72話 別れた道の一つは暗く
徐州 城の地下牢
「ちょっと!いい加減にここから出しなさいな!この私を誰だと思ってるんですの!」
「麗羽様〜無駄ですよー。私たち捕虜なんですから」
「でもよ斗詩。このまま7日以上経ってるんだぜ。そろそろ何かあってもいい頃だろ?」
「なんで疑問系……」
先日捕らえられた彼女達は一週間ほど牢に詰め込まれいるだけあってか、ストレスで喚き散らしていた。
いや、一週間”も”喚き散らしていた。
看守達は頭を悩ませる種が尽きず溜め息を吐いていた。
「さっきからそこ、煩いんですけど。美羽様が起きたらどうしてくれるんです?死んで償って貰いますよ」
「命と釣り合ってないような……」
「おい!煩いぞ。静かにしろ」
叙勲が不満たらたらに文句を言っていると、看守に牢屋を叩かれる。
看守はずっとこんな感じで喧嘩をされる彼女達を何度も諌めるを繰り返してるせいか、元気が無くなっている。
それでも初日の牢屋が一緒だった頃の取っ組み合いの喧嘩に比べば幾分かマシになっている。
それでも内心早く交代の時間が来るのを待ち望んでいた。
それから一時間。
「交代の時間です」
「おお〜、ようやくか。すまないが後は任せたぞ柊」
交代としてやってきた元義賊の頭の娘柊は、徐州攻防戦時まだ何も出来なかった為、街の警備部隊と合同で警備にあたっていたが、それも落ち着いて来た今、看守としての役割も与えられていた。
まだ、信頼もそんなに置かれている訳でも無かったが、敵捕虜の数が数だけに人手不足と元義賊達も駆り出されていた。
「くれぐれも逃げようとしないでくださいね。殺したくありませんから」
煩く騒ぎ散らす彼女達に冷たく注意すると、持ち場に着いた。
彼女達はそのあまりの冷たさに喧嘩どころではなく、首を縦に何度も振って大人しくなった。
「ハハハ、いい感じになってきたな柊」
それを見て笑う人物が1人。
ファントムは面白おかしそうに笑っていた。
「ファントム隊長!どうしてここに?」
「私もいますよ」
「ホーネット様まで⁉︎」
「いや、この者達に聞きたい事があってだな。だが、こいつ1人で十分か」
「こいつとはまた失礼ですね。まぁ、私1人で十分なんですけどね」
2人がなぜこんな地下牢まで来ているのか理解できてない柊はあたふたしていた。
それを見てファントムは何か言いたい事を思い出したらしく、柊の肩を叩いた。
「それより喜べ、柊君。君の身体能力の高さは充分に把握している。それでこちらもそろそろ傭兵として派兵したい。という事で君はこれから空の直属の部下として強襲班に配属だ」
「あ、さ、る、と?」
「強襲、突撃の意味を持つ言葉だ。強襲、奇襲、急襲と何でも出来る戦闘力が高い奴を集めた班だ。君には素質がある。詳しい事はまた後日だが、今は看守としての仕事を頑張っておけ」
「は、はい!」
「空はああ見えて教えるのは上手い。安心しておけ。まあ、人数見れないのが難点ではあるが、君の他にも49名は選出しておく。じゃあ、後は任せたぞホーネット」
そう言ってファントムは行ってしまう。
しかし、ホーネットはニコニコと笑いながら近付いてくる。
その笑みは乾いたような笑みで目が笑ってない。
「では、尋問を始めましょうかね」
「ひいぃ⁉︎」
これには柊も苦笑いするしかなかった。
一方その頃
「ご主人様ー!」
「鈴々いたか?」
「見つかんないのだ」
「今度は一体どこに行かれたのか」
「カズ君ー!どこに行ったのー!」
昼近く、城の中は騒然としていた。
この城の主がまた姿をくらました事に仕える者達が騒ぎ立てていたからだ。
城の主は人の目を掻い潜り、人気の無い場所をするすると通りながら城の中庭へと抜け出していた。
「ふぅー……なんとか巻けたかー」
主こと一刀は部下達を上手く撒いて中庭の避暑地で一息をついた。
ここ1週間ちょっと、全くと言って良いほど休めなかった一刀はようやく抜け出せた事に安堵しつつ、この城の中庭でも大きな木に背中をもたれさせて木陰に座る。
しかし、その場所には先客がいた。
「うわっ⁉︎びっくりした」
「やあ」
「なんだ空か、脅かすなよー」
「えっとお兄さんは……北郷一刀だっけかな?」
中身が昔の空になってしまっている為、一刀の事が分からなかった空は一刀かどうか尋ねてくる。
「そうだよ。で、空はここで何やってんの?」
「この国の本を読んでるんだよ。天気も良かったし、外で読もうと思ったんだ。そう言うお兄さんは?人が探してたと思うけど?」
「もしかして聞いてたのか⁉︎」
「聞いてたも何も、あんだけ騒ぎになれば嫌でも耳に入ってくるよ。早く帰らないと怒られると思うよ?」
「寧ろほとぼりが冷めるまで帰れないんだ。逃げなくても怖〜い鬼が俺の目の前に立ってるんだ。時間がありません、早くして下さい。なんて睨みながら言ってくるんだぜ?」
「それは嫌だね……」
「だろー!と言う事で匿ってくれ!」
「匿っても良いけど、その後でどうなっても僕は責任取れないよ?」
空が言い切る前に一刀は何か感じとって空が背もたれにしている木の後ろへ隠れて行ってしまう。
仕方ないと空は再び手にしていた本のページをめくり始めた。
すると1分もしないうちに一刀が言う鬼がやって来た。
空は来るの早いな……と驚きつつも本のページをめくっていく。
するとその鬼は一直線に空の方へやって来た。
ただならぬオーラを放つ彼女に空は、これは僕でも逃げるなと思い、話し掛けてこなければ気付かないフリでもしようと心に決めた。
しかし、その決心は直ぐに無駄となってしまう。
彼女が放つあまりにも強いオーラには流石に空でも勝てなかったようだった。
「やあ……何の用かな?え、えっと……関羽さん?」
「そう言えば、私の知っている空殿とは違うのだったな。そんな畏まらなくてもよい」
「それで何の用かな?凄く怖い雰囲気してるけど……」
「いや、少しばかり人を探していてだな。白い異国の服を来た男の人を探しているのだが?」
「あー、お兄さんの事ね」
「なんだ、知ってるのか!」
「ここには来てないよ。何かあったの?」
「仕事が溜まっていてな。今日こそ綺麗に片付けて貰うと……ゴホンッ、お前には関係の無い話しだったな。失礼する」
「ちょっと待って」
そう言って立ち去ろうとする愛紗に空は安堵する筈が何故か呼び止めていた。
愛紗はなんだ?と空を睨む。
「見た所、凄く気を張り詰めている」
「お前には関係の無い話しだ」
「確かに関係は無いかもね。気を張り詰めるという事は心が休まらない状態なんだ。それを続けているといずれは耐えられなくて倒れてしまう。君が倒れるとお兄さんが悲しむよ」
愛紗の肩がビクッと震える。
「そんな事、お前に何が分かるって言うのだ!」
そんな事などわかっているという筈が、気付けば声を荒げていた。
空はビックリするが、直ぐに冷静に愛紗を見つめると
「君は確か武将だったよね。今だって……」
一瞬にして空の姿が愛紗の視界から消えた。
直後、トンッと頭の上に本を置かれる。
「気を張り詰め過ぎて普段見えるモノも見えなくなってるよ」
「⁉︎」
「今のは君が意識している死角、隙間とも言うかな。そこを突いたんだ。今のが僕以外の死神だったら殺されているよ。それこそ道端に落ちてる石を蹴るように……」
愛紗は後ろに振り返るがそこに空はいなかった。
支えを失った本が、重力でするりと愛紗の手元に落ちてきた。
さっきまでそこにあった気配は無く、本だけが愛紗の手に残されている。
「僕はここだよ」
声が聞こえてくる方向は最初空が座っていた木の方だった。
しかし、最初に座ってた位置は木から落ちてくる葉っぱが舞っているだけで人の気配など感じない。
「上だよ、上」
愛紗が言われた通りに少し上を見上げれば木の枝に足を引っ掛げてぶら下がった空がニッコリと笑いながら愛紗を見ていた。
「もしかしてだけど、君が気を張り詰めているのは僕のせい?僕が君の後ろを取った時に体が変に強張ったのを感じたんだ。疲労の度合いから、僕が現れた時と一致するんだ。前の戦いで君に何か考えさせられるような出来事があったじゃないかと思うんだけど違う?」
そう言うと、空はスタッ!と地面に降り、愛紗の瞳をまじまじと見つめて来る。
その見つめてくる瞳は以前の空とは真逆の暖かい光を感じた。
だが、肝心の芯の感情という部分は分からない。
だが、前の空とは違って人を見抜くような鋭さに一瞬呆気に取られる。
「違う」
「嘘だね。君の瞳はそうだと言ってるよ。直接……じゃないかも知れないけど僕が関わってるのは確かっぽいね。力の差……戦いの中で無力だと感じたから、焦りを感じてる。だからそのストレスを内政というものにぶつけた。けど、それも空回りしている。違う?」
「……違う」
図星だったが口からは素直に言えなかった。
けど、それも今の空にはお見通しでふふっと笑われる。
「分かるよ。僕だって無力だから力を求めた。何かを掴む為に手を伸ばした。…………けど、自分の身の丈に合ってない力は、行き過ぎた力は他者ではなく自分自身を傷付けるよ」
「それは……それは私が求める力が行き過ぎてるという事か?」
「もし、仮に力が手に入ったとしても全て失う覚悟はあるのかい?支え合った仲間や友、今まで築き上げた名声や地位も、胸に抱いている希望や夢も、自分の命も、全てを捧げる覚悟は出来るのかい?」
愛紗に問う空の瞳は今までの事を全て体験してきたかのようだった。
本当に全てを投げ出してまで手に入る壮絶な力と言う名の暴力。
その力は本当に全てを破壊する力になるのだろう。
それに見合う代償を支払う事が可能ならば……
愛紗は考えるが、答えなんて出てこない。
「僕達ですら行き過ぎた力だ。だから寿命を削ってる。けど、力が足りないからと焦る必要なんてないんだ。こんな力を君が求める必要なんて無いのだから。だって君は別の、僕には持ってないもっと強い力を持っている」
「……もっと強い力」
「仲間と言う力だよ。君達が持ってる仲間と言う力は、集まって出来る力はとても大きな力だ。誰かが倒れても引き継いでくれる仲間がいる。1人じゃ勝てなくても仲間と連携すれば互角以上に戦える。集団の力は国をすら形成するほどに大きいんだ。その力は僕を倒せるぐらいに強い」
空の言うことは間違ってはない。
だが、集団の力がちゃんとしているのなら群雄割拠する時代にはなってない。
仲間の力なんて言ってはいるが詭弁にしか過ぎないのだ。
あの時の一瞬の敵対した時だって束になってもこの目の前の男に勝てる気がしなかったぐらいだ。
「信じてないね?」
困ったような顔をして、ため息を吐く空。
「人には許容出来る限度があるんだ。例えば英雄としての器や力の限度。それを超えてしまうと人々は認められなく、英雄だった者を化け物として恐れ、それを倒そうとする。人間自身が英雄を産み出しておきながらね。力にはそんな恐ろしいモノ、呪いとも言うのかな?そんなのも混じってるんだ。だから君には僕と同じ道は歩んで欲しくはないなってのもあるかな」
必要に力を否定するのはまるで空自身がそれを恐れているかのようだった。
力を否定しても、持っている力は生半可では絶対に敵わない程の強大な力。
でも、何故その力を手にしたのだろうか?
「では、あなたは何故そんな力を手にしたのですか?」
「それしか道がなかったからだよ。僕が小さい頃、両親が目の前で殺された。ここまではこの時代ならよくあるのかも知れない。君だって、君を武将たらしめる何かがきっとあったはずなんだから。けど、僕はそこから先が違う道だった。連れ去られたんだ。人殺しをさせる為にね」
「っ⁉︎………」
言葉は出なかった。
自分の家族が殺された争いの時の事が頭によぎる。
それでも支えてくれた人がいたのも覚えている。
きっと彼にはそんな人なんていなかったのだろう。
連れさられて殺しを強要させる。
酷いにも程がある。
「君と僕がこんなにも違うのは君には正しく導いてくれる人がいたか、いないか。僕にはそんな人なんていなかった。生き残るためなら殺せと教えられてきた。ただ僕には人と少し違う道が敷かれていただけ。ただそれだけの事。だけどその道の差は凄く大きくもう二度と交わることなんて無い。これが君と僕の差だ。その差が君を武将に、僕を殺戮者にした。だから、君がいくら力が欲しいと願っても僕のような力は手に入らないし、僕がいくら普通に生きたいと願っても君達のような光と言うべき生き方は出来ない。光にいる君だからこそ僕みたいに道を間違えると二度と戻れなくなる。だから僕みたく力に囚われては駄目だよ」
そう言うと、空は自分の体についた土ぼこりを払う。
愛紗が手にしたままの本を返して貰い、空はどこかに行く準備をしていた。
「非情になって殺すのも難しい。でも、人の為に己を犠牲にするのはもっと難しいんだ。あのお兄さんはこの国の人達の為に自分を犠牲にしている。だから少しは休ませてもあげてね。後、お兄さんはその木の後ろだから」
「ええ⁉︎ちょっと空⁉︎」
「僕の過去の話しは高いんだよ」
そう言って一刀から逃るように足早に立ち去って行った。
肝心の庇ってくれる人が逃走してしまい、横からかなりな殺気を感じた。
一刀は恐る恐る愛紗の方を見ると顔に青筋が立っていた。
あっ、ヤバイなと思うが時既に遅し
「えっと、その……」
「何か言うことは?」
「はい、すいませんでした!」
一刀が愛紗に土下座をする中、城中に怒鳴り声が響いたと言う。
空は苦笑いしながら怒鳴り声が聞こえた方を見るが、多分生きてるだろうと助けにはいかなかった。
「結局道は選べなかったとは言え、僕は僕を生み出した世界が嫌いだ」
空のその言葉は誰にも聞かれることは無く、徐州の空へ消えて行く。




