18話 二種類の狼
4人が戦闘を終えた後、帰路についている頃。
「そこの者、止まりなさい!」
金髪ロールの少女の曹操こと華琳が黒い影4つを呼び止めた。
先程、赤い地平線を全滅させた空達だ。
皆同様な格好をしており、闇に溶け込むような艶消しされた黒いコンバットスーツを着ている。
顔も目だし帽に、頭部を守る黒いタクティカルヘルメット、ヘルメットマウント型暗視スコープに、鼻と口を覆うガスマスク。
更には電子防音のイヤーマフまで装備している。
素顔が一切見えないような格好だ。
4人は振り返ると同時に、邪魔にならないように散開しつつ武器を声の主へと向けた。
その散開速度は恐るべき速さをしており、華琳の側に控えている武官がビビるほどの練度の高さが見て取れる。
「貴様等! 華琳様にそのようなモノを向けるとは何事だ! 控えろ!」
一瞬の沈黙を華琳の横に控えていた黒髪のチャイナドレスを纏った女性が破った。
あきらかに異質な集団に求めたのは服従だ。
普通なら戦闘など起こらず、圧力を掛けた話し合いで決着が付く。
しかし、返ってくるのは次喋れば殺すと言わんばかりの殺気だ。
殺気に当てられた女性は少し怯んだ。
「すまない。私の臣下が失礼をしたわ。私は曹孟徳。今は連合軍の一軍を預かっている」
フォローをするように華琳は一歩前へと出る。
出なければ、目の前の者たちがいつ暴れてもおかしくない。
それは交戦するつもりが無いとの意思表示だ。
だが4人は警戒を解くどころか、銃のセレクターをセミからフルへと変更した。
その警戒の高さは只ならぬものだ。
「私に交戦の意思は無いわ」
「その割には随分と血の気の多いように見えるが?」
4人の中で沈黙を破ったのはドッグだ。
その手にしてるFN FALの銃口を外す事はなく、高圧的に出る。
華琳達はいくら交戦の意思は無いと言いつつも、しっかりと精鋭クラスの兵士を引き連れて来ている。
ドッグはその兵士達を警戒していた。
正規軍との近接戦闘の経験がない以上は未知数。
負ける事はないだろうが、少々厄介と言うべき状況である。
どにらかの手が出れば間違いなく戦闘は起こる。
そんな中で華琳が選択したのは対話だ。
「控えなさい」
華琳が一言。
それだけで兵士達含め、配下すべてを黙らせたのだ。
その光景にファングは口笛を吹いて感嘆した。
「これで問題無いかしら?」
「問題かどうかはこちらが決めることでね。その様子だとアレを見たと言う訳か」
「ええ、見せてもらったわ」
「話が速くて助かる。が、悪いことは言わない。今すぐ引き返しな、嬢ちゃん」
ドッグは落胆するため息を吐き、華琳達へ引き返すように促した。
華琳の一言で、情報を知られるのを極端に嫌うソラは完全に消す気になっている。
後、一言二言でも口を開けば殺しかねない程だ。
しかし、華琳も目的の為には一歩も引かない。
「この戦いはどんなに時間が掛かっても貴方達は負けることになる。世論は私達に傾いているわ。仮に私達を退けても内側から崩壊する。私の手を取りなさい。貴方達に活躍の場を与えたい」
「戦場でヘッドハンティングとはいい度胸だ。だが、答えは拒否だ」
その言葉で華琳の眉が寄る。
負けると分かっている筈はなのに、戦いを止めない理由が分からない。
「何故?」
「簡単だよ。傭兵ってのは信頼が売りだ。自ら信頼を捨てる馬鹿はいないだろう?」
「ええ、確かに言えてるわ。けど愚かね。私の下に来ればいくらでも信用を取り戻す機会はあるし、活躍の場も用意させる。他に何が不満だというのかしら?」
「俺たちは歩みを止めた賢者ではなく、歩み続ける愚者だからな。それにこっちには馬鹿みたいに任務達成にこだわる奴がいてね。そっちに付こうものなら、国一つが消えるぜ?」
「残念だわ。だからこそ、実力行使で従わせるわ」
華琳は手を上げる。
その仕草一つで部隊が展開できるのだから、その練度というのは恐ろしい。
だが、それより速く動いたのは4人だ。
人数とは、それすなわち火力に直結する。
が、多くなれば、なるほど機動力は損なわれる。
兵士は日々、鍛錬する事で練度と機動力を底上げするが、相手の人数が悪かった。
100と4では、展開の速さの差は埋めきれなかった。
両翼を空とレインの2人が展開しきる前に攻撃を開始、一瞬の内に部隊を崩壊させる。
アサルトライフルの小口径の弾丸は、容赦なく兵士の防具を貫通する。
貫通しなかったとしても、防具で跳弾した弾丸は近くにいる兵士を襲った。
展開途中で攻撃まで持って行けず、むしろ両翼で出来た死体で部隊の動きが止まってしまう。
数秒で隊長クラスの兵士が絶命した。
更にドッグとファングの2人によって、将軍クラス以外が狩られる。
数える間もなく、華琳、春蘭、秋蘭、武官数人を残して立てるものは居なくなった。
「悪いな、飼い主は選ぶ主義なんだ。生半可な飼い主では、俺たちに食い殺されるのがオチってもんだ」
ドッグは銃をしまいながら、楽しそうに言った。
それは、殺すことが楽しいのか、強そうな障害になりそうだから期待があるのかは華琳には分からない。
ただ、分かるのは一瞬で人を殺しながらも笑ってられる狂人ともいえる精神だ。
春蘭は握りこぶしに力を入れていた。
「おっと、動くなよ。頭が胴体とお別れを告げることになる」
ファングが憐れむように春蘭へと忠告を与える。
攻撃に参加していないイーグルの射線範囲である事を知っているからだ。
「華琳様!お下がり下さい」
それでも華琳を守ろうとした秋蘭が素早く、弓の餓狼爪を構えた。
その直後、パァンと弾ける音とともに餓狼爪の弦だけが弾け飛んだ。
弦の弾けたその衝撃で、秋蘭がムチに打たれたかのように地面に転がる。
「秋蘭!?」
「こちらはお前達を殺す手段を多く持ってる。例えば……」
転がる秋蘭を見ながら、ドッグが空にやれと促せば、空が春蘭へと迫る。
手にしてるのは攻撃力の低いナイフ。
幅広の刀の七星餓狼で受け止めようとするが、空はナイフによる攻撃をフェイントとして使い、膝蹴りを腹へと叩き込む。
勘でそれを避けようとするが、空の方が一歩早かった。
「がッ…はっ……」
衝撃に耐えきれず空気だけを吐くが、直後に頸に衝撃を受けて立てなくなる。
歪む視界に映るのは夜空よりも暗い目。
珍妙な機械である暗視ゴーグルは持ち上げられており、彼の直接の目を見ることになった。
この月明かりだけでこれだけの行動が取れる彼の前に、視界というハンデは重かった。
しかも、彼の姿は夜の闇に紛れる保護色。
多少の夜目が効いても、見失いやすい。
「俺達は群れる狼を狩る一匹狼。群れに取り込めば、全滅する事になる」
ドッグは華琳に背を向け、歩き始める。
戦闘は終わりと言う事らしい。
それに続くように他の3人も武器をしまって、ドッグを追っていく。
「だが、忠告感謝するよ。俺達は餌は与えられるだけは好きでは無い。だから情報を一つ」
他が歩いていく中、ドッグだけが足を止めた。
それは最初の華琳の忠告に対する対価を払うと言う意思がある。
「明日以降に汜水関を攻めると良い。君にとっては良い結果は得られるだろう。兵の損出ぐらいはそれで補填するといい」
「ま、待て!」
「では、また。次は敵として合わない事を祈るよ」
その情報を残して、彼等4人は闇に消えた。




