76話 空の馬選び
「リハビリ?俺が?」
徐州の執務室で一刀達が執務する中、扉の向こう側、部屋の外から声が聞こえて来た。
その声は不快にゆがんでるものの、空の声だと直ぐに分かる。
執務室の前では空とファントムが何やら会話しているようだった。
「ああ、最近のお前はいつもの単独での任務もこなしてないだろう?それに一週間も銃をろくに握ってないだろ。今朝にやったハンドガン射撃訓練の20メートル先の動態目標の命中率が56%だったとか」
「ゔっ……」
空が苦々しそうに顔をしかめる。
空達がやっている訓練とは実戦形式の訓練だ。
動かない上に反撃もしない都合のいい的なんて素人でも当てられる。
そんな発想から生まれたこの訓練は、ローウルブズのメンバーが撃ってくる制圧用ゴム弾を障害物などを利用しながら避け、不規則に動く標的に当てるという訓練だった。
しかも撃ってくるのは人間のため、間隔の規則性なんて無い。
ゴム弾のため、当たっても死にはしないが、とてつもなく痛い。
新しくローンウルブズ傘下の部隊として加入した元義賊達が試しに行ったところ一発も当たる事なくゴム弾によって気絶した。
それぐらいに難しいこの的当ては、ローンウルブズのメンバーですら100%命中しないのだ。
一番命中率が高いのはイーグルだが、それでも82%ほどだと言う。
「普段のお前なら確か76はあったよな」
「それを言われると弱る」
ある国の発表によると25ヤードの命中率が8%と言われている為、56%でも命中率がかなりものと言えるのだが、ローウルブズでは少し違うようだった。
その一つとされるのが、ローウルブズの平均命中が75%だと言う事である。
ファントムにより最低でも60以上は確保するように言われいる為、今回の空の記録は最低値を下回った。
一週間ほど別人格により、殆ど銃を握らなかったとは言え、規則である以上空は、何らかのリハビリをしなければならないのだ。
「内容は?」
これ以上言っても逃れられないと諦めた空は重たそうに言った。
ファントムは空のそれを聞いてニヤリと笑う。
「幽州の戦闘があった地域の調査」
「俺はホーネットほど諜報活動はできない」
ファントムからの命令を聞いた瞬間、不満そうな顔をする空。
それでもファントムは続ける。
「知っているさ。だが、あいつもゴーストもバイパーも外に出てて、他にできる奴がいないんだ。単独行動に優れているお前なら十分出来ると思うが?」
「人を何でも出来るみたい言っても困る。出来るのは戦闘と護衛ぐらいしかない」
「あの命中率で戦闘が出来るとは思えないがな」
「今日は調子が悪かっただけだ!」
空が珍しく食い下がった。
ドアに張り付いて始終を聞いていた一刀達はビックリして、目を合わせた。
「調査と言っても難しくとらえるな。大した事じゃないさ。戦闘痕から敵の使っている武器の調査や、周辺に住む住民から戦闘期間を聞く程度だ。出来るだろう?」
「まぁ、それぐらいなら」
「期間は明日から2週間ほど。バイクは使用するなよ、目立つからな」
「走れと?」
素でそう返して来た空にファントムは笑う。
「そこまで鬼じゃないさ。明日までに馬を用意しておけ。銃はあまり大きいのは持って行くなよ」
「馬にライフル持たせるのは駄目?」
「それぐらいなら許そう。ただし、目立たないようにケースか何かに入れる事が条件だ」
「了解した」
「それではジャック。幽州に赴き、今回あった事を調べろ」
「Yes,Commander」
英語で返した空は去っていった。
空もいなくなった事でその場は解散になり、ファントムもいなくなったが、一刀達はドアに張り付きっぱなしだった。
「大丈夫かな、あれ」
「さぁ……」
一刀が心配そうに扉の向こう側を見ていた。
桃香は一連の流れについて行けず、キョトンとしていた。
「ファントムさんは何を企んでるのか正直謎なところなんだよなぁ。俺がついて行きたいんだけど、どこかの誰かさんが許してくれないしなぁ」
「悪かったですね」
「かと言って桃香や鈴々が出来る訳もないし、星は今いないし、優二に任せる訳にもいかないよな……」
「要するに監視をすればよろしいのですよね。ならその任、私にお任せ下さい」
まんまと一刀の誘導に引っかかった愛紗が準備のために部屋を出て行く。
桃香はそれを心配そうに見つめていた。
「愛紗ちゃん行っちゃったけど、大丈夫なのご主人様?」
「流石の空でも知り合いを手に掛けたりはしないと思うし、寧ろあの強さなら何かあっても大丈夫そうだろ。それに、ここ最近は愛紗も働きっぱなしだから少しは息抜きは必要だろ?とは言っても真面目に監視しそうなのは目に見えてるけど、机に張り付いているよりは息抜きになるさ」
「だと良いんだけど……」
***
「どうです。この馬。毛並みが良いでしょう。これは良い土地で育ったと言う事です。値は張りますが貴方の希望に合う馬だとこの私めは思いますが」
「いや、俺はまだ何も希望してない……」
馬を買いに来た空は店主の押しにすっかり怯んでいた。
空がファントムに言われ、馬を買いに行ったまでは良かったのだが、街の英雄が来た事で店主のテンションが上がりに上がって、空がついて行けるレベルものではなくなっていた。
それでも店主の猛攻は止まらない。
「ならどうです?この馬は貴方様にぴったりです」
「それは俺が決める事でだな……」
「では貴方様のご希望はどのようなもので?」
「希望は……そうだな。機動性が高く、小柄で耐久性に優れているもの、だな」
「なるほど、なるほど。では、この馬はどうでしょう?」
店主に紹介された馬はアハールテケ、又はアハルテケと呼ばれる馬だった。
メタリック調の毛色が特徴の馬で、「黄金の馬」とも呼ばれるその馬は、現代では極端に個体数が少ないトルクメニスタン産出の馬である。
「アハールテケか……明らかに俺を嫌がってるんだが……」
あまりに希少な馬に空は少し驚かされたが、その馬の暴れ方で触るのを諦めた。
明らかに足蹴りを入れようとしてくる馬を触る気にもならない空は「他に何かいないのか?」と店主に聞きながら厩舎をうろついていた。
30分ほど厩舎を見て回っていると、厩舎の隅であきらかに雑に育てられている馬を見つけた。
「この馬でいい」
空が指を指した先にいた馬はこの厩舎では明らかに場違いな馬だった。
毛並みに優れる馬や力強そうな馬が並ぶ中、その馬だけは先ほどのアハルテケよりも少し小さく、毛並みはTHE・馬と言うような茶色でなんの変哲もない毛並みをしていた。
思わず店主は苦い顔をした。
「貴方様にこんな陳腐な馬で良い訳がない」
「こいつは馬種はマスタングだ。アメリカ原産だが、まだこの時は移民すら起きてないからヨーロッパの方だな。本当にマスタングなのか怪しいところだが、マスタングは小柄だが、頑丈な体を持ち、耐久性と知性に優れ、乗馬用として評価が高い。これでいい。知らないなら仕入れたとこにでも行って勉強するといい」
どこで手に入れた知識か、空は店主に披露すると店主は馬に詳しい客に驚かされた。
「なんと⁉︎私め、勉強不足でした。そんな良い馬がいようとは思いも致しませんでした」
「一つ聞く。この馬を売りつけた奴は知ってるか?知ってるなら直接会いたい」
「はい。もちろんですとも。この馬を売ったのは遥か西、砂漠のかなたから来た商人でございます。今は西涼で馬を買い付けているのではないでしょうか」
「名前は?」
「商人の名はイーサンと名乗っておりました」
「感謝する。あと、俺は動物の世話が出来ない。あんたが管理してくれ。明日には一度その馬を使うから馬具も揃えておいてくれ、金はいいだけ出す」
「畏まりました」と慌てて馬具の準備をしに店主は店の奥へと消えてゆく。
空とマスタングは互いに探るように見つめ合っていた。
静かな時が流れ、ようやく空が口を開いた。
「お前も一人、いや一匹か」
「……」
返してくるのは呼吸音のみ。
なんの反応も示さないマスタングに空は目を見ながら語りかけた。
「俺にはお前がどんな風に育ったのかなんて露ほども知らない。だが、それはお前も同じ。それでもお互い孤独なのは知ってる。どこにも馴染めず、道かも分からない場所を彷徨い続けている哀れな奴。それが俺とお前。1人、1匹で駄目でも、2人でなら道は見えてくるのだろうか?」
そんな期待を込めて語る空にマスタングは「そんなのは知るか」と空を見つめた。
人の言葉を少しは理解出来ていると、空はほんの少しだけ口を動かし笑みを作る。
ぎごちない笑顔だが、マスタングも無言でそれを見つめていた。
「少しで良い、孤独な俺に力を貸せ。お前の名前はアレイオンだ」




