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魔王様、家出する

イサ「すべては、ここから始まった」

ヒメナ「なんでそんな、しみじみと噛み締めるように言うんデスか?」


 ここは魔王城の一室。

 目の前には、机の上に置かれた書類の山。山。山。

 その書類の山に半分埋もれながら、書類一枚一枚に目を通し、延々と『クレイサジェス』とサインをしていく俺。

 サインの書き過ぎで腱鞘炎になる寸前だ。

 それほど大変な思いをして、ようやく一山片付けたと思ったら、すかさずその空いたスペースにこれでもかと大量の書類を追加される。

 サインを書いても、書いても、終わりが見えない。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――。


 ――――――――――――――――――――――――――――――。


 ――――――――――――――――――――――――――。



「あ゛ぁぁーーーー!!! もうやってられるか!」


 とうとう俺は発狂した。

 デスクワークが嫌いな訳ではないが、最近やたらと仕事量が増え、それと比例して睡眠時間がどんどん削られていく。

 おかげで今月の睡眠時間は平均3時間にも満たない。

 ここ2日は完全に不眠不休で仕事をして、この状態だ。

 気が狂うなという方が無理というものだろう。

 そんな過労死寸前の俺を労る者は、この城にはいない。


「魔王様。何をさぼっているのですか? 文句を言う暇があるのなら、手を動かして下さい」

「……リク」


 俺は、無慈悲な言葉を投げつけた男の名を呼んだ。

 リクは、代々の魔王に仕えている3人(3匹?)の魔物の内の1人だ。

 いつも人形ひとがたに化けているため、本来の姿を見たことは無い。

 見た目は30代半ば位で、いつもピシッとフロックコートを着こなしている。

 性格は熱心で真面目。悪く言えば、頑固で融通がきかない。

 頑固で融通がきかないリクに、何を言っても無駄だろうとは思いつつ、それでも抑えきれない怒りをリクにぶつける。


「俺はこの2日間徹夜で仕事をしているんだぞ!? 少しくらい休ませろ! だいたい何故急に仕事量が増えるんだ? 何でもかんでも俺に押し付けるな! それに俺の監視をしている暇があるなら、リクも少しは仕事を手伝え!」

「お言葉ですが、私は自分の仕事はきっちりとこなしています。魔王様が休息を取りたいと言うのであれば、止めは致しません。ただし、その分書類の山が増えることになりますが」


 涼やかな顔でリクが応答する。

 そんなリクの様子がさらに俺の怒りを増幅させ、口を開こうとした瞬間、誰かが乱暴にドアを開けてここ――――執務室に飛び込んで来た。


「これはいったい何ですか?」


 乱入者は自身の手に持っている紙切れを、書類が山積みにされた机の上にバンッと叩き付けた。

 その衝撃で、大量の書類が雪崩をおこし、机の前に座っていた俺は完全に埋もれてしまった。


「……いきなり何をするんだ、カイ」


 自力で雪崩の中から脱出し、必死に感情を抑えながら、目の前の男に話し掛ける。

 カイもリクと同じで、代々の魔王に仕えている魔物だ。

 見た目は20代後半位で、性格はあまり宜しくない。

 いつもニコニコしているが、言うことはかなり黒い。

 笑顔で毒を吐かれると、精神的に参ってしまう。

 一言で言ってしまえば、あまり話をしたくない相手だ。


「どうしたもこうしたも、ありませんよ。これはいったい何ですか?」


 怒りのオーラを放出しながら、カイがニコニコと笑顔で、先程机に叩き付けた紙切れを俺の鼻先に突きつける。

 突きつけられた紙には『見積書』と俺の字で書かれていた。


「……これがどうかしたのか?」

「『どうかしたのか?』じゃ、ありませんよ。どこをどうしたらこんな金額が捻出できると思ってるんですか? ちゃんと頭ついてるんですか? ついてるなら、二度とこんなふざけた見積書出さないで下さいね。今度したら横っ面張っ倒しますよ?」


 にこやかな笑顔を浮かべながら、カイが一気に言葉を吐き出す。

 いつもなら、黙って聞いている俺だが、今日は寝不足と疲労、リクと一戦やり合った後ということもあり、最高潮に機嫌が悪い。

 そのため、つい喧嘩腰になってしまった。


「ふざけるな! それを何とかするのが、お前の仕事だろう? 何とかしろ!」

「魔王様、頭腐ってるんですか? 何とかできるものなら、とっくに何とかしてます。無いモノを出せと言われても、無いモノは無いんです」

「今はそんなことどうでもいいので、カイも魔王様も早く自分の仕事に戻って下さい。ただでさえ仕事が山積みなんですから」


 カイが崩した書類の山を1人で黙々と拾っていたリクが口を挟む。

 そのあんまりな言い様に、俺の怒りは頂点を迎えた。


「まるで俺が仕事をさぼっているように言うな!! だいたいその見積書だって、寝不足で朦朧もうろうとした意識の中で作成したための不備であって、普段はそんなことないだろう!? お前等はもう少し俺を労れ!」


 息継ぎも忘れて、一気にまくし立てる。


 ――さすがにここまで言えば、こいつらも反省するだろう。


 そう思った俺が、甘かった。


「……言いたいことは、それだけですか? それでは仕事に戻って下さい」


 リクが面倒くさそうに顔をしかめて言うと、カイが苦笑しながら「それじゃあ、仕事頑張って下さいね」と、ひらひら手を振る。

 俺が呆気にとられていると、最後の1人クウが執務室に姿を現した。


「クウ。まさかお前まで俺に文句を言いに来たんじゃないよな?」


 縋るような思いで、10代前半位の少年にしか見えないクウに問いかける。

 クウはリク、カイ、大量の書類を順番に眺めた後で、俺に話し出した。


「……魔王様……早く……謁見の間に……向かって……ください……」


 独特の、淡々とした口調で用件だけを伝えるクウ。

 だが『謁見の間』という単語を聞いて、俺には悪い予感しかしなかった。

「謁見の間に行け」ということは、すなわち『アレ』が来たという意味と同義語だ。


「またですか? 今月だけで、もう8人目になりますね」

「きっと収穫期で忙しくなる前に行っとこうと思ったんじゃないですか?」


 リクがため息を吐きながらうんざりした顔を見せると、カイがケラケラと笑いながら答える。

『アレ』というのは、昼夜問わずやって来ては俺の時間を奪い去っていく大迷惑な強奪者、自称『勇者』のことだ。

 この自称『勇者』はアポ無しでやって来ては、この国のため日々、執務に励んでいる俺を『悪』と決めつけ倒そうとする。

 今回の自称『勇者』は昼に訪問する辺り、多少の常識は持ち合わせているようだが、中には草木も眠っているような深夜とか、鳥くらいしか起きていないような早朝に来る、余りにも常識が無さ過ぎる輩もいる。

 正直、魔物よりもたちが悪い。

 だが、自称『勇者』を返り討ちにするのも魔王としての大事な務めである以上、無視することは出来ない。

 こうして俺のフラストレーションは、どんどん蓄積されていく。


「……勘弁してくれ。誰か代わりに『勇者』の相手をして来い」

「お断りします」

「ご自分の仕事を他人に押しつけないで下さい」

「……ムリ……です」


 俺の言葉に3人共が間髪入れず即答する。


 ――こいつら、血も涙も無いな。


「ハァ……わかった。『勇者』の相手をして来るから、その間この書類を片付けておいてくれ」


 椅子から立ち上がり、机に積まれた書類に目をやる。

 これが俺の最大限の譲歩だった。

 だが、この3人が素直に言うことを聞くはずもなかった。


「何を仰っておられるのですか? 勿論、書類は魔王様がお戻りになられてから、ご自分で片付けられるのですよね?」

「あんまりふざけたことを言いやがりましたら、本気で張っ倒しますよ?」

「……デスクワーク……苦手……だから……イヤです」


 この思いやりの欠片も無い言葉に、とうとう堪忍袋の緒が切れた。


「ふざけるな! 日々増え続けていく書類の相手に、払っても払っても砂糖に群がる蟻のように次々とやって来る『勇者』の相手に加え、各地で暴れる魔物の制圧、毎日のように寄せられる民からの苦情や陳情に対する対応、その他諸々を全部1人で出来るわけが無いだろう!? これ以上お前等が俺に無理を強いるというのなら、俺は『魔王』なんて辞めて出て行ってやる!!」


 リク、カイ、クウの3人を順番に睨み付ける。

 さすがにここまで言えば、この3人も焦るはず……だった。

 俺の考えでは。


「出て行かれるのは勝手ですが、城の物は持ち出さないで下さいよ。この城にある物は『魔王様』の持ち物であって『クレイサジェス様』の物ではありませんので。勿論、翼竜も使用禁止です。身一つで歩いて出て行って下さい」

「ご自分から『出て行く』と豪語した以上、一週間は頑張って下さいね。今日中に戻って来やがりましたら張っ倒しますよ?」

「……遅い……反抗期……ですね」


 リクが面倒くさそうに言うと、カイは愉快そうに笑い、クウはため息混じりにボソッと呟いた。


 ――こいつらは揃いも揃って!!


 自分自身の甘さに腹が立つ。だが、ここまで言われて引き下がる訳にはいかない。

 いま前言を撤回すれば、3人から笑い者にされ、『魔王』としての威厳は地に落ち、あまつさえ今以上の労働環境の悪化は必至。


「わかった。そこまで言うのなら、出て行ってやる。勿論、徒歩でな!!」


 言い捨てると、俺は大股で執務室を出て、去り際ドアを乱暴に閉めてやった。

 ドアの向こうで書類の山が雪崩を起こした音が聞こえる。

 俺からのささやかな嫌がらせだ。

 俺がこれまでに受けた仕打ちを考えれば、これくらいは許されるだろう。


 こうして俺は、魔王城を後にした。


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