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真・恋姫†無双-獣達の紡ぐ物語-  作者: わんこそば
第四章 空の記憶退行/黒白の殺し屋
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83話 臆病者

「何とか逃げ切れたか……」



力尽きたかのように、空は木に背を預けて腰を落とした。

未だ頭から血は流れ、左肩も負傷した空は五体満足であるものの、ボロボロだった。

空はポーチから無針注射器を出すと、左肩に当て、液体を注入する。



「くっ……」



体に異物を入れ、苦悶の顔をする。

左肩に注射したのは鎮痛剤とアドレナリンの混合された薬だった。

注射器をどこかに投げ捨てると、今度は額の傷の手当てを始めた。

消毒液やら、止血剤やらを取り出し、応急処置を右手のみで行う。

手慣れた手つきでそれを応急処置を終えると、ふぅと一息ついて



「さて……随分北に来たけど、どうやって南下するか……」



絶望した表情で、更に困惑したように口を開いた。

普段無表情で、笑いすらせず、怒りや睨みといった表情しか見ない愛紗に取っては、珍しい状態だった。

それぐらいに今の空は、普通ではなかった。

見れば手は震え、額からは冷や汗が伝っている。



「取り敢えず迂回するべきか。近くに山があった筈だ。そこを上手く利用出来れば、何とか幽州からは脱出できる筈」


「迂回?倒せたのではないのですか?」


「倒せてるなら逃げてない。あの時、爆発と同時に後ろに飛んで衝撃を殺していた。それに破片程度じゃ死なない。反応は近くないけど、確実にこちらを探してる」


「なっ⁉︎……」



あれだけやっておいて、まだ生きている事に愛紗は絶句した。

普通、あんなもの喰らったら死ぬ。

そんな当たり前の事なのに、それを裏切られるとは誰も思わない。

この目の前の男もそうだが、天の世界はどうなってるだと詰め寄りたい気分にさせられた。



「あれぐらいじゃ死なないんだ。あいつも……俺も……」


「あの者を知っているのですか?」


「知っていると言うよりは、思い出したと言った方が正しいのかもな……」



頭を押さえ、よろめきながら空は立ち上がる。



「色々話す前に、ここに長くいるのは危険だ。日も暮れかけいる。一度、どうするか決めないと……」



空に言われ、日が落ちかけて夕暮れに染まっている事に気付かされる。

それに戦闘に夢中になり過ぎて、時間の流れさえわからなくなっているまでに体が疲弊している事を忘れていたのか、疲れが一気に押し寄せる。

空は太陽の位置を確認しながら歩き始め、愛紗も疲労感を黙らせそれに続いた。



崖に沿って歩いていれば、地殻変動によって作られた穴を見つけ、空達はそこで夜を明かす事にした。

空はマチェットナイフで収集した木々の枝を適当な大きさに切り分けると、それを重ねて山を作り、ライターで枯葉に火を付けて焚火にした。



「流石にあいつも夜は行動してはないようだ……」



外の様子を確認しながらホッと一息つくと、空は力が抜けたように座り込んだ。

しかし、安心できないこの状況で愛紗にはあの死神と名乗った男の氣は感じられない。

それは戦闘中にも氣を一切感じ取る事が出来ず、何処にいるのかさえ検討もつかない。

落ち着いていられるとは思えなかった。



「俺から氣と言うものは感じるのか?」



愛紗のそんな思考を感じ取った空が質問した。

そう言われ、愛紗は空の氣を感じ取ろうとした。

しかし、目の前にいるのにも関わらず氣は感じられない。



「それが答えなんだ。その氣がどんなものなんて検討もつかないが、俺やあいつにそんな便利な力なんて持ってない。その代わりに、五感はそれなりに良い。けど、本当に無かったとは……」



自身に氣と言うものがない事に驚きつつも若干ガッカリした。

だが、愛紗にとって天の世界に住む人でも空以外からは普通に感じ取る事が出来ている。

特に一刀なんかは普通に氣を自由に扱えているのだから。



「いや、俺とあいつが異常なだけだ。色々あって、色々なモノを失った。きっと、途中でその氣とやらも落として来てしまったのだろうな……」


「貴方は一体どんな過去を?」


「あまり話したい過去じゃない。ただ、人に褒められるようなものじゃ無い。君とは違い、あまりに罪深い」



少し前に見た、別人格の空と一緒の暗さを出す空だが、性格は全く別で今までと変わらないように愛紗には見えた。

ただ、その暗い闇の部分は、より一層暗く見える。

きっと、私には想像さえつかないのだろうと愛紗は考える。



「語るのも良いが、今はどうやってあいつを振り切るのか考えないとな……」



ただ、死ぬ事を望んでいたもう1人の空とは違い、まだ諦めてはいなかった。



「ただ迂回では足りないのですか?」


「迂回する事など予想しない訳がないんだ。俺が敵で、相手との差が歴然の状態で、尚且つ敵が逃げ、こちらが主要な場所に居座った状態なら同じ事を考える。……ん?こっちを迂回させる理由は?」



同じ状況での自分のとる行動を言いながらある事に思い当たる。

迂回させる理由がないのだ。

実力差は歴然で負ける要素など、どこにもない。

それが空が気付いた事だった。



「こちらを疲労させたいからでは?」


「実力差が歴然なのにそんな事をする必要はない。俺もあいつも夜目が利く。狩り出してしまえばそれで終わる。何か別の意図?敵を迂回させたい時、君ならどう考える?」


「そうですね、時間稼ぎか、他には」


「時間稼ぎ、それだ。カームは今はあの砦近くにいる。そして、ここから馬も使わずに迂回すれば徐州に辿り着くのに7日は伸びる。こっちを狩るのが目的じゃないとするのなら……」


「ご主人様が危ない⁉︎」



空も愛紗も策にハマっているのだと気付かされた。



「今は危な過ぎる。明日の早朝に動こう」


「そんな⁉︎すぐに動かなければご主人様達が!」


「徐州には俺より強い奴がゴロゴロいる。直ぐに負けるなんて無い。彼等ならきっと上手くやる。だからこっちも確実に脱出しないといけないんだ。失敗は出来ない。だからこそ今は休まないと」



珍しくよく喋る空。

何度も体験してきたからこそ言えることだ。

何度も窮地に立ち、それでも戦い続けてきた空だからこそ休む大事さを知っている。

愛紗は落ち着きを取り戻し、今度は素直に首を縦に振った。



「一応だが、作戦はある。成功する確率はおおよそ半分もないぐらいだけど」


「どんな作戦なのですか?」


「片方がアイツと戦い時間を稼ぐ。その間にもう1人が幽州から脱出する。残るのは俺。脱出は君だ。1人でもここから脱出出来た時点でこっちの勝ちだ。多分敵も君が戻れば徐州への何らかの攻撃は諦める筈」


「どうしてそう言い切れるのですか?」


「敵はわざわざ俺達を足止めしたい程に慎重なんだ。予定外の事態には必ず一度撤退する。そうでもしなければ慎重になる必要なんてないんだ」



そう、化け物じみた元親友を用意してまで慎重になる必要はない。

空は心の中でそう付け足した。

空は敵の策の中にはそれぞれ別の陰謀が渦巻いていると予想した。

そうでなければこの敵の足止め事態無意味だ。

徐州は殲滅が目的だとして、多分こっちの目的は関羽の殺害。だが、元親友はそれをしなかった。

あの時に殺意は一切感じられず、何かを試すように戦っていた。

レミントンM700を失う事になったが、それでもそれが分かっただけでも大きな収穫だ。



「見張りは俺がやる。徐州への道のりは遠い。今のうちに休め」



空はそう言い、愛紗に背を向け外へと向いた。

空は夜空を見つめながら自分の手をかざした。

武器を握り、人を殺し続けて来た両手。

黄色人種の割に色白なその両手は綺麗に見えてはいるが、空にとっては穢れて見える。

ずっと命を奪ってきたこの両手は例え色白でも、ドス黒い。



「俺は戦い続けるのだろうか?だとするなら、いつか神にすら手に掛けるのだろうか?」



後ろからすーすーと寝息を聞きながら空は独りごちた。



「なあ、カーム。君を殺せなかった俺を恨んでいるのか?あの時の選択は正しかったのか?……君に苦しみを背負わせてしまったのか?もう一度殺し合わなければならないのか?俺は君と違って、いつも……いつも臆病者だ」



夜空へと消える独り言は、後ろの愛紗が聞き耳を立てている事など空には分からなかった。

ただ、不安だけを残して……




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