91話 爪痕
2017 10 28 -ゼロと従者の会話の加筆修正-
徐州襲撃同日、同時間。
許昌、城内にて……
荒々しく荒らされた城内では、数多くの兵達が横たわり動き一つすらない。
王が座する玉座は、上半分が切り飛ばされて天井に一部が刺さっていた。
そんな中、玉座の前で膝を付き、息を荒げるオルカは必死に体を動かそうとしていた。
「はぁ……!はぁ……!はぁ……!」
「どうした?もう終わりかオルカ?」
オルカの視線の先にはたった1人。
赤のラインが入ったコンバットスーツに、コンバットポンチョ、ガイコツの仮面を付け、武器は華琳と同じく死神鎌。
違いと言えば装飾は施されておらず、黒を基調に赤色が入った、現代技術で作られた鎌な事だった。
そして、特徴的なのはガイコツ仮面の右目だけが不気味に赤く輝きを放っていた。
「あれから成長一つしてないお前達では俺に勝つ事はできんさ。まだ、記憶を失った俺の友の方が戦い甲斐があるんだがなぁー」
仮面男は壁に背を預け動かないアテナを一瞥しながら、オルカへと鎌を向ける。
アテナは頭から血を流しており、桂花に介抱されて戦闘に参加できる状態ではなかった。
華琳は春蘭と秋蘭、親衛隊に護衛されながらその状況をただ見ているしか出来ない。
それだけの力の差を見せつけられた。
「クソッ……」
「あなた一体何者よ!なんで…こんな事を!アテナやアイツと一緒な仲間なんでしょ!」
桂花が怯えた目で叫ぶ。
精鋭すら子供のようにあしらわれ、オルカとアテナの隻眼の死神と呼ばれる2人さえも相手にならない。
そんな光景を目の当たりにしては、恐怖は自然と湧いてきた。
「そこの出来損ないと一緒にされるのは困るな。私はタナトス。隻眼の死神、10番目にして最後のオリジナルだ。そこのは俺達オリジナルをベースにしたダウングレードだ」
「……………」
「ふむ、言葉選びが難しいな。そいつは俺達を基本にした下位版と言うやつだな。俺達を模してはいるが、能力が抑えられた格下さ。俺達オリジナルみたいに命の心配はないのだけが利点な欠陥兵器さ」
桂花達の反応を見ながら言い直すタナトス。
周りにはまだ親衛隊の精鋭達が囲んでいるが、絶対強者の余裕を見せつけてくる。
「タナトスとやら、貴方は何を目的にこの許昌を襲ってきた?」
「ふむ、すっかり忘れていたな。確かワールドギアだったか?そこに頼まれたから襲った、それだけ。大して意味は無いさ」
「貴様はそれだけのために我が覇道を邪魔するというのか!」
タナトスの言葉に華琳は激昂した。
大した理由すら持たない者に数多くの者が倒される。
我慢できるものではなかった。
だが、タナトスはそれを笑う。
「フッ、…………覇者は常に孤独でなければならない。なぜなら、力尽くによる圧制は軋轢を生むからである。孤独でなければ、裏切る仲間を裁く毎に傷付き続ける」
「ソラの言葉……」
意識を戻したアテナがぽつりと呟くように言った。
だが、立ち上がろうにも体のあちこちから激痛を放ち、立ち上がる事すらままならない。
桂花に肩を貸されてようやく立ち上がれる程ボロボロだった。
それを見た兵達は、いくら精鋭であろうと、目の前の襲撃してきた化け物相手に、攻め時を見失っていた。
「それに、いつの時代も覇王は栄えないものさ。覇道は王道に負けるのが筋ってものだ」
タナトスはいつまで経っても挑んで来ない兵達を煽るの如く、仕える王を侮辱した。
だが、兵達は気付いていなかった。
それが、タナトスの狙いであり、挑発であると。
頭に血が上り、目の前の敵が化け物だと考えららなくなった盾を構えた重装歩兵の1人が、じわりじわりとにじり寄る。
簡単に挑発に乗ったことにタナトスは不敵に笑う。
「夢幻…鬼穿ち」
あまりに一瞬だった。
この世界の槍をも通さない肉厚の盾だが、タナトスが放った手刀があっさりと貫いた。
その手は盾で止まらず、装甲すら紙のように貫通してくるが、タナトスは体を貫く前に腕を止めた。
盾を貫かれ、防具は一部破損。
重装歩兵は目を見開いて、生きている事を実感した。
そして、その威力を目の当たりにして、挑発に乗った兵達の動きが止まる。
「この程度も防げないようじゃこの先死ぬぜ。もしくは滅びるな」
「なんでお前がその技をッ‼︎」
「いやなに、アイツの技を見て真似ただけさ。完成度なんて3割もないぐらいなもんだ。本物の威力はこんなもんじゃ足りないからな。平気で壁貫くし」
オルカが絶望したような顔付きで、必死に体を起こしながら叫んだ。
タナトスはやれやれと言いながら説明したが、見よう見真似で技を扱ったと言う事実とその技量に一同は心底恐怖した。
しかもその威力が完璧ではないと来た。
技量だけでみれば、この魏にいる武将では誰1人として足元にも及ばない。
それが、目の前の化け物さを際立たせた。
「何故殺さない?」
「襲えとは言われたが、殺せ、滅ぼせとは言われてないんでな。その気になれば滅ぼすのなんて一瞬さ。その気になるなんて微塵もないけどな」
華琳が重装歩兵を生かした理由を聞くが、タナトスはなんとも屁理屈なような答えを並べた。
それで良いのか?とその場にいた者は皆思う。
「別に俺が働かなくても他が働いてくれるし、別にここが取れなくても大して重要な問題でもないしな。別に俺は好きで暴れてる訳でもない。正直なところ、アイツと同じく戦わずに密かに暮らしたいってのが本音だし」
先程の覇王うんぬんのくだりと打って変わって、すごく気怠そうに言ってきた。
あまりの面倒くさそうな雰囲気に、一同はこの襲ってきたタナトスが実にいいかげんな奴であるのか理解した。
「まあ、こんなところに俺1人しか寄越さないのが悪いだけさ。俺は別にあの組織の味方って訳でもないしな。敵でもないが」
「なら何の為に襲って来やがった」
「ただの戦闘評価だよ。別に悪く書くつもりなんてないから安心しろよ。それなりに強かったって書くつもりだよ」
「嫌味か」
「いや嫌味とか一切ないぞ?本気出すまでもなく弱かったって書いたら、なんで滅ぼせなかったとか問い詰められるのが嫌なんでね。……言っとくが俺は戦いが嫌いだ。奪うのも奪われるのも嫌いだ。俺のこの力はただ自分とその周りを守る為だけのものだ」
うんざりと言うと、臨戦態勢を解いてしまう。
コロコロ変わる目の前のタナトスに誰1人ついていける者はいない。
それぐらいの変人だった。
「さて頃合いだし、帰るか」
「ま、待て!」
「もう少し遊びたいのは分かるが、こちらも多忙の身でね。お前達と遊んでる暇はないんだ。それに、いずれ嫌でも会う」
決着がついたかのように1人勝手に帰ろうとするタナトスに、オルカは食らいつこうとするが体はついては来ない。
足が震え、視界は絡んでいる。
その場に落ちている剣を杖代わりにしなければ、立っていられない程だった。
まだ、戦おうとするオルカにタナトスは呆れる。
「諦めろ。お前達では俺に傷一つつけることはできやしないのさ。同じ土俵に立ってると思ったのか?だとしたら、相当滑稽だな」
「くっ………」
辛辣な言葉に言い返す言葉は出て来ない。
それでも、人とは違うというただ一つの優越感を潰されても、引けないものがあった。
「強くなりたいのなら、その身を絶望と憎しみで焦せ。我々オリジナルはそうやって力を手にした。いくら潜在能力を持ってようと使いこなせなければ意味はない。気付いてないようだが、お前はソラのダウングレードだ。本当の意味で死神になりたければソラに力の使い方を教われ」
タナトスの口から発せられたのは予想外の先輩からのアドバイスだった。
思わずタナトスの顔を見る。
そこにはまるで過去の自分を見るような、そんな顔をするタナトスが映る。
「俺は何も知らないお前やアテナが羨ましい。本当はこんな力いらなかったのにな…………。この先、大事なものを守りたいなら本当の敵は誰なのかをよく考えろ。見えないのなら探し出せ。お前達だけではいずれ限界が訪れる。それは曹操、お前にも言えることだ」
「何?」
「本当に帰る前に、我々の軍師からの伝言だ。『一つ忠告しておく。覇道を進むのなら早く手を打たねば取り返しのつかない事になる。覇道を進むものは皆、裏切られる運命であるからだ。君達は仲間とやらに絶対的な信頼を寄せているようだが、それは本当に信頼できるのだろうか?いくら信頼関係にあっても腹の底まで見えぬのが人である。手段を間違えた時、君達に大きな停滞をもたらす』」
その限界は何なのかを考えろと言わんばかり、タナトスは本来の目的である伝言を伝えると消えた。
まるで蜃気楼か夢でも見ていたかのように一瞬だった。
それでも、城の中の惨状は現実だと訴えていた。
魏に現れた襲撃者は、人的被害は一切出さなかったものの城には大きな爪痕を残した。
◆
「ネロ。君はそんなところで収まっていい器ではない!」
「黙れネ!」
呉では、街一つを巻き込み、凄まじい戦闘が繰り広げられていた。
街の半分が瓦礫の山と化し、街を囲う壁は作りかけの万里の長城の如く、途切れ途切れになっていた。
それでも戦闘は止まない。
襲撃者は、ネロに片手剣を振り下ろす。
が、普通の威力では無かった。
ネロがそれを回避すると、剣の一撃は地面を割る。
地割れのように地面には縦に伸びるヒビが出来上がる。
「お前は一体何が目的ネ!」
「目的?そんなの世界を救済に決まっている」
「救済ッ⁉︎一体どう言うことネ!」
「知らないのか?まあ、無理もないな。だが、語るのは軍師殿に止められていてな。知りたくば自力で気付いてみせろ」
その一言を皮切りに、もう一度剣戟が再開される。
もう街は悲鳴を上げていた。
赤く右目だけを輝かせた2人が、容赦無く破壊の限りを尽くす。
住民は避難したとは言え、その光景に絶望と涙しか出ない。
ただの一撃が何重にも壁や地面を斬りつけ、ただの一撃が家を粉々に破壊する。
街に残った大切な日常が、一撃で破壊されていく。
孫呉の姫ですら、昨日まで笑い合った大切な仲間を化け物を見るような目を向けていた。
それでもネロは街を守ろうと必死に剣戟を受け流し続けた。
「ネロ・クラウディウスの末裔。そして、ソラの友。いつまでソラの言葉に縛られるつもりだ?お前は自由だ。いつまでそこの出来損ないの面倒を見るつもりだ。彼のように仲間を守れる訳がなかろうに。それがお前の限界だ、諦めろ」
「ソラの何が分かるのネッ!僕は憧れたから必死にその背中を守れる強い奴になりたいネッ!仲間一人諦めてその背中なんか守れる訳がないネ」
「出来損ないに毒されたか?お前こそソラの何も分かっちゃいない。あいつは仲間を守れるかわりに全てを切り捨てた。数人の仲間を守る為なら、それ以外全てを奪う。あいつの背中を守るとは、そう言う事だ。お前にそんな覚悟、ある訳なかろう」
「………」
「所詮は手が届きすらしない者の理想でしかない。ソラは守る為に自分の全てを差し出した。だからこそ強い。お前と覚悟が違う。故に死すら恐れない。むしろ死を望んでいるのかも知れないがな」
その言葉に気圧され、ネロの戦意がブレる。
その瞬間を見逃さずに襲撃者は動いた。
地面を蹴り、一歩でネロに肉迫するや何も持っていない腕を使い首を絞め上げる。
「グッ……ァァ……」
「どうした?怖くなったか?」
必死にもがき抵抗するが、地に足が付かず抜け出せない。
襲撃者はその状況を楽しそうに歪んだ笑みを浮かべた。
「周りをよく見ろ。ピンチなお前を誰も助けすらしない。そんな者を守って何になる。せいぜい自己満足がいいところだ」
「……違う……ネ」
「何が違う?あの目をよく見ろ。俺どころかネロ、お前にすら向けられる憎悪。お前に耐えられるか?恐怖に、憎悪の重圧に。俺たちは所詮はみ出し者の化け物さ。それでもソラは耐えてみせたぞ」
絞め上げる力を更に上げ、ネロの意識は飛びそうになる。
霞む視界に映るのは人々の恐怖の顔。
そんな人々の中から蓮華もいるのにネロは気づいた。
まるで化け物を見るような顔をされ、心が苦しくなった。
守る為に戦った筈なのに、感謝はされない。
憧れた人はこの重圧に耐え続けたと言うのに、自分に向けられる憎悪に負けそうになる。
「おい!そこまでにしとけ」
誰かが襲撃者に止めるように言った。
すると、襲撃者は舌打ちをしながら手に込めていた力を一気に抜く。
ネロは地面に落ちる。
力は入らず立つ事は出来なかった。
「……チッ、時間か」
「ああ、帰宅の時間だ。シロワニ」
「その名で俺を呼ぶなッ!」
「なら大人しく帰る事だ」
その一言でシロワニと呼ばれた襲撃者は一瞬で消えて行く。
もう一人の襲撃者の仲間はネロの前に近付くと、腰を落とした。
「さて、帰る前に。ネロ、いずれお前は居場所を失う。早くいるべき場所に気付け。あまりに遅いと俺は助け舟は出せないぞ。あのアクーラのクローンであるシロワニがお前を殺してしまいかねない。では、また」
そう言い残して消えて行く。
その姿が消えると、ネロは気を失った。
◆
「さて、魏は人の心の底を知らない同士の疑い合いが始まり、今後は慎重に行動せざるおえない。いくら治世の奸雄と呼ばれようとも、世界の常に抗うことなど不可能だろう。いくら優秀な者がいようと、大きくなり過ぎれば機能不全を起こすのは避けて通れない。蜀と呉は人的被害は無いものの甚大な被害を出し、復興に尽力しなければならない。蜀呉は互いに協力関係にならなければ自然消滅は避けられないだろう。フッ、全て予想通りだ」
「楽しそうですね、ゼロ様」
「ああ、楽しいよ。あいにく審判は性に合わなくてね。実際にプレイする側じゃないと面白くないんだ。さて、もう少し彼女達の選択を見守るとしよう。せいぜい私を失望さないように努力をして欲しいものだ。さて、君に頼みがある。三国を互いに敵対させるように動いて欲しい」
「はい、了解ですゼロ様!」
「頼んだよ。彼女達にはもう少し掌の上で踊って貰わなければ」




