第2話 - 左右
連れ込みました!
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俺が慌てて玄関から飛び出そうとすると、ドアがいきなり跳ね返って来た。危なく頭をぶつけそうになったけど、とっさにドアを止める事が出来た。常日頃から鍛えられている反射神経のお陰だろうね、嬉しくないけどさ。
ドアの外を恐る恐る覗くと、被害者が倒れているのが見えてしまった。俺って言う奴は何時もこうなんだよな!
「うわ、やっちまった! まさかこの時間に玄関先で突っ立ってる人が居るとは思わなかったんです、ごめんなさい!」
「……」
いきなり謝るのは俺の経験からだけど、インターホンも鳴らなかったんだから過失は少ない筈だよな? あれ? 反応が無いぞ?
「もしもし?」
「……」
あぁ、完全に気絶してるよ、打ち所が悪かったのかな? ”救急車”という単語が思い浮かんだけど俺自身は出来るだけあれに関わりたく無いんだ。意識が無い間に運ばれるだけで十分さ!
「どうしよう? ヨースケの所も家と同じだし、モモの所は…、もっと駄目だな」
友人にして幼馴染である藤田陽介の両親も、女友達で幼馴染の辺見百花の所もウチの道楽両親と一緒に旅行に出かけているんだよな。あの人達なら力になってくれるだろうに。辺見家には多分1人居るだろうけど、あの人は逆に全く頼りにならないんだよ、生活能力ゼロだしさ!
「仕方が無い、とりあえずリビングのソファにでも、よっと、うわ軽いな」
その被害者の女性を抱きかかえると、出たばかりの玄関に逆戻りする事になった。やっぱり今日も駄目みたいだ……。
女の子をソファーに横たえて、ちょっとだけ赤くなった額に濡れタオルを乗せると何とか落ち着くことが出来た気がする。
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講義参加は諦めるが、とりあえず、手を打っておくか?ぎりぎり大丈夫だよな。携帯を取り出して友人に電話を頼もうとしたが繋がらない。諦めてもう1人の知り合いをダイヤルする。
『モモか? 講義ははじまった?』
『千葉ちゃんだよ? まだ来る訳ないじゃん』
千葉先生は非常勤講師で、結構いい加減な人なんだよな。意外に学生には人気があるけどさ。
『頼みがあるんだけど?』
『今度はどんな事件に巻き込まれたの? 誘拐された訳じゃないのは確かよね』
幼馴染だとこの辺りは説明が要らなくて助かる。身代金の要求ならモモの携帯に電話なんかしないだろうし、子供の頃なら兎も角、今の俺を誘拐するのは面倒なんだよな。
『事情は後で話すよ。代返を頼む』
『分かったわ、あんまり他人に迷惑かけ無い様にね?』
『いや、もう遅いんだけどな。それより、モモに代返を頼んだ訳じゃないぞ? 隣居るヨースケにだ、携帯切ってやがるからな』
『拾ったクロスワードパズルの本に嵌ってるのよね、今朝から』
『ヨースケらしいな』
特に拾ったという辺りがな、こう言う所も本当に無頓着なんだから。
『大丈夫よ、ヨースケの分まで代返する予定だから、じゃーね!』
『おい、モモ! 切りやがった』
はあ、今日も駄目だな。テスト頑張らんと留年だよ? まあ良い、とりあえずは落ち着いて看病しなくちゃな。
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いや、冷静にならなかった方がいいかもしれなかったな。この娘、何故かすっごく色っぽいんだよ!
少し乱れた真っ直ぐな黒髪や、さっきタオルを乗せた時に少しだけ触れちゃった滑らかな白い肌、肩から膝上辺りまでこの娘の身体を覆っている黒い薄絹の様な変わった服、形のいい桜色の脚の爪までが目に毒だ。あれ最初から裸足だったよな?
どう言う訳かその変わった服装が、黒い大蛇が裸体に巻き付いている様にみえて平常心を保つのが難しいよ。おまけに、豊かな胸や腰が完全には隠せていないし、胸の先端のポッチなんて逆効果だぞ!
俺がこの娘に襲い掛からなかったのは、俺の理性が勝ったと言う訳じゃ無くって、この娘の表情が静謐過ぎたせいだと思う。人形の様に整った顔に何の表情も浮かべないというのはある意味近寄りがたいとさえ感じさせるものらしいね。
「うおぉ、何故か手が勝手に!」
何故か俺の意思を無視して右腕が勝手に彼女の身体に伸びるぞ? いや、本当なんだ信じてくれ、証拠にほら無事な左手が勝手に右手の動きを止めているじゃないか?
「両手の自由が利かん、何が起こっているんだ?」
左手君の善戦も空しく(右利きだからね)、少しずつ彼女の肩の辺りに伸びて行く右手を見て、俺は最後の抵抗を試みた。唯一自由になる頭を左側に(それも痛くなる位に)傾けたんだ。
身体の自由が利かない中腰の状態でこんな無茶な事をすれば、左側に倒れるだろうけど、それが狙いだ。左にはサイドボードがあって上手く行けば俺も気絶出来るだろう。(自慢にはならないけど、結構な頻度で気絶とか意識不明とかなるから、その程度なら問題は無いさ)
俺が腹を括った瞬間、身体が傾いて右手が彼女の髪に触れたんだ。その瞬間”パチッ”という擬音語が見えそうな程あっさりと彼女の双眸が開かれた。(一瞬だけ、彼女の瞳の色が血の様に紅く見えて、視線が合った気がするけど見間違いだろうね?)
「うわっ!」
「きゃっ!」
急に自由が戻った事で頭からサイドボードに突っ込むのは回避出来たけど、彼女を驚かせる事は避けられなかったね。
「あの大丈夫ですか?」
「あ、ああ、ちょっと髪の毛に糸が付いていたから取ろうと思ったんだ。良かった目を覚ましてくれて」
「そうなんですか、ありがとうございます!」
ころっと騙される辺り、良い所のお嬢さんなんだろうか? 無邪気な笑顔を見ると自分の意思じゃなくてもこの娘に手を出そうとした自分が信じられないな?
「あの、貴方は?」
「ああ、不動幸太、この家の1人息子ですよ? 不動は不動明王の不動で、幸福の幸、太郎の太。 君は?」
「私ですか? 私は……、あ、あれ?」
さっきまでニコニコと嬉しそうだった彼女の顔が曇ってしまったのは残念だけど、そうじゃないんだ。はい、凄く嫌な予感がしましたよ! こんなケースははじめてだけどね?
「どうしたの?」
「あの私誰でしょう? それにここは何処ですか?」
「いや、それは俺が聞いているんだけどね? 場所は俺の家のリビングだけどさ」
「あの、あの……」
くっ、美女、というか、美少女というか悩むけど、美形は得だよな(身体は美女、心は美少女という感じだ!)。この娘の為に何かしてあげたくなる、いや、本当にドアにぶつかって記憶喪失になったのなら、俺が何とかしなくちゃいけないぞ!
「大丈夫、直ぐに思い出すよ!」
泣き出しそうなこの娘の肩に力強く手を置いて、何の根拠も無く言ってのけた。根拠は無いけど実績はあるんだぞ?
「ぐすっ、そうでしょうか?」
「勿論さ、多分一時的な記憶喪失なんだろうね」
「きおくそうしつ?」
「ああ、ゴメン。君がそうなったのは俺のせいだ! 本当にゴメン!」
「不動さん?」
俺は彼女との出会い?を彼女に聞かせる事にした。この娘は俺の事をどう思うだろう、さっきの不自然な言動もあるから疑われても仕方ないよな。
「ありがとうございます」
「君に嫌われるのは覚悟の、えっ?」
「続きをどうぞ?」
何故かお礼を言われた気がするね? 続きを催促されるのも意味不明だけどな。
「いや、独善的だと思うけど、君が記憶を取り戻す手助けをさせて欲しい」
「はい、よろしくお願いします!」
「良いの? 俺が君を怪我させた様な物なんだよ?」
「そうなのかも知れませんね、でも本当にそうなら、不動さんは私に嘘を付くことが出来ました」
「まあね、だけど嘘は下手なんだ」
「じゃあ、私に何も知らないと言えましたよね? 玄関先に倒れていた、知らない人だって」
「君みたいな女の子が、困っているんだよ、そんな事出来る筈ないじゃないか」
「やっぱり不動さんは頼りになる人ですよ、一目見た時から分かりました!」
褒め言葉なのは分かるけど、頼り甲斐があるというのは俺の身体的特徴からなんだろうな。
「時々そんな事言われるな、身体は大きいし、顔も厳ついからね」
「そんな事は無いです、優しそうな目に見えます」
くっ、正直だね、顔が厳ついのは事実なんだが……。
その瞬間だった、居間と玄関を繋ぐ扉が開いたのは。入ってきたのは、俺にそっくりな親父で、俺達の事を見ると旅行鞄を落として硬直したぞ。これだけ見ると面白いんだが、後ろには、と思った時には既に遅く飛んで来る小さ目の旅行鞄を視認するのが精一杯だった。
即断即決が母上様の持ち味だが、せめて事情を聞いて欲しかったと思うのは贅沢だろうか。薄れ行く意識の片隅でそんな考えが浮かんで消えていった……。
両親の居ない間に女の子を連れ込む、男にとって望ましい事のはずなんですが、幸太の場合そんなに器用ではないし、運もすっごく悪いんです!
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