雨の中で
あの日、僕らは僕の部屋で映画を見ていた。
本当は、君が前から気にしていた、ちょっとお洒落な雑貨屋に行く予定だったんだけど、ネットで調べたところ、今日は定休日だったんだ。
「せっかく、平日に休みができたのにね」
と、君は残念そうに舌をちょっとだけ出した。
そして今、僕らは僕の部屋の中で、君のお気に入りの洋画を見ている。小さな男の子が1人で家にあるものをフルに使い、悪者たちを面白おかしくやっつけていくその映画は、僕も見飽きないので、すごく好きだ。
悪者の1人がドアを開けた途端、火炎放射器で頭を燃やされるところで、僕らは腹を抱えて大笑いした。
「あれは熱いね!」
「熱いどころじゃないだろ。普通はヤバいって」
僕らは床に転がって笑いあった。
ふと、君と目が合った。僕らは笑うのをやめて、互いに見つめ合った。 どのくらいそうしていたのだろう。君が突然小さく吹き出した。
「な、なんだよ、いきなり」
「だって……、真剣な顔するんだもん」
僕は少しムッとした。いくらなんでもちょっと酷い。
僕の視線に気づいた君は、
「ごめんごめん」
と手を合わせた。
それから、臆面もなく僕に囁くように君は言った。
「でも、そう言う貴方も好きよ」
突然の君の言葉に、不覚にも僕は顔を真っ赤にしてしまった。君は僕を見て、
「顔真っ赤。可愛い」
と、はにかんだ。
僕は、(可愛いのはお前の方だろ!)と心の中で悪態をつきながら、テレビに視線を戻した。
雨粒が部屋の窓を叩いたのは、映画が終わったころだった。
最初に気づいたのは、君のほう。
「あ。雨だ……」
君は立ち上がり、窓に駆け寄った。そして、何を考えたのか、窓を全開にしたんだ。
もちろん、僕は目を丸くして驚いた。慌てて窓を閉める。
「あ、閉めちゃった」「いや、開ける方がおかしいだろ? 部屋が湿気るじゃんか」
僕が抗議すると、君はほっぺたをぷくっと膨らませた。まるで、ハムスターみたいだ。
「いいじゃん。後で除湿機かければ。それよりも、良い匂いがするよ」
君はそう言って再び窓を全開にした。でも、また僕は窓を閉めた。生憎だけど、貧乏学生の僕の部屋には、除湿機という文明の利器は存在しないんだ。
それを説明すると君は、それじゃあ……。と玄関に行って靴を履き始めた。
「ちょっと散歩してくるね」
君は、傘も持たずに外に飛び出した。僕は慌てて、一番大きなこうもり傘を手にして君を追いかけた。
雨は霧雨で、傘に当たると、昔ばあちゃんの田舎でよく聞いた、小川の流れる音によく似た音を奏でた。
君は、僕のアパートのすぐ近くにある公園で、ブランコに乗って遊んでいた。
僕は傘を差してやろうと君の方に向かった。でも、途中で足が動かなくなった。
――君の歌声が聞こえたんだ。
それは、僕も君もすごく好きな歌で、よく2人で口ずさんでいた歌だった。
君は雨に濡れながら、綺麗な声で歌っていた。
僕は、その場に立ち尽くしていた。傘が足下に落ちたことも気がつかなかった。
だって、雨を着た君が、すごく綺麗に見えたんだ。