45話 嵐の前の静けさ
あれから2日。
ファントムとホーネットの2人は尋問もとい依頼の確認の為、100人全員の聴取を行った。
結果、敵の人数、使用火器、自陣としている場所などを全て確認し、ファントムは作戦を練った。
そして、迫る危険とそれを解決する作戦を知らせる為、朱里に朝に行われる軍議での発言する事を取り付けたのだった。
「えー、これから軍議を始めます」
「先ず、ファントムさん。報告をお願いします」
「了解した」
雛里に言われファントムは返事を返すと、尋問で得た情報を纏めた分厚い報告書を取り出す。
「我々は先日捕らえた義賊と名乗る者達を尋問しました。尋問した結果、彼等は5日後にこの徐州へと決死の突撃を仕掛ける事が分かりました。規模は900前後ですが、武装は我々天の兵が使用するアサルトライフルの一つであるAK-74を使用。また、グレネード、RPGなどの爆発兵器も使用している事が分かっています」
淡々と言っていくファントムだが、周りは騒然していく。一匹狼達でも今日初めて聞いたと言う者もいたり、桃香、愛紗、星、朱里、雛里、ネネにとっては天の武器が使われていると言う事があり得ないと思っている。一刀だってアサルトライフルと聞いてあまりいい顔をしていなかった。しかも、ここに攻めて来ると言うのだから尚更だ。
そんな、一刀達の反応を他所にファントムは続ける。
「そこで、我々一匹狼達は彼等が最後の景気付けをしている筈の4日後に強襲を仕掛けます」
「へぇ、強襲か。早速楽しいそうな仕事じゃん」
ファントムの言葉にいち早く反応するファングは鈍った体をボキボキ鳴らしながら、銃を取り出す。
更に、ファングに続く様に一匹狼達は新たな仕事に期待を持ち始めた。
「900前後って事は1人あたりのノルマは60人ってとこっすか」
「今回、俺は指示を出す。14人で計算しろ」
「って事は……64人前後か。面倒臭せぇ」
人数を聞いたジョーカーは計算していたのか15人で強襲を行った際の1人辺りが相手にすれば良い人数を出した。しかし、ファントムは自分は強襲に参加はしないと言うと、コブラが新たに計算し大まかな人数を割り出す。
「なんで、そんな事直ぐに分かるのだ?」
すると、2人が一瞬で計算し、割り出した人数を言う事が疑問に感じた鈴々が2人に尋ねた。いきなりの質問に2人は目を丸くしながらお互いに顔を見合わせる。
「なんでって言われてもっすねー。簡単に言うと頭の中で計算?」
「どうやるのだ?」
「どうって……えっと、最初の計算は900人を15人で均等に振り分けるっす。その時、900人を一度90人と仮定して計算すると6人とでるっすから。後は最初に減らした0を足すと、60人になるっすよ」
「で、更に1人が減るから、余った60人を14人に振り分けると1人辺り4人で余りは4人。だから64人前後って訳だ」
「うーん……難しくて分からないのだ」
ジョーカーとコブラの説明が難しいみたいで鈴々にとって理解出来なく、唸る様に首を傾げた。これ以上どう説明したら良いか分からない2人が、どうしようと悩む中、愛紗が鈴々の肩に手を置いた。
「そうか鈴々。そんなに計算がしたいなら、私が見てやろう」
「愛紗は厳しいから嫌なのだ」
「まあまあ」
鈴々の何気無い発言に愛紗の眉がピクッと動くが、一刀がどうにか宥めた。そして、愛紗が落ち着いた頃合いを見計らってファントムにへと、気になった事を尋ねた。
「しかし、大丈夫なんですか?空は怪我をしていますし」
「俺は別に問題無い。この位の怪我なら3日で治る。それに剣は振れなくても銃は撃てる位には回復している」
「けどよ空!」
ファントムに尋ねた筈だったが、それに答えたのは空で、一刀を鬱陶しそうに見ていた。しかし、それでも一刀は食い下がる。
「だけど、空に人殺しはして欲しく無い」
「何故俺に構おうとする。俺は一刀と違う生き方をしてきた。一刀に指図される様な覚えは」
食い下がる一刀に空は突き放そうとするが、ファントムが言い切る前に空を止めた。
「お前の数少ないお友達を捨てるなよ」
「………」
「返事は?」
「分かった」
半ば無理矢理に返事を求められた空は諦めて返す。しかし、目は納得はしていない。今もどう突き放そうか考えている様だった。
「え、ええと、この件についてはファントムさん達が解決する事で宜しいのですか?」
「ええ。捕らえた義賊達に正式に依頼されましたから。我々で解決するつもりです」
「依頼?」
「ええ。内容が知りたいならお教えしますが?」
「いえ、結構です」
一刀はファントムの言った事が気になり、オウム返しの様にその単語をポツリと呟くと、ファントムはニヤァとしながら反応した。しかし、そのあまりの不気味なファントムに一抹の嫌な予感を感じた一刀は直ぐに断わってしまった。
「この議題はここまでにして他に報告や意見のある人はいらっしゃいますか?」
誰も話さなくなったのを見計らって朱里は別の話題へと逸らす。そうでもしないとファントムが意地でも内容を喋りそうだった。
結局、ファントムは内容を喋る事無く軍議は続いた。他に議題として上がったのは平均所得の低さ、税収の見込み、徴兵した時の集まる規模の予想、その他諸々。
1時間半の軍議はあっという間にも感じる速さで進み
、色々話し合いの結果、問題は山積みと言う事が一刀達の中で理解出来たらしく、これから忙しくなるぞなどと呟いていた。
「では、これで今日の軍議は終了です」
「朱里殿。少し、会議室を借りたいのだが」
「ええ。構いませんが?」
「じゃ、遠慮無く。お前等席に座れ」
軍議が終わり、それぞれが会議室を退室しようとして行く中、ファントムは朱里に会議室の使用の了承を取らせると、メンバー達に再び着く様に命令した。
これから何をするのか理解しているメンバー達は普段とは違い殺気立っている。その証拠にそれぞれが自分の愛銃を取り出してチャージングハンドルに手を掛けていた。
しかし、次にファントムが言う事にメンバー達の殺気は沈静化して行く。
「ブリーフィングを始める。依頼内容は敵義賊の生け捕りによる捕縛。補足として敵の殺害は禁止。そこで俺達は専用武器、特殊ゴムスタン弾を用いた銃を使用する。それ用に改造したM4、M9、ベネリM3を支給する。それと、各自にスタン、スモーク、スタンガン、暗視ゴーグルを配布するから装備し忘れるなよ。また、この銃は使用後破棄する為、派手に使用する事を許可する。鈍器として使おうが、バレルが溶けるまで撃とうが構わん。」
沈静化した原因。
それは依頼内容の一部である。敵の生け捕り。
要するに殺すなとの事。
一刀達に捕まってからはロクに殺しをしていない彼等にとってストレスはマッハで溜まっていた。そして、ようやく依頼に漕ぎ着けたと思えば、これも殺戮禁止と言われれば尚更だ。
げんなりと萎えて行き、ファントムの言っている事を聞いているかどうか怪しいメンバー達を他所にファントムは続ける。
「次に、強襲について説明する。場所はここの北東25キロ、旧炭鉱跡地だ。侵入ルートは二つ。一つは正面、二つ目は正面から東に200メートル地点にある。そこで、今回の作戦は2チームに分けて行動する。正面からは空とレインの2人、後はもう一つから仕掛ける。正面は陽動、本命は裏からだ。先ず、陽動の2人が暴れ、騒動を起こし混乱させる。その間に本命のチームは裏から奇襲を仕掛け、相手を生け捕りにしていく。ここまでで質問」
「はいはーい」
ファントムが言い終わると同時にレインが手を挙げた。ファントムの他のメンバー達も珍しい奴が手を挙げたなと思いながら、見守る。
しかしその直後、メンバー達全員は「こいつ馬鹿だった」と安心する事になる。
「なんで、陽動が必要なの?別に正面から突っ込んでも捕まえられるじゃん」
「相手は銃を使うと聞いていなかったのか?」
「そんな事言ったっけ?」
「そうだろうな、お前が馬鹿で安心したぞ。素人でも相手は銃を使う以上、相手同士の同士撃ちはなるべく避けたい。怪我人が増えれば、それだけ治療する奴が根をあげるからだ。それに、こんな程度の依頼で時間を使うのは勿体無い」
「へぇー、そんな事まで考えてんだー」
このレインの一言にメンバー達全員はこう思った。
(お前は考え無さ過ぎだ!)
そんな思いを振り払ったファントムは再び話しを元に戻す。
「でだ。作戦行動は4日目の夜だ。各自それまでに準備を怠らない様に。以上だ。解散」
『うぃー』
何時もの如く気怠そうに返事を返したメンバー達はぞろぞろと会議室を出て行った。
ファントムもその場を片付け、会議室を出ようとすると、目の前に一刀が現れる。
「どうした一刀君?」
「お願いがあるんですけど……」
「なんだ?」
「俺を作戦の時、連れてって下さい!」
「今回の件、敵は武装をしていて危ない。相手が剣とかならまだ分かるが、銃を使っている以上は前に連れ出すのは無理だ」
「そこをなんとか」
一刀がやけに食い下がるのをファントムは一体どうしたんだと考えるが、直ぐに答えが浮かんで来る。
一刀が必死にお願いする理由はこの状況で一つしか無いのだから。
「まさか、空に言われたのを気にしているのか?」
「……ええ。はい」
一刀が恥ずかしそうに答えると、ファントムは盛大に吹いた。
ファントムに笑われた事に一刀も顔を赤くしてしまう。
「ちょっと、そんなに笑わなくても!」
「いやー、すまんすまん。あいつは不器用で仕方無い奴だから許してやってくれ。今回の事も多分一刀君の事が心配だったのさ。大方、危ない戦場に立つのは自分だけで良いとか思っているんだろう」
「そうなんですか⁉︎」
「ああ。あいつともう5年もいるんだ。それ位なら分かるさ。君の心配も分かるが、空は君が思っている以上にタフだ。君が変に心配する必要は無いよ。しかし、それでも心配なら同伴して良い」
「本当ですか!」
「ただし、君の安全の為にコンバットスーツは着て貰う。弾丸は通さないが衝撃は感じるから、その点は注意して欲しい」
「ありがとうございます!」
一刀はファントムに頭を深く下げて礼をするとその場を去って行った。一刀が遠くなるのを見ながらファントムは「甘くなったな俺も」と呟いた。
その一方、4日後に戦場となる旧炭鉱跡地の数百メートル離れた場所で2人の人影があった。
1人は真っ白な服装に死神鎌を持っており、もう1人はスラッとした黒髪眼鏡。
ルーラーと于吉の2人はちょっとした物陰から炭鉱跡地の出入り口を見ていた。
「ルーラー殿」
「なんだ于吉?」
「本当にやるおつもりです?」
于吉は数日前にルーラーが立てた計画を反対するかの様にルーラーに確認を取った。
ルーラーが立てた計画。それは、アテナが画策している計画を利用し、空に急激な負荷を掛けさせるといったものだ。
于吉はシエルから別の作戦を一カ月後に計画していると聞いている以上、今回の作戦は無駄に過ぎないのだ。
「ああ、それがどうかしたか?」
「いえ、やるのでしたら構わないのですが、シエル殿が別の計画を立ていると聞いているので干渉するのでは?と思ったもので」
「ああ、だろうな。別の計画を実行している弟には悪いが、兄さんの覚醒をダラダラ待つのは御免だ。さっさと隻眼の死神としての記憶を思い出して貰わないと、この先支障が出る」
「一つ良いでしょうか?その記憶はそれほど大事なのですか?」
ルーラーやシエル、いや、世界の歯車の意思が空の覚醒を望んでいる事が于吉にとって不思議でしかない。
何故、人1人の為にそこまでするのか到底理解出来るものでは無かった。
「良いですかって言いながら同時に質問するか普通?まあ、良いが。兄さんは元々こっち側の人間だ。記憶を取り戻せばこっちに必ず来る。それだけ、世界を恨んでいる。いや、世界な歯車の意思、管理者の排除はあいつ自身の本心も望んでいる」
「とてもそう見えませんが」
「兄さんは今、隻眼の死神に関する全ての記憶が何者かによって消去されている。何故、自分が戦っているのか分からないし、何をしていたかも分からない筈だ。つまり、兄さんは自分が誰だかを良く分かってないのさ」
「それはまた滑稽な話しですね」
「だからこそ、俺達は空を回収しなければならない。あの、北郷一刀とか言う奴に毒される前に」
「貴方が急ぐ理由はそれでしたか。なら、尚更早くしなければなりませんね。あの、北郷一刀は我々の手に負えなかった。だから、早くしなければ手遅れになってしまう」
「空と言う存在が、この外史を左右する存在となる。北郷一刀側につけば、世界の歯車の脅威となる。しかし、空がこちら側につけば、外史を、いや正史すら改変する救世主となる。それだけの力をたった1人が持っている」
ルーラーから話しを聞いた于吉は今の状況がだいぶ見えて来た。
空は今、北郷一刀と共に行動している。
于吉達にとって一刀は例外な存在であって、なんとしてでも排除しなければならない。
そして、世界の歯車にとって空がこの世界の命運を握る鍵であって、それを一刀達に渡す訳にはいかない。
一刀が邪魔な存在だと言う事が合致しているからこそルーラー達に協力する事になったのだ。
その確認が取れただけでも、于吉には充分だった。
「なら、私もやれる限りお手伝いしましょう」
「さぁ、目覚め時だ兄さん!」
そして、ルーラーの声が山々に響き渡り、死を告げる死神のカウントダウンが刻まれ始めた。




