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契約

従者を選んだ「勇者」は、祭壇の後ろの扉から奥の間に通される。

そこには神官と思しき人物が数人、各々両脇を武装兵に守られながら立っていて、何かの儀式を行っていた。


私もその中のひとりの神官に手招きされ、従者の姉弟と共に歩み寄った。

神官は従者達を呼び寄せ、小さなナイフで二人の指先を軽く突く。


「おい、何を…!」


私の抗議は武装兵に止められた。

姉弟の指先に待ち針の頭ほどの小さな血の珠が浮かぶと、神官は手のひらに載るくらいの銀色の環を二つ取り出して、それぞれの血の珠に押し付け、何事か呪文らしきものを呟いたあと、今度は私の額の前に銀色の環をかざした。

再び呪文が唱えられると、先ほど王女の呪文を聴いた時のように私の額が熱くなり、目元が眩しくなる。

サークレットの魔晶石が呪文に反応して光っているのだろう。

眩しさを我慢して目をあけて見ると、かざされた銀の輪にも小さな水晶がはめ込まれており、従者達の血液に濡れたまま鈍く輝きを放っていた。

やがて輝きが収まると、神官は二つの環を従者達の首にそれぞれ装着した。


「これにて従属の儀は終了です。魔晶石の契約によりこれ以後、このふたりの従者は勇者様の命に逆らうことは出来ません。万一、従者達が逃亡を図ろうとしても、勇者様が念じればどこにいるか感じ取る事ができ、いつでも呼び戻す事が出来ます」


これが王女が言った魔道具による支配……さしずめ魔晶石はコントローラー兼GPSというところか?


思わず自分のサークレットに触れ、外してじっくりと見る。

さしたる装飾もない幅1cm程度のシンプルな金属の環の一部がひし形にふくらんだ真ん中に、爪ぐらいの大きさの無色透明な水晶が嵌っている。

これも魔晶石。

呪文の名残だろうか、時折輝きを強める以外は普通の宝石にしか見えないが、この石に働きかけることにより様々な魔法の効果がもたらされるのだ。

このサークレットに異世界の言葉の翻訳機能があるのは、救助船の上ですでに気付いた。

実際、サークレットを外した今は、目の前の神官が話す言葉はまったく理解出来ない。

先ほどの王女の説明では、魔素とかいうエネルギーを魔法に変換する機能があるという話だった。

そして従者という名の奴隷を従属させ、位置の確認までできる。

今までの流れからみて、魔晶石に働きかけることでさらにいろいろな効果を付け加えられるのであろうことも想像がつく。


やはり異世界……今まで慣れ親しんだ世界とは異なる法則に司られた世界に来てしまったのだと納得せざるを得ない。


神官の身振りが大きく、口調が険しくなってきたのでサークレットを頭に戻すと、あとがつかえているから早く次の間に移動しろと怒鳴られていた。

無理もない。神官らはこの後、同じ作業を千回は繰り返すのだから。


不安げな表情のオリエとクレオを連れて今更ながら足を速めると、次の間の前で兵士に止められた。

次の間には「勇者」だけが入る。従者は先に新しい宿舎へ行き支度を整えるように、と。


部屋の番号が書かれているのであろう割り符を渡されて、追い払われるように連れていかれるオリエ達を見送る。

どこの誰とも解らない中年男の従者にされたオリエ達も不安だろうが、魔法などマンガやゲームの中でしか見たことのないものがまかり通る世界に放り込まれた自分だって十分怖い。

現代日本で散々理不尽な目に合わされ、何度も死にたい、この世から消えてしまいたいと考えていた身ではあるが、それでもやはり次に何が起こるか予測のつかない状況は怖くてたまらない。


次の間に入ろうと歩き出した足元を、可聴域すれすれの揶揄が引き留める。


……あれが例の『切り裂きドクター』だぜ?


ちらりと振り返った先で、さっき召喚の間で平手打ちしてやった「勇者」が、同じぐらいの年頃の「勇者」数人とニヤニヤ笑いながらこちらを指差している。


……妊婦殺しが偉そうに……


もう、慣れたと思っていたけれど……

さすがにこんな異世界までは追って来ないと思っていた汚名が、執拗にまつわりついて来ているとわかった今は。


踏み出す足が、すくむ。


それでも生きのびてしまったからには、生きねばならない。

そして、この異世界で生きのびるには、今は「勇者」となるしかない。


入り口の兵士に促されるまま、私は次の間に足を踏み入れた。

2011年12月30日 投稿

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