姉弟
呼び出された順番としてはまだ二十人目くらいだろうか、従者はまだまだよりどりみどりな状態だったが、だからといってはいそうですかと飛び付く気は起きなかった。
先ほどの説明を聞く限り、従者とはほとんど奴隷と同義語……それも使い捨ての扱いだ。
そんな従者を自分が使役するという状態が我慢できないし、なにより自分が他人の運命を選択する立場になるのが嫌だった。
平常であれば美女に囲まれて悪い気はしないけれど……目のやり場に困って視線をさまよわせるうち、ふとひとつの光景が目にとまる。
まだ少女と言ってよい小柄な女性に、大柄な若い「勇者」が絡んでいる。
「勇者」は、少女の身体に申し訳程度に張り付いた布切れの中に無遠慮に手を突っ込んで胸や尻を揉みしだき、少女の耳を舐めんばかりに顔を近付けて、下卑た笑いを浮かべている。
少女は身を捩りながら必死に逃れようとするが、大柄な男の手から逃れきることはできず、涙をこぼしながら耐えていた。
ついに調子に乗った「勇者」が少女を後ろから羽交い締めに押さえ込み、堂々と股間に手を突っ込んだ時、従者のひとりの少年が駆け寄って「勇者」と少女の間に割って入った。
「何しやがる、ガキがっ!」
「勇者」が少年を張り飛ばすと、小柄な身体は軽々と床に吹っ飛んだ。
ようやく「勇者」を振り払った少女が少年に駆け寄ると、二人はひしと抱き合ってお互いを庇い合った。
「やめないか、みっともない」
庇い合う少女たちに蹴りを入れようとする「勇者」を、思わず諫めてしまっていた。
「なんだ?こら、おっさん!」
よく見ると大柄な「勇者」はまだニキビ面の、十代半ばかせいぜい二十歳くらいの若さだ。
「聞いてなかったのかよ?こいつらどうしようが俺らの勝手なんだろうがよっ!」
ニヤニヤ笑いながら悪態を付く彼の顔を平手打ちする。
パチンと乾いた音がして、彼の小さな目が極限まで見開かれた。
親父にもぶたれた事ないのに!とでも言い出しそうな呆け面に背を向けて、庇い合う従者の二人に向き合うと、なんとなく目鼻立ちがよく似ているのに気付いた。
「君たちは兄妹かな?名前は?」
「……はい、私はオリエ。この子は弟でクリオといいます」
まだ怯えた表情ではあるが、少女はまっすぐ見返しながらはっきりと名乗る。
「じゃあオリエにクリオ、私について来てくれるか?」
少女と少年はびっくりした様子でしばらくお互いを見ていたが、やがて意を決したように立ち上がり、力強く頷いた。
「待てこら、おっさん!」
呆け面からさめた「勇者」が食ってかかる。
「こいつらは俺が先に目をつけたんだぞ?あとから来て勝手なことすんな!」
「能力の高い方から順に選ぶ権利があるんだったよな?」
私は近くにいた武装兵を呼び止めて確認した。
兵士は両方のサークレットを見比べ、手元のリストを確認したあと、こちらに笑顔を向けた。
「はい、城之崎隆志さま。あなたの方が潜在能力が高いと判断できますので、この場合の優先権はあなたにあります」
突然フルネームで呼びかけられて驚いていると、若い「勇者」は一瞬眉をしかめ、こちらの顔をじろじろ見たあと、何に思い当たったのかニヤリと口元を歪めた。
「……さっきからどっかで見た顔だって思ってたんだ。城之崎って……」
「勇者」はヘラヘラ笑いを貼り付けたまま、人差し指を突きつけた。
「あんた『切り裂きドクター』だよな?妊婦の腹ぁズタズタにかっさばいて殺した医者!」
……かつて、マスコミにつけられたあだ名が、まさか異世界にまでついて来るとは。
従者選びの最中の他の「勇者」達も一斉に振り返ってくる中、私は手足がジワリと冷えていくような感覚にとらわれていた。
2011年12月29日投稿




