17話 闇夜の狼
4日目 深夜
時間で言うなら0時を過ぎた頃合いだろう。
酒を呑み交わし騒ぎ合っていた兵士達も睡魔には勝てずに夢、の世界へと旅立つ時間だ。
明かりになる松明は既に燃え尽き、月明かりが地を照らしている。
そんな月明かりを嫌うように黒い影が4つ。
その姿は夜闇の狩りを行う獣のごとく、猫などが夜に目を光らせるように暗視ゴーグルが緑の淡い光を放っている。
その目は崖上から襲う獲物の品定めをしている。
「さて、あれが今回のターゲットか」
ドッグが暗視ゴーグルに映るターゲットを確認しながら、つまらなそうに時計を確認する。
示す時間は00:26。
ゼロ・ダーク・サーティーには少しだけ速い。
そのターゲットも活動の兆しは見えないのだから。
「呑気なもんだな、戦争してるって言うのに。 まぁ、内戦か」
暗視ゴーグルの先に映る光景の前にファングも似たような感想を抱いている。
夜戦の事など頭に無いように警戒はされてない。
流石に暗殺を防ぐために幾人か配置されてるが、戦力に対する比率には合っていない。
配置されている者達も欠伸をするなど戦争するには、いささか緊張感が足りない。
「戦術データリンク及び、現代戦闘における電子装備は全て使用不可だ。今回は試用を兼ねて古風で行く」
作戦開始前にやり取りをしているために誰もため息一つ吐くことがない。
ただ『狩れ』という号令を待った狼だ。
獰猛な目は獲物を捉え、その四肢は今かと動くのを待っている。
「と、まぁ言ったものの……いつも通りだな。流石にデータリンクを使用した情報端末がないのは不便だが」
「ソラ。周りの状況は?」
「問題ない。連中、俺達が夜襲を仕掛け来るなんて考えない。警戒が甘過ぎる」
「そうかい。じゃ、始めよう。『これより敵が行動を起こすまで無線を封鎖する。各員行動開始』」
ドッグの指示と共に4人が動き始める。
いや、それよりも早く動くのは遠くから参加しているイーグルだ。
彼は手慣れた手つきで、アメリカ製の銃であるチェイタック社のM200を構える。
この銃の有効射程距離2300。
その内2000までは音速を超えると言う。
優れているのはは弾丸だけではない。
弾道計算コンピューターによる超精密な射撃を実現できる事だ。
しかし、イーグルのM200には弾道計算コンピューターは積まれていない。
M200に取り付けられいるのは暗視スコープとバイポット、レーザーサイトとサプレッサーの計4つ。
レーザーサイトは位置の特定を防ぐ為に起動されていない。
今はただの高精度の銃と言える代物だ。
そんな銃の暗視スコープで遠距離の物体を捉える。
それはゆらゆらと揺れる松明。
土台部分へと照準を合わせるとセーフティを解除、トリガーを引き絞る。
サプレッサーによって減少された炸裂音が小さく響く。
約1300も離れた標的を破壊し、その場を照らす光源が闇に消えた。
イーグルは不敵に笑みを浮かべるとボルトを後退させて排莢を行うと、直ぐに次弾を装填し次の松明へと狙いを定める。
その場を照らす明かりが無くなった事で4人は闇に溶け込むことが出来る。
眠気を噛み殺す警備の死角からナイフを突き出し、首へと突き刺す。
手慣れたそれは、一切の声を上げさせる事なく命を奪う。
そして、次の獲物へと動き出す。
◆
「お前がダニエル・テラーか」
室内の明かりに照らされる影は、だらけたように簡易卓の上に腰を乗っけている。
しかし、右腕から伸ばされた銃はしっかりとダニエルの頭へと向けられ、セーフティも外されている。
「お前は!?」
「俺に名前は無いが、番犬なんて通り名がある。まぁ、俺は番犬ではなく猟犬なんだがな」
「バ、バンドッグだとッ!? ……まさかアンノーン!」
「ほう、尻尾ぐらいは掴んでいたか。念入りに痕跡は消してるつもりだったが、どうやら詰めが甘かったか」
ドッグは机に無造作に置かれる資料を読みながら、自身の失敗をなんとも無いかのように語る。
資料に目を落としている今が好機だと、ダニエルは銃を抜こうとする。
が、ドッグは資料に目を落としながらも、ダニエルの右肩を撃ち抜いた。
ダニエルのハンドガンが地面を転がる。
「装甲車にアヴェンジャーを積もうなんて、馬鹿げた発想だな」
ドッグが目を落としていた資料とは数日後に到着予定の改造装甲車についてだ。
装甲車にGAU-8という30mm口径のガトリング砲を乗せることで、火力にものを言わせようしてるものだ。
「さて、お前を殺すのは2回目だが、何か言い残す事は?」
「悪党め……」
「そりゃどうも」
直後、ダニエルの頭が跳ねた。
右目から入った9mmパラベラム弾は、貫通する事なく頭の中を跳ね回り、脳をぐちゃぐちゃに破壊してしまう。
即死と言っていい。
顔の穴という穴から大量の血が流れ出て、もう死んだと訴えている。
それをドッグは蔑むように眺める。
それから死んだ事を確認し、死体に大量の油をかけ始める。
室内を照らす松明を倒してやれば、丸焦げの死体が出来上がる。
殺された証拠は火と共に焼け消え、絶望に塗られた顔も原型を失って多少はマシになる。
天幕の布に火が燃え移る前に、ドッグはその場を後にした。
外では既に多くの赤い地平線に所属する傭兵の遺体が転がっている。
その顔の多くは絶望に目を見開いたままだ。
涙の跡、抵抗しながらも喉へと突き立てられたナイフ。
喉を押さえて出血を押さえようとしながら絶命した者、槍が胸に刺さったまま力尽きた者、首が皮一枚で辛うじて繋がっている者。
死に方はそれぞれだが、そこには同じだけの絶望はあった。
昼の英雄が望む戦いと打って変わり、今は地獄そのものだ。
救いなのは、それが天の兵同士の殺し合いだと言うことである。
だが、明日になれば多くの者の士気を下げるだろう。
あれだけ暴れていた者達が、もの言わぬ死人になっているのだ。
仲間を殺されたと一部は激高するだろうが、多くはその実力差を痛感させられる。
挑めば間違えなく生きては帰れない。
戦場を恐怖が支配した時、本当の地獄が出来上がる。
人は感情を抑えきれなくなり、恐怖は伝達していく。
そうなれば本能を前面に押し出した殺し合いが待っている。
それがこの時代にどんな影響をもたらすのかは誰も分からない。
「クリア」
レインが最後の1人の後頭部をレミントン製M870で破壊したところで戦闘が終わる。
逃げようとしていた男はねじ切られるように首から上が胴体とお別れした。
「こちらの損害!」
「「「ゼロ」」」
天幕から出てきたドッグが損害の確認を取るが、返ってくるのは予想済みのものだ。
許されるこは一方的な殺しであって、こにら損害は許されない。
「撤収だ」
4人は死体に油をかけ火をつけると、その場を去った。




