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救援

森で黒犬に襲われている勇者達を救援するため、東街道をひた走る。

徐々に木々が鬱蒼としてくるにつれ、王都近くに比べかなり破損の目立つ石畳を進むと、前方から金属を打ち合う音や獣の吼え声がかすかに聞こえてきた。


前に意識を集中すると、深い森がわずかに開け、ちょっとした広場のようになった場所が戦場になっている。

広場の中の岩を背に勇者が3人、代わる代わる飛びかかってくる黒犬に前衛2人が剣をふるい、もう1人は魔法を詠唱している。

彼らの従者は全員女性で、ビキニ姿で震えながらも健気に盾を構えて周りを固め、うち2人は小弓で黒犬を牽制していた。


さっき「見た」とき5頭だった黒犬は今は4頭になっていて、勇者達を半月状に囲い込んでいる。

犬は勇者達を逃がさないように連携プレーで上手に囲い込んでいるのに対し、勇者側は攻撃力が弱く連携もいまいちで、遠距離攻撃、特に魔法の発動が遅いのが致命的だ。

このままではジリ貧で押し切られてしまう。

救出するにしても、せめてあと1頭は倒さなくては無理だ。


私達が広場にたどり着いたその時、黒犬が一斉に勇者達に飛びかかった。

魔法詠唱はまだ完了していない。

前衛は各々1頭ずつしか対応できない。

黒犬の跳躍は従者達の構える盾を軽々と超える勢い。

このままでは、全滅する!


「止まれーーっ!」


思いがけなく大声が出た。

無意識に前に突き出した右手に自分の放った声の振動が共鳴して、何かが身体を突き抜ける感覚に全身が痺れた。


「……えっ??」

「……嘘ぉ……」


……その後の光景は、とても現実とは思えなかった。


犬が浮いている。

勇者達に飛びかかる形のままで4頭の黒犬がピタリと動きを止め、彼らの斜め上方で宙に浮かんで落ちてこない。


その光景に勇者達も固まり、前衛は剣を振りかぶったままの棒立ち状態で、後衛は詠唱が止まってしまった。

固まったのは私も同じで、ストップモーションのような光景を目の前にして足が止まる。

なぜこうなったのかは解らない。

ただ全身の感覚から、私が発動させた何かが犬の動きを止めたのだということだけは理解していた。


いきなり私が立ち止まったものだから、後から走っていたオリエが勢い余って背中にぶつかる、その衝撃で我に返る。


「今だ!早く討ち取れ!!」


私が叫ぶと、前衛2人も気を取り直し、振りかぶった剣を手近な犬に向かって振り下ろした。

宙に止まった標的に刃は綺麗に吸い込まれ、光の球体がぱっと生まれて散った。

残り2頭のうち1頭は、ようやく詠唱がつながった火炎魔法で生まれたテニスボール大の火球が頭を焼き、最後の1頭にはなんとか私が間に合って、剣を抜きざま斜め胴切りにできた。



……はあ……はあ…はあーっ……



つい今し方まで殺気が漲っていた森の中の小さな広場は、舞い散る無数の光の粒子と安堵のため息に充たされた。




「マジ、ヤバかったー!」


勇者達のひとりが、汗だくになった顔に満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。


「地震さんっ!」


……精神的に3歩ほどよろめいた。地震さんって……もしかして私の事だろうか?


「マジであっざーす!助かりっしたー!」


ガソリンスタンドの従業員のような明るさでぺこりと頭を下げてきたのは、前衛で剣をふるっていた大柄な青年だった。


「俺、銀竜っす。騎士目指してます。こっちはバステト、サムライ志望。あっちの魔術師がロキさん」


彼が指差しながら紹介すると、まず前衛のもうひとりが手をひらひらさせて会釈をし、それから座り込んでしまった後衛が口元で何かモゴモゴ言いながら、こちらに向かって首を少しだけ縦に動かした。


「即パーで森探索してて、ロキさん魔力切れってーから帰るとこだったんすけど!いきなりダーッと魔犬来て!マジ、パネェっすよ!」


……口の動きと聞こえる発音が一致しているから、彼が話してるのはたぶん日本語だと思うが、部分的に理解できない。

しかし、この銀竜と名乗った青年に私への敵意が無いことは良く解った。

多少……かなり興奮気味ではあるが。


「さっきのあれ、魔犬が全部ピキッて止まっちゃって?何てチートっすか!?すっげー!やっべー!マジかっけー!!」


私に飛び付かんばかりに興奮した銀竜は、これ全然少ねーけどお礼っす!と言いながら、私の手に魔晶石と犬の角を押し込んできた。

森の外で倒した犬のものより大きくて、巻貝のように緩くねじれた角に見とれていると、後ろから……チッ!……と忌々しげな舌打ちが聞こえた。


「おい、銀竜。次に余りが出たら俺の分け前って言ってたじゃんか」


大岩の前にへたり込んでいるロキが、やぶにらみでこちらをうかがっている。


「いやいや、余ってないっすから。ちゃんと人数分あるじゃないっすか」


銀竜が苦笑しながら頭をかいていると、ロキはまだ不平を鳴らす。


「だいたいさあー、他のパーティーの戦闘に割り込んでくるってマナー違反じゃん?後から来といてドロップ攫ってくとか、あんたもいい年こいて非常識……」

「ロキさん、地震さんに失礼っす!」


座り込んだままウダウダ言い続けるロキに、銀竜がぴしゃりと言い放った。


「地震さんが来てくれなかったら分配どころじゃなかったんすから、これは地震さんの正当な取り分っす!つか、むしろ助けてもらったお礼しねぇと!」


このパーティーで最年少と思われる銀竜くんは、日本語はスゴいが結構律儀であるらしい。

それにしても、私のしたことが救援ではなく、バトルへの割り込みと考えられる余地があったとは。必死で駆け付けたのが馬鹿みたいだ。


まあ、ドロップ品ならまた他で稼げばいい。

揉めるくらいならと魔晶石を返そうとすると、銀竜は倍する勢いでこちらに押し返してくる。


「……実際役に立つ魔法撃ったのは地震さんだしな……」


それまで黙っていたバステトという青年も、うっそりとこちらにやって来て、ドロップ品を私の手に強く握り込ませた。


「俺が役立たずだったって言いたいのかよ」


座り込んでいたロキが怒りも露わに立ち上がった。


「だから魔力切れって言ったじゃんか!?余裕持って早めに引き返そうっていうのに、てめえらゴンゴン先に行きやがって!」

「はあ?たった2〜3発ファイヤーボール撃ったくらいで弾切れになるくらいの奴が魔術師とか言うな!足手まといにも程がある」

「だあーーッ!もう、ふたりともいい加減にしてくださいよっ!!」


ロキとバステトの怒鳴り合いを銀竜が宥める。

3人パーティーが今や2対1に分裂しようとしている。彼らの従者達も不安げに遠巻きにしていた。

面倒に巻き込まれたくなかった私は、いっさいのドロップ品を返して立ち去ろうとしたが、銀竜達に止められた。


「いや!良くないっす!こうゆう事はきちっとしねーと!実際、魔犬が4匹で俺達も4人なんだから、分け前は石と角1個ずつでちょうど……」


そこで私はある事に気付いた。


「……4匹?黒犬は5頭いたんじゃないのか?」


銀竜の目が見開かれる。


「……最初っから4匹っすよ?」

「5頭の黒犬に君達が襲われてるビジョンを見た。ここに来たとき4頭だったから、1頭は君達が倒したのだとばかり……」


では、あと1頭はどこに!?


私達が顔を見合わせた時、


「キャアアアーッ!!」


凄まじい悲鳴に振り返る。

戦闘中に彼らが背にしていた大岩の上、ロキと従者の娘達が立ちすくむその頭上に、牙をむき、唸りをあげて辺りを睥睨する、禍々しく黒い巨体。どこに潜んでいたのか、先ほど倒した4頭よりさらに一回りは大きい黒犬が、目の前の獲物……ロキに向かって放物線を描いて飛びかかる、まさにその瞬間の光景が私達の視界に飛び込んできた。


「ロキっ!」

「ロキさんっ!!」

「逃げろーーっ!!」


抜刀して駆け出す銀竜とバステト。

私は再び犬を止めようと手を伸ばす……が、魔力の奔流は起こらず、かわりに私の全身を抗い難い脱力感が絡め取る。


……魔力切れ!?…こんな時に!……


腰を抜かしたようにへたり込むロキの真上に、黒犬の額の角が一直線に落下していくのを、私は為すすべもなく見ているしかなかった。

2012年2月27日 投稿

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