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プロローグ

※注意※大規模災害の描写があります。読みたくない方は飛ばしてください。

「そのとき」に関する記憶は酷く曖昧だ。


特に「そのとき」の直前まで自分がどこで何をしていたか、ほとんど思い出すことができない。


「そのとき」、一瞬にして世界は崩壊した。

何の前触れもなく大地が鳴動し、人も建物もカクテルシェーカーの中の氷のように振り散らかされた。

そして……信じられないほど大量の海水が、圧倒的な破壊力を持って全てを押し流す。

息も出来ず、洗濯機の中の古タオルよろしくもみくちゃにされて、上下左右の区別もつかないまま途切れる意識……



次の記憶は揺れる船の上。

ぴしゃぴしゃと頬を叩かれ重いまぶたをあげると、突然、目の前に突き出される異国人の顔。



「…………!」



解らない言語で何か叫んでいる異国人の、それでも表情はぱっと明るくなる。

やや遅れて、似たような容貌の異国人がわらわらと集まってきて、顔を拭かれ、温かいものに全身を包まれる。

そっと上半身が持ち上げられ、温かい飲み物が差し付けられて、それに反射的に口をつけると、周りからホッとしたようなどよめきが漏れた。



飲み物の器越しに暗くうねる海が見える。

波間に浮かぶ大量の瓦礫の中には燃えているものもあり、その明るさが照らし出す海面には、夥しい数の人間の肉体がそこかしこに漂っている。


異国人たちは手に手に長い棒を持ち、船の縁から暗い水面を探りながら、大声で叫び続けている。時折、引き上げられる人間もあるが、やがて頭まで大きな布に包まれて、整然と甲板に並べられていく。

さして大きくない船の上は、そろそろそをな包みでいっぱいになりそうだ。



……どうやら、大規模な災害が起きていて、異国人たちはその対応に追われる救助隊であるらしい。

そう思い至ったのは、捜索を断念したのであろう船が陸地へ向けて転進した時だった。


それにしても、どこの国の救助隊だろうか。

聞こえてくる言葉は少なくとも英語ではない。

服装も、救助隊や軍隊というよりはむしろ宗教的な、あまり活動的とは言い難い裾長いものだ。


横でさかんに話し掛けてくる異国人が、ふと思い出したように荷物の中から輪のようなものを取り出して頭にのせてくる。

額にヒヤリと金属が触れたとたんに、それまで全く理解不能だった言語が日本語に変わる。



「ごめんなさい、気がつかなくて。不安だったでしょう?もう大丈夫ですよ」



頷いてみせると、異国人は安心したように笑った。


「救助ありがとうございます。私は城之崎隆志きのさきたかしといいます。日本の○○市で医師をしています。何か救助のお手伝いができませんか」



思い切って話し掛けてみると、異国人たちはずいぶん驚き、私が医師である事を喜んでくれたようだが、残念そうに首を横に振った。


「気持ちは嬉しいが……あまり活躍していただく場面はなさそうだ」


異国人の視線の先では、またひとり水から引き上げられた様子だったが、今度もまた遺体だったようで、再び黒布で包む作業が始まった。

見たところ、船の上には怪我人どころか私以外に生存者はいない。

増えているのは遺体の包みだけだ。


むしろ怪我はないかとたずねられて首を横に振ると、与えられていた飲み物をもっと飲むように勧められた。

気持ちが落ち着くからと言われた事や、その後の引きずり込まれるような眠気を考えると、どうやらあの飲み物には鎮静剤の類が入っていたのだろう。その作用で多少の逆行性健忘が起きていたのかもしれない。



意識が遠のいていく最中、異国人たちの誰かのつぶやきが妙に耳に残った。


「……今回は大量だったな……」



災害の大きさに戸惑う救助隊員のつぶやきとして、その時はあまり気にならなかった一言。


しかし後に思い出した時、ふと内臓を鷲掴みにされたような気分にとらわれる。



あの言葉にはもっと別の解釈があるのかも知れないと。

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