32話 一拍の休息
空が協力すると申し出て数日。
反董卓連合との戦いから既に3週間ほど経ち、一部の活躍出来なかった諸侯は自領へ戻る為に準備を進めていた。
その為、街の外に設けられた天幕は慌ただしさでいっぱいになっており、今回捕虜になった官軍の一部に顔を知られている空は街人の変装をして洛陽を歩いていた。
「さぁ、買った! 復興だから値引いてるよ!」
「処分する前に買う! 値段は応相談!」
街は死体を片付けられ、復興で湧いている。
一度は逃げ出した街の民も、露店を開いたりしながら商売をしている。
さながら戦後復興の光景に見えた。
その光景を目の端で捉える程度で見て周り、外の空気を吸っていると、後ろから声をかけられる。
「おや、貴方が訓練や仕事以外で出歩くとは珍しいですね」
空が足を止めて振り返る。
空に声を掛けたのはローンウルブズの1人であるホーネットだ。
ホーネットも空と同じように街人の服を纏い、変装している。
空が何事も無かったかのように歩き出すと、彼は空の隣に近づき歩幅を合わせた。
「2週間も詰め込まれていたんだ。外の空気を吸いたくなる。それで、そっちはお得意の情報収集か」
「ええ、官軍の捕虜の中に一部の将軍の姿が見え無い事が少し気になりましてね。まぁ、それだけでは無いんですが」
「それで?」
「我々と呂布。それから陳宮は劉備に。張遼や華雄はあの曹操と名乗る娘が獲得しています。他にも孫堅や袁紹など、多くの諸侯へ兵や将が流れてますね」
「どこも軍備を増強したと?」
「我々の力を一度見た以上、多くの諸侯はその流れで間違いない。今は気休め程度でしかありませんが、今後はそうも言ってられなくなるでしょうね。あっ、それ2本貰えます?」
「まいど!」
話してる途中目に入った串焼きの代金を払って受け取ると、一本を空へ差し出した。
「食べます? 味は美味しいかはわかりませんがね」
「いらない。それで気になったことは?」
空が受け取らず先に進む。
ホーネットは残念と言った顔で串焼きを頬張りながら、空の横を歩く。
「行方知れずとなったこの国の皇帝と楼杏。それからある噂の事」
「噂?」
「天人は今のところ我々のように戦える者達しかいない。が、少しおかしいとは思いませんか?」
「普通は戦い方すら知らない一般人がいてもおかしくないと? そう言われればそうだが」
「噂と言うのは、その一般人の行方についてです。彼等はなんでも、どこかの地下に居を構え、ひっそりと暮らしているとか」
「結果は?」
「所詮は噂程度でしたね。調べるほど痕跡がまるでない。調べるだけ無駄ってやつですよ」
「そうか……」
ホーネットからの情報に空は少し考える。
自分なりの答えに辿りつく事には至らず、情報不足に悩みそうだと思考をまとめて切り上げる。
「それで、貴方はどちらに行くんです?」
「特に決めている訳じゃない。強いて言うなら散歩だ」
「その割に武装はしっかりしているようですね。てっきり喧嘩でもしに行くのかと」
「連合にか? そこまで馬鹿じゃない。念の為だ」
「そうですか。なら、私もまだ気になる情報を集めて来るので退散します。何かあれば信号弾で」
そう言ったホーネットの姿が一瞬で消えた。
正確には人混みに消えたのだが、そのあまりの気配の消す速さに見失った。
戦闘外でも忙しい奴だなと思いながら、空は再び歩き出す。
しばらく歩くと露店を抜け、人集りに当たる。
喧騒から何かイベントがあるのだろうと、脇道を探すが残念ながら見つからず、この人混み避けては通れない。
空は極力、気配を断ちながら奥へと進んだ。
「ここは私の家なんです、やめてください!」
「ハンッ。そんなのがどうしたってんだ。お前は一度放棄しただろうが! なら元の持ち主に戻るのが普通だよな」
明らかに弱そうな男性と恐らくその家族が複数の用心棒を連れた金持ち風の男と言い争っていた。
どうやら混乱はあちこちに波及しているらしい。
ちょっとしたいざこざからこうした土地を巡る争いまで起きている。
空は面倒くさい相手に絡む必要が無いため、気配を消しながら通り抜けようとした。
「往生際が悪りぃな! やっちまいな」
遂に痺れを切らした金持ち風の男が用心棒達に指示を出した。
見るからに人を殺せる太い気の棒や、刃こぼれが激しい大剣の腹で男性を殴り付け始めた。
見るからに一方的、弱そうな男の体のあちこちにアザを作っていく。
「やめて! これ以上は父ちゃんが死んじまう!」
「うるせぇガキ! テメェもこうなりたくなければ引っ込んでろ」
「嫌だ!」
「これだから聞き分けのねぇガキは嫌いなんだ…。おい、コイツを退かせろ」
「へい!」
用心棒が頷き、少女へ手を伸ばす。
少女の顔は恐怖で震え、その伸びて来る手に成す術なく固まってしまう。
が、勇気を振り絞り、涙を流しながら懇願する。
「絶対ダメなんだもん!」
親以上の硬い意思に、金持ち風の男の額には青筋が浮かんでいる。
その意志を代弁するかの様に用心棒の1人が少女の目の前に立つ。
「はいそうですかって訳にはいかなんだよなー、これがッ!」
「うぐっ…は、離…して」
少女の胸ぐらを掴み上げ、足が地面から離れる。
もはやそれまでかと、空は隠している銃へ手を伸ばした。
「おい、それ以……」
「それ以上はちょっと大人気ないと思わないのか、チンピラ」
空以外に別に止めに入った人が1人。
空は気配を殺し聴衆の中へと隠れる。
「あ、何だてめぇ!」
「通りすがりの傭ッ……用心棒だ!」
止めに入ったのは金髪の白人。
見るからに現代人の格好をしており、周囲からは浮いている。
体は鍛えられているのか服の上からでも分かる程の筋肉量。
空は微かに香る硝煙の匂いが鼻につく。
(日常的に銃を撃ち、戦闘経験もある。赤い地平線以外にもまだいたとは)
立ち振る舞いから、男が一般人では無いのは明白だ。
そこで相手が一度言い直した元の言葉にだどり付く。
" 傭兵 "
その傭兵の男に気配を悟られていない以上、空は事の顛末を見守ることにした。
「大の大人が、子供の胸ぐらを掴み上げるのはどうかと思うが?」
「こちらも金を貰わないとおまんま食いっぱぐれちまうんだ」
用心棒が捨てる様に幼女を離した。
地面に落ちた少女は咳き込み、その母親が大事そうに抱き寄せる。
「あんたよっぽど自信ある様だが、俺は汜水関の化け物相手に生き残った。あの化け物と同じ天の兵っぽい野郎だが簡単に勝てると__」
汜水関での戦闘を自慢げに語る用心棒を一瞬にして引き寄せ、腕の関節を締め上ると、首にナイフを当てがった。
「簡単に、なんだ?」
「そ、そう!簡単に降伏するのさ!」
用心棒にはプライドは無かったらしい。
武器を捨て、降伏するとぺこぺこ頭を下げた。
「すいやせんでした!」
あまりの手の返しの速さに傭兵の男は困惑したような微妙な表情をしていた。
流石に用心棒が使い物にならないと分かると、金持ち風の男は顔を青くして走り去ってしまった。
そして、空も一つ確信した。
(この男は最近に来て、何も知らない)
「しかし、あんたすげー強ぇな。あの化け物と比べたら分からないが、あの化け物相手に生き残る実力はあると見た!」
「さっきからその化け物って誰の事だ」
傭兵はさっきかは話題に上がる化け物がなんなのか気になっている。
そして用心棒はお喋りで、得意げに語り始めた。
「はぁ? 知らねーのか? 狼みたいにすばしっこい奴がいたんだよ。しかも熊が餌場で暴れた惨状みたいに兵を倒すんだ。あれはまるで嵐だ」
空はベレッタに手をかける。
これ以上余計な情報を同じ別世界からきた男に漏らされるにはリスクが高い。
確信的な情報が出たら殺す準備は整える。
「同じ天の兵とか言っていたようだが?」
「あんたみたいに別世界から来た奴をそう呼ぶんだ。俺達に無い凄い知識を持っていてこの国に平和をもたらすってもっぱらの噂になってるんだ」
が、その必要は無かった。
あの用心棒は外の観戦者であって生き残った者では無いようだ。
当事者であるなら足や肩に銃創があるはずだが、銃創を負った違和感のある動きはない。
そもそも怪我をしている訳では無かった。
それからも用心棒は傭兵へ得意げに語るが、空はその場を立ち去った。
◆
カーチスは違和感を感じ、目の前の用心棒では無く、観衆へ目を向けた。
一定の視線は感じるのに不自然なほど気配が無い。
その場には目立った服装も無ければ逆に目立たない服装もいない。
目で違和感の正体を探すが、見破ることは出来なかった。
それとは別に、カーチスを探している人物が見つかる。
「カーチス! いなくなったと思ったらどこに行ってたんだよ!」
「ああ、デイヴィッド。騒ぎがあったから止めにな」
怒り顔で文句を言ってくるのは孫策に付く天の兵、ロイドの部下であるデイヴィッドだ。
騒ぎに参加したカーチスを探していた。
申し訳なさそうに謝るカーチスだが、デイヴィッドは呆れ顔をした。
「あれほど目立つなって言ったの覚えてますかー?」
「いや、すまん! つい手が出た」
「どこに俺達と同じ世界の奴がいるか分かんないんだぞ。それに買い物すらまだ終わって無いんだ!」
どうやら2人は買い物に来ているらしい。
それからもガヤガヤと色々言うデイヴィッドと、ただ謝るカーチスの姿があった。
「ん? 騒がしいな」
そして別の場所では重そうな荷物を抱えて歩くオルカの姿。
隣にはオルカと似たような格好をしている女性が歩いている。
「どうせあれよ、戦いの後の混乱みたいなものよ」
「簡単に言うがな、手がかりの一つあるかも__」
「ある訳ないじゃない!」
「あ、はい」
「良い? 私が曹操に取り成さなかったら、貴方今頃路上の物乞いよ?」
「それは言い過ぎだろ。いくら俺でも__」
「いくら、何?」
「いえ、なんでもありません!」
「ソラを探すにもまずは居場所。根無草って訳には行かないの、良い?」
まるで親が子を諭すように言われ、オルカは渋々頷くしか出来なかった。
そこは洛陽。
今や多くの天の導きを受けた者達が集い、思い思いに過ごす。
だが、交わる事はない。




