25話 蜀へ降る狼
どうにか街の外に逃げ切った一刀達一行と空。
銃を構えた空が警戒しながら森の中にある合流ポイントに到着した。
そこには先に脱出したローンウルブズ達と、連合軍に参加していた白蓮の部隊、そして桃香の姿があった。
「お、ようやく来たか。随分かかったじゃねぇか」
「時間通りだ」
「そうかい」
ストームの心配をよそに、空はファントムのいる場所へと向かう。
空はファントムの近くにいた人物に少し驚いた顔をする。
横には劉備こと桃香がいたのだ。
「おかえりなさい、ご主人様!」
「ただいま桃香」
その劉備は一刀の姿を見つけると、とても嬉しそうに微笑んだ。
一刀も微笑み返すと、抱き合いそうな雰囲気に浸っている。
空はその横を通り過ぎると、ファントムへと詰め寄った。
「どう言うこと?」
「次の雇い主だ」
「は?」
何言ってんのコイツみたいな表情をする空。
てっきり一刀達を送り届けて終わりだと思っていた。
それから一刀と桃香の二人を見ると、大きな溜息を吐いた。
「勘弁してくれ……」
こんなのに雇われるのかといった落胆だ。
正直、ここでさよならした方が空の心の健康を保てる。
しかし、それはファントムから否定されてしまう。
「俺達もこのままじゃ生きていけないだろ? 生きていく為にも、帰る方法を見つける為にもクライアントは必要だ」
「だからって、こんな頭お花畑な奴にこき使われるのは性に合わない」
「そう言うな。それとも、他の場所を選んで常に戦闘するのが望みか? この世界に使い潰されるのが望みか? 俺達は表向きは確かに傭兵だ。だが、俺達にも目的がある。その事を忘れてないだろうな?」
「分かっているさ。ああ、分かっている」
ファントムの言いたい事もわかる。
空だって……いや、ローンウルブズはある目的の為に戦っている。
その為にはこんな異世界で骨を埋める訳にはいかない。
だからこそ生きる為にはクライアントは得なければならない。
気が付けば桃香が空をじっと見つめていた。
「貴方が汜水関で暴れていた天の兵士さん? はじめまして、私、劉備って言います」
「いえ、人違いです」
「うぇ? ええ? 違うの!?」
あまりに即答され、驚く桃香。
簡単に人の言葉を信じる桃香に空はため息を吐き、一刀はジト目で空を見る。
「いや、あってるよ桃香」
「え? そうなの?」
「嘘つくなよ空」
「やっぱりこんな奴は知らない」
空に対する一刀の反応にファントムは気になった事が一つ。
一刀と空の関係だ。
「知り合いか?」
「さっき会った初対面だ。こんな奴知り合いじゃない」
「おーい、普通に嘘つくなし!」
「と言ってるが?」
「気のせいだ。よく言うだろ? 同じ顔した奴は3人いるって」
意地でも認めたくない空。
ここで冗談めかしく空の肩を叩いて笑っても投げられるだけなので、仕方なく一刀はファントムの方へと向いた。
「俺、北郷一刀って言います。空とは中学校の時に」
「なるほど」
ファントムは何かを察したようだ。
空を見ながらにやける。
空は悪寒を感じたのか、後ずさる。
顔はもう絶対に嫌と訴えていた。
「俺は私設部隊アンノーン、ローンウルブズ隊所属のファントムだ。好きに呼んでくれて構わない。で、こっちがジャック。本名は不知火空だ。挨拶ぐらいしておけ」
「断る! なんでこんなのに雇われなければならない」
耐えきれなくなって空が叫ぶ。
こんなのと言う発言に愛紗は明らかに機嫌が悪くなり、星も面白くない顔をする。
鈴々ですら警戒する猫の様に空を睨み、桃香は苦笑いしか出ない。
ある意味一触即発だが、それを面白がるローンウルブズの面々。
「おいおい、ツンデレか?」
「訳の分からない事を、いうな!」
横からファングがからかってくると、空は顎に強烈な蹴りを入れて吹き飛ばした。
地面をボールのように転がって、木にぶつかり止まった。
ピクリとも動かないファングに一刀と桃香は顔を青くして驚くが、数秒後にむくりと立ち上がる彼の姿に二度驚かされた。
いつもの光景なのかファントムに気にした様子がない事に、一刀は遠い目をした。
「で、お前は仕事を選ぶと? この俺達の知名度が皆無な世界で、なんのマネージメントも持たない俺達が自由に?」
「そこまでは言っていない。コイツの下だけは嫌だ」
「空に何かしたのかな、一刀君?」
「あははー、多分、連れ回したのが原因かな……。俺、正義感強くて不良によく絡まれたから、空が嫌だと言いながら対処してたんですよ」
「ああー……」
その言葉でファントムは納得がいったようだ。
空を見れば、警戒する猫のようになっていた。
この様子を見れば原因は他にも沢山あるんだろうと分かる。
「まぁ、お前の気持ちも分かるが、我慢してくれ。ここで暴れると後が面倒だからやめてくれよ」
「………」
空は無言で拒否を示す。
それより後が面倒だからと言う言葉が気になった。
対処など容易いと言わんばかりな言い方に愛紗は眉を潜める。
が、ファントムはそもそも敵対の意思が無かった。
「……仕方ない。隊長命令だ、異論は認めん」
「…………」
誠に遺憾だと訴えてくる目を半ば無視し、空を後ろに下がらせる。
桃香と一刀はオロオロしながらも眺めるだけだった。
「ほかの奴は意見はあるか?」
「いんや、ないね」
他のメンバーに意見を求めたが、ドッグを筆頭に否定的な意見は出てこなかった。
全員がファントムを信頼しての判断に、とても仲間意識が高いと印象を受ける。
彼等も生きる術を残す必要がある以上はクライアントが必要であると理解している以上は何も言う事は無かった。
否定的な空でもファントムがやると言えば従うのだから尚更だ。
「さて、こちらからは不満を解消したが、そちらの意見はどうだろう? 特に一刀君。君は我々を雇うのは嫌かな?」
「むしろありがたいです。このままじゃどうなるか分からない。俺達、正直言ってまだ弱小もいいところですし、何故に来てくれるんですか?」
「おや? まだ気付かないのかな?」
そう言われても分からない。
こんな弱小に付き従っても金銭的な利益はあるのだろうか。
そう考える一刀と全く異なる答えが返ってきた。
「君達は同じ世界からやってきた貴重な同胞だよ。我々にとっては元の世界へ帰るためのヒントがあるかもしれない。それが例えどんなに小さい可能性だったとしても、可能性は可能性だ。それに、利が無いわけでは無いと言っておく」
「そうです、か」
「さぁ、君の答えを聞きたい」
ファントムは一刀に決断を求めた。
劉備からの言質をたった以上は後は一刀の決断を待つだけだ。
そして責任者の必要とされる能力は決断力。
それを見ているようにも感じられた。
「分かりました。是非、俺達に力を貸して下さい」
「そうか。なら成立___」
「隊長、俺はやはりこいつらを認められない」
ファントムの言葉を遮ったのは空だ。
殺気を隠す事をやめ、前に出てくる。
「俺は一匹狼だ。今までも、これからも。だからプライドがある。こんな奴等に飼われるほど俺は落ちぶれてはいない」
ナイフを構え、一刀に迫った。
空は知っている。
一刀達では自分を止めるのを難しいと。
だから旗印を殺せば簡単に瓦解すると踏んでの行動だ。
そのまま一刀の横を走り抜け、狙いをつけたのは劉備だ。
そのままナイフを振り上げ、
___パァン!
たところでイーグルに後ろから撃たれて地面に倒れた。
「……ぅぐっ、まだ……だ……」
空はそれでも立ち上がろうとしたが、ついに意識を失う。
獲物を撃ったイーグルは空の腕を縛ると、軽々と担いだ。
「縛って独房に入れる」
「はわわわ!!」
「「「ええぇぇぇえ!!!?」」」
一拍置いて、驚きの叫びが上がった。
何の躊躇いも無く仲間を撃つ、その容赦の無さは一刀達にはありえない光景だ。
一瞬、死んだんじゃ無いかと心配になるが
「ん? 安心したまえ、麻酔弾だ。猛獣用だがな」
さらっと空を猛獣扱いするファントムに度肝を抜かれる。
しかし、彼等は気にした様子は無い。
「まぁ、一名を除いて我々は先に君達に雇われる事になる。先ずは警備とかを任せるといい。安心の治安を約束しよう。報酬の話しはそこのお嬢さん達と既に付けているから、気にしなくていい」
「は、はい」
「それと、一名の説得は任せてもらいたい。数日で渋々従う姿が見れる筈だから、その時は笑ってやれ」
「え、えぇ……」
「では、よろしく頼むよ」
空を担いで下がって行くイーグルとファントムに、冷や汗ダラダラの一刀。
反乱した空を笑って回収して行くのはなんと言って良いのか分からなかった。
「な、なんかスゴい人達だね……」
「……そうだね」
「帰ろっか。流石にお腹すいちゃった」
「そうだな。疲れたから今日はいっぱい食うぞ!」
こうして、一刀達の戦いは終わった。
結果は連合の勝利と言う形で終わりを迎えた。
董卓は討死と言う扱いの失踪。
官軍は敗走し、暴れていた残党の討伐に暫くの時間はかかるが無事制圧。
そして理性を失った黄巾党の残党は曹操こお華琳達、諸侯の手によって完全討伐されていく。
桃香陣営は一匹狼を引き入れることになった。
圧倒的な勝利とも感じられるが、連合軍の疲弊と損耗も激しく、辛勝と言うべきだろう。
それは天の兵士と呼ばれる者達が関わったからと言える。
彼等の影響力は凄まじく、後の情勢を見極める者達は危機感を募らせていく。
彼等、天の兵士を引き入れた者が乱世に勝つ事ができる、と。
第一章 完




