102話 シベリアの白狼
「あの?」
「なんだ?」
「馬とか、大丈夫ですか?」
「ああ、心配するな。ゴーストを回収に向かわせた」
白狼に言われて、一刀はゴーストがヘリに乗っていない事に気がつく。
まさに幽霊の如く消えていた。
一刀達は今、UH-60、ブラックホークに乗っている。
チプリアーノを追いかけるには馬よりこっちの方が速い、と白狼の提案によるものだ。
それは間違いではない。
馬は時速60キロ程で走れるのに対して、このヘリはその数倍だ。
一瞬で追いつくどころか、追い抜く事だって容易だ。
だが、問題はそこではない。
ゴーストや空より遥かに強そうで、一人で救出に向かった方が成功率が高そうな白狼が、何故一刀達を頼ったのか。
そこだけが謎であった。
「何故、ここまでしてくれるんですか……」
恐る恐る聞くことしかできない。
それだけ白狼は、近づいてはいけないヤバめなオーラを出している。
触れたら切れるとかのレベルではない。触れたらたちまち燃え尽きるようなオーラだ。
「これはお前たちのためではない。ボウズのためだ。アイツには身寄りがない。だからこそ、帰る場所を一つでも多く残してやりたい、と親心かね」
帰ってくる答えにヤバい気迫などは感じられない。
それだけ彼を気にかけている。と言うよりも大切に思っている。
「教えてください。俺、アイツのこと何にも知らないんです。今まで、それで良いと思ってた。でも、もうそれじゃいけないんだ」
「うむ……どこから話すべきか。だが、話は全て終わってからだ。メーター、後どれくらいだ」
「イーグルからの指示だと、後5マイルだ。ランディングはどうする?」
「ランディングはいい、低空で飛んでくれ」
メーターが目標地点までの距離を伝えると、ヘリ内に緊張が走る。
白狼は、空が持っていた武器であるマグプルMASADAにマガジンを入れ込む。
「いいか、先ずは俺が降下してランディング出来るように制圧する。その後、君達と合流、ソラを確保だ。戦闘をするのは3人だったな?」
「はい!」
「さて、状況を開始する。君達に作戦を説明しよう」
◆
……
…………
………………
地に這いつくばる少年がいた。
周りは死体だらけ。
敵か味方のかすら分からない程転がっている。
その地獄の真ん中で右肩と左大腿から大量の血を流し、今にも気を失いそうな顔で、絶望を見ている。
その視界に映るのは、首から上が無い死体と、その上を持つ真っ黒な戦闘服を来た男。
髪は金髪で、怖いくらいに薄ら笑みを浮かべている。
「さてソラ、選ばせてやる。このまま死ぬか。それとも、俺の駒になるか」
酷い夢だ。過去の無力だった頃の夢。
まだ世界の怖さを知らず、大切なモノは守れると過信した時の愚かな夢だ。
そんなもの幻想に過ぎないと知った今では、絶対に見ることのない理想。
あの時を境に、俺は世界を憎んだのだから。
「ゴホッ……うぐッ!?」
目を覚ますと、見覚えの無い光景があった。
布が貼られた天幕のような物……
一定の間隔で揺られており、その乗り心地の悪さから、馬車の荷台の中だと気付いた。
吐き気や血の気が引くような感覚は薄れており、毒は血清によって取り除かれたらしい。
だが、毒に侵された体はズタボロのままだ。
回復もできていない点から時がさほど経っていない。
そして、不自然なほど体はピクリともしない。
まるで何か別の薬品でも使われたかのような……
あのままだったら確実に自分は死んでいた。
あれだけ望んだものだった筈なのに、何故、あんな行動を取ったのだろう。
あのまま、このしがらみから解放されたらどんなに楽だった事か。
この地獄から解放される事を望んでるのに、行動は真逆だ。
まるで生に執着しているかのようだ。
このままだと敵の本拠地で拷問を受けるのだろうか?
この世界は現代では無く、しかも国際的な法律もまだ無い時代である。
非人道的な拷問を受けたとて、法律も何もない状況で助けてくれる者など1人もいない。
いや、こんな悪党など誰が助けようとするか。
これはきっと、俺が受けるべき罰だ。
世界を憎み、隣人すら信じる事が出来なかった俺への罰。
実に悪党らしい最後だと言える。
死の覚悟もした、死への恐怖も感じない。
あの時、死ぬ代わりに奴も道連れに出来た筈だ。
だけど、俺はこの選択をした。
その理由は何なのか、考えても答えは出ない。
「時間通りの目覚めだね」
「何が……目的だ」
嬉しそうに荷台へと入ってくるチプリアーノに、空は目だけを動かして睨む。
体が動かないのは、この事を踏んだチプリアーノによるものだ。
「言っただろ。この世界に俺たちの居場所を作る。全ての王達を抹殺し、覇国を作る。その為に君が欲しい」
空が動けないのをいい事に、チプリアーノは語り始める。
裏の世界で猛威を振るっていた空が加わったとなれば、空の事をよく知る裏世界の住民達の多くはチプリアーノの陣営に加わる。
それを利用し、世界を飲み込もうとするものだった。
良くも悪くも、空の名を使ったものだ。
「なら……国民ごと、全員殺す……」
「君1人で?面白い事言う気力は残ってるようだ。残念ながら無理に決まっている。君はこれから首を縦に振るのだから」
「あがぁっ!?……ぐぁああああああああああ!」
チプリアーノは持っていたスイッチを入れると、空が驚きと苦痛で叫び上がる。
それを楽しそうに眺め、歪んだ笑みを浮かべた。
「いい声で鳴くなぁ。楽しみがいがある」
「何をした……」
「君に痛覚ナノマシンを入れさせて貰った。これを入れる事によって、痛覚を何十倍にも上げると同時に、痛みを与えられる代物さ」
「ああぁぁぁあぁあああ!!……死ね」
「まだそんな元気あるとは強情だなぁ」
「ぐぁぁあっ!あああああああああ!!」
◆
「敵襲ッ!!」
荷馬車を防衛する兵士の1人が叫んだ。
手にはAK102が握られているが、構えるまでにもたついている。
「はぁぁあ!!」
「ぐはぁっ!」
影から忍び寄る一刀が、一刀で斬り捨てた。
防弾ベストの肩部から入った剣戟は奥へと減り込み、心臓部へと達する。
そのまま振り抜けば、胴体は防弾ベストごと二分された。
「これで、3人……」
血を振り払い納刀しながら、呼吸を整える。
既に疲労が顔に現れていた。
撤回からの、空の奪還。
体力の消耗は測りしれない。
正面から攻撃を仕掛けた愛紗も、緊張に心拍数が上がっていた。
何故、このような闘い方をしているのか。
それは少し前に遡る。
「いいか、奴らは訓練を受けてはいるが、まだ素人に毛が生えた程度だ。敵を見つける、セーフティ解除、撃つまでの動作を一瞬では行えない。相手はソラじゃないんだ。真正面でも簡単には当たらん」
「空は出来るんですか……」
「訓練を積めば誰でも出来る。まぁ、俺が一から仕込んだからもある」
「で、だ。奴ら、チプリアーノ以外は雑魚と言っていい。チプリアーノも君達が一番相性がいい敵だ」
「それはどう言う」
「チプリアーノは銃は使わない。君達が使う氣とやらも扱えない。これで負ける要素は無いと思うが?」
「でも空が……」
「見かけに惑わされるな。ソラは武将の君達と比べるととても弱い」
「私は一度も彼に__」
「身体能力だけで見れば君の方が上だ。ソラは手持ちのカードの切り方が上手いだけだ。氣とやらのブーストがかかるとソラ程度余裕で圧倒出来る。それこそ時間をかければソラぐらい倒せるようになる」
「………」
「場数を踏め。ならば未来は見える」
一方的とも言うべき作戦説明を受け、布陣を決められて今に至る。
白狼は多くの兵をひきつけ、戦闘を行なっている。
イーグルがバックアップについてはいるらしいがその姿も見えない。
一刀と愛紗、武官の3人は別方向から奇襲を仕掛け、防衛部隊少しずつ数を削っている。
順調とも言えた。
「順調ですね、ご主人様」
「ああ、あの人の言う通りだ。武器は凄いけど、扱う人はそこまで強く無い」
「あれが彼の師匠なんですね……」
愛紗は自分の師匠だった人と思い比べていた。
自分の師匠だった人と比べ物にならない程のオーラ。
向けられただけで戦意を失いそうな程だ。
そんな人が師匠についた彼は一体どんな訓練を受けたのか、興味がある。
武器を持たなくても強く、どんな状況でも諦めはしない。
彼が言ったカードの切り方の上手さとは一体なんなのか。
「チッ、煩い小虫だ。……あのママ大人しく帰レバ見逃しタものを」
そして、ようやく敵のボスが現れた。
手にはマチェットナイフが握られている。
殺意も空並みな濃さをしている。
「今度は俺が相手だ!」
「自ラ死に来るトハ儲けモノだ」
嘲笑うように視線を向けると即、姿を消した。
逃げた訳では無い、これは攻撃の準備。
愛紗が反応し、一刀の後ろから迫り来るチプリアーノの斬撃を受け止める。
「ナニッ……」
あまり声を大きくは上げないが、それでも動揺が見て取れる。
空ですらギリギリ反応していたものを余裕で止めたのだ。
理解が追いつくのに時間はかかる。
「なるほど。確かに空殿が言っていた通りだ。行動が読みやすい」
愛紗が撤退の最中に空がチプリアーノに対して言い放った言葉を思い返していく。
背後からの攻撃、狙うのは急所のみ。
そこまで情報があるのなら愛紗には余裕だった。
空よりも優れた目と勘は、一瞬でチプリアーノの捉えて攻撃を何度も防ぐ。
「ソノ目。捉えてイルだト……ダガ、これデ」
業を煮やしたチプリアーノは持っていたグレネードを一刀に投げた。
愛紗は反応するが、どう考えても間に合わない。
このままでは一刀が爆発によって死ぬ。
が、グレネードが突如してベクトルの向きを大きく変え、チプリアーノへと向かう。
「ナニっ!?」
チプリアーノは右腕でグレネードを掴み、別の方向へ投げ飛ばすが、直前で爆発を引き起こした。
それはどこからか援護したイーグルによるものだ。
的確にグレネードを弾き返し、チプリアーノにダメージを与えようとする最高の一撃。
右腕を吹き飛ばしたのだ。
チプリアーノはイーグルの存在に気付き、一度体勢を立て直すために離脱を選択する。
逃す訳にはいかない。
一刀の心の叫びは足を動かさせる。
縮地によって距離を詰め、刀を抜き放つ。
「届けぇぇっ!!」
チプリアーノの逃げる速度を一刀の詰め寄る速度が上回る。
右脇腹から左肩口へと刀身が伸びた。
深くは無いが、決して浅くも無い。
チプリアーノは衝撃で地面を転がっていく。
「ハァ……ハァ……」
それでも息があるチプリアーノは立ち上がろうとしてくる。
不気味さすら感じる。
だが、仲間をやられた事や空を連れ去れた事が一刀の背を押した。
「逃すかぁぁぁ!」
渾身の突きがチプリアーノの喉を貫く。
致命的な一撃にようやくチプリアーノが沈黙した。
「勝った……?」
今でも、まだ動きそうなチプリアーノに恐怖を抱きながらも勝利を確信する。
勝った。
たった一言なのに凄く重く、後味も悪い。
空は泥臭いこれを何度も繰り返していたのかと思うと、気が重くなっていく。
「不知火殿を見つけました!」
武官が空を発見し、慌てて戻ってきた。
その焦りから、まだ生きている。
「さぁ、お早く!」
武官に連れられて、一つの馬車に辿り着く。
中に入れば、片腕を鎖で吊るされ、全身はボロボロの姿の空がいる。
それでも、まだ息がある。
「助けに来た!」
一刀が空に駆け寄ると、意識を取り戻したのか、力なく空は笑った。




