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31話 空と劉備

洛陽での鎮圧、連合軍の占拠から2週間。

世間とやらは復興に沸き、董卓が抜けた椅子を有力諸侯が取り合う毎日が続いている。

空は囚われてからというもの、沈黙を貫いていた。

ローンウルブズの面々は敵だったという名目上、洛陽では姿を隠さなければならず、それは空も例外ではない。

一刀達が今滞在してるのは、占領下に置いて与えられた天幕と、ローンウルブズが保有するセーフハウス。

そのセーフハウスで空は尋問を受けていた。

一刀が机を挟んで空と向き合う。



「あのな、空」


「…………」



帰ってくるのは沈黙。

関わる気が無いと沈黙ながら訴えてくる。

だから一刀は空と面と向かって、自分の気持ちを訴える。



「なぁ、また仲良く出来ないかな?」


「また? お前と仲良くした覚えなど初めからない」



空が数日振りに口を開いた。

ナイフのように尖った言葉が一刀に刺さる。

だが、それでめげたりはしない。



「このままじゃ、連合軍に見つかるんだぞ。そうなったらどうなるか……」


「ワザとらしいな。全員殺せば目撃者はいなくなる。それにこの世界は俺の相手にすらならない」


「その俺達に空は負けただろ」


「負けた? 本気すら出してない俺を止めてか? 冗談はやめろ。董卓への配慮と、隊長の命令として不殺を貫いただけだ。制限が無い今ならこの手錠を外し、お前の首を折るなど簡単だよ」



殺意は無いが、敵意が篭った目を向けてくる。

警戒心の高い猫か何かに見えた。

それからは沈黙を貫いた。

一刀の質問や問いかけに一切応える事なく、1時間が経過。

今日の尋問と言う名の話し合いは目的を達成する事なく終わった。



「また来るよ」



そう言って一刀は部屋を退出した。

そして次の日。

諦める事をしない一刀は、再び空と対面している。

昨日と違うのはやり方を変えた事だ。



「おはよう、空。今日はさ、洛陽の子供達にあやとりを教えたんだよ」


「…………」


「それでさ、子供たちが笑うんだ」



空が一言も喋らなくても、一刀はその日あった事や、街の状況を空に語り掛けた。

その日は、子供達とあやとりを遊んだ。

次の日はドッチボールを教えた。

その次の日は___



「お前は……遊ぶ事しか能にないのか? 毎日、何かして遊んだとしか聞かないのだが?」



空が痺れを切らしてようやく口を開くが、呆れ返っていた。

出る言葉は全て子供達と遊んだ、それだけである。

仕事はしてるのかと疑問がふつふつと湧いてくる。



「なぁ、明日子供達に何を教えるべきかな? やっぱり野球か!」


「仕事をしろ!」


「いやー、俺って飾りみたいなもんだから、こんな状況だとやる事ないんだよ。周りが優秀で……あれ? 俺いらない子じゃね?」



自分で言ってる内に傷を負い、机に突っ伏して悲しみにくれる。

1人芝居に空が冷ややかな視線を送っていると、部屋に1人の入室者が現れた。

蜀の中でも指折りの武将、関雲長こと愛紗だ。



「ご主人様。そうは言われても人手は足りないのを自覚しておられるんでしょうか?」


「そうそう、だからさ空!」


「断る! ……邪魔だからそいつを連れてってくれ」


「ご主人様をそいつ呼ばわりとは関心しないな」



空の言動が気に入らなかった愛紗が、空へバチバチと視線を送る。

とは言っても空は丸腰、手錠までされている以上は手を出す訳にいかないと愛紗は堪える。



「君の関心を求めている訳じゃない」


「何を!」



が、空の逆撫でする言葉にやきもきしてしまう。

愛紗も売り言葉に買い言葉、敵意を空に放つ。

すると空は、愛紗をじーっと睨みつけた。

まるで何かを確かめているように。



「な、何だ?」



直後に___バキンッ!

金属の接合部が外れる様な音の響きの後、空は殺意の困る手を狼狽る愛紗へと伸ばした。

あまりの一瞬の出来事に追いつけないでいると、その手は愛紗____の後ろにいた者の手首を掴む。

その手には刃物が握られていたが、直ぐに空によって叩き落とされると、侵入者の後ろへと回り、首を締め上げて無力化する。



「つけられていたな、間抜け」


「____ッ!?」



首を掴まれている謎の侵入者は驚きと恐怖が混じった表情で空を睨んだ。

そして口をもぞもぞと動かし____ゴキッ!!

行動に気付いた空が侵入者の顔を捻って、首をへし折った。

空が手を離すと体が地面に転がる。

首の骨を折られた人物はピクリとも動かず、辺りは静まり返った。



「いつの間に!?」


「どこの所属が分かるか?」



空が2人に聞くが、2人とも首を横に振った。

空は、転がった死体を漁り始める。



「性別は女。所持品は筆と、木の棒。舌が根元から存在しない。その他の身体的特徴は無いな……。うん? これは……」



空が殺した死体の一部を見続け、思考に更け始めた。

ずっと死体を睨み続ける空に、一刀は恐る恐る近づく。



「何か分かった?」


「……いや。こんな奴は見たことがどこかであるが……。気軽に声を掛けるのをやめろ」


「だって気になったんだから仕方ないじゃん! と言うか手錠はどうしたんだよ!」


「抜けるコツが分かってれば難しくはない」



一刀が指摘した通り手錠は綺麗に外されていた。

それこそ手品の脱出マジックのような綺麗さだ。

だが、空の心境に少し変化があったのか、黙ることをやめた。



「気が変わった。お前達の大将の元へ案内しろ。直接話す」


「急にどうしたんだよ」


「ほら急ぐぞ。死体はこのまま放置が望ましいな。……待てよ。北郷、俺の装備からワイヤーとベースボール程の大きさをしたグレネード、それからナイフを持ってこい。急げ」



有無を言わさない物言いに、一刀は急ぎ足で空の装備を持ってきた。

空が作業を始めるが、何をしてるのか一切分からない愛紗は空に突っかかる。



「何をするつもりだ?」


「知らないのか? トラップだ。ここはもう敵に探知されたも同然。なら、こちらの情報が流れる前にカウンターを入れる」


「と、トラ? か、カウ? それはなんだ?」



空の言葉に愛紗が頭からクエスチョンマークを出した。



「罠と反撃と言う意味だ。コイツは斥候。筆の先が湿っている点から、ここの位置は既に流してると見える。コイツが戻らないと他の斥候が来る。だから場所を変えるのさ」



作業を終えると即席の罠を死体で隠した。



「死体を動かせば、ボカン。騒ぎが起これば時間稼ぎぐらいにはなる。ほれ、案内しろ。心配なら装備はお前達が持っていろ」



自ら手錠を嵌め直すと、早く行くぞとばかりに催促してくる。



「嵌め直すのかよ!」


「これで安心が買えるのなら安い」



そうは言うが、安心など全くできそうにない。

何とも言えないまま、ゴリ押しで通されて空を自軍の天幕まで案内するのだった。




洛陽の街の外。

民達に配慮され、兵士の駐留場所は街の外に作られた陣の天幕。

連合の派閥や所属によって陣が分けられている。

その中でも隅にあるのが桃香達、幽州連合の天幕だ。

その天幕にたどり着いた3人。

空は天幕を警備する兵士は2人たが、違和感を感じたのか睨みつけた。

すると、空の姿を見つけた兵士は慣れ慣れしく絡んで来た。



「お、ソラ坊じゃねぇか。ようやく諦めたか? この頑固者」


「ただでさえ怪しい体格してるのですから、言動でバレるのでもっとこの世界の兵士らしくして下さい。面倒なので」


「その声、ストームとハルトマンか」



空は驚いているような言葉を言ってはいるが、表情一つの変化もない。

空が気づいた事で、2人が兜を外す。

ここの天幕の警備はローンウルブズの面々が兵士に扮しながら行っていた。

他の勢力にバレないように武器、防具はこの世界の物を使っているが、隠せない筋肉が中々に自己主張している。

背もそれなりに高い2人は、警備兵なのに歴戦の猛者に感じるような雰囲気を醸し出していた。



「で、何用だよ?」


「劉備に話がある。出来れば隊長にも」


「丁度いるぜ。ついてきな」



奥へと案内され、周りと比べて一番大きな天幕へと通される。

天幕の中では机に地図や兵の駒などが並べられており、指揮所だと一目で分かる。

そこでは桃香、白蓮、朱里、雛里の4人、そこにファントムも加わって今後の事を打ち合わせている。

空は天幕を潜ると、5人の会話に割り込んだ。



「失礼する」



空の姿に、軍師2人は恐怖で一刀の後ろへと隠れ、桃香は少し驚いた表情をする。

白蓮はプレッシャーに固まって動かなくなった。

ファントムは含み笑いを向けていた。



「空か。認める気にでもなったか?」


「大方そんなところかな」


「本当ですか!」



嬉しそうに桃香が反応するが、空が待ったをかけた。



「ただし条件がいくつかある」



覚悟を決めたように唾を飲み込み、真剣な表情をする。

空が指を3つ立てた。



「一つ、なるべく配慮はするが、俺のやり方に口を出さない事。二つ、俺の持ち物は漁らない事。三つ、俺の情報は絶対漏らさない事。これが条件だ」


「ちなみに、破った場合は……」


「その時は敵対するか、姿を消すかのどっちかだ」



さらっとそんな事を言ってのける空に、この世界側の人は引きつった笑いしか出ない。

あれだけ暴れてたのが敵対するとどうなるのかは、想像に難くない。

その中で、桃香は勇気を持って手を挙げた。



「あの、その条件なんですけど。理由を聞いてもいいですか?」


「情報というのは時に命より重い。それだけだが?」


「うえッ?? え、えっと、どう言う事? ですか……」



したり顔で言う空だが、劉備に伝わっていなかった。

仕方ないと言った表情で、ファントムが言葉が足りない空に代わり、補足で説明する。



「言葉足らずですいませんね。コイツは自分の情報を漏れるのを凄く嫌う奴でしてね。あっちの世界では情報の一つ漏れるだけで、簡単に拡散され対策されてしまう。何を持っているのか、どう言う戦い方をするのか。その情報の一つ、たったそれだけで命運を分けてしまう。君達が捕虜になった時、奪還の成功率が大きく変わる程にね」


「だから俺に何も言わずいなくなったのか」


「いや、普通に違うが?」


「違うのかよ!」



1人納得しようとしたが即否定され、悲しそうな顔をする一刀。

たが、その横で笑いを堪えられなかったストームは笑いを吹き出した。



「いや、すまんな。坊主、コイツが何も言わなかったのは、情報を持ってるだけで世界中から狙われる事になるからだ。君の命を守るためだよ。な、ソラ坊?」


「ち、違ッ!」


「何が違うんだよ? ほれ、説明してみ」



返す言葉を失った空は黙った。

どうやら最後の抵抗らしい。



「ど、どうして空の情報を持ってたら命に関わるんですか?」


「あー……何も聞いてないのか。ファントム。説明してくれ」



何かを察したストームはファントムへと丸投げした。

急に丸投げされた方は困ったようにどうするかを考えるが、一刀達の視線に耐えきれず、空に後で謝ろうという気持ちを内心抱きながらも口を開いた。



「国際連合の活動における危険人物をピックアップしたビンゴブックがある。これらは世界に影響を与えるであろう存在、均衡を崩す危険な存在、まぁ危ない奴を危険度順に片っ端からランク付けしたものだ。コイツは50付近に載っている」


「それって世界で50番目に危険って事ですよね!? というか、危険過ぎる人多くないです!?」


「戦争屋なんてみんな危険人物だ、気にするな」



笑えない冗談に一同が苦笑する。

それでもファントムは笑いながら空の頭に手を乗せ、続きを話す。



「コイツは少々厄介でね。情報の殆どが載ってないんだ。ただ一言『傭兵である』、それだけ書かれている。だからだから世界各国は言う事を聞かせる為に情報を集め、どこよりも有利になろうと躍起になってるのさ。結果、コイツの情報を持っている事が知られると、どこかの誰かに拷問を受ける事になる」



恐ろしいなと思う一刀だが、それでも一つ気になった事があった。



「あ、でも日本はこの事を知ってるんですよね? 活動出来ている訳だし」



普通、情報を隠すなら活動は鈍る。

大きく活動すればするだけ人の目に付くからだ。

でもそうはなっていない。

誰かが情報操作に協力しない限りあり得ない話だ。



「そう、その通り。日本は空の情報を隠匿するのに協力している。その代わり、危機的状況になった場合は空が日本を守る。そう言う協定を結んでいる」


「それって実質、日本が手に入れたと言うべきなんじゃ……」


「鋭いが、そうはならなかった。我々がこの世界に来る前に日本でテロが起きた。世界は現状、結構危うい状況でね。いつどこで何が起きてもおかしくはなかった。まぁ、テロ行為はコイツの手によって防がれ、テロリストは半壊した」


「そ、そんな事になってたんですね」



一刀はそれよりも前にこの世界へと来たのか、その情報を知らなかった。

やってる事はどこでも変わらないだなと、呆れが表情に出ていた。



「コイツに目をつけられた時点で、中途半端な実力では相手にならん。その後、テロリストは再起を図る為にある高校を占拠したが、コイツが受け入れられていた学校を襲った為に、テロリストは文字通りの全滅。その学校に通っていた生徒の大勢にトラウマを植え付けた。その後は言うまでもなく情報統制に失敗。テレビでニュースに上がり、コイツは日本に居られなくなったのさ」


「なんで自重しなかったんだよ!」


「自重はしたさ。奴等が強くなかっただけだ」



どうやら、どこの世界でも暴れっぷりは一緒らしい。

暴れっぷりを知っているだけあって、その光景が容易に想像できてしまう。

ある意味、自然災害のような男である。

もっとも、後ろ盾すら吹き飛ばす残念過ぎる災害だが。



「絶対に敵対したく無いな……」



白蓮は恐怖するしか無い。

一応手錠をかけられてはいるが、どう見ても猛獣だ。

そんな男が敵対した時の事を考えると、被害がどれだけ出るのかを考えたところで思考を放棄した。

他にもやる事が沢山残っている以上、そんな事を考えている余裕はない。



「さて、私は仕事が残っているから戻る。桃香達も、今のうちに片付けられるのは終わらせないと後で痛い目見るからな」


「あははっ……が、頑張るよ」


「そう言ってられるのも今のうちさ。直ぐに忙しくなる。なんせ今はどこも人手不足だからな」



白蓮の言う通り、董卓の粛清によって人材は不足している。

それこそ桃香達を役職につける動きがある程に。

それは当然であると同時に、深刻な問題である。

腐敗が進んでいたと嘆く者もいれば、これをチャンスだと捉える者もいる。

それだけの穴が空いたのだ。

その穴に活躍した桃香達が嵌め込まれる事は誰の目にも明らかだった。

白蓮が去った後、桃香は手錠がかけられている空に近づきまじまじと見つめる。



「うーん、どっから見ても人だ」


「それ以外の何に見えると?」


「天の世界から来たからには何か違うのかなーって思ったけど、ご主人様も、ファントムさん達も、貴方も、皆んな変わんないなーって思ったんです」



空は何が言いたい?という顔をする。



「ご主人様もファントムさん達も少し変わってるけど、やっぱり良い人だと思うんです。それは貴方だって変わらない。だって__」


「俺がお前たちと組むと決めたのは、組むだけの利益があると判断したからだ。だからお前達の思想なんてどうでも良いし、共感もしない。だから俺を使い潰そうが構わないし、常に危険な戦場に置こうとも構わない。それが俺とお前たちとの、関係だ」



桃香の優しい言葉を真っ向から否定する。

どこまでもビジネスにこだわり、壁を作る。

桃香が取り付く島もない。



「それでも!」


「それでも、か。なら扱いこなして見せろ」



空は少しだけ一刀を見るが、なんでも無かったように天幕を出て行く。

これが、空と蜀との関係の始まりである。

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