88話 落ちた2人
「アルヴァーン兄妹。大人しく引き下がれ。顔見知りを殺したいとは思わない」
「負け?負けだと?俺はまだ生きているぞソラァ!」
勝ったかのように言い放つ空に、初めてブラックは感情という感情を表に出した。
憎しみにも似た感情を空にぶつけてくる。
「王一人で何ができる。君の計画は相変わらず甘い。兵を駒だと捨て置くからこうなる。だから簡単に覆される」
ただ空は、無表情に冷徹に告げる。
冷え切ったその表情は、触れば凍りつきそうな程冷たい。
それでも空の存在を知っているブラックは、圧倒されずにいる。
「いつもいつも何でもこなす天才のお前に、俺の何が分かるって言うんだ!力を持ち、皆んなに尊敬されるお前に何も持ってない俺の何が分かるんだよ!」
「違う。俺は何も持っちゃいない」
その言葉を空は否定する。
他の者にとって2人の関係性など全くもって分かりはしない。
そこに何があるのかも。
「奪われない為に強くなろうと努力しただけだ。結果僕は、心のない人形、人の皮を被った化け物なんて呼ばれた。皆んなが抱いたのは尊敬でも何でもない。畏怖だ」
「それで俺が理解するとでも!」
「理解される事など求めてはいない。必要なのは君が手を引く事だけだ。それでも引かずにまだ戦うと言うのなら………もう一度殺す」
「もうやめて、ソラ様!私はあなたの味方よ」
ボロボロになった体で2人を止めようと前に出るが、それでも止まる兆しはみえない。
空は乾いた笑いでホワイトを見やる。
「なら俺の敵である兄を殺せるだろう?ミーナ・ヴァイス・アルヴァーン」
「そ、そんな……」
「殺し合って、握手で仲直り。なんて事はあり得ない。そんなのは空想上のハッピーエンドでしかない。人である以上、確執は残るんだ。生き残る為なら敵対する者を滅ぼすしか道はない」
無理だと分かっていながらも、空は兄殺しの選択をホワイトへと迫った。
両方ホワイトにとって大事であり、選べるような問題では無い。
それが、ホワイトの判断を鈍らせてしまう。
そんなホワイトを仕留める為に、コツコツと足を踏みならし一歩、一歩と近付いてくる。
「どけ、ホワイト!」
ブラックは動く事が出来ない状態のホワイトをなぎ飛ばすと、空の振り下ろす鎌を鎌で受け止める。
金属が軋む程の衝撃と金属音が響き渡る。
だが、互いに顔色一つすら変えずに睨み合う。
「君達は一体誰に動かされている?以前の君ならこんな博打の真似事などしない」
「さぁな。時の流れとは、人を大きく変えるものだ。お前はどこまで思い出した?全部は思い出して無いんだろ」
「さぁな」
「真似するな。相変わらず気に食わねえ」
互いに一歩下がるや、加速させた一撃を互いの弱点へと振り抜いた。
斬撃が交差するたび、空気を揺らし、地面を抉る。
3度目の交差で、空はフェイントをしかけて揺さぶりを掛けた。
ブラックはそれに直ぐ対応するが、空の蹴りが大鎌を蹴り飛ばした。
自身の得物を失うが、ブラックは笑う。
「甘いな。イマジネーション」
手を空へと掲げると、手に光が集まる。
大鎌が再び手の上に現れ、空の一撃を受け止める。
更に飛ばされた大鎌も掴み、2つの鎌を構える。
「前とは違うぞ、ソラ!俺はお前を超える」
2つの大鎌の連撃に空は押され始める。
圧倒的な手数は空に攻撃させる機会を奪い、一方的に攻撃を加えていく。
それでもガード出来るものは全て受け止め、回避も駆使してどうにか凌いでいる。
50合も打ち合えば、空の鎌は悲鳴を上げて、強烈な一撃を受け止めた瞬間に破砕した。
その隙を見逃さず、ブラックは飛び膝蹴りを空の顎に当てる。
かなりなダメージを受けた空は、衝撃を逃す為に自ら宙に舞う。
「どうしたソラ?俺はまだ本気ですら無いぞ!」
「……こんな無茶苦茶な戦いを何年やってないと思ってる。忘れてないだけまだいい方だ」
「あんだけ殺すと言っときながらこのザマか?」
「……イマジネーション」
空も黙ってはおらず、手を突き出し、同じ言葉を発した。
光が集まり、形を形成する。
が、途中で弾けるように光が霧散した。
その直後、空は膝を地面についてしまう。
「どうした?もう終わりか?」
「…………」
気を失ったかのように全く微動だにしない空。
ブラックは勝ったと笑う。
「策は尽きたようだな。諦めろ」
「そんな……」
誰かが絶望した。
それに釣られ、徐々に絶望の声が大きくなる。
この強過ぎる敵には勝てないのか……と誰しもが思う。
先程繰り広げられた化け物同士の戦いを見て、それでも挑もうなんてもう者はもう殆どいなかった。
「まだ……負けてない」
立ち上がったのは恋だった。
怪我した腕を庇いながらも方天画戟を構えた。
ブラックが圧倒的な殺意を向けるが、それでも恋はひるむ事をしない。
明確な戦う意思を持ち、ブラックに立ち塞がる。
その行動にブラックは苛つかせる。
「死に損ないの偽物が……大人しくしていればいいものを。そんなに死にたいのなら今直ぐにでも殺してやる」
2つの鎌を構え、恋を斬り伏せようとするが、更に邪魔をする者が増える。
「生憎、仲間を死地に送り出してじっとしていられる質では無いのでな」
「……星」
大丈夫なのかと言わんばかりに星を見つめるが、星も結構ギリギリな状態だった。
2対1まで持ち込めはしたが、依然勝ち目などない。
ただ、体力が回復して動けるのは今この2人と
「私もいるぞ」
愛紗だけだった。
3人合わされば、まだどうにか出来るかもしれないと淡い期待が満ちる。
それが余計にブラックを苛立たせた。
「チッ、どいつもこいつも連携すれば倒せると自惚れてやがる……」
片方の鎌を3人に目掛け投げつけると、姿を一瞬で消した。
3人は散開し、それを避けるが、回避した直後にブラックが鎌を掴み取り、3人目掛けて振り抜いた。
「本当の強者ってのはな、数すら凌駕する」
あまりの一瞬に反応が追いつかない。
「……それはどうかな」
だが、それを西洋の槍で空が受け止めた。
地面に切っ先を突き刺し、ブラックの刃を受け止めると、ガキィンと甲高い金属音が鳴り響く。
「質に勝るのもまた数だ。戦争は1人で出来ないように、チェスも駒一つでは出来やしない」
「ゲイルスコグルの戦槍だと⁉︎いったい何処で!」
その場にいる殆どがその槍を聞いてもピンとすら来ないが、ブラックは違った。
明らかに焦りが表情に出た。
ゲイルスコグルの戦槍。
ヴァルキュリーの1人の名前を持つこの槍は、霞んだ色の銀をベースに、黒のラインが入った槍であり、装飾は一切無く、必要なものだけが残ったかのようなデザインだった。
ただ、空は目立たないように茶色のローブを纏っている為、かなり合わない。
「丁度良いところにコンテナがあったのでね。それを使わせて貰った」
空が指した方向にあるコンテナは、コンソール部分に電子的なモノが浮かび上がり、展開された後が残っている。
そのコンテナは以前エンジェル達が置いて行ったモノだ。
空は手を向ければ、コンテナが反応し、何かが射出される。
それが空の手にたどり着くと、大鎌へと形を変える。
右手に槍、左手に大鎌を持った空は切っ先をブラックへと向けた。
「加減が出来ない。素直に引け、アル」
「やなこった。お前には絶望を与えてやる」
「俺は言った……王手と」
空は右手の槍で、突き攻撃を二回行った直後、槍を大きく引き、強突きを放つ。
ブラックは突き二回を大鎌で弾き、強突きをステップで回避した。
強突きで作り上げられた衝撃波によって地面を抉り、壁には円錐状の大穴を開ける。
だが、それはほんの一瞬の出来事だった。
あまりの速さに思考停止気味になる一同だが、2人のその技量に息を呑む。
「3連槍なんて小癪な技を……」
ステップで強突きを回避したブラックは、隙の出来た空に、右手の大鎌での下からの切り上げで攻撃を加える。
空は器用に左手の大鎌で、絡めるようにして受け止めると、槍で再び攻撃する。
「相変わらず手数だけは多いな……」
2人の戦い方はその場にいる全員に当て嵌まらない。
ブラックは2つの大鎌による手数。
空は大鎌の防御、槍による攻撃。
互いに技量が飛び抜け、異常な手数と威力の攻撃を容赦なく打ち合う。
その度、城の中庭が悲鳴をあげるかの如く壊れ崩れていく。
地面は槍の衝撃波により穴だらけ、壁は2人の攻撃で半壊。
一刀達愛用の休憩スペースは跡形もなくなっていた。
それだけではない。
ダメージは中庭だけ留まらず、城にまで伸びていた。
それこそ災害と言っても間違いないレベルだった。
それだけ壊しておきながら、まだ物足りないと言わんばかりに戦闘を続けている。
2つの鎌による、連続14撃を空が鎌で防ぐが、あまりの猛攻に鎌が悲鳴を上げてぐにゃりと折れた。
残った柄を投げつけるが、届く前に鎌に切り落とされる。
槍一つになった空は距離を置こうとするが、それをさせまいとブラックは距離を詰めてくる。
「どうした?武器は二つないと同じように戦えないのか?」
「……それはどうかな」
空はポーチから小さな投げナイフを取り出して投げつける。
あまりの一瞬の動作に驚かされるが、ブラックはそれを咥えて受け止めた。
歯でがっちりと掴まれ投げナイフは、運動エネルギーを消失させる。
ただ、予想外だったのは投げナイフに括り付けられた小さなストラップ状の何がある事だった。
空はそれを取り出したベレッタで撃ち抜いた。
その瞬間、そのストラップ状の何かが爆発する。
「ぐっ……」
爆炎に包まれ、姿が呑まれるが、爆炎の中から飛び出るようにブラックが転がりながら逃れ出てくる。
しかし、あちこちに火傷を負っていた。
「クソガァァアア!」
初めて負傷を負わされ、感情を剥き出しにして叫ぶ。
火傷を負った箇所は黒く焦げている箇所すらある。
それでも致命的なダメージには至っていない。
「君の行動は感情的になればなるほど分かりやすい。誰よりも君の行動パターンを知っているから、簡単に対処できる」
一方の空はどこまでも冷静だった。
ブラックの思考の一手以上先を読み、その上で回避せずに受け止させるという選択させたのだ。
以前の仲間という私情は介在せず、あるのはただ目の前の敵を倒すという思考のみ。
その為には感情すら殺している。
どこまでも冷徹に、そして的確に。
恋達ですら出来ないような事を、一切の顔色を変えずにやってしまう。
左手をコンテナに再び向けると、今度は太身の大剣が射出される。
槍を地面に突き刺し、両手でそれを掴み取った。
「もういい……お前の大切なモノ全てを壊して絶望させてやる。お前の目の前で全員殺して、お前を闇の中に引きずり落としてやる」
痛みから復活したブラックは恨み言を空へとぶつける。
空は受け止めるように聞き
「絶望なら常にして来た。何度世界を憎んだかも分からない。常に闇の中で過ごして来た俺や君なら分かってる筈だ。奪った程度では絶望なんてあり得ないと」
それでもまだ絶望するには足りないと意思を示した。
それはブラックも理解している。
が、感情的になり過ぎたのか、そこまで考えては回っていないかった。
「俺や君は、何かを守る為に色々なモノを犠牲にしてきた。本当の絶望は、守る為に奪ってきた事が、全て無意味だったと分かった時だ。だけど、それでも足を止めればもっと意味の無いものになる。もう歩み出した以上、止まる事は許されない」
「止まれば奪った意味が無くなるってかッ?結局、どこにも意味なんて無ェンだよ。俺達は生きる為に奪いあった。それがどうであれ、他から奪って生きるのが人間だろう?」
「そうかもしれない。だが、俺は強欲なんだ。例え罪を重ねようと、神を殺す事になっても、そこだけは譲れない。俺はこの場所が少しだけ気に入っている。それを君が奪うと言うなら、俺は君を殺す」
「面白れぇ、やってみろよソラ!言っとくが俺は前の俺とは違う!今の記憶の状態ならお前には負けねーよ」
「いくら君が強くなろうと、戦い方を変えなければ俺には勝てない」
互いに再び戦闘のスイッチが入ったかのように、再び殺気だけを強くする。
一緒にいるだけで息が出来なく窒息してしまいそうな程重たいソレは、一刀達をまるで地面に縫い付けたかのように縛り、動けなくさせた。
「デストロイ!」「リミッターカット」
互いに呪文のようなワードを口に出して叫ぶと、地面を蹴って相手に迫る。
ただ、さっきまでとは違い、地面を蹴った瞬間に地面は割れ、爆風のような衝撃波が辺りを撫で付けた。
ブラックは鎌を、空は大剣を、風切り音が響き渡る程の高速で打ち合った。
火花を散らすと同時、衝撃波が生まれる。
ブラックがゴリ押しの如く、空を押しつぶそうとするが、空も何とか耐えていた。
「リミッターカットとはまた古くせぇな。お前、それがどうなるかぐらい分かってるだろ」
「ああ、ちゃんと理解している」
「なら、何でそんな寿命を削ってまで戦う」
「何も持ってない俺に出来る事なんて限られている。それに、今の君相手に切り札を使わずに勝てるとも思ってはない」
「そうではなくてはな!」
鍔迫り合いを解除すると、ブラックは空を蹴り上げた。
空中へと飛ばされた空は、体勢を直ぐに立て直しブラック目掛け槍を投擲する。
飛来する槍を余裕の表情でそれを避けるが、槍の石突きにワイヤーが接続されており、巻き取りの音と共に大剣を構えた空が降ってくる。
大剣のひと振りは地面を穿つが、ブラックはステップ回避でそれを避けた。
避けられる事は予想している空は槍を回収しながら、溜めの一撃を回収した直後のブラックに放った。
流石にステップ回避によるベクトルを殺しきれず、回避は出来ないが、二つの鎌をクロスさせ空の一撃を受け流す。
一般人を遥かに超えた2人の動体視力と反射神経、反応速度は互いに攻撃を見切り、致命打となる一撃は双方共に当てられずにいる。
2人の打ち合いが10合も超えれば、更に庭は悲惨な事になっていく。
圧倒的な暴力は形ある物を一瞬でバラバラに破壊し、見るに耐えない物へと変えてゆく。
そんな2人の戦闘を見ていた優二はある事に気がついた。
「ねぇ、カズくん。空くんなんかおかしくない?」
「戦闘能力が?」
「違うよ。いや、違わないけど……。さっきから避けられる攻撃すら避けなくなってるんだよ」
久遠優二が気付いたのは空が攻撃特化になってるという事だ。
まるで盾を捨てた騎士のように、避ける事を捨て、少しでも致命打を与えるべく攻撃の手数を増やしている。
自暴自棄にも見えるその行為になんらかの意図があるのかはまだわからない。
「あんなに傷付いても倒れないなんて……」
「くっ……体が動けば助けられるのに!」
体が付いてこない程ボロボロの2人は歯噛みする。
援護出来ればこの絶望的な状況を打開出来るかもしれないのに、体はそれをゆるしてはくれない。
「あんなの……もう化け物も超えてる」
空に無理矢理恐怖を植え付けられた女兵士は、目の前で繰り広げられている戦いが最早、自身の理解の範疇を超えていることに恐怖していた。
上司であったブラックもさることながら、それに互角で戦う空も化け物と呼ばれる域を超えている。
先程戦った空が、本気すら出してないのが、余計に自身との戦闘力の差を痛感させた。
今、あの空と戦えば、良くてもバラバラになるだけである。
悪ければもっと恐怖と絶望を与えた上で殺されるのかもしれない。
空のあの虚無感を放つ瞳を見てからそんな事ばかり頭に過っていた。
直後、そんな考え事を振り払うように真横の壁が爆発した。
いや、正確には何かが凄い勢いで真横の壁に激突した。
見れば、崩れた壁の瓦礫を背に、空がめり込んでいた。
だが、大丈夫かと言う間も無くブラックが降ってくる。
大鎌を構え、壁ごと削り取ってしまおうと振り下ろした。
強い衝撃音と瓦礫が飛び散り、確実に殺すような威力をしている。
気を失ったと思われた空は気を失っておらず、大剣を使ってそれを受け止めている。
それどころか、反撃とばかりにブラックの顔に蹴りを放ち無理矢理に退かせていた。
ブラックが引いた事により、解放された空はよろめく事なく立ち上がると、容赦無く槍を投げつける。
乱暴に見えるその行動だが、槍の投擲ですら砲弾のように飛ぶのだから恐ろしい。
その槍を鎌で弾けば、槍は一刀と優二の目の前に突き刺さる。
地面を貫いた槍は半分程地面に食い込んだ所で止まった。
弾いた隙を狙い、空は大剣を持ち突っ込んで来る。
大剣によるスラッシュを放つが、ブラックはそれを靴底で受け流し、戻る足で空を蹴り上げた。
空は避けるそぶりすら見せずに敢えてそれを受け、空中に飛び上がりながら斬撃を放つ。
ブラックはそれをすんでのとこで躱す。
ブラックが体勢を整えると同時、空もダメージすら感じさせずに着地した。
直後、2人の斬撃がぶつかり合う。
空は直ぐに手に掛ける力を弱め、ブラックの姿勢を崩させると背中を狙い大剣を振り下ろす。
だが、ブラックも笑いながらもう一本の大鎌で難なく受け止める。
空は大剣から手を放し、ワイヤーを使って槍が刺さった場所まで逃げた直後、大剣が真っ二つに割れた。
同時に聞いた事のない爆音と衝撃波が辺りを覆った。
「カウンターを避けるとは鈍ってないようだな」
嬉しそうにブラックは笑う。
「あんな分かりやすい構えをすれば誰でも分かるさ」
空は槍を引き抜きながら簡単そうに言うが、その場にいる他全員はその予兆がなんだったのかすら分かっていない。
ただ、大剣を受けたら爆発したとしか見えてない。
一体2人の目はどうなってるのか疑問に感じる各々だが、間の抜けた声で無理矢理に思考を止められた。
「ちょっと、なんなのですの今の⁉︎」
城の一部が壊れた事で牢から出てきた袁紹こと麗羽は先程の爆発に慌てていた。
あまりの間の抜けた具合にブラックは鼻で笑う。
「あなた一体なんなのですの!この私を無視するとはいい度胸ですわね!」
「ちょっと麗羽様⁉︎あの人めっちゃヤバそうなんですけど!」
「うるさいぞ麗羽。妾の耳が壊れてしまうではないか」
麗羽を鼻で笑った事でややこしくなる。
空気が読めなかった牢屋組は、目の前にいるのが襲撃者だとは微塵も思っていない。
「おい、馬鹿!」と息殺し、隙を伺っていたファントム達が叫ぶが遅い。
「邪魔だ」
興味を失ったブラックが大鎌の一つを投げつけた。
誰もが死を覚悟した。空1人除いて。
呆れたようにため息を吐くと、槍を地面に刺し、消えた。
直後、一刀達の前に何かを抱えた状態で現れる。
スリップターンで勢いを殺し切ると、それを優しく地面に置く。
「えっ? え??」
麗羽は何が起きたのか分からない。
一瞬にして見える景色が様変わりし、血だらけな空にお姫様抱っこで抱えられている。
だが、それが先の戦いで自身を殺そうとしていたのを思い出す。
「ヒィィ⁉︎」
クテッと気を失った。
空は困ったように地面に優しく置くが、その記憶が無いために何故気絶されたのかは分かっていなかった。
「人助けとは甘くなったんじゃないのか?」
「さぁね?でもこれで君を殺す準備は整った」
「面白ェ、その傷だらけな体でできるのならやってみろ」
空は槍を再び持つと、突っ込む為に姿勢を低くする。
対するブラックも鎌を構えて、空を待ち受ける。
最初の行動を取ったのは空だ。
地面を蹴り、弾丸のようにブラックへと迫る空は、槍を強突きの要領で、腕を加速させて突き出した。
突っ込む速度に突きの速度が加わり、馬鹿げた速度を出しながらブラックに攻撃を放った。
鎌一つでブラックは攻撃を相殺しに掛かる。
が、先程まで酷使した鎌が空の攻撃に耐えきれず破壊される。
相殺しきれなかった槍の一撃はブラックの左目を抉るように掠めた。
「アァァ、グァッ‼︎ 目がァッ」
焼けるような痛みがブラックを襲う。
震える手で左目を押さえ出血を止めようとするが、流れ出る血は中々止まらない。
空は確実にブラックを殺す為に一度距離を取る。
「アル、以前の君の方が強かったよ。その目、どうやら特殊な能力があるようだけど、それに頼り過ぎている。反対側の攻撃に対する反応速度が少し遅いのは直ぐに分かった」
「クッソ……クッソ!」
もう一度、同じ技を放つべく姿勢を低くする。
ブラックは血を失い過ぎたのか、霞む視界で空を捉える事が出来ていない。
空は哀れむようにブラックを見る。
「そして、君は相変わらず油断し過ぎだ。敢えて攻撃を受ければ君は油断して、鎌一つを投げた。おかげで君の防御を突破するのは容易だ。そして、彼女を助ける事で君は余計に油断した。それが君の敗因だ」
「クッソ……お前の勝ちだよソラ。だがな、俺も間抜けでは無い」
ブラックは懐から信号弾が詰まったじゅうを取り出し、空中へと撃つ。
音と閃光がブラックの部下達へと合図を送る。
「撤退だ!ソラ、今回は勝ちを譲る。だが、次は俺が勝つ」
「なら戦い方を変えるべきだ。今までの戦い方では俺には勝てない」
ホワイトに肩を貸されながら、空間を歪め、数人の部下と共に消えて行く。
空は攻撃姿勢を解除すると、槍を地面に放り投げて座り込む。
あまりの激戦に空自身も限界まできていた。
「制圧完了」
声を絞り出して何とかそれを言い切る。
ファントム達は一応辺りを警戒しながら空に近づく。
「無事だな」
「何とか……」
「色々と言いたいことはあるが、良くやった」
「町の敵は?」
「お前のおかげで片付いた。捕虜は残念ながら奥歯に仕込んだ毒で全員自決した」
「………そう」
気が抜けたせいか、倒れそうになる。
側にいたファントムが支えて、どうにか事なきを得るが、調査に出てから一睡もしていない空は気を失うように眠りについた。
「大丈夫か⁉︎」
そんな事を知らないファントムは慌てた様子。
一刀は傷だらけの体を動かして空の下まで来る。
「空?大丈夫か?おい?」
「一刀、俺に任せろォォォ!」
その暑苦しいまでの叫びが空の小さな寝息を搔き消してしまったのだと誰も気づかない。
華佗の登場により襲撃はようやく終わりを告げた。
双方共に無視出来ない損害を受け、それでも何とか勝利は掴む事が出来た。
だが、それでも苦い勝利だった。




