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After sugar  作者: 文斗
1/1

前編

一応前編となっていますが、短編としても充分読むことができます。

「佐々木君」

まどろみかけながらメールの返信を待っていた時、背後から聞きなれない女子の声がした。淡い疑問と期待とともに後ろを振り返ると、そこには片手に缶コーヒーを握りしめている同じクラスの加藤がいた。

この人って、こんな声してたのか。

「コーヒーって、好き?」

まっすぐに俺の目をとらえて、右手に持っている缶コーヒーを俺の方に差し出す。高校生にしては図体が小さすぎる加藤は、ベンチに座っている俺の座高でも難なく目線が合ってしまう。それに比例してもちろん手も小さく、ただの缶コーヒーも加藤の手にかかれば大きく見えた。  

「普通に好きだけど」

「じゃあ、これあげる」

加藤が笑った。初めてみたそれはあまりにも不意打ちで、俺の中で何かが跳ねた。

「間違って、となりのボタン押しちゃって。本当はミルクティーを買いたかったんだけど」

近くにあった自動販売機を指さしながら、今度は恥ずかしそうに笑う。笑った顔はより一層幼く見えるのに、声だけは妙に大人っぽい。加藤から缶コーヒーを受けとると、温かい熱が掌に伝わり十月の夕暮れの寒さには心地が良かった。

こんな奴だったっけ、加藤って。

俺の加藤へのイメージは、ただただ地味。いつも猫背でうつむきがちな彼女の姿は、私人見知りなんですと豪語しているかのようだった。典型的女子高生のテンションやノリについていけない系女子、といった感じだ。そして、彼女の周りにいる女子もまた地味であった。そういう女子って、大抵声量が少ない。それでもって男子には自ら一切話しかけないから、一体なにを話しているのか男子にとっては特に謎である。まあ、別に誰も知りたいとまでは思わないのだけど。

その加藤が今まで全く接点のなかった俺にコーヒーをくれて、笑った。この一連の行動には、とりあえず動揺せざるを得ない。これではまるで別人だろう。

「となり座ってもいい?電車乗り遅れちゃって」

「え、ああ、どうぞ」

「どうも」

少し遠慮がちに間隔を空けて、加藤は右隣りに座った。なんともぎこちない返答ばかりしている自分に、お前は中学生かと叱る。妙に顔が火照ったが、マフラーがいいあんばいに隠してくれた。

たまたま今この駅には俺たち以外誰もいない。加藤が来るまで俺一人だけだった。電車の本数も少なく、待ち時間はほとんど数十分単位。ケータイがあればまずどうにか時間は潰せるが、田舎の駅なんてこんなもんだろう。

俺と加藤は乗る電車は違うが、多分俺の待つ電車の方が遅いはずだ。

加藤はがさごそとなにやらスクールバックの中を探っている。ご目当てのミルクティーを見つけると、キャップを外し、静かにゆっくりと飲み始めた。

せっかくなので自分もぬるくならないうちに飲んでしまおうと缶の蓋を開ける。ふあっとコーヒーの香ばしい香りとともに湯気がただよった。一口飲んでみたが、やはり普段飲むインスタントコーヒーよりも遥かに甘い。

しばらくふたりとも黙りこんでいたが、いよいよこの圧力に気まずくなってきた頃、

「あのさあ、佐々木君」

沈黙を破ってくれたのは加藤だった。

「人って生まれ変われると思う?」

「……」

 一体何を聞かれるのかと思ったら、あまりにも予想外過ぎる質問で耳を疑った。なんて抽象的な。沈黙が気まずいにしても何故この話題を選んだんだ。

「まあ、生まれ変われたらいいとは思うけど、死んでみなきゃそんなことわかんないでしょ」

 とりあえず馬鹿みたいな当たり前のことを話してみる。特に前世だの来世だのに興味を持ったことがない俺には、正直どうでもいい話だった。

「…だよね。でも、生まれ変われるってわかってたら死への恐怖は和らぐよね」

「確かに、少しはね」

「うん…」

また沈黙が始まってしまった。さっきの返答はどうやらあまり気の利かないものだったらしい。たいして女子と喋ったことがない俺には、駅で女子と二人っきりという今回のシュチュエーションはハードルが高すぎる。

「じゃあ、もし生まれ変われるとしたら何になりたい?」

まだこの話題のままなのかと内心あきれれつつも、彼女から会話を振ってくれることは素直に有難かった。しかし、なんと答えればいいんだ。彼女から繰り出される厄介な質問に俺はまたたじろいだ。

「うーん、あんまりそういうの考えたことないけど、やっぱ人間の方がいいかな」

その瞬間、彼女の表情がほんの少し歪んだ。

「なんで?」

心なしか声も若干弱々しく聞こえる。

「いや、なんとなく。生まれ変わった自分を想像しても、今みたいに普通に生きてる姿しか思い浮かばない」

「…そっか、なるほど」

歯切れ悪く言葉を濁す。その様子がひどく寂しげに見えた。

もう一度、自分の答えを反芻してみる。生まれ変わるのであれば、また人間になりたい。この考えのどこが彼女は気に食わなかったんだろう。

俺の中の概念では、人間の前世=人間、人間の来世=人間なのだ。死後、人間の魂はまた別の人間に受け継がれると考えるのが自然なことじゃないか。

また沈黙が始まる。加藤が話し出す気配は無い。

「…加藤は、何になりたいの? もし生まれ変われたら」

我慢ならずに今度は自分から問う。少しでも彼女の想いを知りたい。そうすれば、さっきの反応の理由もわかるかもしれない。

彼女は一瞬俺の顔を見てから、すぐに正面に向き直り、遠くを見つめながら悪戯っぽく言った。

「私は、絶対に猫になるって決めてるの」

微笑んでいるのに、心から笑っているようには見えなかった。

「猫ってすごい可愛いじゃん。別に媚び売ってるわけでもなく、ただぼーんやり生きてるだけで誰からも愛されて。本当平和そうにみえるから」

息継ぎせずに一気に話した。彼女はその間ずっと、何処か寂しそうな中途半端な笑い方のままだった。最初に缶コーヒーを渡して来た時とは全然違う。

「だから、気ままに生きれそうな、猫になりたい」

そう言うと、ミルクティーを一口飲みこんだ。

そうか。やっぱり加藤は生きづらいのか、人間だと。そんなの彼女の学校での様子を見てたらすぐわかるはずなのに、こんな風に尋ねてようやく気づくなんてどんだけ俺は馬鹿なんだ。さらに追い打ちかけてどうする。

「可愛いもんな、猫」

こんなのフォローになるのか謎だ。でも何も言わないよりはマシだろうか。

「うん!異常なほどすっごい可愛い」

彼女の猫に対する愛は本物のようで、目をキラキラと輝かせながら笑った。

今度はちゃんと笑えている。その笑顔を見て、俺は胸を撫で下ろした。

猫といえばあのことを思い出す。

確か小3の頃、近所で捨て猫をみつけたことがある。汚れたダンボールの中に、痩せ細った猫が辛そうな表情をしてぐったりと横たわっていた。毛が真っ白く、青い目をした綺麗で妖艶な猫だった。このままにしておくのはあまりにも可哀想に思い、親に無理を言って飼わせてもらえるようになった時は本当に嬉しかった。可愛くて仕方がなくて、暇があればふわふわの毛並みを撫で回しては猫に嫌な顔をされたっけ。結局は弟が猫アレルギーだと発覚して、里親を探して引き取ってもらうことを余儀なくされたのだが、あの時は最高に悔しくて泣きわめいたのを今でも覚えている。ペットとして飼えたのは実質一ヶ月にも満たず、名前もろくに付ける前に去っていったあの猫は、今どこで何をしているだろう。

「あのね…、佐々木君」

「あ、なに?」

加藤の声が聞こえて、突然現実に呼び戻される。

「別に、信じてくれなくても全然いいんだけどね。私の話、聞いてもらってもいいかな?」

深刻そうな声色で、不安げに尋ねる。少し様子が今までと違う。今日加藤と話したたったの十数分間だけでも、彼女の纏う空気はころころ変化していたが、今回は異質なほど重々しい空気だ。次に一体どんな言葉が待っているのかと思うと少し怖いが、不思議と興味がわいた。

加藤の話が聞きたい。彼女のことを、もっと知りたい。

今はその素直な欲求に流されてもいいやと思えるのだった。

「いいよ、聞くよ」

正確には、教えてほしいという方が近いのだけれど。

「ありがとう」

加藤はやわらかく微笑むと、深く息を吸ってゆっくりはいた。 そしてそのまま、何気ない会話の一節のように、遠くをみつめてつぶやいた。



「私ね、今日たぶん死ぬんだ」



あまりの唐突な告白に言葉が出ない。加藤の言っていることの意味をつかめず、俺はしばらく呆然と彼女の横顔を眺めるしかなかった。

あの言い方は、冗談には聞こえない。

でも、加藤の様子はいたって健康的だ。学校だってめったに休まない。病気で余命がどうとかってことはあり得ないし、事故にあうなんてことを予知できるわけもない。

だとしたら、自殺ってことか?

「自殺ではないよ」

加藤が俺の心を読んだかのように、俺の推測を冷静に否定した。

「でも、いっそ自殺した方が痛くないかも」

意味ありげにつぶやきながら、今度は手に持っているすでに空っぽなミルクティーに目を落とす。

無意識に鼓動が早まった。身体の芯に冷水を注がれたように、冷たくなってくる。怖い、逃げたい、知らない方がよかったかもしれない。

でも、何も知らずに明日加藤が死んだことを聞くのは、もっと怖いと思った。


「ちゃんと、教えて」


気づいたら、声に出していた。

知らないままだなんて、絶対に嫌だ。

だから、お願いだから俺にちゃんと教えてほしい。その納得のいかない理不尽な運命を、俺もしっかり受け止められるぐらい。なるべくゆっくり、辛くならない程度に。

加藤は目を細めて切なく微笑むと、大切な思い出を引っ張り出すように、丁寧に語り始めた。

「あたしね、昔から人の死期が見えるの。丁度心臓付近に、西暦と何月何日って日付けがズラーって数字で並んでるのが見えて。最初はただのシリアルナンバーなんだと思ってたんだ。誰にでもついてる番号で、みんな見えてるんだと。

でも、違ってた。みんなには見えてない。あたしだけ見えてたみたい」

寂しそうにつぶやく加藤の声は、自分だけ違うのだという疎外感に沁みていた。

「結局その番号が死期の日付だって気づいたのは小6の時で、あたしの祖母と親戚の叔父さんが亡くなった時だった。二人ともそれぞれ見えてた数字と完璧に同じ日だったの。

そして、あたしの命日が今日だということも知った。言ってしまえば、それだけの話なんだけどね」

「それだけって…」

「それだけだよ。最初こそそんなに早く死んじゃうのかって思って怖くて悲しかったけど、今はもうあんまり怖くないんだ。いつか人間なんて必ず死ぬんだから、あたしはそれが他の人より少し早いってだけだよ」

「でも、もっと生きたいとか、そういう気持ちはないの?」

「ないよ、もう。だってあたしは、この日を目指して生きてきたんだから」

自分でどこまでも割り切り、淡々と話す加藤がすごく遠く見えた。

もう、加藤には未来がないのか。今日がゴールだから、どんな希望も必要ないってことか。

「ごめん…でもじゃあ、今日も加藤はいつも通り生活するの?いつ死ぬのか、どんな風に死ぬのかもわかってないのに」

「うん、そのつもりだよ」

納得がいかない。そんなの、

「そんなの、自ら死にに行くようなもんじゃん」

「…そうかもしれないけど、だからってここでじっともしてられないし。あ、佐々木君の死期はまだ先だから駅で一緒に死ぬなんてことはないよ」

「そういうこと聞いてるんじゃなくて!なんていうか、その、もっと…」

なんと言えばいいかわからない。でも、このもやもやとした気持ちをこのままにはしたくない。

「もう、いいんだよ。大丈夫だから。今日のために友達に借りてたもの全部返したし、見られたくないものもちゃんと捨てたし、伝えたい言葉も伝えてきた。全部にちゃんとけりつけてきたから、もう悔いはないよ。それに、生まれ変われるって信じてるから」

さっきまでふたりで話していたことと繋がる。あの話題を持ち出したのは、自分が今日死ぬとわかっていたからだったのだ。

こんなにも歯痒く苦しい感覚は初めてだ。

その時、駅のアナウンスが聞こえてきた。加藤がそっとベンチから立ち上がる。

「あたしの電車、今来たみたい。行かなきゃ」

「あ、ちょっ、待って!」

加藤の制服の裾を引っ張る。待って、まだ行かないで。


だって、もう二度と会えないんだろ。


「そんな顔しないでよ」

「へ?」

自分でも気づかないうちに相当やるせない表情をしていたらしい。確かに眉間にしわが寄りっぱなしだったようだ。それを見て、加藤は少し顔をほころばせた。

「ごめんね。多分、佐々木君にとってはすごく後味が悪いと思うのはわかってる。今から死ぬって人を見送るのは、あたしだって嫌だと思うから。でもあたし、今日佐々木君と話せて本当に嬉しかったよ。君が駅に居てくれて、すごく嬉しかった。だから佐々木君は、自分はボランティアしたんだってぐらいに思っていてくれればいいから。だから、なんにも悩む必要なんてないからね」

わき目も振らずに喋り続ける加藤は、俺に気を使わせまいと必死だった。

その姿がとても愛おしく思えて、また歯痒さが増していく。

「本当に、ありがとう」

加藤は少し迷いながら微笑んで、やわらかく優しげにそう告げた。

「それじゃあ…さよなら」

「…うん」

加藤は俺に背中を向けて、改札に向かって歩いていく。


「加藤!」


思わず呼び止めてしまった。驚いたような戸惑ったような顔をして加藤は振り向いた。

「猫、なれるといいな」

「…うん」

「もし捨てられたりなんかしたら俺んとこ来いよ。あともし、野良猫だった時は飯とか困ったら」

「うん。でも、どこにいるかわかんないよ」

「あ、そうか」

「佐々木君って結構おもしろいよね」

「喜んでいいのか、それ」

「褒めてるつもりだったんだけど」

加藤が悪戯っぽく笑った。やっぱりこういう笑顔を見ると一番安心する。

「それじゃ、またいつかどっかで逢えたら」

「うん、その時はよろしく」

澄み渡った青空みたいに清々しく笑った加藤は、片手をひらひらと振って改札の向こうに消えていった。

生まれ変わったらきっと、今の記憶なんて残るはずがない。なんの現実味もないこんな馬鹿らしい話をして、それでも最後に笑って別れられてよかった。

加藤からもらった缶コーヒーはもうすっかりぬるくなってしまっていた。それを一気に飲み干すと、熱かった時よりもさらに甘さが際立った。


自分が乗る電車が来て、ようやく改札を抜ける。真っ暗な寒空の下、ひとり空を仰いで月を探した。今日は月の光がいつもより穏やかに見える。

明日、教室に行っても加藤の姿はないのだろう。顔も声もなにもかも、17歳で止まったままになるのか。

きっと、忘れられないだろう。

あの、寂しそうな微笑みも、悪戯っぽい笑顔も、優しげなやわらかい声も。くるくると表情を変える気まぐれな様子も。

俺が死ぬその瞬間まで、覚えていないといけないような気がした。



前編・end.






前編は佐々木君視点で書きましたが、

後編では加藤さん視点で最初っから

書き直します。

これは前から決めてたことでして、

もし、前編の続きを期待していたという方には申しわけございません(´・_・`)


しかし、前編でところどころにあった違和感を後編では解決できるようにするつもりなので、ぜひ加藤さんをもう一度見守ってくださればありがたいです。


もしよろしかったら、

サイトの方もご覧ください!

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