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51話 まるで弾丸

「本気なのですかご主人様!」



いつもの如く徐州の彭城(ほうじょう)の執務室で愛紗の抗議の叫びが響いた。



「まぁまぁ、落ち着いて愛紗」


「落ち着いてなどいられません!あの者達に専用の部屋を与えるなど正気の沙汰じゃありません!」



一刀は耳を抑えて愛紗を宥めるが、逆に愛紗の声は大きく響く。



「こっちが給金で雇う限り、あの人達は裏切ったりし無いよ。それに、上手く交渉出来たから大丈夫だよ。他の客将よりは凄く高いけど……それでも実力は払う給金以上だよ」


「ほら、ご主人様もこう言ってるんだから大丈夫だよ」


「はぁ……」



考えているのかいないのかよく分からない意見に愛紗は溜め息を吐いた。

一刀が言ってるのはお金による信頼だけで、ファントム達に絶対裏切られないとは言い切れない。

実力がある分、裏切られた場合は再起不能に陥るまで叩きのめされる。

つまり壊滅を意味する。

愛紗はその事を恐れていた。



「しかし、ご主人様。金の切れ目が縁の切れ目とも言います。ここは用心をしといた方がよろしいかと」



愛紗の代わりとばかりに愛紗の思っていること伝える朱里。

雛里は朱里に同調するかのようにコクコク頷いた。



「分かった。朱里達の言う通り警戒はするよ。けど、空は信頼出来る友なんだ。あいつは簡単に人を裏切ったりし無いよ」


「そうだと良いのですが……」



一刀の信頼関係と言う言葉に押し切られ、端切れ悪く朱里は返した。




一方、ファントムと空は彭城の廊下を早歩きで歩いていた。

つい一時間前、空を除いた5人はファントムにこっ酷く叱られた。

空は起きたばかりと言う理由で注意で終わったが、レインに至っては空に対する甘さに抗議した結果、自身がトランプを持ち込んだ事がバレ、鎖でグルグル巻きにされた挙句医務室に逆さ刷りにされていた。

それを見た他4人は諦めてファントムの説教を大人しく聞いたと言う。

説教時までは空は私服だったが、今は歩きながら真っ黒のコンバットスーツに袖を通している。



「空、時間が無いから歩きながらこの2日に起きた事を軽く説明する」



空の隣を競歩で歩くファントムは片手に持つ資料をめくりながら、空に2日前の事件後の事を説明し始めた。



「先日の戦闘での対象側の死者は318名。これは俺達が殺した訳じゃ無い。ドッグが言うには乱入して来た奴がいるらしいな。この318名はこの乱入者に殺られたと考えて間違いは無い。乱入者の1人は空の事をサイファーと呼んでいたそうだな。どうだ、何か思い出した事はあるか?」


「……まだ何も」


「そうか。思い悩む必要は無い。いずれ思い出すさ」


「だと良いけど…思い出せない時はどうする?」


「その時はその時だ」



ファントムはそう言うと立ち止まる。

空もつられて足を止めた。

目の前には執務室があり、ファントムは扉をノックする。



「ファントムだ。例の事件の報告に参った」


「どうぞ」



一刀が了承すると、ファントムは扉を開けて執務室へと入室した。

空とファントムは執務室へと入ったが、周りは予想以上に警戒していた。

警戒される事には慣れている空だが、露骨に警戒する愛紗に空も警戒する。



「お前まで警戒してどうする」



そんな空の頭にファントムはチョップを喰らわせた。

予想外の衝撃に空は警戒どころでは無く頭を抑える。

ファントムの行動に周りの警戒は少し緩んだ。



「済まない。うちの馬鹿が迷惑掛けてばっかだな」



チョップを食らって頭を抑えながら抗議の目でファントムを見る空だが、それをファントムは許さず黙らせると一刀に謝罪をした。

そして、ゴホンッと咳払いをすると続ける。



「2日前の事件で、敵は1159名中218名が死亡。残りの941名は捕縛。218名の死因の殆どは斬られた事の出血性ショック死。そして、これを殺害したのは突如現れた乱入者であり、 義賊の頭を殺害した後に逃亡した。対するこちらの被害は皆無。そして、徐州へと移動時の義賊を含めると義賊の捕縛者は1041名。君と約束した通り捕縛した義賊はこちらで処断をするので悪しからず」


「処断内容を聞かせて貰えますか?」



ファントムに尋ねたのは朱里だった。

ローンウルブズの容赦の無さを見た事がある者達にとって、処断内容なんて処刑以外考えられないからだ。

しかし、朱里の思ったのとは違う答えが返って来た。



「ええ。処断の内容は強制労働と称した部隊へと編入。我々が天の世界の軍の教育指導をする。これが処断内容です、諸葛孔明殿」


「しかし、何故。貴方達が処断を?」


「貴方達の国力、兵力共に他の勢力よりも小さい。我々が本気で潰しにかかれば3日と持たずに消え去る程に。だが、それじゃ詰まらない。ならどうすれば互角に対抗出来るか?それは兵士の実力を一騎当千まで引き上げる事が一番分かり易く単純だ。もし、仮に武将の実力を持った兵士が数万いるとしたらどうする?」


「……簡単には手が出せなくなると思います」


「龐統殿の言う通り、手が出し辛くなる。関羽殿や張飛殿、趙雲殿、呂布殿と同等の力を持つ兵士が数万人もいるなど相手にしたく無い。天の兵でも、そんな奴等とは戦いたいとは思わない。余程の戦闘狂じゃない限りな」



雛里の意見に補足を入れて説明するファントム。

桃香はほぇーと言いながら感心した様子で耳を傾けていた。



「もちろん、我々も例外ではない。そんな奴等を相手したいとは思いませんよ。けど安心したまえ。天の世界でも我々は軍教育を施した事がある。しかし、ついて来れる者など数名しかいなくてな。気付いた時には我々に引き抜かれていたさ。捕縛者には丁度良い罰にはなるだろう」


「必要な物とかありますか?」



それだけの兵士を育てあげるには十分な準備が必要だと思う朱里はファントムに準備すべき事を聞く。

しかし、予想外過ぎる答えで返って来る。



「今の所は……士気の向上の為、彼等に少々の給金程度で十分でしょう。装備などはこちらで準備するので心配はいりません」



朱里の聞きたい事を答えたファントムは何かを思い出したかの様に「そうだ」と手を叩き続ける。



「それから我々を雇う以上、君達の安全が必要と判断し、平時の間は君達国主2人の護衛を空が担当する」



これには空もビックリで目を丸くしてファントムを見た。

そして、この為だけに自分が呼ばれたのだと理解し、溜め息を吐く。



「ええっと、それは傭兵としてどうなのですか?」



もちろん、朱里や雛里もどう反応して良いか困ってる。

今まで警邏の兵士に護衛をさせていたので、前例は一切無い。

愛紗に本当に大丈夫なのかと言う目で見られるファントムは得意げに答える。



「安心しろ、こいつは護衛も仕込まれている。そこら辺のSSよりはかなり優秀だ。ピエトロ・ベレッタ社の社長からお墨付きを貰う程に」


「エスエス?なんの略称ですか?」


「済まない。これはシークレットサービスの略称だ。日本ではセキュリティポリス、SPと呼ばれている。要するに要人警護のスペシャリスト、達人だ。一度、アメリカSSの幹部に雇われてな。空とSS複数人と模擬戦をした事がある。空が要人を襲うと言う想定で戦ったが、SS側は全滅した。逆も空の警戒心に歯が立たなかった」



空は凄いぞと説明するファントムは異論を認めないとばかりに説明しきり、一刀達を圧倒する。



「と言う事で一刀君、明日から護衛に空をつけるから何かあったら呼んでくれ」



一方的に言った後、失礼すると言って退室して行くファントム。

空も呆気にとられていたが、直ぐにファントムを追って退室して行った。

まるで弾丸の様に飛んで来たかと思えば、直ぐに過ぎ去ったファントムにどう反応するか分からずにこの日は終了したと言う。

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