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五 保育サービスと阪元探偵社

 翌日の月曜から、高原は再び単独での警護に戻り、茂は平日昼間に勤めている会社での仕事だけになる。引き続き高原の後方支援は大森パトロール事務所に詰めている葛城が担当している。

 つまり茂は次の土曜日までは警護の仕事はオフなのであるが、なぜか毎日仕事帰りに事務所に顔を出していた。他の警護員仲間がいるときは席で、いないときは応接室で、その日の昼間の様子を葛城が話してくれる。夜になると高原が一度は事務所に戻ってくる。特段の予定外の事項や予定変更などがない限り、高原は簡単なレビューをすると三十分もたたないうちに帰っていく。そして月曜も、火曜も、水曜も、高原は二十分ほどで帰っていった。

 木曜日は、会社で茂は珍しく(しかも英一関係ではなく)残業があり、事務所に着いたときは高原は帰ったあとだったが、やはり警護は特に問題なく順調とのことだった。

「なんだか張り合いがないくらいな感じですね」

 茂はつい口に出してそう言ってしまう。小さなアクシデント類も含めここまで何事も起こらない警護は、見習いとしてではあるが過去の茂の乏しい警護経験では少なくとも記憶にない。

「これが、高原警護員の仕事、ということですよ。」

 葛城は自分のことのようにうれしそうに言った。



 児童館の入口から少し離れたところに軽自動車を停め、板見はハンドルに両手をかけたままじっと考え込んでいた。

 となりに酒井が座り、遠慮もなしに喫煙している。

 換気口が吸いこみ切れない白煙を、しかし気にする様子もなく、大きな宝石のような目で板見は酒井のほうを見て、先輩の意見を求めた。

「豊嶋についている警護員・・・・大森パトロール社所属の高原晶生。すごいですね。彼がついている限り、どんな襲撃も不可能だ。」

「そうやな。」

「あの警護会社が、なぜあんな人間をあそこまで手厚く守ろうとするのか、理解できません。」

「手厚く、というのは言い得て妙やな。有能な警護員に担当させているだけやなくて、その警護員の真剣さも、すごいわな。」

「はい。」

「お前、もしかして、俺らの仕事がほんまにうまくいくか、心配しとる?」

「いいえ。」

「なんやそうか。」

「不思議なだけです。」

 大きな目を再び正面に向け、板見は続ける。

「僕は・・・尊敬するひとが、尊敬する仕事をしているから、自分も全身全霊でそのために行動できる。しかし彼らは、何をよりどころに、あそこまで仕事をすることができるのか。不思議なだけです。」

「相手の考えていることが理解不能というのは、不気味なもんやろ?」

 板見が素直に頷き、酒井はこの生意気で第一印象も最悪だった後輩に、初めて少し親切心を覚えた。

「大森パトロールさんは、ちっちゃい会社やけど、そういう意味で、業界ではちょっと有名な会社さんなんよ。ようわからんけどなんや面倒な人たちやて、言われてるわ。お前も今回、ええ勉強になるかもしれへんな。」

「はい。」

 タバコを灰皿に捨て、新しいタバコに火をつける。

「心配いらんよ。恭子さんが、罠を張り巡らしてはるわ。お前は、恭子さんの指示を、きちんと守ることだけ、考えることやな。」

「そうですね。ご指示の内容を、全部間違いなく、やってみせます。」

「気いつけや。失敗したもんは、消されるで。」

「・・・・」

「冗談や。」

「・・罠について、古典的な方法だ、と吉田さんがおっしゃっていましたね。」

「同意や。じつに古典的や。」



 翌日の金曜日は、茂は午後、有給休暇を取り、昼過ぎから大森パトロール社の事務室に自主的に詰めていた。連日一人で泊まり込んでいる葛城の手伝いがしたいとの名目だったが、本音は、リアルタイムで高原の警護を少しでも体感したいと思ったからだった。

 葛城が使っている窓際の長机には、二台の携帯電話が置かれ、いずれもスピーカーにつながっている。基本的に使っているのは一台のほうだけで、高原も茂もヘッドフォンとマイクがセットになったハンズフリーのものとして使っているものだ。そしてもう一台の携帯は、予備のもので、葛城が茂にも「どこか目立たないところに装着しておいてください」と言って渡したものである。メインの携帯電話に不具合があったときなど、万一のときのためのものだ。

 メインの携帯から定期的に高原から報告が入ってくる。スピーカーから聞こえる声に茂も耳を澄ます。たいていは高原が話始める前に、バックの豊嶋の話し声や笑い声が聞こえてくる。

「楽しそうですねえ」

 茂があきれたように言うと、葛城は困った顔で笑った。

「高感度の集音マイクつきですから、どうしても周囲の音を拾ってしまいます。」

 続いてようやくスピーカーから高原の声。

「通常通話。今日はこれから茶道教室です。俺も習ってみないかと誘われ中。」

「通常通話。やってみてはいかがですか?」

 葛城がまじめな顔で答える。「通常通話」とか「通常通信」というのは、文字通り、普通の電話であるという意味である。この前置きがない場合、話し手に何か非常事態が発生していることを意味する。警護の状況によっては省略することに決めることもある。が、茂はそうでない場合もいまだによく言い忘れて、よく怒られる。

「高原さんは、児童館での仕事のあと、茶道教室もおつきあいしてるんですね。」

「明日はお茶会だそうですから、それにも高原は同行するわけですから、今日のうちに茶道教室仲間にも紹介しておいてもらうつもりなんでしょう。」

「そして明後日はギャラリーのオープニングセレモニーか・・・。こっちは前の日曜日の絵画教室で既に会っている人々なんですね。」

 茂は絵画教室仲間の前での高原の一発芸をまた思い出し、笑いをこらえるのに苦労した。

「今日の連絡は、この後の、警護終了報告でおしまいになりそうですね。」

「全て予定通りですね。・・・あ、そういえば、高原さんは場所が移動するたび連絡してこられるのかと思いましたが、時々、してこられないことがありますね。どういう場合にそうなるんですか?」

「・・・すみません。私にも・・よくわかりません。」

「・・・・・」

 茂と葛城は顔を見合わせ、しばらく沈黙が支配した。

「彼独特の感覚みたいです。」

 葛城の警護スタイルは職人的だが、高原のそれは芸術家的だと、茂は思い、道のりの遠さを思って心の中で大きなため息をついた。

 茶道教室と今日の警護の終了の連絡があった後、高原は茶道教室で土産にもらったらしい和菓子を持って事務所に戻ってきた。

「お、河合くん、ついに今週皆勤賞か。偉いなあ。これ食べる?俺甘いもの苦手だからさ、持って帰ってきちゃったよ。」

「いただきます。」

 茂は甘いものはかなり好きだ。箱を開けると、なぜか高級そうな生菓子が8個も入っている。

「お茶の先生と意気投合しちゃったんだよね。そんなにたくさんくれた。お点前も覚えたから、教えてほしかったら言ってくれ。」

「はあ・・・」

 高原が、給湯室の冷蔵庫から麦茶のピッチャーを出して、グラス3個とともに葛城の机に持ってきて、順に注ぐ。

 三人は明日の警護現場の資料をパソコンに映し出し、確認する。

「今回の警護で、初めて少し遠出になる。大丈夫、ケータイの電波は届くらしいから。」

「美術館に併設された・・・ここの茶室で、十一時に始まり、終了は十五時ごろですね。」

「四時間も正座したら、二度と立てなくなりそうですね。」

「大丈夫、途中で一度茶室の外に出て待つ場面があるらしい。河合は庭をはさんだ、この位置から周回警護をするが、現地には先乗りしてプレチェックを済ませたら、茶会開始後は基本的にこの定位置にいてくれ。」

「わかりました。」

「・・・河合。」

「は?」

「菓子と茶を交互にじゃなく、菓子を一気に食べてから茶を飲むのが正しい作法らしいぞ。」

 茂は麦茶と生菓子を交互に口に入れていたが、思わずむせそうになった。

 この分だと、明後日の美術ギャラリーのセレモニー前は、絵のうんちくを深夜まで語られそうだ。

「高原さんは、俺を斬新だっておっしゃいましたけど、高原さんのほうがずっと面白いと思います。」

「はははは。そうか?・・・あ、それじゃ俺はそろそろ帰るわ。そうそう、その生菓子、本日中にお召し上がりくださいと言われたので、よろしくな。」

「ええっ!」

 高原はいつもの人懐っこい笑顔とともに去って行った。

「・・・・葛城さん、お菓子食べるの、手伝っていただけますか・・・・?」

「・・・実は、私も、甘いものは苦手なんです・・・」

「・・・・。」

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