77話 ソラの単独任務
徐州の中でも人通りが多い大通りの店の一角で、優雅にお茶を楽しむ異国の女性がいた。
気品溢れる座り方や異国の人とだけあってか、周囲の視線は全て彼女に向いていた。
彼女は周囲の視線を気にもせず、ぶっきらぼうに座る目の前の男性に笑いかけた。
「どうやら上手く言ったみたいですわね、ブラック」
「ああ、あの馬は無事ソラに渡った」
「これで、ソラ様は無事に幽州に行けますわね」
「馬1匹でどうこうなるようなもんでもないけどな、ホワイト」
互いに色の名で呼び合うその2人はワールドギアに所属する隻眼の死神であり、罪の黒と無垢な白と呼ばれている。
真っ黒と真っ白の法衣を身に纏い、ホワイトと呼ばれる女性はシルバーの髪色しており、ブラックと呼ばれる男性はくすんだ金髪であった。
「それで、あのイーサンとか言う男の人はどうしましたの?」
「殺したよ。少し俺たちの事を知りすぎたからな。今頃は狼の餌にでもなってるだろうな」
「まぁ、なんて乱暴な」
「その口からそんな言葉が出てくるとはな。これからその乱暴をやろってのに」
物騒な会話をしながら2人はお茶をすすっていた。
異国の格好をして中華のお茶をすする光景は凄く不自然だが、ホワイトと呼ばれる女性の気品さでその不自然は打ち消されている。
その気品さに酔いしれる住民達はその物騒な会話など耳に入ってなど来なかった。
「俺が思うに、今までの失敗の原因の一つはあの群れない狼達が単独行動をしなかったからだ」
「あの戦闘力。個々は我々で潰せても、群れられると厄介。下手な策を労しても必ず誰かが解いてしまう」
「なら、分断してしまえばいい。あの群れの中でも特に脅威なのはソラとロイ、後はあのスナイパーと情報が殆ど入らないストームと呼ばれる男の4人だ。今、ロイは呉とか言う国、ソラは幽州。数人規模だが、偽の依頼を出しあるから人数は削れる。残りは2人で分断してやれば良い」
「そして、天の御使い2人は我々の足元にも及ばない」
「ソラについて行くあの関羽とか言う女はカームがなんとかするだろう。仮にカームがソラに殺れても我々がここを占拠して待てば良い」
「その上でソラ様を捕獲、その女を切り刻んでしまうと」
「そう言う事だ。さて、この作戦を決行する前に色々準備をしなくてはな。偽の依頼者役を演じる必要もある。遅くても2週間後までには全て終わらせなくては」
「では、行きましょうか」
そう言うと2人は席を立ち、消えた。
まるで最初からいなかったかのような、痕跡も残さず、幻影のような消え方だった。
その消えた2人は徐州の城壁に立ち、城を見つめている。
「さて、アレンジの21、22、25番目の死神の3人がかりだ。これで勝たなければネクストかオリジナルじゃないと勝てないだろう」
「さぁ、ワルツを踊りましょう」
***
「どう言う事だ……」
城門の前で旅人の格好をした空は、溜め息混じりに目の前にいるお堅い女性に聞き返した。
そのお堅い女性こと愛紗は空をひと睨みすると
「どうもこうもありません。私はご主人様よりあなたを監視するよう命じられているだけです」
素っ気なく返して来る。
これにはもう何も言えなくなる空はため息を吐いた。
「はぁ………聞いてないぞ」
「ええ、言ってませんし」
何の悪びれもなく言う愛紗に、空は「こいつ、計算してやがる」と内心毒吐きながらも、帰らせる事を諦める他なかった。
「もういい。言っとくが、俺と来てもつまらないぞ」
「監視するのに、面白いもつまらないもありませんので」
「邪魔だったら置いてくからな」
「置いていかれる事はないので大丈夫です」
この自信はどこから来てるのかと疑問に思うが、言ったところでどうにもならないのを理解した空は、無言でアレイオンに跨った。
アレイオンには馬具の他に、ケースに入れられたライフル銃、予備の弾薬、食糧とその他装備が過負荷にならない程度に積まれている。
嫌がりもせずに空を乗せると、アレイオンは愛紗と一刀から借りた馬を一瞥し、道に沿って歩き始めた。
愛紗も空を追う為、馬に跨りアレイオンの後をついて行く。
それから数時間、道に沿って馬を歩かせていると、小さな湖が見えて来る。
空はアレイオンを止めさせると、「休憩だ」と一言言って、石の上に腰かけた。
愛紗も馬から下りると、馬を湖の近くまでやって水分補給をさせた。
時間は丁度お昼時だろうか。
愛紗は桃香から渡された弁当を手に、空がどんなものを食べるのだろうか?と見るや、通称10秒チャージ片手に地図を広げていた。
愛紗の記憶が正しければ、同年代の男、とは言っても一刀だが、一刀はもっと食べていた。
それが、あれだけで大丈夫なのだろうか?などと1人疑問に思っていると、見られていることに気付いた空が不満そうな顔をしていた。
「何?」
「いえ、何も」
「気になる顔しといて、よく言う。どうせコレだろ」
まだ飲んですらいなかった10秒チャージを愛紗に放り投げた。
愛紗はそれを受け取るが、ソレがどう言う食べ物なのかは分からなかった。
「俺の世界の、言ってしまえば軽食だ。必要最低限のエネルギーは確保出来る」
空が上のキャップを捻るようにジャスチャーするのを愛紗は真似して、10秒チャージのキャップを捻った。
カチカチと音あげ、飲み口からキャップが離れる。
まだ見ぬ感触に心踊らせ、好奇心のままに飲み口を自分の口へと近づけた。
そのまま吸い上げるようにしてみれば、味わった事のない食感と、果物のような風味が口の中に広がる。
一言で言えば、美味しい。
このドロっとした食感は何とも言えないものだった。
「そんなに美味しかったのか?俺はあまり好きではないが……」
こんなに美味しいのにどうして?と、そんな顔を愛紗はした。
「戦闘中に胃を刺されたりした場合、胃の中に何か入ってると2次被害が出る事がある。そんな奴を見た事があるから仕事中は食べない。食べるとしても消化が早いものだけ食べる。それだけだ」
合理的な判断を好む空にとっては、食事なんて胃に入ってしまえば何でも構わない。
後は消化が早いか遅いかの違い。
空にとって、仕事は戦うことであり、命の奪い合いである。
負けるつもりなんて最初からない空だが、それでも何かあった時の為の保険は忘れずに用意する。
その結果、食事はあまり好きではないが消化に早いモノを食べるであった。
「それに食べなくても水さえ何とか出来れば一週間は活動できるように訓練してある。気に入ったなら全部食べて構わない」
そう言って空はアレイオンを近付けると、ポーチからいくつもの10秒チャージを見せた。
愛紗はそれを聞きながら飲んでいると、ある事に気付かされる。
地味にお腹がふくれるのだ。
大した量はないのだが、ドロっとしたものがいい感じにお腹を満たす。
それはせっかく持って来た弁当を食べれないと言う事である。
どうしようかと悩んでいると、空が諦めたように言った。
「仕事中に食べたくはないが仕方ないか。どうせ、戦闘にはならないだろう」
愛紗は渋々だが、空にそれを渡す。
桃香が言うには「ご主人様特製、おにぎり弁当!」らしい。
残念だが、これは自分の胃を恨むしかない。
空は弁当を開けて、「炭水化物の塊だな……」と言いながらそれを頬張った。




