16話 光明
汜水関から少し距離をとった場所に連合の天幕が設営されている。
そこでは休憩や治療、戦略を練る場所として利用されるが、今だけは治療施設へと化していた。
あちこちで聞こえる呻き声、銃創で千切れた腕を探して彷徨う兵士。
一言でいうなら、そこは地獄だった。
その一角、幽州連合に当てられた天幕では死者こそ少ないが怪我人が多く治療を受けている。
北郷 一刀は用意された椅子に座り、ただ思考を続けている。
「ご主人様……」
「あぁ、大丈夫だよ桃香」
「全然大丈夫って顔してないよ!」
天幕では心ここに在らずの一刀を必至に桃香が慰めようとしていた。
しかし、状況は好転しない。
かつての友だと思っていた者からの容赦ない言葉。
ショックはかなり大きかった。
一人で昼に起きた事を永遠と考えてしまう。
『1人動いたところで何も変わらない。現実をみたらどうだ?』
あの言葉と戦闘の身のこなし。
彼は一体どれだけ現実に打ちのめされたのだろうか?
そうでもなきゃ、そんな言葉なんて出てこない。
軽く武将3人を相手に出来るほどの実力を持ちながらも、理想の一つすら持ち得ない。
いや、持っていたとしても、それを感じる事ができなかった。
ガスマスクが外れた際に露わになった彼の目は、擦り切れてしまったかのような、どこか哀愁を纏っていた。
「ご主人様!」
桃香が覗き込むようにしてようやく思考の底から現実に戻された。
「ご、ごめん。聞いてなかった」
「ご主人様が帰ってきてからとても辛そうな顔してるの。愛紗ちゃん達も暗い顔してるし……。一体何があったの!」
愛紗達も彼に手も足も出なかった事は話せていないようだ。
一刀はその事を話すか悩んだ後、躊躇うように口を開いた。
◆
「ご主人様の友達が!?」
「ああ」
全て聞き終わった桃香は口に手を当て驚愕の表情を浮かべた。
まさかこんな所で会えるとも思っていなかった一刀の数倍は驚いていた。
「そっか、愛紗ちゃん達は勝てなかったんだ。無事で帰ってきたんだんだもん、よかったよぉ……」
空の化け物じみた強さは伝わってるか分からないが、表情が安堵したものに変化した。
そのコロコロ変わる表情に一刀は苦笑してしまう。
「北郷、ここにいるか?」
そこへ、公孫瓚が天幕を覗き込むように入ってきた。
星の報告を受けて来たことは明白だ。
公孫瓚の横にはもう一人、一刀と同じ年頃の男性が立っている。
一刀と共に育ち、武を学んだ幼馴染の久遠 優二。
一刀や空と同じくしてこの世界へとやってきた少年だ。
「ねぇ、一刀! 空君が居たって本当!?」
その優二は一刀を見るなり、勢いよく詰め寄ってきた。
その顔は心配で仕方ないと言っているようだ。
「ああ、優二。空はいた。けど、敵だった……」
それから一刀は公孫瓚と優二と呼ばれる優二の2人にも事情を話した。
「なるほど、こっ酷くやられたのか。よく生きていたな」
公孫瓚こと白蓮は関心した様子で一刀を見た。
少し土埃が付いてはいるが、怪我はしていない。
強大な敵を前にして無傷な事に素直に関心しているようだ。
「立った1人に怪我人が数百人と死者多数。そこに天の兵の乱入。彼等の戦い方は随分と乱暴だ」
「それは僕達も思ってるよ」
「あの男も一騎討ちの邪魔をし、更には名乗りすらしなかった。乱暴だ、全く」
「違うんだ、愛紗。彼等は戦場が戦場である事を誰よりも知っている。勝利を最優先の目的として手段を選ばない。だからこそ厄介なんだ」
「しかしご主人様! こちらにも矜持というものが___」
「落ち着け愛紗。普段のお主らしからぬな」
愛紗の発言を止めたのは天幕へ入ってきた星だった。
空の行動に熱がまだ冷めない愛紗の手綱を引っ張るように宥める。
「星! お前はこのままでいいのか!」
「良いとは言っとらん。物事には順序がある。そうだろ?」
急に話題を振られた軍師2人は慌てた様子で反応する。
「はわわ! は、はい! 現状厄介なのは、やはりあの者達の存在です」
「彼等の目的は防衛と割り切っているので分かりやすいのですが、こちらの策の対応の速さや、懐柔にッ! ……あぅ。か、懐柔に全く応じない事が現状の課題となっています」
「防衛に特化しているのか」
「はい、彼等から先制での攻撃による被害は受けてはいません」
聞き終わった公孫瓚は何か思いついたかのように、その事を語る。
「となると、その男は私達を殺す事以外に目的があるという事だな」
「はい、正解です」
「白蓮ちゃん、どういう事?」
「考えても見ろ桃香。こっちを殺す機会が何度もあったのに殺そうとはしなかった。それってつまり殺さない理由があるはずだ。普通は手柄が目的なんだろうけど、天人は何考えてるかわからないからなぁ」
「殺さないで達成する目的……」
「あのね、白蓮。僕まで変人扱いは良く無いと思うんだ……」
「おい、まて優二。それじゃ俺が変人みたいに聞こえるんだが!」
三者三様の反応を示す。
あれだけどんよりしていた空気は少し軽くなってきていた。
「話を戻すぞ。彼等はきっと本気で戦うつもりが無いと思うんだ。報告で見た負傷者の数に対して死者は少ないんだ。一人にしたらえらい損害なんだけど……。その死者の半数以上はあの暴れていた天人達だ」
「ああ、なるほど!」
その言葉で優二が何か思いついたようだった。
軍師2人も同時に考えが纏まったのか、明るい顔をする。
優二は軍師2人に目配せで確認を取ると、思いついた事を白蓮と軍師の代わりに話した。
「空君はこっちの兵糧が尽きるのを狙っているんだと思う。こんな大所帯で足止めをくらったら兵糧の減るのは早いはずだ! 死者が出なければ出ないほど兵糧は減る。僕たちの世界の戦いを見せる事で勝てないと思わせれば足も鈍るし、時間もかかれば旗色が悪くなって、寝返る人だって出る。きっと時間稼ぎを狙ってるんだ!」
「なるほど、その為の力の誇示か」
「我々は良いダシとして使われたようだ」
「主にお主が、だがな」
「何を!」
空が出張って来た理由が繋がる。
発端は華雄将軍にあったとしても、それがきっかけになっただけだったんだ。
実力を見せるにはいい機会である。
そこで将軍クラスを蹴散らせば当然兵の士気は鈍る。
「この後、ワザと汜水関を攻略させてからが、本番かも知れないよ。そうする事でこっちが後に引けなくなる」
「なるほどな優二。袋の鼠にならないようにしなければならないか」
「えぇ……私ついていけてないよ……」
「要は現状相手の思い通りだから、なんとかしないとねって事だよ」
ついていけてなかった桃香に一刀は噛み砕きながら説明をした。
時折考える仕草をしながらも理解は示した。
「本気で攻めれば案外、汜水関、虎牢関は落とせるかもしれない。とは言っても問題はやっぱりあの者達なんだが……」
白蓮は独り言をブツブツと呟きながら対策を練る。
策を思い付くのはまだまだ先になりそうではあるが。
その中、桃香が小さく手を挙げる。
「もし、もしもだよご主人様。あの人と話すことが出来れば分かってくれるかもしれないかな?ご主人様に敵対した時、躊躇っていたんだよね。なら__」
「何を言ってるの桃香!?」
「僕は反対だよ。空君、敵対する人に容赦しないんだ……。それこそ降伏する不良に蹴りを何度も入れた時は……」
何かを思い出して顔面を蒼白にする優二。
その光景はトラウマになっているようだった。
そんな優二をよそに一刀は桃香に言われた事を考える。
彼と話す方法を。そして結論に至る。
「いや、でも空は義理堅い。董卓を保護出来ればチャンスはあるかもしれない」
「なら__」
「でも、空はどう出るのか確証が持てない。だから勝負は一度きり。それもほんの一瞬だ。失敗も許されない。だから洛陽についてから勝負すべきだと思う」
「なるほど、決戦のどさくさに紛れる作戦だね。慮植先生に伝えてくるよ」
「頼んだ、優二。ありがとう桃香。少し希望が見えた。朱里、雛里、作戦の方向性を変えるけど、力を貸して欲しい」
「はい! ご主人様!」
「がんばりましゅ!」
天幕の一つでは新たな企みを企てる者達がいる。
それがどう作用するのかは不明であるが。




