70話 驚異的な知識欲
徐州、屋敷内書庫。
あれから連れられるまま書庫に向かってから空は書簡、竹簡など内容に関係無く書物を読み漁っていた。
空が書庫で漁り始めてから既に4時間以上が経過していた。
読んだ書物は既に100冊を超え、高速で読む空の周りには大量の本や竹簡が散らばっている。
時間も経ってる事もあり、部屋の隅から野次馬達がどうした?と、どんどん集まって来ていた。
(おいおい、何やってんだよあいつ?)
(何でも知識が欲しいそうだ)
新しく来た野次馬のストームは、興味深々にファントムに近付き耳打ちで事の詳細を聞いた。
ファントムからの答えにあり得ないと言った表情になる。
(知識ぃ?あいつが?てか今頃どんな必要とするのか?俺達が嫌になるほど色々叩き込んだんだぞ?深めるような事ってあるのか?)
(俺も知らん。だが、俺達がよく知る空では無いようだ)
(おいおい……大丈夫かよ)
「ふむ、なるほど……よし、この世界の言葉は覚えた」
『は?…えっ?』
本をパタンと閉じ言った空の一言に見ていた野次馬全員が声を揃えてそう言った。
部屋の隅から覗いていた朱里すらも、同じく空いた口が塞がらなかった。
そんな周りの事など知らない空はバツの悪そうな顔で尋ねる。
「何か問題があった?」
『い、いや?覚えたって何を?』
「何って言語だけど?」
再び全員口を揃えて聞き返したが、予想外過ぎる答えに再び絶句し、書庫が静かになった。
人間、1日やそこらで言語を習得するのは不可能だ。
朱里、雛里だってかなり練習を重ねたり、本を沢山読んで徐々に身につけて来たのだ。
普通は年月をかけて習得するもの。
それをたった数時間でしかも100冊ちょっとで覚えたとか言っているのだ。
馬鹿げてると全員が思った。
だが、空は次にもっととんでも無い事を言い放った。
「音声言語が日本語なんだ。後は文に当てはめて覚える筈だったんだけど、どうやら漢文のようだから、それなりの意味さえ分かっていれば覚えられる」
「いやいやいや、ちょっと、何言ってんのよ⁉︎言語ってそう簡単に覚えるものでも無いでしょう!」
思わず詠が突っ込みを入れた。
詠だってかなり苦労して知識を身につけて来たのに目の前の男は流し読み程度で身につけたとほざいているのだ。
頭も痛くなる話しである。
「そうなの?……で、えっと……君は?」
「そうなの?って……なによ⁉︎私の名前忘れちゃったの⁉︎」
「聞いてすら無いんだけど……どこかであったりしました?」
「えっ?……はぁ⁉︎……なに言ってんの?」
「詠ちゃん落ち着いて」
状況が分からずつい声を荒げる詠を必死に宥める月。
詠は深呼吸を3回ほどすると、説明を求めると一刀を睨んだ。
睨まれた一刀はゆっくりと視線をずらすが……
「あっ、こら!逸らすな!」
顔を掴まれ無理矢理正面に戻される。
その時、グキィ!となりやら聞いてはいけない音が響いた。
一刀は自分の首を押さえながら地面をのたうち回る。
「うがぁ⁉︎く、首がぁ……折れた…絶対折れた」
「はいはい、そんな下手な芝居はいいから説明しなさいよ」
「そんな事言われても俺にはさっぱりだよ。他に聞いてくれ」
「他って誰がいるの__」
言ってる途中で他の誰かに気付き、その誰かの方へと視線向けた。
『いた‼︎』
全員が揃って、ただ1人を指差した。
全員の注目を浴びるゴーストは空の隣に座って、空が読み終わった本を手に取りペラペラとページをめくっているが内容が理解出来ずに四苦八苦していた。
ようやく自分が周りに注目されている事に気付いたゴーストは
「む?どうした……なぜそんな揃いに揃って俺を見る?」
どうやら、自分が指差されているのか理解出来ていなかった。
「む?じゃ無いわよ。いつもぶっきらぼうな奴がこんなになってる説明を求めてるのよ!」
「詠ちゃん⁉︎ 申し訳ありません。いつも冷静な空さんがこんな感情を露わにしてるのが心配らしくて……」
「おい、ゴースト。空どうなっちまったんだ?明らかに普通じゃないだろ」
「ゴーストさん、説明お願いしても?」
「なるほど、そういう事か」
手にしていた本を閉じ、地面に積みかなる本の一番上に置くと、ゴホンッ!と咳払いを一つした。
全員がゴーストに注目する。
「今のソラは……簡単に言えば7年前ぐらいのソラだ。研究者達に飼われ俺と行動を一緒にしていた時期ぐらいだな。おおかた、以前の戦いで記憶が昔と入れ替わったまま戻らなくなったってところか」
「つまり、この空は俺達がよく知るソラじゃないって事か?」
「ファングの言う通りだ。今のソラの中身の年齢は11歳前後。原因はシエルが持ち込んだ注射器だろう。何が入ってるのかは見当もつかないが。ただの薬物ではないだろうな。そもそも薬物なのか怪しい」
ゴーストは独自の推理で空の今の状態を推測するが、完璧ではないのか手詰まる。
結局考えても分からないものは分からないと諦めてしまう。
そんな中一人、ファントムは手を挙げた。
「戻す方法はないのか?」
「戻す方法があるならとっくにやってる。お手上げだ」
「以前にこんな状態になった事は?」
「ない。記憶を思い出そうとすれば倒れた。更に今の空はブラッドダイヤモンドが潰れた事を知らない。なぜならあの組織を潰したのは空だからだ。覚えてないって事はそれ以前の状態って事になる」
「あのカルト的な研究集団潰したのってソラ坊だったのか⁉︎」
「ああ、しかも1人でだ」
「はい、ストップー!ちょっと待って、良く耳にするブラッドダイヤモンドとか隻眼の死神とか詳しく説明されて無いんだけど、そこをもっと説明してくれると助かるんだけど」
ゴーストは分かったと続きを話し始めた。
「隻眼の死神とは、生まれた時から戦闘を得意とする、戦闘に適した遺伝子を持つ実験体1万人の中から実験で生き残った10人の遺伝子を元に造られたナノマシンによる戦闘アシストシステム。それを使用する者の事を指す。ナノマシンと呼ばれるソレを右目、脳、神経、筋肉、血液に入れる事により、常人とは比べものにならない力を得る。そしてそれを作ったのは天才生物、医学研究者と呼ばれたシム・バートニー博士だ」
優二と一刀、ローンウルブズこメンバーは記憶の隅にある人物を記憶の片隅から呼び起こした。
だが、そう簡単に出てくるものでもないのも事実。
一刀は唸ってひねり出そうとするが一向に思い出せずにいた。
そんな中、優二が驚いたような声を上げる。
「シム・バートニー博士ってあのノーベル賞の⁉︎」
「なるほど、そう言えば居たなそんな奴」
「少し前?と言ってもこっちに来る前だが……テレビに出てたな」
「あー、医学研究のね」
優二のその一言でローンウルブズの面々は次々に思い出して行くが、ただ一人やはり思い出せずに悶々としていた。
「ねぇ、そのシム・バートニー博士ってどんな人だっけ?」
「人間の回復能力の論文を書いていた人だよカズ君」
「てか優二、なんでそんな知ってんの⁉︎」
「常識だよ。一時期テレビでも取り上げられたでしょ」
「そうだっけか?」
「人間の細胞の研究をしてて、臓器移植すら必要とせずに臓器の再生、復活を可能に出来たと言ってたよ」
「お、詳しいな。他にも義体の研究開発をしているとってもクレイジーな天才だ」
優二の説明にファントムが補足で説明を入れた。
一刀は取り敢えず理解したと2人の説明に頷き答える。
「あらかた理解はしたよ。でも、そんな表舞台に立つ天才がどうしてそんな隻眼の死神?とやらに関わってるのでしょうかね?」
「金だろ?そう言ったものは当然裏で金が動いているが常だ」
「ドッグの答えは半分が正解で半分外れだ。シム博士が隻眼の死神を作った……いや、作ってしまった理由はソラの苦しむ姿を見たく無かっただけだ」
一度ゴーストはそこで区切ると、深呼吸をし、続きを話した。
「当時、金の無い大学で研究をしていたシム博士はブラッドダイヤモンドを裏から操る奴に話しを持ちかけられ組織に来たと語っていた。ソラはその時、フェイズシフト計画で自分以外全て敵だと心をすり減らしていた。ソラを見た博士の第一印象はまるで殺戮マシーンだったそうだ。自分が手を出してはいけないモノだと逃げ出そうとしたらしいが、脅され逃げることは許されなかった。そんな中、フェイズシフト計画の完了で生き残った10人は心を捨て去った機械のような殺戮マシーンにまで落ちていた。そして、博士に命令されたのはその10人を使った核兵器レベルの兵器の創造」
「あるっすよねー、そんなアメコミ。そのまま特殊な体質なって組織を壊滅って感じなやつ」
「いや、それ壊滅させるとしたら博士だろ。博士が自分しか扱えないパワードスーツ作ったりしそうだな」
「取り敢えず2人とも黙れ」
「「ういー」」
ゴーストに睨まれ茶々を入れたジョーカーとバイパーの2人は素直に黙った。
「どこまで話したんだ?途中話しを折るから分からなく………まぁいい。取り敢えずその10人は人としてでは無く、兵器として扱われていた訳だ。期間など設定されず、20人の研究者達と共に研究していたがそんな核兵器レベルなんてモノを人間から作り出すのには無理がある。シム博士は独自で色々考えていたようだがそれが実現することは幸いにも無かったよ。シム博士は自分の養子であるアリス・リデルを助手にして研究をしていた。そして、このアリスがソラと関わってしまった。ソラより少し年上だったアリスは心を失ったソラの心を戻そうとあちこちに連れ回していたよ。ソラはなされるがままの人形のようだったと言っていた。ソラを気に入ってしまったアリスにシム博士はデータ取りの名目でソラにアリスの護衛をさせた。そこで博士はソラの馬鹿げた戦闘力を目の当たりにした。別の研究で暴走した兵器をたった1人で壊したんだ。その際ソラの体は傷だらけのボロボロだった。でも博士はソラのおかしな点に気付いてしまった。途中まで互角に戦っていたのに後半になるに連れてソラの動きが早く鋭くなっていく。そして、ある瞬間からソラは一切の被弾をしなかった。博士は冗談混じりに10人から遺伝子を採取し、調べた。それが戦闘遺伝子の発見だ」
ゴーストの説明がひと段落する。
それまでの質問にある疑問を持ったファントムが手を上げ、ゴーストへとある質問を投げかけた。
「なるほど、そこから始まるのか。だが、一つ気になる点がある。それは、ゴーストお前だよ。聞く限りじゃ、お前はその生き残った10人でもなければシム・バートニー博士とも関わり合いが多い訳でもない。どういう事だ?」
「俺はフェイズシフト計画でソラと一番最初に戦わさせられた。無様に負けたよ。だが、ソラはその時はまだ心があった。だから生き残った。負けたことで廃棄される筈だった俺はシム博士に護衛を頼まれて廃棄も間逃れた。運の良いヤツだと自分でも思うよ」
「それと、だ。その戦闘遺伝子とやらは誰でも持ってるものなのか?」
「誰でも持ってはいる。だが、その遺伝子の内容は人によって違ったり。強かったり弱かったりもする。言ってしまえば真っ向からの戦闘に不向きな諸葛亮と龐統の2人のその戦略眼も戦闘遺伝子に分類されるものだ」
「はわわ〜⁉︎」
「あわわ〜⁉︎」
「凄いなー、二人共」
「「そ、そんな事〜」」
「で、ですね。ソラのその戦闘遺伝子の内容とはなんなのです?」
照れる軍師2人の後ろからホーネットが本をパラパラとめくりながら続きを求めた。
今まで存在感が無かっただけに軍師2人はビビって固まった。
軍師以外も突然現れて驚いていた。
「嫌ですねー。そんな驚かせるような事しました?それより、どうなんです?」
「……あ、あぁ。ソラが持ってるのは戦闘学習と博士は呼んでいる。戦闘中の経験により、闘えば闘うだけ強くなって行く。それも際限無く強くなり続ける。長期戦になれば理論上では相手より必ず強くなる。だが、体力の上限や疲弊、人間の体の限界で強くなるのには一応限度がある。命すら捨てて構わないなら多分最強になれるな。そして、本人の意思に関係なく作用する」
「なるほど。では、他の9人の知ってる範囲で良いですので、能力は?」
「俺が知ってるのはどんな傷もすぐに治す回復能力、第六感による予知能力、傷を負うだけ強くなる能力、瀕死になると何十倍にも強くなる能力、人を言葉で簡単に操る能力ぐらいだ。他は分からない。多くの能力はソラのように下手をすれば自分の命を投げ捨てる事になる。回復能力は使う分だけ寿命を削し、負傷や瀕死による強化も下手をすればそのままあの世行きだ。言葉による支配にしたって一歩間違えば破滅を呼ぶ」
「どれも厄介ですね……。これが隻眼の死神と呼ばれる彼等が持つ能力の一部だとする勝てませんね……」
「そう、こんな非人道的な研究をしないために博士はこの事を内密にして隠そうとしたんだ。だが、博士と同じような事を考えて見つけてしまった研究者がいた。そいつはソラの戦闘学習に目をつけてソラのクローンを倒し続ければいずれ核兵器レベルになると踏んだ。ソラは命令されるがままに自分の分身を殺していたよ。このままではソラが自分の力に耐えれなくなり死ぬとアリスに言われ、博士は思いついてはいけない事を思いついた。10人の能力を一つに纏める。そんな事を思いついた博士はソラのクローン殺戮を止めるために義体技術者と協力してナノマシンを作成し、10人に投与した。それが隻眼の死神と呼ばれる彼等が誕生した瞬間であり、同時に悪夢が幕を開けた。博士はすぐにそれが戦闘をするごとに寿命を荒削りしている事に気が付いた。だが、手遅れで他の研究者達によって派生型が作られた。その実験で多くの子供が殺し合い、命を落とした。博士は罪悪感で潰れそうになり、逃げ出す事を決意した。だが、そんな事もバレてアリスが犠牲になった。ソラは怒り、組織を崩壊させてしまった。これが隻眼の死神の誕生、そして組織の崩壊の全貌だ。死神とは欠陥だらけなシロモノだ。まさに扱う本人に死神の鎌が常にかかってると言っていい」
「ちょっと待って!て事はソラの寿命は⁉︎」
「そう、そんなに長くないんだ」
返事が返ってきたのはゴーストからでは無かった。
パタンと本を閉じたソラはゴーストの隣に立つと
「そう、僕の寿命はそこまで長くないんだよ」
と改めて言い直した。
一気に空気が重くなるのを全員が感じた。
「それでいいのかよ!」
そんな重たい沈黙を破ったのは一刀だった。
それでとソラはニッコリ笑うと
「そんな事はとっくに博士から聞いてるしアリスにも口酸っぱく同じことを言われたよ。死ぬのが怖く無いなんてない。ただ守れずに生き残るのはもう嫌なんだ。僕は目の前で父も母も姉も殺された。守るために死ぬのなら覚悟は出来てる」
精神年齢では一刀が勝ってるはずなのに、それよりも大人びた事を言うソラに言い負かされる。
暗い過去を持つからこそ得られる覚悟は英雄が持つ覚悟となんら変わりはないものだった。
「戦い続けていれば本当はもう死んでるはずなんだ。僕が成長してるという事は何かが起きて組織から離れ、力を使わなかったと直ぐに分かった。兄さんの話しを聞いて理解したよ。アリスは死んだんだね……」
「ああ、すまない」
「兄さんが謝る必要はないよ。その時に僕の力が無かったのが原因なんだから。………って、もう、重たいの禁止!暗くなってどうするの。まだ僕は生きてるよ?それにまだこの世界の事を良く知らないんだ。簡単には死ぬつもりないよ」
そう言うと、ソラは窓に手をかけ開け放つ。
「ちょっと、ここ二階よ⁉︎」
「次はこの街がどんな街か知らないと」
詠があり得ないという表情をする中、ソラは忍者のように窓から飛び出て行ってしまう。
「おい、いつも以上に忍者っぽいぞ!」
「てか、追っかけなくていいのか?」
「こないだ引き入れた奴等に見られるのは不味いな……」
「どうしますファントム?」
「説得して連れ戻せ。戦っても多分勝てん」
この騒動は町中に大きく広がっていく。




