81話 25番目の死神
「知らない。お前なんて知らない」
耳を疑うような事を言われ、空の口から発せられた第一声は弱々しくも否定の言葉だった。
この圧迫感に、空は目の前の自称知り合いには勝てないと本能的に察し、どうやって離脱するかを考えていた。
1人なら離脱するのは容易いが……
空は愛紗の方へと視線を向ける。
彼女を連れての離脱は恐らく厳しいだろう。
更に問題は彼女が離脱するのを考えているかにあった。
「思い出すのは後からでも出来るが、そこの女は邪魔だ、消えろ」
そう言って右手のライフルを構える。
空もP90を構え、撃とうとするが、本能が避けられると告げてくる。
空は狙いを変え、単発で撃ち込んだ。
その死神と名乗った人物も引き金を引く。
だが、引く直前に衝撃が伝わってタイミングがズレ、弾は愛紗には向かわず、直ぐ横の木に直撃させた。
とても人が扱えると思えないその威力は、木の上部を丸ごと吹き飛ばし、愛紗を衝撃波だけで吹き飛ばした。
「何してる!早く走れ!」
狙いを銃へと変え、弾いた空が叫んだ。
愛紗は吹き飛ばされながらも態勢を直ぐに立て直し、木々の中へ隠れる。
「邪魔をしないでくれるか、ソラ。今の目的は、あの女を殺す事だけだ」
「邪魔なのはお前だ。なぜ狙いは俺じゃ無い?何が目的だ」
「ソラは知らなくて良い。知ったところで、ソラ1人では何もできやしない」
「言ってくれる!」
ソラはP90をフルオートで銃弾を浴びせに掛かるが、その死神は左手に持ったソードで全て弾いた。
飛んでくる銃弾を、一つ、一つ綺麗に弾かれ、呆気にとられる空。
バックステップで距離を取りながら、グレネードを二つ取り出して死神へ時間差で投げる。
一つはスタングレネード。もう一つはフラググレネード。
視界を奪い、無力化しに掛かるが……
炸裂前のスタングレネードを蹴り上げると、2つ目のフラググレネードをソードで弾いてしまう。
だが、ほんの少しでも注意をグレネードへと向けたお陰で、空は何とか木々の中へと逃げた。
自分の気配を消し、少し丈夫な木の幹に乗ると、スリングベルトで繋がれ、担がれたM700を構える。
スコープを外され、軽量化されたそのボルトアクション銃は寸分違わず死神の頭へと狙いを付けて、7.62mm弾を撃ち出す。
殺った。
そう思うのも束の間。
体を器用に動かして、その音速を超えた弾を避けた。
「ッ⁉︎」
まるでこちらの居場所も撃つタイミングすら読み切られているような動きに、空はスモークグレネードを三つ用意して、ピンを抜いた。
居場所を少しでも撹乱させる為に3方向に投げられたソレは煙を吐き出し、林を煙で充満させた。
「何してる。行くぞ」
隠れて様子を見ていた愛紗を見つけ、空は無理矢理に手を引きながら走った。
空と死神の戦いを見てもまだ戦意が十分な愛紗は何故逃げるかと空の手を振り解こうとした。
「……しかし」
「アレと戦うつもり?死ぬよ」
「戦わずしてどうするおつもりですか?」
「戦えば、間違いなく君はあのワーカーと同じ目に合う。それで死を選ぶのであれば、君の理想という物は所詮その程度と言うことだ。君を犠牲にすれば俺は簡単にここから離脱はできる。が、それを望む者はいない」
「なら__」
「逃げる」
「__は?」
即答で言われ、愛紗は耳を疑った。
今まで散々、戦場を荒らし回ってきた人物の言葉とは到底思えない。
「敵わないのなら逃げるのが一番だ。戦ったところで時間の無駄。メリットが無い。ベンジャミン・フランクソンも時は金なりと言ってるぐらいだ。時間を無駄にするぐらいなら、逃げて対策を取った方がまだマシ」
感覚は全く兵士とは異なる空の感覚は傭兵そのもの。
あらゆる事を利益に照らし合わし、見合わないのなら戦わないと言う選択肢すら取る。
利益の為にではなく、国の為に戦い、死ぬと言う兵士とは全く異なる。
空はそれにと付け加え
「あの化け物の戦闘力は俺の倍近い。経験で何とかアレに少しは食らいつけるかも知れないけど、ほぼ勝ち目は無しだ。正直、2人で挑んでも倒せる確率はかなり低い……。連携できない分、寧ろお互いに邪魔しか出来なく、ただでさえ低い勝率を更に下げる」
先程のちょっとの戦闘で実力差を理解しての言葉だった。
一応、二対一の状況も想定しているようで、互いの相性も何も無いこの状況の悪さすら理解していた。
空は走りながら、迫ってくる死神に向けてM700の狙撃を幾度か行なった。
しかし、全く状況は好転しない。
往生際の悪い時間稼ぎと言ったところだった。
「アレは俺と同じタイプだ。目的の為なら手段は選ばない。今、アレの目的は俺を確保する事ではなく、いずれ邪魔になる君を排除する事のみ。この場合、君が離脱に成功した時点でこちらの勝ちだ。俺1人でなら、十分に時間を稼げる。その間にここから離脱しろ」
「あなたはどうするのですか⁉︎」
「離脱を確認してから何とか逃げ……ッ⁉︎」
最後まで言い切る前に、死神の一撃が2人に迫り、空は咄嗟に愛紗を蹴飛ばし、M700でその一撃をガードした。
M700を真っ二つにされ、それでも勢いを殺しきれなかった空は吹っ飛ばされた。
起き上がった愛紗が見たものは、木に背を預け、頭から血を流してぐったりしている空の姿だった。
「ようやく追い付いたか。射撃の腕を随分とあげたな。だが、何だその動き?以前よりもノロマだ」
ぐったりしたまま動かない空に向けて、何の感情すら感じ取れない言葉を投げ掛ける死神。
愛紗は後ろから首元へ目掛け偃月刀で一閃するが、その一撃は届かず、愛紗は蹴りの一撃で吹き飛ばされた。
何とか受け身を取りながら地面を転がると、吹き飛ばされた勢いを利用して距離を取った。
だが、蹴り飛ばした死神は愛紗の後ろに回っており、左手に持ったソードを背中に突き付ける。
「恐れるな。死ぬ時間が来ただけだ。大人しくその命を差し出せ」




