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命火

窓の外でゆっくりと日が沈み、夕食の時刻を告げる鐘が鳴っても起き上がれずにいると、クレオが気を利かせて夕食を運んで来てくれた。

オリエに世話されて身体を拭き、着替えてからベッドに腰掛けて食事をとる。

昼食の時に出されたよりはほんの僅か具の多いスープと、ミートローフのような肉料理と温野菜、ロールパンとオレンジ、グラス一杯だけだがワインもついた。

疲れて空腹のはずなのに食欲がどうもわかず、スープとワインだけ口にして他には手をつけず、もし残り物でよかったらとオリエ達にすすめると、お互いに顔を見合わせた後、仲良く分け合って食べ始めた。


味付けは相変わらず塩分控えめで、昼間運動した身体にはだいぶ物足りない。

発汗が多かった者の中には塩分不足で具合の悪くなる者もいるかもしれない。

自分の食欲不振ももしかすると塩分不足のせいかもしれないなと思いながら、オリエ達にこの国の味付けについて、こんなに薄味なのが普通なのかたずねてみた。


オリエが言うには、もともと聖王都など都市部では農村部に比べて薄味が一般的だったけれど、ここ数年は塩自体がが品薄なために料理も薄味にならざるを得ないのだそうだ。

国内、特に聖王都周辺で使われる塩は主に岩塩で、大陸の北部の山岳地帯から産出されるのだが、現在大陸北部では魔獣が跋扈しているため、塩の生産も流通も滞りがちなのだそうだ。

海沿いの地方でなら海水から塩を精製しているそうだが、その量は少なく、聖王国に敵対する大陸南部に位置する帝国が工業用に買い占めることもあり、聖王国には入ってこないらしい。


帝国という単語が出たところで、聖王国とそれ以外の国や政治体制や聖教会以外の宗教について質問してみる。

これには主にクレオが答えてくれた。クレオは元神官見習いだったとのことで、昼間の講義では解らなかった疑問についてもそこそこ知識を持っていた。

ロールパンで肉汁をさらって食べながら、クレオは片手で器用に羊皮紙の地図を広げる。

西洋の古地図のような趣の真ん中にユーラシア大陸を思わせる大きな大陸が描かれ、その中央から北にかけては彩色と地名らしき文字が並んでいる。

しかし、他の部分は土地の輪郭と山谷や河川のみの白地図状態で、むしろ海に点在する島のほうがまだ書き込みが多いくらいだ。

クレオはまず彩色された部分をぐるっと指でたどり、これが聖王国の領土と言い、その中央にある赤い点と飾り文字を差して、ここが私たちが今いる場所、聖王都ですと言った。

聖王国とは山岳地帯を挟んで南側に広がる記載の無い部分は、百年程前、王国の政教一致体制に反発する一部貴族が住民を引き連れて移住し、貴族達の中から選出された皇帝が全体を治める帝政を布いているのだという。

帝国では、国が独自に認めた国教会が主に信仰されているようで、聖教会の信者は少数派らしい。

農耕や牧畜も営まれているが、豊かな鉱物資源を基に工業が発達しており、特に魔素を効率よく魔力に変換する魔道具の数々を生産するのだという。



大陸の西側の海沿いあたりと周辺に点在する島々は、少数民族による島単位の小国家で、諸島連邦と呼ばれているようだが、地形からも言語からも、雑多な宗教からもなかなか統一されず、連邦国家と呼べる勢力にはなりきれないらしい。



クレオの理路整然とした説明を受けて、ようやくぼんやりとだがこの世界のイメージがつかめたような気がした。


それにしても、元神官見習いだったとはいえ、まだ14歳になったばかりだというクレオの聡明さといい、傍らに控えているオリエの16歳とは思えない落ち着きや上品さといい、いったいこの姉弟はどういう素性の者だろう。

召喚の間での扱われ方から考えて、勇者の従者は事実上奴隷と大して変わらない身分のようなのに。


「君たちはどうして従者に?」


問うた途端に後悔した。

クレオもオリエも、質問の意味を理解すると同時にナイフで斬りつけられたかのように身を縮め、悲しげに美しい顔を歪めたから。

彼らが従者になるまでにはよほどの事があったのだろう。

慌ててふたりに詫び、忘れてくれと頭を下げると、クレオは涙を浮かべてそっぽを向き、オリエは悲しそうな顔に無理やり笑顔をのせて首を横に振った。


「気になさらないでくださいませ、勇者様。従者になる者は、もちろん勇者様方のお役に立ちたいと自ら志願する者もおりますが、訳ありの者が多いのも確かです」


食事の後の皿を片付けながら、呟くようにオリエが続ける。

勇者の従者になった者の多くは、窃盗や傷害などの罪を犯したり、貧しくて教会税を払えなくなったり、教会や貴族に逆らった者などが贖罪のために選択したものであると。


「……私たち姉弟は父親の罪に連座しました。私たちの父親は地方の中級神官でしたが、今回の勇者様方の召喚に反対の立場でしたので……」


そのまま言葉に詰まったオリエと、歯を食いしばって涙を流しているクレオの態度から、彼らの父親は教会に逆らった罪で投獄されたか、最悪の場合、すでに処刑されてしまったのだろうと予想はついた。


「辛い事を話させてすまなかった」


私が重ねて謝ると、ふたりは謝らないでくれと声を揃えた。

確かに不本意な形でなった勇者の従者ではあるけれど、姉弟を一緒に引き受けた私の従者であることはむしろ幸運だと思うから、と。


幸運なんだろうか?本当に?

強大な魔力をろくに制御出来ない、こんな私などが「勇者」でも。


「不甲斐ない『勇者』だけどよろしく頼むよ」


改めて深く頭を下げると、姉弟は慌てて私より深く頭を下げようとひざまずいた。

驚いた私はベッドから降りて彼らの前に膝をつき、それに恐縮した姉弟はさらに平伏しようと頭を床にこすりつけた。

しばらく三人でコメツキバッタのように頭を下げ合っていたが、ふいになんだか可笑しくなって笑いがこみ上げる。

笑いの発作は伝染するようで、ひとりが笑い出すと他もほどなく肩をふるわせはじめ、やがて三人揃って大笑いになった。

私も姉弟たちも、考えてみればとても笑えるような状況ではないのに、三人が三人とも床にベタ座りしたまま笑い続け、その状況の滑稽さがさらに笑いを誘って、私たちはいつまでも笑い続けた。

頭の隅を記憶がよぎる。人間どうしていいかわからなくなった時、なぜか笑ってしまうことがあるのだと。

誰の言葉だったか思い出せないが真実なんだなと、ぼんやりする頭で考えていた。



涙が出るまで笑った後、ふと窓の外の明るさに気付いた。

とっくに日が沈み辺りは暗いはずなのに、強い光が地平を照らすように湧き上がり、空へと拡散していくように見える。

ようやく立ち上がれるようになった私は、足に力を込めて壁を伝い、見かねたクレオ達の手を借りながら窓際に進んだ。

建て付けの悪い窓を押し上げて外を見やると、教会から数キロ離れたあたりにあるまばらな低木の林の向こう側に、巨大な炎が立ち上るのが見える。

火事かと思い慌てる私を、クレオがそっと押し留めた。


「火事ではありません、勇者様。あれは異世界から渡っていらっしゃったうち、残念にもお命を落とされた方々を弔うための送りの火でございます」


私たちが異世界へと渡って来たとき、同時に大量の遺体も漂着していた。その数は生きて流れついた人数よりはるかに多かったのだという。

確かに、私も救助船の上で引き上げられられるたくさんの遺体をこの目で見た。

「勇者」の数がおよそ千名。ということは遺体の数は数千…下手をすると万にも迫るほどなのかもしれなかった。

こうした漂着遺体をすべて集め、都のはずれで火葬にしている炎があれなのだと、クレオは目を細めながら教えてくれた。


燃え上がる炎は尽きることなく、火の粉を撒き散らしながら更に明々と立ち上る。

風にあおられてきらきらと舞い踊る火の粉は、昼間倒した魔獣が撒き散らした無数の魔素の輝きを連想させた。


申し訳なさそうにオリエが付け加える。

聖教会本来の弔いは基本的に土葬なのだが、とにかく遺体の数が多いので火葬にせざるをえないのだと。

私が元いた世界では火葬はむしろ一般的だったというと、ようやくふたりはほっとした表情になった。

ふたりがあまりに申し訳なさそうにしているところを見ると、彼らの宗教観からは火葬というのはあまり良い意味がないのかもしれない。


それでも、燃え上がる炎は綺麗だった。

尽きることない炎は、それこそ巨大な魔獣が魔素となって、輝きながら大気にに還元されていくように。


火葬の炎も、魔素の光も、かつて命であったものが消えていく際の最後の輝きなのかもしれない。


その夜、私たちは長い間窓際から炎を見ていた。

明日から始まる「勇者」としての暮らしを考えたら、少しでも良質な睡眠をとるべきだと解っているのに。

祈りの言葉を呟いて頭をたれる姉弟を傍らに、私は炎から目が離せなかった。

2012年1月23日 投稿

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