路地に入り小娘を座らせた。

 相変わらず赤い顔をした小娘は、壁に背中を預けた状態でケケケと笑っている。

 俺はそんな小娘の正面にしゃがみ込むと、単刀直入に訊いた。


「今どこに泊まっているんだ? 送ってやるから言え」

「えっ? 『かまどにトマトいるんだ。おごってやるから喰え』? 勿論いただきますヨ。トマト! 焼きトマトはどこデスか!?」


 目を輝かせ、左右にかぶりを振る小娘の口には、よだれが光っている。


 ――駄目だ。もう会話すらまともにできない。


 この分だと、何を訊いても真っ当な答えは期待できそうもない。

 かといって、この広いギトカの街にある宿屋を一軒一軒回るのも骨が折れる。

 それ以前に今は夜中だから、宿の人間もすでに寝ているだろう。

 つまり、残された選択肢は、俺が泊まっている部屋に連れ帰るか、このままここに捨てていくかの2択というわけか。


「イサ。焼きトマトはどこデスか?」


 小娘の能天気な質問が、苦渋の決断を迫られている俺を苛立たせる。


「そんな物は無い!」


 つい、強い語調で小娘を怒鳴りつけてしまった。

 言ってすぐ、しまったと思ったが、一度口から出た言葉はもう取り戻せない。

 さっきまで陽気に笑っていた小娘の顔が、途端に曇っていく。


「そんな……怒らなくても、いいじゃあないデスか」


 小娘の両目から大粒の涙が零れる。


「なっ、泣くことはないだろう!」

「わかってマス。みんなヒメナさんのことが邪魔なんデス。みんなヒメナさんのことが嫌いなんデス。だから、役に立たなくなったら、みんなヒメナさんのこと捨てるんデス。役立たずは必要ないんデス」


 酒の力を借りて、ぽろぽろと零れ落ちていく本物の涙が、まるで小娘の心の奥底に仕舞われた感情を吐露とろしているかのようだ。


「今ここでヒメナさんが死んでも、誰も泣いてくれないんデス。誰も悲しんでくれないんデス。ヒメナさんは……独りぼっちなんデス」


 拭っても拭っても、せきを切ったように溢れ出す涙。

 独りぼっちだと涙する小娘の姿が、かつての自分と重なる。


 たった一人で見知らぬ場所に置き去りにされ、いきなり次代の魔王になるのだと言われ、どうしていいのか、わからなかった。

 それでもリクやカイやクウがいたから、寂しいと思ったことはない。

 だけど『もし俺が魔王になれなかったら?』そう思うと、不安で孤独感に押し潰されそうだった。

 魔王になれないと、俺は居場所を失うのだと思って。


 立場は違うが、小娘の感じている思いと、俺の感じた思いは同種のものなのだろう。

 この広い世界に、自分一人しかいないと錯覚してしまうほどの孤独。

 少しでも不安を和らげようと、抱きしめた自分の体の温もりが心地よかったのを覚えている。

 俺は、いまだ泣き止む様子のない小娘の体を正面から抱きしめた。

 びくっと小娘が体を強ばらせたのがわかったが、それでも俺はそのまま離さなかった。


「…………イサ?」

「誰もお前の死を悲しまないというのなら、俺が悲しんでやる。誰も泣かないというのなら、俺が泣いてやる。俺がお前の命を惜しんでやる。……だから、もう泣くな」


 腕の中で、俺を見上げる小娘の濡れた瞳から、再度涙が溢れ出す。

 小娘はすぐにそれを隠すように俯いたが、小刻みに揺れる身体とわずかに漏れ出る嗚咽おえつがせっかくの行為を無にしている。

 それでも俺は何も言わず、小娘が落ち着くまでそのまま小娘を抱きしめていた。


 それからしばらくして、俺はようやく泣き止んだ小娘を俺の泊まっている宿へと連れて行くため(ケチャップで汚れたエプロンを外さした後)背中にぶった。

 横抱きにしても良かったのだが、それだと互いに顔を合わせることになる。

 さすがに小娘も泣きはらした顔を見られるのは嫌だろうと思い、あえて背負うほうを選んだのだ。

 背中に小娘の温もりを感じながら、人気のない夜道を歩く。

 眠った街には、俺の靴音だけが響いている。


「イサ。あの約束、覚えてマスか?」


 黙ったまま、おとなしく俺に負ぶわれていた小娘が、急に口を開いた。

 てっきり眠っているとばかり思っていた俺は、いきなりの小娘の問いかけに驚きつつも、平静を装って正面を向いたまま答える。


「約束? そんなものしたか?」

「覚えてまセンか? ほら、ミニアル村を旅立って初めて魔物と遭遇する少し前にしたじゃあないデスか。『イサのことはちゃんとヒメナさんが守ってあげマス』って」


 そう言われてみれば、猪のような魔物と遭遇した雑木林に突入する前に、小娘がそんなことを言っていた気がする。

 だがそれは、その場限りのことだと思っていたし、だいいち俺ははなから小娘のことなんて当てにしていなかったから、そんな発言自体すっかり忘れていた。


「ヒメナさんはイサに約束しました。『守る』って。だから、酒場でイサが絡まれてた時も、ちゃんと助けてあげましたヨ。本当はすっごく怖かったですケド、でもちゃんと助けましたヨ! ――ヒメナさん、偉いデスか? いっぱい褒めてクダサイ」


 ただでさえ密着している身体をさらにり寄せて、小娘が甘えてくる。


 ――相当酔っているな。こいつ。


 面倒臭いので黙っていると、また小娘が話しかけてきた。


「イサはヒメナさんのこと、嫌いデスか? でもヒメナさんはイサのこと、好きデスよ。……だってイサは優しいカラ」

「優しい? 俺が?」


 酔っぱらいの戯言に思わず、本気で聞き返してしまった。

 自分で言うのもなんだが、これまで小娘には酷い仕打ちをしたことはあっても、優しいと言われるようなことは一切していない。

 だが小娘は、聞き返した俺の言葉を肯定する。


「イサは優しいデスヨ。……だってイサは、ヒメナさんの話を聞いてくれました」


 小娘が嬉しそうな声で言葉を続ける。


「それに、ヒメナさんのこと殴らなかったし、お金を無理矢理奪ったりしまセンでした。それにそれに、ヒメナさんの作った料理を美味しそうに食べてくれました! ヒメナさんと一緒に食事をしてくれました! ヒメナさん、すっごく嬉しかったデス」

「……お前に限らず、何か話しかけられたら、耳を傾けるのは当然だろう? それに理由もなく、いきなり殴ったり、金を奪ったりは、普通しない。食事に関しては、ただ空腹だっただけだ。そんな当たり前の理由で『優しい』と判断されても困る」

「……それを『当たり前』と言えるイサだからこそ、ヒメナさんは助けたいって思ったんデス」


 さっきまでの弾んだ声とは一変して、どこか憂いを帯びた声が耳元でこもる。


「ヒメナさん、少しはイサのお役に立てましたか? ヒメナさんがいて、良かったデスか?」


 何かを確認するような小娘の言葉に、俺は素直に感謝の言葉を述べた。

 そうしなければ、いけないような気がして。


 俺の感謝の言葉を聞くと小娘は納得したのか、それとも安心したのか、もたげていた頭を垂れ下げ、深い眠りの世界へと落ちていった。

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