デンファレとストロベリーフィールド
「柴くん、これ、あげるね」
そう言って里奈は花束を手渡してくれた。病院の白い壁に映える、綺麗な赤色の花だった。
一年前、俺は同級生の里奈に告白して、晴れて俺たちは付き合うことになった。その半年後、里奈は重い病気にかかり、以来ずっと入院を続けていた。
最初は大勢来ていた見舞い客だって、半年もすれば随分と減る。それでは寂しいだろうと思いふらりと寄ってみたら、なんと入院している側から花束をプレゼントされてしまった。どういうことなのかイマイチ理解できないが、少なくとも手ぶらで来た俺への非難が込められているわけではなさそうだ。その証拠に、長い黒髪の間から見える里奈の笑顔は、一点の曇りもない晴れやかなものだった。
しかし、なんでまた里奈が俺に花束なんか。入院している身では、花を用意するだけでも一苦労だったろうに。なんとなく聞きづらい雰囲気だったので黙って受け取ったけれど、病室を出た後も、俺は狐につままれたような気分で首をかしげ続けた。
「あ、柴! おーい!」
ロビーを歩いていると、クラスメイトの夏帆が大きく手を振りながら近づいてきた。ていうか声がでかい。病院なんだから静かにしてくれ。儚げな印象のある里奈とはいろんな意味で対照的なやつだ。正反対といってもいい。
なのに、里奈と夏帆の二人は小学生の頃から親友なのだそうだ。世の中は不思議で満ちているとつくづく思う。
「なんだよー、柴も来てたのか、病院。ってことはこれから里奈のお見舞い?」
「いや、今行ってきた。これから帰るところ」
「ふーん……。じゃあ、その花は里奈からもらったの?」
そう言って夏帆は俺の持っている赤い花束へ視線を向けてきた。俺は無言で頷く。そしてよく見ると、夏帆も花束を一つ、抱えるようにして持っていた。紅紫色の花弁が鮮やかな、夏帆にとても似合う花だった。
「……。もしかして、夏帆も?」
「なんだ、柴もか。そう、里奈からのプレゼント」
「やっぱり。でも、なんで里奈が花をくれるんだろうなぁ」
俺が何気なく疑問を口にすると、夏帆は「……もしかしてあんた、あの子から何も聞いていないの?」とあからさまに眉をひそめてきた。
「いや、なんか、聞きづらい空気だったから」
もごもごと小さく言い訳をしてみるが、夏帆相手には何の意味もなかった。やれやれ、とワザとらしくため息をついてから、夏帆は伏し目がちに口を開いた。
「……里奈ね、体の具合、あんまり良くないんだって。そりゃあ入院しているんだから当たり前なんだけど、その、経過っていうかが、さ。もしかしたら、このまま一生入院する可能性もあるって。場合によっては、命の危険も」
初耳だった。確かに随分と長く病院にいると思ってはいたが、一生入院とか、命の危険とか。そんなこと、里奈は一言も、俺には言ってくれなかった。たった今もたらされた情報に、目の前が暗転させられる。
「多分、言いづらかったんでしょ。特に柴には。里奈、あんたのこと本当に大好きだったし。……それだけに今回のことは、断腸の思いだったんでしょうね」
花束を胸に抱きながら、夏帆は潤んだ瞳をこちらに向けてきた。気のせいか、僅かに顔が赤い。
「――どういうこと?」
話が見えなかった。里奈の具合が悪いのと、この花束と、一体何の関係があるのか。もしかしてこれが里奈からの形見だとでも言うつもりなのか。笑えない。
夏帆は紅紫色の花束を俺に向けて「この花、デンファレっていうの。知っている?」と言って、こちらの返事を待たずに言葉を続けた。
「デンファレの花言葉はね、……『お似合いの二人』だよ。きっと里奈、私が柴のこと好きなの、知っていたんだよ。それで病気している自分の代わりに、あんたと付き合って、っていうメッセージをこの花束に込めたんだと、私は思う」
眉をハの字にして話す夏帆に、俺はつい「お前、俺のことが好きだったの?」と間の抜けた質問をしてしまった。少しだけ不貞腐れたような顔をしながら「鈍感」と彼女は呟いた。
「直接は言いにくい話だし、何より里奈、あの性格でしょ。だから、こんな方法でしか気持ちを伝えられなかったんだよ」
そうして俺の反応を伺うように、夏帆は熱い視線を送ってきた。それを真正面で受けながら、俺は少しばかり考えてみる。
はたして、そうだろうか。
里奈は物静かではあるが、決して内気ではない。むしろ芯は強い方だ。今の解釈は、随分と夏帆に都合が良過ぎるというか、事実を歪めて見ている感じは拭えなかった。
その理由の一つが、花言葉だ。
デンファレには夏帆が言った他にも、いくつか花言葉がある。その中でも有名なのが『わがままな美人』だ。さっきの強引に自論を推す様子もあり、どちらかというとこっちの言葉の方が夏帆にはしっくりくる。だから俺にはどうしても、里奈が夏帆に釘を刺す目的でこの花を送ったのだとしか思えないでいた。
それにもう一つ。俺が貰った、赤い花束のことだ。
この赤い花の名前は、千日紅。イチゴみたいな花だから、ストロベリーフィールドとも呼ばれている。
花言葉は『永遠の恋』や『不朽』など。いずれも変わらぬ想いを表したものばかりだ。
永遠の、恋。
これが、里奈が本当に伝えたかったメッセージ。そう確信できた。
「……ごめん、夏帆。それでもやっぱり、俺、里奈が好きだ」
夏帆にきっぱりと言い切って、里奈からもらった赤い花束を、高く持ち直す。
ストロベリーフィールドの細い花びらは、病室にいる彼女のように、優しく、したたかに咲き誇っていた。
【了】
お読みいただきありがとうございました。