13話 邂逅
幕を上げた戦いは酷かった。
先陣として出張ってきた部隊は、戦うどころか罵倒を始めたのだ。
空達ローンウルブズは無視を決め込み、弾薬の温存を図っていたが、官軍は少し違った。
罵倒に罵倒で返し、気が付けば罵り合いの合戦を始めてしまった。
双方から飛ぶ煩さに嫌気すら覚える空達は電子防音のイヤーマフで耳を覆ってしまう。
都合よく彼等の叫び声をシャットアウトする。
罵倒の中にも多少の小競り合いはあり、弓や石が飛び交う。
双方に多少の怪我人を出しながらも、それは3日ほど続いていた。
「ねぇ、ソラ。アレって戦いって言うのかな?」
「俺に聞くなよ。俺だって知りたい」
空と歳の近いレインは不思議そうに双方の罵声を見ていた。
空すら見たことも無い、しょうもない戦いに目を瞑りたくなる。
だが、現状として起こっている以上は認めなくてはならない。
その2人の疑問に答えたのはドッグだ。
「双方に後ろめたさがあるんだろうな」
「そう言うものなのか?」
「互いについ最近までは黄巾党という賊に、協力しながら討伐していた。こっちは攻められた以上は何が何でも守らなきゃいけない。向こうは不確かな噂で攻めてしまった以上は後には引けない。まさに昨日の友が敵になっちまったと言うべきものだな」
「ここもまた地獄……」
「そのようだ」
空のぽつりとの呟きにドックは同意を示した。
世界が違っても、どこに行っても同じだなと印象を受ける。
戦いに天も下界も関係無く起こり、平等に地獄を与えていく。
知りたくもない知識が一つ増える。
嫌気が刺しそうな目でしょうもない戦いをドックは眺めていた。
汜水関の中から大きな銅鑼の音が響き始めた。
「開門!」
銅鑼を鳴らしながら、兵が号令をかける。
それはまさに打って出るといった風だ。
あまりの突然な事に、空達は理解が遅れるが、ヤバイという事だけが頭に過ぎる。
「お、おい、あれ……」
驚きを隠せない空が指差す方向には、将であるはずの華雄が部隊を率いて出陣してる。
「どこいくねん! 戻ってこい! 華雄!」
更には関所の上から必死に止めようと叫ぶ張遼こと露まで叫ぶ始末。
空はただ事では無いと戦闘準備を始めた。
空達の元へファントムが駆け足でやってくる。
「空!」
「分かってる」
「援護はする。連れ戻せるか?」
「やってみなきゃ分からない」
「分かった。手段はどうする」
空は当たりを見渡す。
そこには大した兵器は見当たらないが、布を掛けられた投石機を見つける。
「投石機で飛ばしてくれ」
あろう事か、自身が投石機の石になると言い放った空は、ナイフで被せられた布を破く。
品定めをするが状態は悪くない。
物を飛ばす事に関しては問題なさそうである。
それからドラッグシュートの準備する。
あの紙に書かれた通りに想像する。
光が集まるが、時間はかかりそうだった。
空の集中しドラッグシュートを準備する姿を見て、彼が本気で飛ぶつもりだと理解した。
「イーグル!」
「はいよ。安心しろよ隊長、雑魚は任せな」
「ジェットパックで華雄を飛ばす。受け止めは任せた」
空は準備を終えて投石機の上に乗ると、ガスマスクを装着する。
手にはアームスコー社の6連グレネードランチャーMGL140が2つ握られている。
40mmのグレネード弾を撃てる範囲攻撃武器だ。
その背中にはファブリックナショナル社のPDWであるP90を2丁装備しており、火力の高さで突っ切るつもりらしい。
「あ、あの!?」
「構わない、このままやれ」
驚く兵士を諌め、空は準備を進める。
「予備は大丈夫か?」
「コイツは使い捨てにする」
「よし、分かった。鳥になってこい」
空は頷き、前を見る。
ファントムが兵に指示を出すと、納得はいかない顔をしながらも兵士は投石機を起動させて、空を上空へと放った。
石の代わりに飛ぶ空は、最高高度でドラッグシュートを展開、MGL140のセーフティを解除し構える。
眼下には敵の部隊と華雄の部隊が戦闘を行なっている。
空は着地地点を見極め、敵軍のど真ん中を選択。
着地地点に目掛け、左右合わせて12発もの40mmグレネード弾を発射した。
着弾したグレネード弾は反董卓連合の兵を消しとばし、地面にクレーターを作り上げた。
5秒もしないうちに全弾を撃ち切った空は、MGL140を空中で投棄し、ドラッグシュートを切り離した。
重力の自由落下に身を任せながら、残りの5mほどを落下する。
猫のようなしなやかさで着地をすると、着地の勢いを殺す為に前方へスリップしながら進む。
「なんだコイツ!?」
「攻撃しろ!」
突然の空からの来訪者に判断が遅れながらも兵達は攻撃をけしかける。
それよりも速くP90を構えた空は障害物の排除を始めた。
「がはッ!?」
「うぐッ……」
炸裂音と兵士の断末魔、悲鳴。
どんなに鎧を装備していても、この世界の装備では5.7mmのフルメタルジャケット弾を止めるのは難しい。
容赦なく金属を貫通し、人体へと侵入する弾丸の痛みに堪らず次々と兵士は倒れていく。
頭部は狙われていないものの、次々と倒れていく仲間の姿を前に兵士達は恐怖に駆られ、動けなくなってしまう。
それこそ空の狙いだとも知らず。
一歩、一歩と歩きながら倒れる兵士達の間を進んでいく。
フルフェイス型のガスマスクで表情は読み取れず、しかも全身が真っ黒なコンバットスーツである。
さらに腰には連結されたミリタリーパックの尻尾が3つもあることで、あちこちから化け物がいるなど声が上がる。
そんな声は大きく聞こえるもので、直ぐに軍全体に広まる。
千人規模の軍勢が一人によって完全に戦意を奪われるこになった。
戦意すら無い兵士達に一瞥をくれると、華雄がいる方へと走り出す。
◆
空が攻撃する地点から離れた場所では武将同士の戦闘が起きている。
最前線を任された連合側の武将は猛将関羽、それに相手をするのは華雄だ。
「はぁぁぁあっ!!」
「でりゃああぁ!!」
関羽こと愛紗の一撃に、大きく仰け反らされた華雄は歯噛みする。
嫌な事に自分では勝てないと悟ってしまった。
攻めても中々に勝敗を決する一撃を与えることが出来ないどころか、自分が押されているのだから。
考えたくなくても、思考が支配されていくのを感じた。
気が付けば周りの兵達も消耗し、次々と倒されていく。
「降れ、華雄将軍」
「黙れッ! 私は武人だ! 戦場で散るのが本望!」
華雄が叫びに愛紗は理解は示す。
そしてこれも戦場だと、華雄を討ち取る為に偃月刀を振り上げた。
目に映るのは華雄が恐怖に支配されて目を瞑る場面。
嫌でも愛紗は思考が早くなるのを感じた。
だからこそ分かる戦場の空気の異変。
愛紗は違和感を感じて上を見た。
太陽を背に、黒い影が殺意を向けてくる。
このままでは不味いと愛紗はすぐに距離を取る。
先程までいた場所に5.7mm弾が突き刺さり、小さく土煙を上げた。
「命令違反だ。通常なら抹殺するが、上から連れ戻すように命令されている」
「なっ!?」
華雄の前に降り、愛紗を牽制する空は容赦のない言葉を華雄へとぶつける。
華雄は驚きと呆気にとられ、何が起きたかに空と周りを見渡す。
辺りは大勢の連合軍の兵士達がうめき声を上げながら倒れている。
無理矢理に突っ切って来たのだと光景から分かる。
嬉しいが、あり得ないといった表情を向ける。
「どうやってここまで……」
「見たらわかるだろ?」
「無茶にも程があるぞ!?」
「なら無茶をさせたのはあんただ。君の行動は戦略に反する、今すぐ帰還しろ」
「私はまだやれる!」
「なら、仕方ない。そこまで戦場で死ぬのがお望みなら、俺が殺す」
そう言って、銃口が赤熱したP90を向ける。
だれも予想すらしなかった光景。一瞬で空気が固まる。
ここまで来るのに酷使したであろうそれは、熱気で肌をも焼いてしまいそうな熱さをしていた。
彼が本気だと分かると、華雄の熱は逆に冷めていく。
「……分かった。戻る」
華雄は悔しさを顔に出しながらも、どうしようも無い以上は素直に空の言葉に従い残った兵を率いて帰投しようとする。
しかし、それよりも早く華雄の背後に移動した空は華雄に何かを背負わせた。
あまりの重さに華雄の肩が衝撃に沈む。
「空! こ、これはッ!?」
「鳥になれるものだ。その煮えたぎったあたまを冷やすのに丁度良いだろう?」
「ま、待て! もう冷めたから! 嫌だ! 嫌な予感しかしないぞ!」
「鳥になって来い」
その言葉を聞いた空は皮肉げにニヤつき、華雄に背負わせた物体をいじる。
轟音と共に、小型のロケットエンジンが起動。
華雄を空高く打ち上げた。
「いやぁぁぁあ!!」
その時の悲鳴を残して、空高く消えていく華雄。
空は満足げな表情をしていた。
華雄の声が聞こえなくなって我に戻った愛紗は空に敵意をぶつけた。
「貴様! 何者だ!」
「………」
しかし、空は答えなかった。
ガスマスクから表情が読めず、不気味な印象が張り付く。
無言で、赤く熱せられているP90をその場に投棄し、もう一つのP90を取り出して構える。
が、その銃口は直ぐに愛紗とは別の方向へ向けられる。
「愛紗! 今のは一体?」
「ご主人様ッ!?」
異変を察知してここまでやってきた北郷一刀が、空達の前に乱入してくる。
愛紗は、何やってるんですか!と叫びたかったが直ぐに冷静に空を見た。
敵は銃を構えた空であって消えていった華雄ではない。
気を抜くのはまだ早い。
だが、敵は呆気に取られていた。
「…………」
一刀を見た空の顔は、ガスマスクで見えないながらも確かに驚愕していた。
何か衝撃を受けたかのように動きが止まっている。
「き、君はっ!?」
そして空の姿をみた一刀もまた驚愕し、動きが止まった。




