14話 介入者
一刀の姿を見た空は、直ぐに正気に戻すと逃げる体勢をとった。
フラッシュバングレネードを取り出し、安全ピンを引き抜く。
「ま、待ってくれ!」
その言葉で地面に投げようとしていた空の手の動きが止まる。
何かを考えるような仕草とも取れる沈黙。
一刀はそこで知り合いであると確信が持てる。
そしてそんな格好をする知り合いは記憶では、一人しかいなかった。
「そ、空なのか?」
「…………」
空の沈黙が解答だ。
一刀が恐るおそる尋ねた末の沈黙。
今いる異世界で同郷は一刀以外に1人。
それだけでも嬉しかったが、そこへ空と言う存在。
正直、どう声をかけるべきなのかは分からなかったが、嬉しさがこみ上げてくる。
空もこの世界に知った顔を見るとは思っていなかったのか、P90を構えてはいるが少し躊躇いが見られる。
急な展開に愛紗は憮然とした表情になった。
「ご主人様。あの者を知っているのですか?」
「ああ。俺の世界の友達だ」
「ご主人様の? 天の世界の友……」
一刀は確信を持って答える。
愛紗はどうしていいか分からなく、混乱してしまう。
敵である彼を倒さなければいけない、しかしご主人様の友を殺す訳には行かない。
結果、愛紗から選択肢を奪っていく。
選択を迷っていると、一刀はあろうことか空に近づこうとしていた。
「なぁ、空! 聞いてほしい」
「ご主人様!?」
「大丈夫だから。空、俺はこの戦いを止めたい。だから手を貸して欲しい」
「……甘いな」
一刀の言葉にようやく空は言葉を発するが、予想もしていなかった答えが返ってくる。
冷たく、底冷えする感覚が辺りを支配する。
驚愕に包まれる一刀の動きが止まった。
愛紗にも嫌な冷や汗が流れる。
「1人動いたところで何も変わらない。少しは現実をみたらどうだ?」
皮肉げに、それでいて蔑むように一刀へと言い放つ。
それは一刀にとってはかなりの衝撃だった。
過去、不良から後輩を守ろうと竹刀で応戦した時、突然現れた彼は「馬鹿な奴だな」と言いながらも、不良を瞬殺した。
実際には殺さずにいなすだけだったが、それでも圧倒的だった。
それからも、一刀が構い続ければウザがられながらも付き合ってくれた。
彼が一刀の目の前から突然姿をくらますまで。
今の彼は、冷たく、優しさが感じられない。
まるで過去の友情が最初から存在などしないかのようだ。
「貴様!」
愛紗が認められないと、空に殺気をぶつける。
自分の主人を馬鹿にされるのは我慢ならない。
空も応戦しようと武器を構えようとした直後、後ろから二つの気配を察知した。
「うりゃぁああああ!!」
「てぇああ!!」
張飛と趙雲こと鈴々と星の2人が空に斬撃を放った。
空は目を向ける事なく、斬撃の隙間から抜けるように回避した。
鈴々と星は一刀を庇うように立ち、空へと対峙した。
「大丈夫か、主!」
「こいつ、危険なのだ」
2人は愛紗と同じように空に警戒を向ける。
変なのが増えたと半ば諦めで銃を構え、どう対処するかを頭の中で思考し続ける。
武将級が3人もいる中で、いかに殺さずにタイムパラドックスを避けるか。
そして、解決策を編み出した空はP90のマガジンを即座に入れ替えた。
半透明な合成樹脂のマガジンから覗かせる弾先の部分が青色をしており、質感はゴム質。
邪魔になる彼女達を倒すために、非殺傷の弾丸で無力化すると決断した。
「貴様、どうやら腕に相当覚えがあるようだが、名乗られい!」
「…………」
空の解答は無言の発砲。
スパンッ!と弾ける音の直後、星の横髪を少し削る。
チャンバー内に残っていたフルメタルジャケット弾による威嚇だ。
しかし、それが空と3人の武将の戦いが始まる要因となる。
「主よ、下がられい! アレと戦うのは少々骨が折れそうだ」
「鈴々、やれるか?」
「分かんない。けど、負ける訳には行かないのだ」
「そうだな。星、大丈夫か?」
「うむ、今の我々で挑んで勝てるかどうか。アレは化け物の類でしょうな」
3人が抱く空の印象に大きな差は無い。
早急に排除しなければならない、危険な敵。
そして、空との戦いは始まった。
◆
3人は連携を駆使しながら、空へ休ませる事なく攻撃を放ち続ける。
しかし器用な事に、全てを受け止めるなり、受け流すなりせずに躱し続けている。
ここまで一方的に攻撃しても攻めあぐねる敵は3人にとっては初めてだった。
対する空は、様子見なのか攻撃はしてこない。
10合ほどの剣戟の後、空は余裕そうに立っている。
「もう終わりか?」
見下すように攻城兵器に乗りながら言い放ってくる。
これには鈴々が苛立ちを露わにした。
「降りてこいなのだ! 大人しく戦えー!」
「あやつ、速すぎるな」
「あぁ、1撃も当たらん」
三者三様ではあるが、攻撃が当たらないと理解する。
この時代で打ち合ってすら来ないのは珍しい。
だからか、彼の実力がどこまでなのか見えずにいる。
「もう来ないのか? なら、次はこっちの番だ」
空は空中へ飛び上がると、落下に身を任せながら鈴々へと踵落としを繰り出した。
自由落下と足の振り下ろしによる加速。
鈴々は受け止めるが予想以上の重さに顔が歪む。
「こいつ!」
「遅い」
鈴々が行動を起こすより速く、蛇矛を踏み台にしながら鈴々を蹴飛ばして再び空中へ跳ね上がると、P90を構えてフルオートでの射撃。
狙いは威嚇の銃弾を避けれなかった星。
50発のゴム弾の嵐に、星は左肩と右足の先に受けて顔をしかめる。
「ぐうっ!」
痛み行動が止まってしまう。
空中で別マガジンへのリロードを済ませ、着地地点に目掛けて空は落ちる。
「そこだぁああ!!」
空の着地場所を見切り、愛紗はそこへ偃月刀の一閃を放った。
速度、威力共に充分。
それでも空は落ちきる前に体勢を無理矢理に変え、M84フラッシュバンと印字されたグレネードを空中に浮かせるように投げた。
愛紗の攻撃を避けると同時、愛紗の目の前で閃光と爆音が走る。
極端に信管が切り詰められて約0.8秒ほどで爆発したソレは、愛紗の目と耳を無力化する。
愛紗は得物を落として、顔を覆ってしまった。
「くぅぅぅう!」
着地と同時に愛紗の手首を掴み、合気道が混じった投げ技で投げ飛ばす。
飛ばす先は星のいる場所。
軽く5メートルほど投げられてしまう。
星は攻撃を中断し愛紗を受け止めざるおえなくなる。直後、距離を詰めてきた空が星の膝下を蹴って体勢を崩させた。
「こいつッ⁉︎ 」
愛紗を受け止めたがために星は動けず、バランスを崩し地面に愛紗もろとも倒させる。
空は止まる事を知らず、即背後に迫る敵に気を向ける。
「うにゃぁ!!」
鈴々は空をを狙った横一閃を放とうと距離を爆速で詰めて来る。
速度を見てp90の弾では抑えられないと判断、持っているP90を鈴々へ投げ付けた。
予想外すぎる行動。
自分の武器を投げると思ってなかった鈴々はソレを打ち払ってしまう。
突進の速度が落ち、隙が出来た鈴々。
空から首元、肋へと2段蹴りが飛んでくる。
鈴々は即座にガード、全てを防ぎ切った。
が、直ぐにバックスピンによる蹴りが飛んでくる
「一撃は重くないけど、速いのだ……」
空の攻撃に対してまだ余裕を見せる鈴々。
だが、蛇矛のレンジとして近過ぎて攻撃が出来ない。
反撃へと出る為、間合いを開けようと距離を取る。
しかし、空が間合いを詰めて来る為に攻撃に転じれない。
その動きは近接戦闘や多対一に慣れていると直ぐに一刀は気付いた。
空は全員に最高のパフォーマンスを発揮させず、自分の有利な戦闘を組み立ている。
恐ろしい事に鈴々が空の動きに慣れて来ると、動きが変わる。
合気道や、どこかの軍の格闘術、更にはシラットと呼ばれる武術まで混じっている。
「御使い様! 直ぐにここからお離れに……」
必死に食らいつく鈴々の姿を前に状況を悪く見た本隊の兵士が、その光景を前に固まってしまう。
直後、状況判断で行けると確信した空がこちらへ詰めて来た。
愛紗や星が慌てて追いかけてくるが、空の方が速い。
素早く走って来ると、投げナイフを投擲してくる。
狙いは邪魔になる兵士。
「くそッ!」
「御使い様!?」
一刀は愛刀で弾き飛ばした。
威力は無いが、正確な投擲に肝を冷やす。
ここまでは良かったが、空に対して隙を大きく作ってしまった。
一刀の愛刀を手から蹴り飛ばさせせると、そのまま手首を掴んで地面へ叩きつけられる。
「ぐあっ!」
「王手だ」
一刀の腕を捻りながら背中に押しつけ、更に起き上がらないように膝を背中に当て付け無理やり地面に組み伏せる。
愛紗達はそのまま空を斬ろうと走る。
「おっと、動かないほうが良い。間違って殺してしまうかもしれない」
空が余裕を持ってベレッタを一刀の頭に押し付けた。
更には脅し、しかもかなりな余裕を持っている。
3人はは武器を下ろすしか無い。
愛紗は空を憎悪が混じった目で睨む。
「貴様……卑怯だぞ?」
「戦場では褒め言葉だ。俺は馬鹿正直に戦うほど愚かじゃない。要求だけ言う、この戦いから引け」
一刀が抜け出そうともがいて抵抗する。
捻る腕と、押し付ける膝に力を入れると一刀が苦しそうに声を上げた。
「無駄だ、重心を押さえている。立ち上がれないぞ」
「その声、やっぱり空だよな」
「……人違いだ」
「その誤魔化し方はやっぱ空だ」
「………」
空は無言で膝に掛ける力を強めた。
このまま圧迫して気を失わせるつもりらしい。
顔をしかめながらも一刀は対話をやめなかった。
「聞いて…くれ、空!」
「断る」
「それでもだ! 俺達は真実を知る為に来た。だから、董卓さんが…悪い人じゃないなら俺は助けたい」
「馬鹿だ。いや、それ以上の馬鹿だな」
その言葉に空は呆れていた。
戦場のど真ん中で、素でそのような事を言ったのだ。
頭お花畑もいいところである。
「それは偽善だ。1人助けたその足元にはどれだけの死体が転がる? だから言った、現実を見ろと」
「………それでもなんだ」
「ふん、平和を叫びながら武器をとる奴ほど信用なんて出来ない」
空はこれ以上は話しにならないとベレッタで頭を殴りつけようと振り上げた。
直後、空の行動を止めるかの如く無線がなった。
それは汜水関の上で、華雄の部隊の撤退を援護していたファントムからだった。
《生き残った部隊の撤退が完了した。任務終了だ》
「了解」
無線を切ると、一刀には興味を失った空はどいた。
地面に転がるP90を拾うと、もう戦闘の意思は無く即座に帰投準備をしていた。
目の前の彼女達にはもう毛ほどの興味すら無い。
あまりの自然な動きに全員がついていけなかった。
「おい、待てなのだ!まだ決着が付いてないのだ!」
「お前達に構ってる程暇じゃ無い。悪いが……っ!」
空は何かに気付いたのか、目の前の鈴々を蹴り飛ばすと、即座に顔を捻って回避行動を取った。
しかし、鈴々達に気を取られていたのもあり、完全な回避に失敗。
ガスマスクを支えるゴムを飛翔してきた物体によって切られてしまう。
「チッ……」
ガスマスクが支えを失った事でズレ落ち、空の顔が露わになる。
露わになったその顔は、端正な顔立ちで全体的に整ってはいるが、目はツリ目で少し怖そうな印象。
一刀の優しそうな印象とは真逆の存在だ。
しかも、危機的状況だと言うのに無表情だった。
あまり歳が変わらない空を見た愛紗と星は驚かされる。
自分の顔を晒してしまったのと、新たな敵の存在に、空は忌々しそうにP90を構えた。
「すげぇよ、今の躱すなんてな」
「流石は特殊部隊キラーなだけはあるな」
「ちげぇよ。アイツは切り裂きジャック!」
「狼殺しの狼じゃねぇのかよ?」
下卑た笑いを浮かべ、空の別名を言いながら現れる男達。
その手にはAK銃のクローン型派生系であるベリル社のwz. 96が握られている。
「悪いが本当に構ってられる余裕は無くなった。死にたくなければ離れていろ」
一刀達にそう告げると、空は信号弾を打ち上げた。




