29話 次元の狭間
どうしてこんな事になったのだろうか?
左慈は薄れる思考でそのような事を考えていた。
口は思考とは違う___叫びを関係無く吐き出している。
「ぐっあああぁぁぁぁぁ!!!!」
体を突き抜ける電撃は焼けるように痛い。
体が小刻みに震え、バチバチと弾ける音が鼓膜に響く。
数十秒続いた電撃が止むと、叫びも同時に収まった。
「さてと、話してくれる気になったかな?」
目の前にいる男___エスは左慈の髪を掴み上げ、顔を無理やりに上げて来る。
「ただ少し、そう少し。エリスの居場所を教えてくれるだけでいい。それでお前は解放される」
「……誰がてめぇなんかに」
「…尋問官。電圧を上げろ」
左慈の返答を聞いたエスは、冷たく尋問官へ電圧を上げるように要求した。
有無を言わさないエスの圧力だが、尋問官の反応が良くない。
「しかしこれ以上は命に関わるかと……」
「構わん。やれ」
「……はっ!」
尋問官が頷くと、電撃を加える装置の出力を上げた。
指は少し震え、尋問官が躊躇いを見せると、エスが容赦なくボタンを押す。
再び左慈に電撃が加えられる。
「ぐっあああぁぁぁぁぁ!!!!」
数十秒、それだけ時間電撃が流され、それでも左慈は意識を保ち続けている。
もう数十時間、それだけの時間を耐えていた。
エスが耐え続ける左慈に関心する程だった。
「偽物ごときが良く耐える。だが、所詮は紛い物だ」
「ふざけるな! 俺達は」
「管理者側だと聞き飽きた言葉を並べるなら、もっと面白い事を言って見せるといい」
「てめぇなんかに屈するものか!」
「ふむ。耐えられず罵詈雑言をぶつけると思ったが、存外しぶといだけか。なら仕方ない、少しやり方を変えてみよう。ルーラー!」
左慈の変わらない態度に、エスはルーラーと呼ばれる男を呼んだ。
部屋に来たルーラーの姿はシエルと姿が瓜二つ。
だが、髪の色が白く、似ても似つかない姿をしている。
色違いと言うべきか。
ルーラーは縛ってある于吉と白装束を纏った人達を連れてきた。
「ほらよ」
「ご苦労。もう下がって構わない。紛い物共の捕獲ご苦労と労っておくよ」
「微塵も思っていないくせに良く言う。まぁ、同情はしてやる。だが、この世界に生まれた事を恨みな」
そう言ってルーラーは部屋を出て行った。
ルーラーを見送ったエスは白装束の一人の拘束を解いた。
「さて、白装束君。君は話してくれるだろうか?」
「ぜ、絶対言うものか!」
「君達はこの世界の出身だったかな? 家族は……妻と、子供が……2人だな。だが妻も子供も既に死んでいる」
「な、何故わかる!?」
パチン。
フィンガースナップを鳴らすエス。
「初歩的な事だよ、白装束君」
どこぞの名探偵のように、エスは語り始める。
「人は無意識の内にあらゆるサインを発している。目の動き、呼吸の速さ、手の動きなど。こんなのは使い古された手だ。慣れれば誰だって出来る」
「の、ノンバーバルコミュニケーション!?」
「ご名答、よく知っている」
「ああ、あんたの言う通りだよ!! もう俺には失うモノがない! 殺すなら殺せ」
「そう焦るな。別に殺そうなどとは考えていない。取引をしよう」
エスから出されるのはとても魅惑的で流れ難い、悪魔の囁き。
白装束の男は目を見開いてその言葉を聞いた。
「お前の家族、全員を生き返らせよう。もちろん、安全な場所と衣食住も約束するとも」
「そ、そんな事…で、出来るものか!」
「我々をなんだと思っているのかね? 我々はあらゆる平行世界の出身が大勢いる。それぞれが持っていなくとも、それらを集合させれば話は変わってくる。肉体を情報から生み出すことも、魂を当時のまま復元する事も可能だ」
「妻と娘が……生き返る?」
「ああ、もちろん。だが、生き返らすには外史世界が邪魔だ。その手伝いをしてもらうのが条件だ」
白装束の男は左慈を見た。
既にボロボロ、自身もそこへ姿を並べるかもしれない。
そこへ差し出されるエスの誘惑。
左慈がやめろと訴えるが、白装束の決意は変わらなかった。
「す、すまない左慈様。私は……私は!」
「お前は仲間を売った。これで、一人前の……兵士だ」
大胆不適に笑うエス。
兵士達へ指示を出し、部屋から白装束を連れ出した。
残されたのは左慈と于吉、それから数人の白装束。
「さて、君達はもう必要ない」
エスは電撃装置の電圧をさらに上げて、危険を示す赤色まで強くした。
装置と繋がるロッドから帯びたしい放電が放たれ、紫電が椅子を焼き焦がした。
人間が食らえばひとたまりもないソレを持ち、近づいてくるエス。
左慈は歯を食いしばって、目を瞑った。
于吉達も目の前の光景から目を逸らした。
「そこまでにしなさい」
だが、入室してきた別の誰かによって止められた。
左慈が見た視界に映る、杖をついた男性が1人。
エスは明らかに嫌な顔をした。
「アドミニストレーターか」
「君は少しやり過ぎだよ?」
「俺の方針に口を出すつもりかね?」
「流石に見ていられなくてね。それ以上はいけない。彼はもっと役に立つだろう」
「…まぁいい。命拾いしたな」
エスは興味を失ったかのように電気ロッドをその場に捨て、部屋を出て行く。
左慈が、命が繋がった事にほっと一息つく。
だが、脅威が去ったという訳ではない。
目の前の杖をつく男に警戒し、睨みつけた。
「あんた、何者だ……」
「ああ、君と話すのは初めてだったね。私は、そうだな……ここではアドミニストレーターと呼ばれている」
「アドミニストレーター??」
「君達と同じ、管理者という意味さ。通常軸の我々の世界と、異なる世界軸を持つ外史世界。それらを管理する、それが私だ。そして、私は君達にとっては悪の親玉と言うべきなのだろう」
「お前がッ!!」
左慈が縛りつけられながらも暴れた。
どんなに手、足を動かそうと鋼鉄の枷はびくともしない。
「まぁ、焦らないで聞いてほしい」
「別段、私はこの世界を消したいとは思っていないんだ。寧ろ君達の力を借りたいぐらいだ! だが。通常軸の世界のお偉い共はこの世界の抹消するように命を下していてね。君達がこのままの態度を貫くのであれば、我々は世界の威信をかけて抹殺しなければならない」
アドミニストレーターが左慈の周りを歩いていると、やがて杖で地面を鳴らして止まった。
金属音が軽やかに響く。
「だがね、私は通常軸の世界が大層気に入らない! 自分達の保身の為に世界を消す? 冗談じゃない! だから私はお偉い共を消そうと思っている。だが、その為には人が必要になる。そして、君達を受け入れる準備もある」
「野心家か……、その野望は命取りになるぞ」
「だろうね。だが、私はあえてそれに挑戦するのだ! 君達に時間をあげられるのは長くない。君はエスと話しただろう?」
「……ああ」
「彼は外史軸の膨張によって自身の世界が消えてしまった過去を持つ男だ。その復讐心、報復心は君の拷問とも取れる尋問に現れている」
左慈に背を向けたアドミニストレーター。
「だから君は、君達は良く考えた方が良い。出なければ私は君を助ける事が出来ないのでね」
彼は出口に向かってゆったりと歩いて行く。
そして、左慈はそれを呼び止めた。
「おい、アドミニストレーター。俺は___」
左慈は決断を語った。




