87話 王手
「お前がソラの元仲間なんだね」
「元とは失礼だな。組織があったなら今も仲間には変わりない」
「結局潰れているから元で問題ないでしょッ !」
レインは受け止めていた鎌を力いっぱいに弾き飛ばすと、腹部に蹴りを叩き込んだ。
当然、ガードはされるが、それでも弱くはない威力に目を少し見開いていた。
数歩後退したブラックは腹部を手で押さえる。
だが、痛みは感じていないのか笑う。
余裕なその顔に重たい一撃を叩き込みたいとレインは心底思うが、直後、コブラの銃撃が襲う。
「チッ……とでも言うと思ったか」
全てを弾いたブラックは鎌の石突きを地面に突き刺し、余裕ぶった表情は崩さない。
「ほら、ボサッとしてないで!相手は化け物だよ。そろそろこっちも本気で行かないとヤバイかも」
ぼけっとしている一刀に喝を入れ、無理矢理に現実に引き戻すと、レインはニコッと笑う。
「大丈夫。もう少しで超が付くほど強力な援軍がくるから。あ、でも、カズトの持ってる切り札を使わないと持たないかも……」
笑ったのもつかの間、ブラックの気配が物凄く強く、レインは少し自信を失っていた。
一刀は苦笑するが、気持ちの切り替えはどうにか行う事が出来た。
自身の内に眠る氣と言う力を全て刀に纏わせる。
これこそが一刀の切り札。
氣によって刀の重さを変えずに長さと切れ味を増幅させる。
「よしッ!」
一刀は気合をいれ、氣を安定させる。
刀はオーラを纏い、いかにも斬れ味が増したような、そんな状態だ。
「俺が先に突っ込んで隙を作る。カズトのソレをあいつに叩き込め」
「分かった」
「僕も援護するよ!」
「じゃ、行くよ!」
3人はブラック目掛け走り始めた。
何を企んでいるのか分からないが、コブラはブラックに攻撃をさせまいと援護射撃で3人の援護する。
ブラックは銃弾を弾くのに集中しており、一歩も動けない状態だった。
最初にマチェットナイフをレインは振り下ろす。
ブラックはギリギリでソレを受け止めるが、横からの援護をしてくる優二によって更に一撃。
大鎌を持ち上げ、石突きで一撃を受け止めるが、これ以上の受け止めるような事は出来ない。
「邪魔だ!」
ブラックは2人を無理矢理に吹き飛ばした。
だが、無理矢理吹き飛ばした為に、隙だらけで、一刀の一撃をとても受け止められるような状態ではなかった。
「北郷流、鬼斬!」
一刀が放つ必殺の一撃はブラックの肩口を捉えるコースだ。
一刀の身体能力と氣が合わさり、鋭く速い一撃。
これが並大抵の敵ならば確実に殺せたも同然の技だった。
ブラックは鎌から手を離すと、そのままの勢いで手を前に伸ばした。
氣で伸ばされた部分は触れず、刀身のみを白刃取りで捕まえると、速度を完全に殺し、膠着状態へ持ち越され、技は不発に終わる。
「何っ⁉︎」
「お前達の事は調べさせて貰っている。北郷流、氣とやらを使った技を多用するらしいが……」
一刀は必殺の一撃が通らなかった事に驚愕させられ、ブラックはニマリと頬を緩ます。
「この程度のことは当然、全て把握済みだ」
全て、予測の範疇であったと勝ち誇ったようにブラックは一刀に現実を突きつけた。
一刀は、自分が失敗したと思うのと同時、自身に強烈な死が迫っている事を理解する。
とてつもない殺気が一刀を包み、一歩も動けなくなる。
一刀が射線内におり、動きの止まったブラックを撃つことはかなわない。
誰しもがヤバイと思った時、
「なら、これも把握しているのか?」
突如、声と共に城の屋根辺りから何かが降ってくる。
それはブラックの後ろの地面に直撃し、土煙りを舞い上げる。
よく見れば白を基調とした格好している追撃に出たばかりのホワイトだった。
あちこち、ボロボロになり白の法衣は土埃で所々茶色にそまっている。
ホワイトらボロボロになった体を無理矢理に起こすと、上から降ってくるその声の主の攻撃を迎撃しようと防御体勢を取った。
直後、大鎌の刃がホワイトを襲う。
大量の土を巻き上げ、その威力の高さが伺える。
その人物もつい先日、愛紗と共に幽州に旅立ったばかりの空だった。
地響きと共にホワイトが転がってくる。
既に彼女には戦意は無く、立ち上がる事さえままならない。
助けを求めるように「もう止めて……」と喉を振り絞って懇願するが、その相手には届かない。
土埃を鎌の剣圧で全て弾き飛ばすと、一歩、また一歩とゆっくりだが確実に近づいてくる。
「なんでお前がッ⁉︎カームを倒したとでも言うのか⁉︎」
ホワイトを守るように前に出たブラックの顔からは余裕の二文字は消え、緊張が見え始めている。
「悪いが、倒させて貰った」
淡々と言い放つ空は、旅人が使用するローブを見に纏い顔をフードで完全に隠して表情は伺えない。
だが、その言葉は今まで一番乾き切った冷淡なもので、無そのものの様に感じる。
「誰よりも用心深く、慎重な君が、失敗するなんて思いもしなかった筈だ。だが、君は相変わらず詰めが甘い」
「まさか⁉︎ 記憶を」
「ああ、思い出したさ。君達と殺し合い。殺したあの実験の記憶を」
フードを取り払うと、そこには何もかも興味の失った様に無感情で睨みすらしていない顔が露わになる。
そして、その目はいつもの目とは大分違った。
普段の時とも戦闘時とも全く別、先日の袁紹相手に人格が変わった時のような目をしていた。
全てを諦め、絶望し、何故生きているのかと語ったような目だ。
ただ、その時とは違うのは人格はあの時みたいな別人では無く、良く知る空そのもの。
何故?としか思えない。
「博士曰く、完璧な計画とは、全て想定通りに進むことではない。想定外の事態にも柔軟に対応できる可塑性を持ち合わせて、初めて完璧な計画となる。相変わらず君は、全て想定内に進めようと躍起になっているが、想定外の対応はまだまだ甘い」
「随分と言ってくれる。もう時代は変わった。お前が最強の時代は終わった!」
「誰も俺が最強なんて言った覚えはない。それは君達が勝手にそう言っていただけだ。時代が変わったと言うなら……俺を殺せるだろう?」
言葉の端々から悪寒が走るような感覚を一刀は味わった。
明確な殺意は感じてすらないのに、それでも彼が放つ言葉からは見えない手のようなものが伸びてきて、首を締め付けて行動を支配してしまうような、そんな感覚が走る。
空がもし、あの時の別人格と完全に合わさったなら人を操り人形のように支配出来てしまうのではないかと恐怖心も同時に湧いてくる。
そこから一歩も歩みだす事は出来ず、ただ見守る事しか出来ない。
「生きてさえいるのなら半殺しでいい。やれ!」
どこから現れたのか、ブラックの部下達が姿を見せ空に突っ込んで行く。
手には銃器ではないにしろ、両手剣や槍など近接戦闘用の武器を持っている。
対する空は鎌一つ。
この状況では数の暴力である。
徐州の兵達を次々に殺しているブラックの部下の兵は決して弱くない。
侮れば手痛い損害を受ける強さだ。
対して今の空の戦闘力は不明にしろホワイトをボロボロにするまで追い込んでいる。
それが油断から目を覚ますには十分たる理由である。
彼等は空を半殺しにする為、各自散開し、死角を狙う。
空は左手を散開し散らばっている兵の1人に向けた。
ローブの袖の内側から何かが射出するとターゲットされた兵の首に食い込んだ。
「うぐッ!」
気付けば首に鋭利な金属で出来ている小型の杭のようなものが刺さっており、そこには極細のワイヤーが繋がれている。
左手を少し動かせば、ワイヤーの巻き取りを開始し、無理矢理に繋がれた兵を手繰り寄せ始めた。
「止めろぉ!クソっ!」
必死に抵抗するも杭は外れず、徐々に空との距離は縮まっていく。
空は冷笑を浮かべ、右手で鎌を回転させ待ち構えている。
首から大量の血を流し必死に抵抗していた兵は、抵抗虚しく鎌の餌食になり首から上を斬り飛ばされた。
それでも諦めまいと仲間達は死角から槍を放つが、まるで後ろが見えているかのように回避し、槍を持つ手を切り落とされる。
行動に隙は無く、ターゲットされた兵はワイヤーと鎌の餌食にされる。
絶望する程の脅威ではないのに攻撃は一切届かない。
15もいた部下達は気付けば3人にまで減っていた。
残った3人の内2人も四肢を取り落とされ、戦える状況ではなかった。
「そんな小悪党のような行動は君には似合わない。普段の君はもっと冷静な筈だ」
「お前がブラック様の事を知っているかのように言うなぁぁあ!」
残った1人は上司を馬鹿にされ、激昂し突っ込む。
空はその攻撃を武器を使わずに手のみで敵の両手を掴み上げた。
「よく知っている。君よりも、よく知っているんだ」
「や、やめてっ⁉︎」
空は手首を掴む力を強めていく。
武器を掴んでいられなく、手からこぼれ落ちてしまう。
カランと音を立て、槍が地面に転がり、抵抗のすべを無くす。
無力化しても空は止まらなかった。
もがき苦しみ、必死に抜け出そうとするが、空は手に込める力を強め、黙らせる。
その目には先程まで敵を見る鋭い目付きは無く、無抵抗のまま殺されていく家畜を見る哀れみだった。
相手が女性兵士であろうと、戦う事が出来なくなった途端、興味を無くしたように鎌を取る。
鎌を構えたその時、一刀が空を止めさせた。
「それ以上は止めろ!」
「何故君が止める一刀?君達を殺そうとし、仲間も大勢殺されている。君だってこの状況の悲惨さを知ってる筈だ。殺すのに十分たる理由じゃないのか?それとも無抵抗な敵を殺すのに抵抗があるのか?」
「無抵抗の人を殺すのは人のする事じゃない!そんなの外道だ!」
空はため息を吐き、呆れる。
「一刀……君は何故争いが起きるのか良く考えるべきだ。戦争とは怨みや妬みなどの負の感情が原因で起こる。今、この敵の命を生かせば、この敵の仲間を殺された怨みは誰に向けられる」
「それでも話し合えば、分かり合えるかも知れないだろ!」
「殺し合う者達が握手で仲直り、なんて事は夢でしかない。結局、どちらかが滅びるまでやるしかないんだ。俺達の故郷はそれで今でも争いを続けている」
空は手で掴んでる女に目を向け、語りかける。
「君だってそう思うのだろう?仲間を殺されて憎い筈だ。今すぐにでも殺しやりたいと思うのだろう?」
無力化されている彼女にとって、今はこの状況では憎しみよりも恐怖が優っている。
生死を空が握っている以上、彼の機嫌を損ねれば命はない。
この場合の彼が望む回答は憎いの一つだけ。
だけど、目の前の彼は上司よりも恐ろしく、底の無い闇のように感じる。
気付けば目に涙を浮かべ顔を横に何度も振っていた。
「そうか……なら君に選択肢を与えよう。仲間を裏切ってこちら側に来い。そうすれば命までは奪わない。だが、一度裏切れば君は多くの仲間から恨みを向けられる事になる。何を為すべくして戦いに身を投じるのかは知らない。その恨みと言う呪いを克服できると言うのなら、手を差し伸べよう」
迫られる究極の二択。
生きて生涯仲間から恨まれるか、何も出来ずに呪いながら殺されるか。
どちらも受け入れ難い内容だ。
死を選べば、文字通り全てを失う。
例え、生を選んで、隙を見てこの目の前の男を殺せたとしても、仲間から裏切り者として、そしてこの男の仲間からは復讐として狩り立てられる事になり、居場所すら無くなる。
それを知った上でこの男は選択肢を与えたのだ。
どちらを選べば正解なのか、考えれば直ぐに分かるだろう?と。
証拠に笑いを堪えるような顔をしている。
やはり自分の上司であるブラック様よりも恐ろしい。
これだけ絶望を与えておいて、わざと希望を見せてくるのだから。
更に天の御使いには恨みは消えないと牽制までしている。
小さくしか頷けなかったが、空にはちゃんと伝わった。
「契約は成立した。毒を食らわば皿までと言うことわざがある。覚悟を決めたのなら裏切ってくれるな。処理が面倒になる」
空はブラックに不敵の笑みを浮かべ、彼女を一刀へと投げ渡した。
一刀は慌ててキャッチするが、
「人を投げるなよ!」
空に文句を付ける。
だが、空は一刀に見向きもせず
「それと、後一つ。どうやら時間通りのようだ」
「空殿!ローンウルブズの協力の下、街の敵は制圧完了しました」
まるでこうなる事が分かっているかの様にブラックと向き合う。
愛紗の報告を背に、ブラックの計画に王手をかけた。
「王手だ。アル・ブラック・アルヴァーン」




