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条件

次の間は階段教室のような小ホールになっており、そこに50人ほどの「勇者」が詰め込まれた。

教壇にあたる場所には初老の神官が立ち、ホールがいっぱいになる頃合いを見て口を開いた。


「勇者様方、お疲れのところ申し訳ありませんが、この国で生きるために必要な基礎知識を、ただいまからご教授いたします。心してお聞きください」


申し訳ないなどとは欠片も思っていない表情の神官は、この国の基礎知識とやらを機関銃の勢いで説明し始めた。


この世界には3つの大陸があり、各大陸ごとに異なる政治体制の国家が存在している。

今いる聖王国は、最も大きな大陸と周囲の多数の島を支配しており、国教である聖教会はこの世界で最も多くの信者を持つ宗教である。

聖王国内は明確な身分制度があり、約1割弱の王族・貴族が9割以上の平民を支配している。

そして各身分ごとに宗教指導者がいて神の教えに従い人民を導いている。

魔法に関する諸問題についても聖教会が管理しており、常時魔法を行使できるのは神官と王族・貴族がほとんどで、平民は魔法が使えないのが普通である。


その代わり、魔法が使えない平民には、灯りや火を起こすなど簡易な魔法なら使用できる魔道具を聖教会が支給しているので、聖王国の文明度は世界でも群を抜いて進んでいる。

現在、世界中の魔素を食い荒らす魔獣達は、大陸の北部の森林地帯を中心に増殖しており、北部の村などでは魔獣に襲われるなどの人的物的被害が起きて、すでにいくつかの村はやむを得ず放棄するに至った。

一部の魔獣は聖王都の周囲にまで出没し、都市間の流通にも支障をきたしている……等々。



神官は淡々と口頭で説明するだけで、途中数人が質問を投げかけても完全に黙殺された。

黒板のようなものもなく、当然レジュメや図解もなく、メモなどとらせてもらえないから、とにかく言われた通り記憶するしかない。

昔受けた医学部の集中講義のようだとなんとなく懐かしい気もするが、内容が内容だけに聞き漏らしが許されない緊張感は半端でない。


それでもやはり気付いた事もある。

説明されたことより説明されなかった事柄に、つい気が回ってしまうのだ。


まず、聖王国以外の国や聖教会以外の宗教の情報は、明らかに避けて通られている。

他国にも当然魔獣の被害はあるはずだが、それについても説明はない。

それに、枯渇すれば世界が滅びるという魔素についてもあまり具体的な話しはない。

このまま行けばあとどのくらいで枯渇すると考えられているのか、魔道具で消費されるという聖王国国民の魔素消費ペースはどのくらいなのか。

魔素の減少を食い止めるために、勇者を召喚する以外に聖王国国民が何か努力している事はあるのか……等々。

特に魔素に関する質問は、神官のヒステリックな叫びによって完全に黙殺された。


最後に、度量衡と通貨単位について簡単な説明が済み、神官がさっさと部屋を出ていこうとした時、私の斜め後ろにいた女性が神官に駆け寄って発言した。


「召喚はどうやって行ったんですか?私達はいつ元の世界に帰れるんですか!?」


出て行こうとする神官を遮って詰め寄る女性を、すかさず武装兵が羽交い締めにする。

それでも女性は噛み付くように質問を止めない。

「いつ帰してくれるの?早く私を元の世界に、子供のところに帰してっ!」


神官は酷薄とも言える笑いを浮かべて女性を見、軽く舌打ちをすると、ホールを振り返ってうんざりした表情で片手を上げた。


「……召喚は、異世界との境目に強い魔力をぶつける事によって亀裂を作り出し、ふたつの世界を直接繋いで感受性が高い個体を魔力で引き寄せるものだ。空間を直接繋ぐのだから、理屈の上では人や物の行き来は可能。やろうと思えば同じ手段であなた方を帰してやれんこともない」


元の世界へ帰れる可能性について言及された瞬間だった。

ホール内に初めて安堵の気配が流れた。

ところが、


「しかし、それには強力な魔力が必要になる。当然かなりの魔素を消費するから、召喚直後で魔素の減少した今は当面無理だな。あなた方が魔獣を倒し、世界が安定する程の魔素を取り戻してくれた後なら、可能性はあるかもしれん」


元の世界に戻りたいならせいぜい頑張って魔獣を倒せと言わんばかりに神官は笑った。


「ただ……魔素が回復し、再び異世界への扉が開いたとして、あなた方全員が帰れるとは限らないがな」


どういう意味だ?


「召喚された人間にはそれなりに理由があってな。空間が繋がり強い魔力で呼んだところで、召喚できない人間はどうあっても召喚出来ぬ。あちらの世界に留まろうという強い意志のあるものは、けしてこちらの世界には呼び寄せられないものだ」「逆に言えば、召喚された人間というのは、あちらの世界に留まろうという意志が希薄な者ということだ。あちらでの人生に意義を見いだせない者、あちらでの人生に絶望した者、たとえ居なくなっても惜しんでくれる者が誰もいない者……そういう人間ほど召喚され易いものだ」


心当たりがあるだろう?とばかりに神官が見渡せば、誰もが苦々しく視線を落とす。

一度、帰還の可能性に沸き立ったあとだけに、ホールの静まり返る様は耳鳴りがするほどだ。


「……しかし、ものは考えよう。あちらに未練がないなら、そのぶんこちらで思う存分戦って勇名を馳せ、富と名誉を手に入れることもできる。あちらへの帰還を目指すも良し、こちらでの栄耀栄華を求めるも良し。すべてはあなた方の心掛けひとつだ」


この後、昼食を挟んで午後はいよいよ剣と魔法の実践訓練があると告げて、神官は忌々しげにホールを出ていく。


神官に食い下がった女性は、武装兵が手を引いた途端、力無く床にくずおれていった。

2011年12月31日

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