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真・恋姫†無双-獣達の紡ぐ物語-  作者: わんこそば
前日譚 群れない狼
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前日譚4



「早くこちらへ!急いで!」



世界の狭間。

人の願いを外史として反映し、それを管理する空間。

そんな風に一部で呼ばれるこの空間は、現在危機に瀕していた。

黒法衣を纏う集団が戦闘を仕掛けてきたのだ。

管理者とも呼ばれる空間の住民にまともな武器はなく、銃器を扱う集団に良いように殺戮されていた。

そんな中、1人の男性は隠し通路の扉を開けながら、目の前の女性へと叫んだ。

言われるがまま、女性は隠し通路へ飛び込むように逃げ込んだ。

体のあちこちは爆炎や転んだ擦り傷でボロボロだった。



「ここなら、安全です」



ここなら安全だと、安堵したかのように一息をつく男性。

ただ女性は、隠し通路と、今も尚戦闘状態が続く部屋を繋いでいる扉が気にかかっていた。



「皆さんはどうなったのですか?」


「分かりません。生きるのかも、死んでるのかも不明です……」


「私は……どうすれば良いでしょうか?」



答えが出せず、男性に助けを求めるようなその弱々しい言葉は、かなり追い詰められているのだと理解させられた。

圧倒的で、その上戦略的で、反撃を行なっても簡単に潰される。

絶望的なこの状況で男は



「逃げましょう。ここにいても危険です」



逃げると言う判断を出した。

追い詰められ、味方を次々に虐殺されるこの状況で、反抗するというのはかなり勇気が必要だった。

そして、その勇気は今の2人には無い。

女性に至っては心ここにあらずと言った具合にオドオドしている。

仲間に申し訳ないと思いながらも、逃げる為に秘密の通路を2人は進んだ。



それからどれくらい経ったのだろう。

銃声や悲鳴、喧騒は聞こえなくなったが、この静寂さに少し恐怖を覚えた。

味方は全滅してしまったのだろうか?

敵がもうすぐそこまで来ているのでは無いのか?

そんな疑念に囚われる。



「あの者達を呼べないのでしょうか?」


「あの者達と言うと、正史世界のあの傭兵グループですか?」


「あの者達ならば、この状況を打開出来るかもしれません」


「ですが、まだ先日幽州に彼を送ったばかりです。調整が済んでおりません!このままだと彼等は言語翻訳が日本語のままここに来る事になりますよ⁉︎」


「ですが……もうこれ以上の手立てが……」


「さて、腹は括れたかな?」


「「ッ⁉︎」」



逃げる中、その行く先を阻むように立っていたのはローブに身を包み、フードを目深に被った得体の知れない人物だった。



「やあ、初めまして。この世界を管理するエリスとその従者のエドモンド。私はS。昔は沈む者(シンカー)と呼ばれていた。思想家を意味するThinkerとも呼ばれていたがね」



声音から男だと分かるが、自分達の事をまるで見て来たかのような語り口に、2人は足を止めた。



「何故、我々の事を⁉︎」


「何故も何も、我々は全て知っているのだよ、エドモンド君。外史、平行世界(パラレルワールド)とはまた別の時間軸になる世界。ここで起きた事象全ては、正史の世界には干渉せず、その事象の答えのように別の世界を無限に生み出してしまう、外へと外れてしまった世界。それを管理する君達。全て知っているとも」



従者のエドモンドはこの目の前に立つSと名乗る男がいかに危険かを理解した。

武器1つ持ってはいないが、そう言った身の危険とは違う、また別の危険性。

その危険性がまだ何なのかエドモンドには理解出来なかった。



「たしか、ジョージ・オーウェルの『1984』の言葉だったかな?『過去を支配する者は未来を支配し、現在を支配する者は過去を支配する』。さて、管理者とも呼ばれる君達は現在を支配できているのかな?出来ているのならそれはとても甘美な時間だっただろう。だがそれは、偽物の支配に過ぎない」


「違います!私達は世界が理りから外れないように管理しているに過ぎません!」


「偽物の世界を管理する事がか?笑わせるなよエリス。この外史と呼ばれる世界に可能性などありはしない。人は常に争い続ける。正史世界がそれを証明しているのだよ。それを可能性?理から外れないように管理?人間を馬鹿にするのも大概にしたまえ」



Sと呼ばれる男はケタケタと笑いながらエリスの言葉を全否定した。



「そもそも、この世界はすでに理から外れているではないか!」


「そんな筈ありません⁉︎」


「エリス様の言う通りです。この世界は干渉なんて起こさないように出来てます!」


「干渉しないのは正史世界であって、平行世界ては干渉を始めている」


「「⁉︎」」



それは2人には知り得ない情報だった。

2人が知らないとは思っていなかったSにとって、今の状況は意外だった。



「何だ?管理者と名乗っているのに知らなかったのか?お前達が無限に近い数の外史を増やしてくれたお陰で、次元を歪めて既に平行世界に干渉を始めているのだよ。このまま行けば一部の平行世界の崩壊が起こり、正史世界すら崩壊を起こすだろうな。そうなればどうなるかぐらい分かっているのだろう?」


「全世界の崩…壊…」



目の前の男のやろうとしている事が微かにエドモンドの頭に過ぎる。

その男の不明の危険性が浮き彫りになって来た事に恐怖すら覚えた。



「ご名答、エドモンド君。そうなる前に救える世界は救済されなければならない」


「その為にどんな犠牲をいとわないのですか!」


「我々が目指すのは”最大多数の最大幸福”である。その為に少数には犠牲になってもらう。外史を犠牲に正史世界と平行世界を救う。この外史の人を犠牲に、それより多くの人の命を救うのだ。我々は大衆が望む正義を体現しているだけだなのだよ」


「そ、そんなの正義じゃ……」



絶望した顔のエリスは目の前の男に恐怖しきっていた。



「それを決めるのは当事者でなく、第三者だよ。第三者と言える正史世界と平行世界の人間には正義にしか見えないだろう。外史と、正史と平行世界の2つ。どちらが人が多いのか理解すべきだな。民主主義なら2つの世界の意思が、正義だと言えよう」


「そんな考え歪みきっている!そんな考え、1人の健康体の人の命を犠牲に数人の病に伏す人の命を救う理論と一緒だ!」


「ジョン・ハリスの『臓器くじ』だな。君とはいい議論が出来そうだが、それはまた今度の機会にしよう。で、なら共倒れにでもなるか?外史を犠牲にすれば2つの世界は助かるのだ。なら、取れる手段など限られるだろう?」



エドモンドの必死の叫びは、吐き捨てられるかのように笑って返される。

改めて目の前の男は歪みきっているのだと理解した。

いや、させられた。



「言っただろう、この世界は偽物だと。偽物の人、偽物の命、全てが願いによって作り出された偽物だ。人の過ぎた願いなど、害悪でしかない。願い一つで空間、いや、命すら作り出してしまうなど、もってのほかだ。偽物如きが、本物を侵食する事は許されないのだよ」


「願いは世界だって救え……」


「るとでも?願い一つで全てが救われるなら今、こんな状況ではなかったはずだ。私は神という物が心底気に入らない。奇跡の不備は誰でも知ってるのに、それでも奇跡を信じる、それを信じさせる神がとても気に入らない。神とは所詮、弱者がすがるものに過ぎないのだ。おっと、すまない。君達は弱者だったな。強者の私にはとても理解できなかったよ」



エリスを皮肉りながらニヤリと笑うSの姿は顔は見えないが、それでも悪魔のような笑みを浮かべているのは分かった。

今、この状況で争っても負けるのだろう。

エリスはそんな心境で祈るポーズをとった。



『我、願う。世界の理りを正す者の到来を。神の御技を持って、この世界を救いたまえ。願うは平穏の世、平穏の人。全てを成就す為、正しき力を持つ者達を召喚せよ』


「ほう。儀式か」



エリスによる召喚の儀式が口語詠唱によって完成し、エリスを囲むように召喚陣が浮かび上がった。

Sはそれを止めようともせずにただ静観するのみ。

召喚陣からは光が放たれ、輝きを強くする。



「あれ⁉︎」



召喚陣はただ光を強くするのみで、何も起きない状況にエリスは焦った。



「ああ言い忘れていたよ。この世界で数人の自称する神はこの私が殺したのだった。いや、すまないね。私のせいで弱者の祈りは届かなかったようだ」


「そんな……」


エリスとエドモンドの顔が絶望色に染まった。

愉快、愉快とSは笑う。



「うむ、力のある者を召喚したい気持ちは分かるが、正史世界から引っ張って来ようとしてるとは驚きだな。もし、召喚された者達が真相を知ったらどうするつもりだ?彼等は間違いなくこちら側に付く事になるだろうに」



一体、何故召喚する者達が同じ外史ではないのだ?と疑問に思う。

それは2人しか知らなそうな事である以上、直ぐにその疑問への興味は失せる。

ただただ顔を青くする2人にSはため息一つ吐き。



「しかし、ここまで予想通りの反応をされるのもあまり面白い話しでは無いな。『召喚陣の解析を開始』」


「な、何を⁉︎」


「別段驚くことでもあるまい?単に、私の産まれた世界では神の奇跡すら、科学で解明されていた。それだけのことだ。それに、数多く存在する外史の特異点の一つを、こうも簡単に落としてしまうのはあまりに忍びない。この世界を守りたいのなら必死に抗ってみせるが良い」



Sが召喚陣に近くと、召喚陣は更に輝きを強くさせた。

その召喚陣に手を伸ばし



『解析及び召喚陣の権利移譲を完了。被召喚者の召喚座標をランダム化。管理者権限により、被召喚者達のアイテムデータをアップロード。アイテムコール許可。召喚開始までのカウントダウンを左目に表示』



儀式とは全く別の、SFのような言葉の羅列に2人はついていけない。

ただ分かるのは、召喚陣は今、目の前の男の手に入ってしまったって事である。

どうやってそれを可能にしたのか検討もつかないが、事実そうなった以上、2人にどうする事も出来ない。

エドモンドはエリスを立たせ、目の前のSから逃げるために、手を引いて走った。

Sから吐き出される言葉を背中に受けながら。



「さて、人間の叡智というものは神に限りなく近付いた!抗えるのなら抗ってみせるが良い。我々の目的はただ一つ!正史世界と平行世界の温存である!」



この日、数多くある外史を管理する施設の一つが、Sと名乗る男率いる謎の集団によって落とされたのだった。

臓器くじ

ジョン・ハリスが提起した思考実験の一つ。元はフィリッパ・フットの『トロッコ問題』。

公正なくじ引きで健康な人を選んでバラし、臓器を必要としている人に配ると言うもの。

「ある人を犠牲にして他人を助けるというのは許される事なのか?」の問いに答える為の問題である。

例に表すなら、5人の為に1人を殺すか、1人の為に5人を見殺しにするか。前提条件など色々あるが、割愛詳しくはグーグル先生などへ。




エリスとエドモンド。

外史を管理する人達。空達を召喚する為に儀式を行うが失敗に終わる。結果的にSの力によって成功はしている。Sには勝てないと知り、その場から逃げる事となった。


S

沈む者(Sinker)とも呼ばれている、謎に包まれた人物。この物語の鍵を握る1人。本編での出番は今のところ一言のみ。戦闘能力は不明だが、人を率いる能力は高い。「召喚開始までのカウントダウンを左目に表示」と言っている事から左目は普通では無い模様。






※外史とパラレルワールドは別と言う解釈によって、この物語は作られています。三国と敵対して身に余るような強大な敵を用意した結果、あまりに強大過ぎるのはお許しを。(物語のコンセプトは正義vs正義)。この話と本編との関わりはまだ81話現在、物凄い薄いですが、それでも繋がる事とは確かですので……。最終的にはネタバレですが、三国vs外史という世界軸すら揺るがす強大な敵と言う構図になります。それまでの間、しばしお付き合いのほどを。

では、前日譚はあと1話なので、もうしばしこちらもお付き合いお願いします。

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