55話 昼の地下牢
空達が執務室で一刀の手伝いをさせられている頃、地下牢では問題が起きていた。
地下牢の通路には力無く横たわる監視の兵達。
「おい!暴れんなっ!」
「来ないで!」
監視の兵から奪ったであろう槍を持った柊はローンウルブズのファットマンとコブラと対峙していた。
柊と対峙するコブラとファットマンは携帯式スタンガンを持ち、槍の攻撃を警戒していた。
「だから、俺達はなにもしねぇから落ち着け!」
「スタンガン構えて言う台詞でもないが、槍を置いてくれ」
「はぁァァァ!」
柊はファットマンとコブラの2人を同時に薙ぎ払おうと槍を大きく振るった。
「危なっ⁉︎」
「くっ⁉︎」
コブラは身を屈めて槍を間一髪回避するが、ファットマンは落ちている大剣を拾うと薙ぎ払いをガードした。
予想したよりも重い攻撃にファットマンは顔を顰めた。
「コブラ、縄はどうした!」
「さっきぶった切られたよ!」
「なら、スタンガン押し当てろ!」
「言われなくても分かってんよ!」
つば競り合いに持ち込んだファットマンは叫んだ。
コブラもスタンガンをナイフの突きの様な速さで首へと押し当てようとするが、柊は身軽な動きでそれを躱した。
「すばしっこいな」
「邪魔をしないで!」
「落ち着け!暴れなければ何もしない」
説得しようとするファットマン。
しかし、それは逆に柊を逆なでしてしまった。
「嘘です。貴方達はお兄様方を処刑するって言っていたじゃないですか!」
「はぁ?」
「何言ってんだ?」
聞いた事の無い事にファットマンとコブラは互いに目を合わせて、意味が分からないと言った顔だ。
「見張りの兵が言ってました。殺すらしいと」
「おいおい、それは勘違……って危なっ!」
全て言い切る前に突っ込んで来た柊の斬撃を避けるファットマン。
しかし、間一髪ってところだ。
「このッ!」
お返しだと言わんばかりに剣を振るったファットマン。
しかし、柊が剣戟に慣れているだけあって絡め取られしまう。
剣が宙を舞ってく中、柊は槍を構えた。
「下郎に興味はありません!はぁぁぁぁ!」
柊が槍を振るうとガキィィン!と金属音が響いた。
しかし、ファットマンは何ともなくガードしようとしている体勢のままだった。
それもそのはず、目の前で空が足を使ってガードしていた。
ガードに使った右足のブーツの靴底の金属板は綺麗に削がれている。
「その下郎を殺そうとする君は何なの?」
冷淡な声で威圧する空だが、威圧の中には仲間を狙うとはいい度胸だと言わんばかりの殺意が混じっている。
「貴方は、あの時の⁉︎」
少し前に見た顔に驚き、柊は再度槍で空を薙いだ。
しかし空は逆足、左足のブーツで再びガードした。
またもガキィィン!と金属音が響き靴底が宙を舞う。
「これ以上暴れれば、脱走とみなして殺す」
「やめろ空。それは印象悪くするぞ」
「なら、どうするの?」
後から追ってきたドッグに聞き返す空。
「おい、リー。こいつをなんとかしろ」
「は、はい!」
李を連れて走って来たドッグは、リーを柊の元へ押しやる。
「お、お義兄様⁉︎」
いきなりの事に凄く驚く柊。
「柊、それを一度置いてくれ」
「何故ですか!この人達は家族を奪ったのですよ!」
「お願いだ……話したい事がある」
「……分かりました」
張り詰める顔をするリーに柊は頷くと、槍を地面へと置いた。
それを見たリーは続ける。
「俺はこの人達と取り引きをしたんだ。仲間の情報を教える代わりに助けて貰うと言う事で。だから、お前も俺も助けて貰ったんだ、あの女から」
「それは本当なのですか……?」
「あぁ、本当だ。一生かかっても払えないようなお金を払う事にはなったけどよ。でも、親父さんの形見のお前が生きてるだけでも十分なんだ。だから無駄にしないでくれ」
「わ、私……なんて事を……」
「大丈夫。この人達なら分かってくれる。根はとても良い人達だから」
リーに聞かされた事で完全に我に返り、コブラ達の方へ向くと深々と頭を下げた。
「先程は申し訳ありませんでした。私、勘違いして……」
「あ、あー、気にすんな」
「なぁ、俺達ってこんなお人好しだっけか?」
自分達のやって来た事を思い返し、リーが言った印象と事実は大分かけ離れている事に戸惑い横にいるファットマンへと耳打ちで問いかけるコブラ。
「さぁな、こいつら言うんならそうじゃねぇの?」
もう、何が何だか分からずに答えたファットマン。
自分のして来た事に”一瞬だけ”罪悪感を覚えるが、直ぐに頭から追い出す。
ドッグも良い人達と言う単語にダメージを受けているようだった。
しかし空には効いておらず、自身の削がれた靴底を気にしているだけだった。
「あの、お金は私が払います。何年かかっても払いますから、お義兄様方に酷い事をなさらないでください」
「あー、その事だが。今回の依頼の事は、無しだ」
「「えっ⁉︎」」
突然現れたファントムが言った言葉に柊とリーの2人は唖然とした。
事後に無かった事にすると言う事は莫大な金をその場で捨ててるような事だ。
本当にそれで良いのかと戸惑う反面、何処か裏があるのでは?と柊は考えてしまう。
しかし、それは考え過ぎなようでファントムが答え事は簡単だった。
「俺達は成功報酬で動いている。今回、1人以上の死者が出てしまっている。任務失敗だ。依頼は破棄する」
「何故ですか?傭兵とは戦い、富を得る者なんですよ。貪欲に求めないのですか?」
「俺達は完璧を求める故、こんな戦果だと知られると社長に怒られてしまうんでね。それに俺達は今まで一度も任務を失敗した事は無かった」
ファントムの言い分は微妙な戦果がバレたらまずいと言う事だった。
これに
「プライドが許さない……誇りを傷つけたく無いだけだな。どうせ、その程度の端た金程度なら1日で取り戻せるさ」
「「………⁉︎」」
付け足した理由と言うべき言き言い訳に柊とリーは唖然とする。
「何故ですか‼︎あれだけの大金を1日?貴方達は何者なんですか⁉︎」
あまりにおかしな答えに声を荒げる柊。
しかし、ファントムが答える前にローンウルブズの面々が面倒くさそうにだらだらと歩いて向かってきた。
「全く酷い話っすよ。死人が出たから任務失敗って。今まで戦って殺すのが仕事っすよ!そんな器用な事出来るわけないっすよ。マジ、タダ働きとか意味分かんないっすよ!あの変な侵入者とかぶっ殺してやりたいっす」
「まぁまぁ、タダ働きの一度や二度程度なら良いじゃないですか。それに敵を生け捕りにして助けると言う任務は初めてでかなり新鮮でしたよ」
「既に二度目っすよ!前回、サービスとか言ってなかったすか⁉︎ 更に今回は失敗って……バレたら社長に殺されるっすよ……」
合流と共に顔を青くして言うジョーカー。
グダグダ歩いて来る面子はジョーカー、ハルトマン、ドッグ、イーグル、ストームの5人。
更にうだうだ言っているジョーカーは金の事より社長にこの事がバレる事を恐れている表情だ。
「バレなきゃ問題無い!」
「ファットマンの言う通り、バレなきゃいいんだよ。それにバレたらバレたで逃げれば大丈夫っしょ」
それに答えるファットマンとコブラの2人。
「おいおい、俺等を手懐けた社長だぜ。逃げれると思ってんのかよ」
「逃げたとしてもB-2爆撃機の絨毯爆撃で始末されるな」
「もしくはJDAMでピンポイントで焼き払われるか、だな」
2人に追従するかのように答えたイーグルとストーム。
イーグルが言った一言目に妙な説得力があり、ファントム以外がコクコクうなずいているほどだった。
「ヤバイ……社長ってやっぱ最恐っすわ」
「まぁ、弱そうに見えるがこいつ等は天の世界の兵の中でも実力は抜きん出ている。そこら辺に捨てても生き残るぐらいだ。そんな奴等が本気で戦えば稼ぎもわかるだろ?」
「………」
「俺達が相手にするのは世界だ。国に雇われれば敵国を潰しにかかるし、個人に雇われれば敵対者を撃滅する。この世界の傭兵、もしくは客将みたくその場しのぎの稼ぎはしない」
義賊として金持ちを襲ってその日を暮らしていた経験のある2人にとって耳が痛い話しだったのであろう。
黙る他無かった。
しかし、ファントムはもうそんな話しなどどうでも良く、話題を本題へと移した。
「さて、話しが逸れた。君達と雇うのには変わりは無い。君達900前後いる兵力を買おう。
あまりの話の逸れ方に柊とリーの2人は口をポカンとあけている。
「安心しろ。他の奴等からは既に了承を取ってある。まぁ、一人一人に聞いていたから日は掛かったが。後はお前達だけだ。ただし、雇うにあたって2週間の講習を受けてもらう。無知で無力ではこの先、生きてはいけない。さぁ、卑下する自分は今日までだ。明日から誇り高き孤高の一匹狼として、ローンウルブズの追加メンバーとして過ごして貰うぞ」
付いて来れて無い2人にファントムは喝を入れた。
「返事!」
「「はい!」」
「それで良い。よし、話しは終わりだ。明日の正午に訓練所へ集合。今日の寝る場所は牢屋で無く、兵士宿舎だ。場所はそこら辺にいる兵士か何かに聞け。解散」
一方的に、有無も言わせず返事をさせたファントムは、用件が住むと同時に去って行った。
ローンウルブズのメンバー達も地下牢での騒ぎが片付いた為か、次々に解散して行く。
「行くぞ、ソラ坊。腹減った。なんか食いに行くぞ」
そんな中、戻ろうとする空の首ねっこを掴んで引きずって行くイーグル。
「飯なら俺が!」
「今日はそんな気分じゃ無い。外食の気分だ。お前も来い」
昼の話しへと発展し、コブラを含めローンウルブズ達はほぼ去っていく。
ドッグ1人を除いて。
ドッグは柊の元へ歩くと頭に手を乗せ
「嬢ちゃん、俺を恨むならそれで良い。けど、復讐したところで虚しいだけだと言う事を理解しておけ。じゃ、生き地獄とも言われる講習で会おう」
とだけ言って歩き去った。
「待って下さい!貴方は復讐をした事でもあるのですか⁉︎」
柊は呼び止めようとしたが、ドッグは歩きながら手を少し振るだけで、止まろうとはせずに去るだけだった。




