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出発

出陣式は聞いていたよりずっと時間がかかった。

私たち「勇者」は一旦教会中庭に集められ隊列を組まされたあと、広場まで行進させられた。

神殿と王城の間に広がる石畳の広場は大変な人出で賑わっていて、広場を取り巻く石造りの建物も窓という窓に人々が鈴なりになって、身を乗り出すように広場を見物していた。

王城側の一角に楽団が陣取り、笛や太鼓が二拍子の曲を奏でる中、神殿の正面門をくぐって「勇者」達が歩いてくると、爆発するような歓声が炸裂する。


……勇者様、万歳!

……王国、万歳!

……神に栄光あれ!


皆、口々に勇者を讃え、神を讃え、王国のいやさかを口にする。

人の声がシャワーのように降り注ぐ中を整然と行進するのは、なかなかに大変なものだ。

以前ニュースで見たことのある、革命が成功し独裁政権を打倒した国の民衆のお祭り騒ぎのような熱狂。

まるですでに魔獣は全て一掃された凱旋行進を迎えるような歓迎ぶりだ。


召喚を直接差配した教会や王家はともかく、民衆は「勇者」に対して純粋で強大な期待を抱いているのだろう。

この期待があるうちは、民衆も「勇者」に対して好意的でいてくれるだろう。

それは今後、魔獣退治の活動中に民衆と接触する機会が増えていく際に、「勇者」側にとって不利益にはなるまいと予想される。


しかし、私には彼らの手放しの熱狂ぶりはかえって危ういと感じられた。

なぜだろう。

単なる直感ではあったが、無邪気とも思える民衆の姿を見ているうちに、私は胸にじわじわと迫ってくる不快な感触をどうしても拭い去れずにいた。



「勇者」達の行進は王城前で止まり、ひときわ高いファンファーレが鳴り響くと、城のバルコニーに人影が現れる。

昨日、召喚の間の祭壇にいた銀髪の老王と王女、それに数人の身なりの良い人物だ。


……聖王国国王アンドロス14世陛下、エリューセラ王女殿下のおなーりー!


長いドラムロールのあとに甲高い呼ばわりが響き、老人がにこやかに右手を挙げると、民衆の歓呼の声が更に高まる。

老王の頭上の金の宝冠と、左手に握られた錫杖の先で黒紫に輝く宝玉が日光に煌めく。

王女の今日のいでたちは、頭や胸元をジャラジャラ飾る宝石の量は同じだが、着ているものは昨日とはうって変わって肌をきっちり覆い隠した清楚な白いドレスだった。

やはり昨日のストリップもどきのスケスケ衣装は、「勇者」向けのパフォーマンスだったのかと苦笑が漏れた。

周囲の群集を見渡しても、女性の服装は襟のつまった長袖に膝より長い丈のスカートが主流のようで、「勇者」に与えられた従者たちのように扇情的なビキニ姿は皆無だ。


あざとい真似を……


朗々と響く国王の勇者を讃える演説を聞き流し、私はますます王国に対する不信感を募らせていた。



王の後は王女、そのまた後はメタボリックな大神官とどうでもいい長演説が続き、その都度民衆の大騒ぎを聞いて、いい加減うんざりした頃にようやく出陣式とやらが終了した。

「勇者」達は整列を崩し、あるものはそのまま街中に散り、あるものは従者を呼び寄せてさっそく都市の外を目指す。

私は待ち合わせ場所にしていた神殿前に戻り、オリエ達を探した。

人でごった返す中を小柄な二人を探していると、ポンと肩を叩く者がある。


「先生!」


振り返ってみると、昨日再会したあかりの姿があった。

彼女は簡素なロング丈のワンピースに白っぽいマントを羽織り、長い木の杖と小さな丸い木の盾を持っていた。

笑顔の額の上ではサークレットの魔晶石が、穏やかな青緑の光をたたえている。

彼女は魔法メインでいくつもりだという。水氷と木生魔法が得意らしく、攻撃には水や氷のつぶてを飛ばす水氷魔法を使い、木生魔法で防御力を上げて戦闘を補助したり、傷の治療ができるのだという。

メインで戦うより他人のサポートに向いた適性のようだが、彼女らしくていいと思う。

第一、あかりのような優しげな女性が、刀剣振り回して魔獣を切り飛ばす姿など個人的にあまり見たくない。


「あら?先生は女に幻想持ち過ぎですよ。こう見えて私、結構好戦的なんだから」


あかりはにっこり微笑んで、軽く後ろを振り返る。

彼女の後ろに控えていた二人の従者は、穏やかな笑みを浮かべてそれに応えた。

あかりの従者は二人とも男性で、どちらもギリシャ彫刻のアポロン像のように見事な肉体美であった。


「ジェイドとアゲート。私のナイト達です」

翡翠ジェイド瑪瑙アゲート?」


よくご存知ですねと笑うあかりが、ついと私に近寄ってそっと耳打ちする。


「……以前の名前で呼ばれたくないというので私が付けた名前なんです。彼らの瞳がとても綺麗で宝石みたいだったから」

言われて金髪美男子達をよくよく見直すと、ジェイドは穏やかな碧緑色、アゲートは朱に近い明るい茶色の虹彩だ。

なかなかいいセンスじゃないですかと誉めると、あかりはぽっと頬を染めた。


そうこうするうちに無事オリエ達と合流し、私達はあかり達と別れて街中へ出ていった。

人に訊ねまくって防具店を見つけ、まずはオリエ達の支度を整える。

まずオリエにはさっき見たあかりの衣装に影響され、ロング丈のワンピースをと考えたが、オリエがそれでは動きにくいというので膝丈のスカートとブラウスの組み合わせにし、防具も兼ねて皮製のベストを付けてもらう。

クレオは手術着がたいそう気に入ったようで服はいらないと言うから、

そのぶん防具を充実させようということになり、私と同じ皮製の胴着を買った。

それと二人とも短ブーツを買い、そのまま着て帰ることにする。

所持金の銀貨20枚がほとんど消える羽目になり、二人はひどく恐縮していたが、ここで装備をケチって怪我などされる方がよほど嫌だからと説得した。

ようやく二人が納得した頃には、なぜか防具屋の店主夫婦が涙を流していて、装備一切の代金を銀貨15枚までまけてくれた上、防具が壊れたらいつでも格安で修理すると確約してくれた。

特に防具屋のおかみの機嫌は上々で、オリエの着付けを手伝いながら朗らかに話しかけていた。

「いくら従者だからってあんなあられもない格好で連れ回されて、若い娘が辛くないわけないんだ。まともな服を着せて怪我の心配までしてくださるなんて、今度の勇者様はちゃんとしたお方でほっとしたよ」


……今度はちゃんとした、という言い方に引っかかりを感じて眉をしかめていると、店主の方が気付いておかみの背中をつつき、おかみはハッと口を押さえて私の方に愛想笑いを向け、無理やり話題を切り替えようとオリエの髪を整えはじめた。

今度はちゃんとしていたということは、以前はちゃんとしていなかったということだろう。

魔法訓練のバルバラ教官は、十数年前にも大量召喚があったと言っていたから、おそらくその時召喚された勇者のなかには店主夫婦など一般市民から「ちゃんとしてない」と思われる者がいたということなんだろう。


「いいお方に選んでいただいて良かったねえ。しっかりお仕えするんだよ」

「……はい」


リボンはおまけだよと言いながら、おかみは手早く三つ編みにしたオリエの金髪を、スカートと同じ臙脂色のリボンで結ぶ。

服を着込み髪を整えたオリエは、ほんのり頬を染めて穏やかに微笑んだ。


店主夫婦に見送られて店を出て、私達はいよいよ王都の外を目指した。

聖王都は街全体を巨大な壁でぐるりと囲んだいわゆる城塞都市で、東西南北に大門を構えて軍隊が配置されている。

教会からは魔獣の多い北部方面を優先的に討伐するよう推奨されていたので、街中を移動する勇者達のほとんどは北門を目指して移動している。

北側が混雑するのは目に見えていたので、オリエ達とも相談して一番近い東門から街を出る。

門を守る兵士達に軽く会釈して、私達はついに魔獣を狩るため異世界の大地へと足を踏み出した。

2012年2月1日 投稿

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