第7話 - 招待
我慢しきれなくなったらしいです。
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不思議な事に、それから暫くは俺の周りでは”不幸”は起こらなかった。理々の記憶喪失は治る兆しも見えないけど、普通に生活するのに必要な”忘れている事”は、直ぐに憶えてしまうから生活に支障は無かったみたいだ。
俺にとっては、まるで理々が守護天使みたいに感じられたよ、天使と言うにはちょっと肉感的過ぎるけど、性格的には天使そのものだよな? 天使と言うものに未だに幻想を抱いてしまうのはちょっと情け無いけど……。
ただ、昨日は理々を自分の娘かもという男性が藤田家を訪問したらしいんだ。遠藤さんという人だったらしいけど、残念ながら別人だった。
その話を聞いた理々が少し不安そうだったから、今日は朝からお弁当を用意して(もらって)、ちょっとしたピクニックを企画したんだ。
自分の不幸を甘く見た訳じゃないけど、それは玄関を一歩出た瞬間に起こったんだから避け様が無かったのも事実だと思う。
「あれ?」
「コータさん!」
玄関の扉をくぐるとそこは異空間だった、アホな考えが頭に浮かんだけど現実はもっとアホだ、空が不気味な紫色で地面は血の様に赤い。理解不能だけど、”黒い光”が何処からか降り注いでいるけど光源は見えない。そもそも、周りの空と地面以外が存在しないんだぞ?
振り返ると、俺と同じ様に驚いた理々が居るだけで、玄関の扉自体が存在しない。さっきはこの手で扉をつかんだのに……?
おかしいぞ? 俺の不幸はあくまでも現実の範疇だった筈だ。いきなりこんな非現実的な事が起こるんだろう?
「おやおや、招かれざる者まで呼び込んでしまいましたか?」
「誰だ!」
俺と理々以外に誰も存在しなかった筈なのに、いきなり声をかけられた。さっきまで誰も居なかった場所に、闇を纏った男が立っていたんだ。美形といえば美形なんだけど、冷たい美貌に嘲笑を浮かべている様に見える。
「人間などに名乗る名は持ちませんよ、ああ、遠藤とでも呼びなさい」
「遠藤って、まさか?」
「ああ、ちょっと介入しただけですよ。誇り高き冥使が人間界などに姿を現せる筈も無いでしょう」
「めいし?」
脳内で”名刺”と変換されたぞ? 偉そうなこの遠藤と言う奴に”名士”は似合わないよな?
「冥界の使いと書いて冥使、冥使も知らないとは嘆かわしい……」
「いや、そんな常識みたいに言われても!」
「何を言っているのです? 冥使と一緒に生活している人間が」
「へぇ?」
何時も通り俺の後ろに隠れている理々を振り返ると、”?”マークを浮かべている。日常生活を思い出すのが精一杯なのに、”冥使”とか言われても理解を超えるみたいだ。
「いや、本人が覚えていないんだからさ」
「冥界の技術の粋を集めた三位分離転送だったのに、妙な干渉があった様ですね……」
「干渉?」
「おっと時間稼ぎは終わりですよ、目覚めなさいリリス!」
「?」
何だか事情は分からないけど、時間稼ぎが失敗だったみたいだ。理々の様子は”???”にパワーアップしているけど、それ以外は変化は見えない。
「くっ! この狭間の世界で、”黒き光”を浴びればと思ったのですが……。仕方ありませんね!」
そう言った冥使遠藤の手に、この世界を照らす黒い光を凝縮した様な”闇”が集まって行く。見ているだけで、気分が悪くなりそうな”闇”をなんの目的で集めているかなんて考えるまでも無いよな。(理々が遠藤みたいになると思うともっと気分が悪い)
遠藤はオロオロしたままの理々や、為す術もない俺に構わずその闇を理々に向かって放った。遠藤と理々の間には俺があったんだけど、遠藤は気にもしなかった。
その”闇”は俺を直撃した訳だけど、なんの衝撃も無かった、正確には物理的な衝撃は伴っていなかった。それが俺を通り抜けた瞬間、俺の中で恐怖、嫌悪、嫉妬、怒り、憎しみと言ったあらゆる負の感情が一気に膨らんで消えて行ったよ。
痛くも痒くもない筈なのに、身体が……。
「コータさん! よくも、コータさんを!」
そんな憎しみに満ちた声をあげたのは理々だったみたいだ。肉体的な痛みには耐性がある積りなんだけど、さっきのは全く別物だった。身体の内部から湧き出る負の感情に無様に身体の自由を奪われて、気付けば紫色の地面に横たわっている。
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「面白くなって来たね?」
「いや、何か話が飛び過ぎてない?」
「まあ、そうかもね。それよりゲンは気付いた?」
「気付いたって?」
「ああ、あの冥使が放った”闇”がコータ君を通り抜けた後だよ」
「えっ? 何か黒くなかった気がする……かな?」
「そうだね、あれは”闇”じゃなかったね」
「何だか、不満げだね、アルゴ?」
「うん、まだ僕にも見えない物があるみたいだからさ」
「見者にも見えない?」
「そう、まだ何か足りないんだね」
「足りない?」
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「ふむ、効果ありのようだな!」
落ち着いた遠藤の声が気に障るが、あの闇が俺には受け入れられない”モノ”で、理々には易々と受け入れられる”モノ”だと言う事はもっと気に障る。
倒れた俺を庇う様に理々が遠藤の闇を何度も身体に受けるのを見ているしか出来なかった。何とか、身体の自由を取り戻そうとしたんだけど、何とか起き上がる事が出来るまでに、理々は十数回”闇”を受け入れたと思う。
「どういう事ですか、これは!」
「コータさんに酷い事をする人は許しません!」
「冥使の中でも選ばれた存在が、ちっぽけな人間などを庇うとは……。成る程そう言う事ですか?」
何かを思い付いたらしい遠藤の視線が、何故か俺に向かい、次の瞬間俺の左腕を衝撃が襲っていた。今回は普通の物理的な”力”で、まるで透明なハンマーで殴られた感じだ。
「ぐっ」
思わず声が出たけど、左手の骨がひびが入った位なんだ! 俺が遠藤を睨み付けると、左手の同じ場所に再度痛みが走った。
「くっ!」
今度は完全に折れたな。経験から言えば、多分単純骨折だから、直るのは早いと思う。
「コータさん、手が! おのれ!」
ひびなら隠せるけど、完全な骨折では隠しようが無い、ぷらんぷらんだからな。鋭い痛みに堪えながら理々に声をかけようとした瞬間、三度同じ場所に衝撃が来た。意識を失ってもおかしくない痛みに堪える事が出来たのは、慣れだ!(気を失うのは簡単だけど、今は駄目だ)
今度は複雑骨折にレベルアップか、最悪治らない可能性だってある。奴はそれを指一本動かさずに……!
「コータさんを、コータさんを!」
明らかに常軌を逸してしまった理々の声を聞いて、遠藤が何を思い付いたの理解してしまった。負の感情というのは冥使にとって当たり前のもので、俺を庇う”正の意志”と相反していたんじゃないかな?
そして、力技で理々を目覚めさせる事を止めて、丁度良く紛れ込んだ生贄を使う事にしたんだろう、俺と言うね。そして、遠藤は俺を痛めつける事で理々の目覚めを促すという作戦を成功させつつある。
「ああああ゛あ゛あ゛~~~」
何かを堪えるように両手で自分の肩を抱きしめて、人の物とは思えない叫び声を上げはじめた理々に俺が出来る事なんてあるのか?
丸まった理々の背中、肩甲骨の辺りから理々の髪と同じ漆黒の何かが生えてくるのが見えてしまった。理々が本当に人間じゃないという事実を見せ付けられたけど……、それが何だ! 俺は自分に誓ったじゃないか、あの無垢な笑顔を思い出せ!
「上々の成果ですね、妙な物が紛れ込んできたと思ったら、冥界神サウレニアの加護だった訳ですね。仕上げと行きましょうか!」
遠藤が今まで最大の”闇”を右手に集めるのが見えた。多分俺に出来る事なんて多くない、あの”闇”を防ぐ手立ては無いし、遠藤の気に障ることをすれば決定的な事態を招くだろう。
ただ、理々を守るという意志だけが俺の身体を動かした。冥使リリスとして覚醒した時にはそこに理々は居ないだろうし、用済みとなった生贄を遠藤が生かしておくとも思えない。
遠藤の放った”闇”が理々に届く寸前に理々に体当たりを敢行する事で、一度は妨害に成功した。抱き寄せるとか出来れば絵になるんだろうけど、右手は言う事を利かないし、左手は動かそうとするだけで気が遠くなる。
「くっ、人間の分際で、また妨害ですか……。良いでしょう、貴方の命でリリスの目覚めを!」
「コータさん!」
遠藤が俺にとって致命的な、あの力を振るおうとした瞬間、体当たりで自我を取り戻した理々の悲鳴が響いた。死を覚悟して目を瞑った俺の頬に、何かが触れた様な気がした。
一気に日常から離れてしまった気がしますか? 実際には日常が既に日常じゃなくなっていただけかも知れませんね。
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