第3話 - 不幸
主人公の不幸な人生の一端を紹介しましょう。
もうお気付きだと思いますが、記号の羅列には意味があります。
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彼、”不動幸太”は生まれつき不幸だったし、不幸を振り撒く人間だと噂されないのが不思議な程だ。実際、彼の不幸はこの世に生まれる以前からはじまっていた。
それは彼がこの世に生まれ落ちたその日の出来事らしい。身重の母が出産を控えて、知り合いの産婦人科の病院に入院する為に車で移動中に首都高上で15台程が絡む多重事故が発生したのだ。
「なあ、アルゴ?」
「なんだい、ゲン?」
「事故の風景が見えるのは何故と聞くのは無意味なんだろうね。しかし高速道路上で多重衝突事故で、反対車線まで事故が起こったら酷い事になるよ?」
「そうなのかな?」
当然の様に事故に巻き込まれた両親だったが、父親は母とお腹の中の子供を庇って重傷を負い、事故のショックで母は産気付いてしまった。
消防の初動は早かったらしいが、場所が場所だけに十分な救護活動が行えたとは言い難かった。実際、生まれていない彼と両親の車に駆けつけた救急隊員は父と母のどちらを選ばなくてはならなかった様だ。
普通ならば母子が選ばれたのだろうけど、母は昔から気丈過ぎる性格で、
”自分はココで赤ちゃんを産むから、夫をお願いします”
と言い切ったらしい。父親の意識があれば反対しただろうが、丁度良く気絶していた。
「随分と思い切りの良い女性だったんだね」
「そうだろうね。ああ、彼の母子手帳にはちゃんと病院名が載っているらしいね」
「出産場所って載ってるんだ……、本当にこんな所で産んじゃうんだ」
事故に巻き込まれたバスに乗り合わせていた助産婦(産婆と言う表現が非常に似合ったそうだ)の藤田ウメ(当時80歳)が、急に”目覚めて”(半分ボケていた)男達をシャットアウトした事で父親のだけがが救急車で搬送される結果になった。
彼自身は高速道路上という珍しい場所でだが無事に生まれ、見掛けによらず内出血が酷かった父親も無事だった。事故の規模に比して被害は小さかったし、何よりウメさんを通じて藤田家と不動家の交流がはじまったのは不動親子にとってプラスになった。
ウメさんの孫の藤田夫婦、不動夫妻、そして藤田の親戚に当たる辺見夫婦が、その後一緒の場所に家を建てたのはあの事故が原因と言って良いらしい。
彼が生まれた後は、多分普通の赤ちゃんだった様だ。部屋から出ない赤ん坊だったから引き寄せる不幸も限られたと行った所だろうか。当時不動一家が住んでいたアパートは頻繁に火事になったり、近くの銀行で強盗があったりとか、多少は騒がしかったらしいが、元々あまり治安の良い場所じゃなかったらしくおかしく、程度の問題だと思われた居た。放火魔は暫くして捕まったし、銀行強盗はその場で捕まったらしいが、それ自体は当然と言えば当然の結果だった。
彼自身が自分の不幸体質を自覚したのは小学校に上がった頃だった。今の家に引っ越して入園した幼稚園にやたらと不審者が侵入したり、車が突っ込んできたり、逃げ出した闘犬が迷い込んできたり、飛行機は落ちてこなかったけどヘリコプターは不時着した。
「ヘリコプターが幼稚園の敷地に不時着って、大事件だよ!」
「まあ、死傷者ゼロだからね。慣れちゃったんじゃないかな?」
「慣れないだろ、それ!」
どれも危うく大惨事だったけど、幼い子供には分からなかった。ヘリの時なんか、大喜びしたのが見える。不審者は何故か彼を人質にして妙な事を叫んでいたし、闘犬には彼だけが噛まれて大怪我をした。不審者の方は明確に彼を目標にした訳ではなさそうだが、闘犬の方は彼が手を出したのだから自業自得だろうか?
ただし、彼が小学校に通う様になると、幼稚園で起こった事件が彼の後を追う様に小学校に移動したんだから小学一年生でも何かおかしいと思うだろう。
彼が幼稚園に通っていた道の途中に事故が多発する”魔の交差点”があったけど、彼が通学路を変えると当然の様に”魔の交差点”も場所を変えた。彼の父親は幼稚園のセキュリティーが向上して、交差点には信号が設置されたからだと言っていたけど、文字通り子供騙しにしかならなかった。
三人の子供が並んで歩いていても車が突っ込むのは必ず彼だったし、ベランダから落ちた花瓶が直撃するのも彼、凶漢がナイフを突き付けるのも彼、三人で同じ食事をしても食中りするのは彼、彼、彼、彼!
もし彼が父譲りの頑強な身体と、何やら強運なのか悪運なのか分からない物、そして不幸を笑い飛ばせる豪快さを持った母親を持っていなければ、彼という人間が成人する日は来なかっただろう。(不幸を呼ぶ体質だという事を感じながら、友人であり続けている幼馴染達も含めて良いだろうか?)
彼の不幸は時々人を巻き込む事があるらしい。例えば、乗っていた遊覧船が沈没した時などは、乗客乗員全員が被害者になる。老朽船を無理に使っていたから発生した海難事故だったが、船着場を離れて直ぐだったから人的被害は無し、救命胴衣が何故か膨らまなかった彼以外は服を着たまま少し早い水泳を経験しただけだろう。
そして、今朝またもや彼の不幸に巻き込まれた不幸な子羊が……
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「さあ、言い分を聞きましょうか?」
言い訳と言われないだけましなんだろうか?
「あの、俺が気絶している間に、いや、何でも無い。何時も通りの俺の不幸に巻き込まれた女の子を看病していただけだ。疚しい事はしていない……です」
「それで?」
「本当か分からないけど、彼女は記憶喪失なんだ。それで、助けると約束をしたんだったかな、確か?」
その後、母上殿に気絶させられたから、ここまでは間違いは無いよな? 夢でも見ていたとかなら良かったんだけどね。
「ふむ、嘘は言っていない様ね?」
「母さん、いきなり息子を気絶させておいて言う事は無いのかな?」
「我ながら正しい行動だったと思うわね。幸太、大学は?」
反省の色は全く無い、それどころか誇っているとも感じられるね。女性の視点だとあの状態は俺が襲っている様にでも見えたんだろうか? ここは一発!
「ゴメン、母さん。今日は諦めた!」
「留年も中退も許さない、それを理解しているならまあ、今日も大目に見ましょう」
「ありがとう、母さん」
うん? 我が家では母上殿に逆らう事は(家族的な意味で)死を意味しているぞ? 俺はまだ死に(自立し)たくはないし、無駄な事は好きじゃない。そう言えば、彼女は?
「おーい、佐恵子さん。小さくて入らな!?」
”ゲシッ!”
再び鞄が凶器になり、そして父親熊も犠牲になった。両親は学生の頃からの付き合いで、”お嬢と熊”と呼ばれていたらしい。”お嬢様”じゃないぞ、言うまでも無いけどな。
行動は荒っぽいが、母上殿はそっち系の娘でも無い、母方の祖父母は健在だけど普通のサラリーマンと専業主婦だった筈だ。
少し前に、俺がそっち系といざこざに巻き込まれた時には、本職に負けず劣らずの言動を見せてくれた。やり過ぎて報復を受けたが、被害を受けたのは俺と我が家だけだったな。
いかん、現実逃避している場合じゃないな。父はどうでも良いが、話からすればあの娘が!
「あの、きゃっ!」
「ああ、それは踏んでも構わないけど、俺の中学生の時のジャージじゃないか?」
可愛い悲鳴が耳に入ってそちらを向くと、何故か俺の中学生の時の体操着を身に着けた”彼女”が階段から降りてくる所だった。色々な意味でミニマムな母上殿の服では縦も横も入らないだろうし、父と俺の服では大きすぎる。
なんとか着られるのが、俺の体操着だけだったらしい。あの頃は頻繁に怪我していたからほとんど着る機会が無かった。(と言うか、成長期だった事もあって買ったけど着る機会が無かった一着なのかも知れないな?)
「どうですか?」
少し恥かしげに、ジャージ姿を披露してくれたんだ。美人は何を着ても似合うと言うけど……。
「似合わないね……」
「似合わないわね……」
「そうですか……」
「……」
ああ、夫婦は平等であるべきとか妄言を信じている熊はこのまま無視しよう。表向きは父を立てているからと言って、父が偉くなった訳じゃないのが分からないらしい。
彼女は、着る物を選ぶタイプだよな、
「あの布を巻き付けただけという方が似合っていたかな?」
「幸太、そう言う趣味は許さないわよ?」
「いや、ジャージよりはマシという話だよ、本当に」
あの格好は、そのエッチ過ぎるな! あの格好で外を歩いたら犯罪っぽいけど、紺色のジャージと言うのも論外と言う気がする。見ていると落ち着かないというのは、似合う似合わない以前の問題だよな。
「それは否定出来ないわね。普通の格好にはしたかったんだけど、我が家では無理ね」
「適当に見繕ってくれば良いじゃないか」
「幸太は何時まで経っても恋人が出来ないわね?」
「ええっ!」
何でそんな結論になるんだよ? 女心というのはあまり分からないし、女の子と付き合った事も無いけどさ。(幼馴染のモモの考えなら少しは分かるんだ……)
「仕方ない、辺見さんの所で服を借りましょう」
「それが良いだろうね」
「じゃあ、任せたわよ、幸太。私達は疲れているんだからね!」
「何故? 母さんが行った方が、いえ、行って来ます」
分かった、母上殿にとっては別の意味で”目に毒”なんだろうね彼女は。そう言うのが好きと言う親父の様な人も居るんだから、気にする事無いだろうに。(具体的に考えると気付かれる危険があるんだよ?)
「ごめんなさい、私の為に」
「良いのよ、理々ちゃんは心配しないで、ウチの馬鹿が迷惑をかけたんだから当然でしょう」
「理々ちゃん? 名前思い出したの?」
「いえ、小母様に聞かれた時に、頭に浮かんだのが”リリ”という言葉だっただけで……」
母上殿が帰ってきたと言う事は、辺見の小父さん達も帰って来ているんだろうね。そう言う事なら問題無いだろうね。
「じゃあ、行って来るよ」
「幸太、先に着替えて行きなさい」
「着替え、うわ、あんこが!」
お土産だった筈の物体がシャツにべったりくっついている。彼女、いや理々さんの着替えの前に俺の着替えが必要らしい。
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”下着は後でね”とか余計な事を言った母上殿から逃げ出す形で、そんな気はしていたんだけど、やっぱり着けてなかったんだ、いや、邪念を抱くな!
「こんにちは~」
「はーい」
「失礼しました!」
隣の隣の辺見さんの家に挨拶をしながら入ると、中から聞こえた返事を聞いて速攻で失礼する事にした。我ながら謎の行動だな?
「あの、幸太さん?」
「理々さん、留守みたいだから出直そう」
「え? 返事がありましたよ?」
「俺には聞こえなかったよ?」
「コータクン、いらっしゃい」
玄関先で揉めている間に、悪魔の手先が出迎えてくれてしまった。この女性に会いたくなかったから、辺見を頼らなかったのに……。見た目ぱっとしない、23歳独身の女性が玄関まで来てしまった。髪はボサボサ、化粧っけ無し、服装ピンクのジャージ、止めが”瓶底眼鏡”と言うんだから徹底している。
「わぁ、こちらが理々ちゃんね。はじめまして、辺見柚姫よ」
「理々です、お手数をおかけします」
「良いのよ、丁度煮詰まっていたところでね。気分転換で人助け、良い事尽くめよね?」
「ユズ姉、担当の相原さんは泣いていると思うよ」
「コータクン、それは言わない約束だと思う。それに記憶喪失なんて面白、興味深い事例は今後の創作活動の糧になるの、相原さんだって分かってくれるわ!」
「ユズ姉、今回の締め切りは何時なの?」
「そんな過去の事は忘れたわ! 私は未来に生きる女なの」
過去なんだなやっぱり、以前、近くの路上で倒れそうになっている男性を助けたらそれが相原さんだったんだよな。ユズ姉の様な人の担当をしていると心労がたたって倒れる事もあるらしい。
「あの辺見さんは、何をなさっているんですか?」
「柚姫で構わないわよ、そうね、新進気鋭のクリエーターというところかしら?」
「クリエーター?」
「漫画家さんだよ」
「漫画家、凄いですね!」
嘘は言っていないけど、コアなファンが付いた新人漫画家の域は出ないだろうね。理々さんがユズ姉の作品を見たいとか言い出す前に話を進めよう。
「ユズ姉、理々さんの服を借りたいんだけど、母さんから電話あったよね?」
「ええ、準備は万端よ?」
にっこりと微笑むユズ姉だったけど、イイ感じなのがちょっとな……。
「そう言われると逆に不安になるよ、普通の服で良いからね?」
「あら?これだけの素材を前に普通なんてあり得ない!」
理々さんがそっちの才能を持っているか知らないけど、素材という面では本当のユズ姉だって負けていない。陰と陽の差はあっても理々さんに負けない程の女性は少ないだろうね。ユズ姉は少ない例外だよ。
いやに褒める感じになるけど、俺の初恋の女性なんだから仕方が無い。ただ俺にとっては黒歴史になっているのも事実なんだ。着飾れば10人中の9人の男性が振り向く容姿なのは事実だろうし、漫画にかける情熱も凄い、でも黒歴史なんだ。(理々さんは10人中の10人の男性が振り向くだろうけど、同時に9人の女性から嫉妬されるだろうね)
重要人物の隣の隣のお姉さん登場です。登場人物紹介でノーコメントになっているのは”アレ”だからですよ?
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