92話 復興作業の合間に
祝100部目!ただし物語の進行度は3割も無いのが現状……さて、終わる頃には何話なのだろうか?
徐州ではあれから復興の毎日に追われていた。
あちこちの建物の補修、地面の整地などなど……
襲撃者達によって付けられた傷跡は今でも生々しく残っている。
城も例外ではなく、空とブラックが争った場所は悲惨な状態だった。
その城内部では、左脇に松葉杖を挟み右腕を布で吊った空が絶望した顔で補修作業をする兵達に指示を出していた。
「怪我人に仕事をさせるとは……人の心はないのか?」
「はいはい、先ずは手を動かしてください」
「この通り右腕を釣ってるのだが」
「だってお前右利きじゃないじゃん」
「左利きでもないが?」
「両利きなら大丈夫だろ」
「どこが大丈夫なのか理解しかねる……。君達に人の心がないのはよくわかった」
一刀に対し、空は諦めたようにため息を吐いた。
器用に松葉杖に体重をかけながら、空いた左手で補修箇所を確認し、兵達へと指示を出していく。
初めてだと本人が言っていたにも関わらず、その指示は的確に出されていた。
「しかし、戦いが本業な俺に復興作業を求めると……どういう神経しているんだ?いうなれば俺は傭兵だぞ、決してこのような……」
自身のプライドが許さなかったのかその先は口にしなかった。
それでも精神的ダメージが空へと降りかかっていた。
これ以上は耐えられないと空は別の話題を出した。
「それで一刀。あの女をどうするつもりだ?処遇を決めないとこっちはどうしようもない」
「今は大人しくして貰ってるけど、落ち着いたらどうして襲って来たのかを聞かないとな」
「ホーネットが帰って来たら尋問するように手配しておく」
「いや、俺がやるよ。流石に殺さないように頼んだからそれくらいはしないとな」
一刀は申し訳なさそうに言う。
空はそれ以上は追及はしなかった。
本当であれば一刀はまだ学生の身、空がいる戦いの世界ではない。
いくら乱世だと言っても普通の人が来るのは精神的な苦痛は凄い筈だ。
それを耐える一刀に空は素直に感服する。
「空殿!街の指定された区画の復興作業、無事に終わりましたぞ!」
「……陳宮か」
音々音が報告に来ると、空はその報告書を受け取り目を通す。
大して問題も無かったのか、空は報告書を一刀に渡した。
「ならもうこれ以上は特にない。後は休んで構わない」
「分かりましたが、良い加減ネネと呼んで欲しいのです!」
「あまり俺と深く関わらない方が身のため。不幸になる」
音々音は未だに真名ですら呼んでもらえない事に抗議するが、空はあの一件以降再び心を閉ざしているのか、あまり相手にしていない。
「良い加減呼んでやれよ」
「珍しく同意見なのです」
「……仕方ない。音々音、これで満足か?」
「はいですぞ!」
一刀と音々音の2人に抗議され折れた空は、真名で呼ぶと音々音は嬉しそうに返事を返した。
「恋殿を守ってくれてありがとうなのです!」
「俺は俺の居場所を守っただけだ」
「それでもです」
「……そうか」
空は困ったように返事を返した。
素直に喜ばれる事など殆どどころか今までないだけあって、空には対処のしようもない。
沈黙が訪れた。
「本当はこれ、一刀の仕事なんだが、いつまで俺にやらせるのだろうか……」
「本っ当に無能な主人なのです。恋殿が可哀想です」
「2人して酷いな!どーせ、無能ですよー、すいませんね」
そう言って一刀と音々音が笑い合う。
本気で言っている訳ではなく、どこか和ませようした冗談だ。
空はその2人をどこか別の住人であるというような、遠い目で2人を眺めている。
あの一件以降、空の記憶は全てでは無いにしろ戻った。
今までの自分の中にいきなり嵌り込んだ記憶に混乱もしかけたが、まるで別人のような感覚もあった。
まるでどこか遠い世界のお伽話のような夢の感覚にも似ている。
それでも空の心に傷を残すには十分で、2人の心の白さが少し羨ましくも思っている。
二度と戻れはしないと分かっているのにと自分に言い聞かせどこか距離を置いていた。
「あら、その3人の組み合わせって珍しいわね」
気付けばメイド姿の詠が、お茶をお盆に乗せてやって来た。
当然後ろには急須をお盆に乗せた月の姿がある。
「そろそろお茶は如何ですか?」
「なら貰うよ」
「ネネも貰うです」
「空はどうする?」
「あ、ああ……頂く」
自分の分を用意してあるとは思っていなかった空が少し上擦った声を出すが、すぐにいつも通りに返事を返した。
月と詠が持ってきたお茶により休憩になり、一刀達は注がれたお茶を飲みながら一息ついた。
空も座り松葉杖を傍に置くと、動く左手で茶器をとりお茶を飲む。
詠はそんな空をジッと見つめていた。
「何か付いてるのか?」
「しかし、あんた多芸ね。戦うどころか馬にも乗れたり、果てにはこういった指揮まで取れるのね。そのうち『はわわ〜』とか言ってる軍師に変わって策すら考えるのかしら?」
「いや、流石に軍規模の作戦立案はやった事ない」
「軍規模じゃないならあるのね……」
詠は驚く事に疲れたような声を出した。
「とは言っても片手で数える程だ。君達軍師程じゃない」
「それは褒めてるのかしら?」
「皮肉を望むのか?」
「月!やっぱコイツ変よ!少し前と少しだけ喋り方も違うし、何より性格が変わってるわ!少し前も似たようなことが起きたけどもう驚くのも疲れて来たわ……」
以前と違う空に詠はもうついて行くのに疲れていた。
前の無邪気な子供のような空とも、それより前の拒絶しか見せない空とも少し違う。
どこか角が取れたかのような印象だ。
カームとの一件が空を少し成長させたようだ。
「まぁまぁ、詠ちゃん落ち着いてー」
月が詠をなだめながら、使い終わった茶器を片付ける。
だが、詠が思っていた事はその場にいた者全員が感じ取っており、視線が空へと集中する。
「そんなに見つめても何も出ないぞ」
「いや、そうじゃなくて。変わったなって思ったんだよ」
「変わる?俺が?馬鹿な」
自覚が無いのか空は否定した。
「そう言うところだよ。前は知らんって言って近づきすらしなかっただろ!」
「怪我人に逃げろと言うのか?相当の鬼畜だな」
空の皮肉的な部分はそのままだった。
だが詠は空はある部分を否定しなかった事に気付いた。
「でも、知らんって言わないのね」
「冗談だ。変わったと言うなら先日の調査先とこの街を襲撃して来た彼等が要因だ。彼等は皆、かつての仲間だ」
空は詠に言われた事で折れて、自身が変化した要因を上げた。
それを聞いた途端、一刀達から疑いの目が向けられる。
空は心外だと弁明した。
「だからって裏切る事はしないぞ?これでも契約はちゃんと守る。傭兵は信頼が第一だ。それに、ここは居心地が良い」
「あんたが言うと信頼性はあるけど……なんか釈然としないわね。居心地が良いって、待遇が良いって事でしょ」
「私達が仲間と思われてないと聞こえるのです」
「悲しいです」
「そうそう、一歩引いた感じがするんだよなぁ」
皆に散々な言われように空は溜息を吐いた。
信頼性があると言われてこの扱いである。
「ならどうすれ…」
「この契約書に名前を書いてくれるだけでいいから!」
一刀に差し出された客将としての個人契約書を見て、空は松葉杖を取るのすら忘れて逃げ出した。
ペースを上げろと言われたら多分血を吐きながらでも頑張るんじゃないかな?(他人事)




