神様と人でなし
ぼくは、おとうさんが大きらいです。
それは、おかあさんをいじめるからです。
この前は、近所の人が、見るに見かねて、おまわりさんを呼んでくれました。おとうさんなんて、いなくなればいいのに、ぼくはいつも思っています。
となりには、同級生の川崎大樹くんが住んでいます。大樹くんは、おとうさんとよく公園でキャッチボールをしています。家族そろって、いろんなところへも遊びに行く、仲良し家族です。ぼくの家族とは大ちがい。
そんなある日の夜、おとうさんが、またお酒を飲んで、帰ってきました。
「優斗、まだ起きていたのか。早くねろ」と言うと、ぼくを持ち上げて、ふとんがしいてある部屋に連れて行きました。
ぼくは、おかあさんが心配で、ふすまを少し開けて、見ることにしました。
「なんだ。その顔は」おとうさんが、おかあさんの座っている食卓のイスをけりました。
おかあさんは何も言いません。
「なんか言えよ」おとうさんがもう一度、おかあさんのイスをけりました。
「毎日、毎日いいかげんにしてください」
そのあと、おかあさんは、たくさんなぐられました。そして、おとうさんは、「もうつかれた」と言って、その場で寝てしまいました。おかあさんは、冷たいタオルで顔を冷やしながら、大きなため息をつきました。
それから数日後、おかあさんがぼくに言いました。「優斗、この家出ようか」
ぼくは大きく首をたてにふりました。
おかあさんの目の周り、化粧を厚くしているんですが、よく見ると、青黒くなっています。ぼくは、「おとうさんが出ていけばいいのに」と言いました。
「優斗の学校のこともあるし、それが一番いいんだけれど。それはぜったいに無理」おかあさんは首を横にふりました。
その時、おとうさんが帰ってきました。
「何をこそこそ話している、優斗早くねろ」
ぼくは急いでふとんに横になりました。
食堂からは、いつも通り、おとうさんがおかあさんを、いじめる音が聞こえています。
ぼくは上を向いて、手を合わせ、目をつむり、「神様、おかあさんを助けてください。おとうさんが悪いんです。いなくなればいい。神様、お願いします」と心の中でさけびました。
次の日の朝、学校へ着くと、すぐに先生がぼくに言いました。「おとうさんが交通事故にあわれたの、家に帰りなさい」
ばくが、走って、家に向かっていると、タクシーが横に止まり、おかあさんが出てきて、「優斗、乗って」と言いました。
ぼくとおかあさんが病院へ着くと、おまわりさんが、地下のひんやりとした部屋に案内してくれました。ポツンと置かれたベッドに人が横たわっています。
おわまりさんが顔にかけてある白い布をとりました。おとうさんでした。おかあさんは、「はい、まちがいありません。主人です」と静かに言いました。
ぼくとおかあさんは廊下に出ました。
となりの部屋の前の廊下のイスに、大樹くんとおかあさんが、座っていました。二人とも、声をあげて泣いています。
おわまりさんが、ぼくたちを、待合室と書かれた部屋へ案内し、「お宅のご主人は、歩道を歩いていたところ、後ろから、歩道に突っ込んできたトラックにひかれ、お亡くなりになりました」と言って、頭を下げました。
「川崎さんのご主人もですか?」おかあさんは小さな声で聞きました。
「ええ、そうなんです。川崎さんのご主人もお亡くなりになりました。お二人ともバス停へ向かわれている途中の事故でした。トラックの運転手が居眠り運転をしたようです」おまわりさんも小さな声で答えました。
おまわりさんが部屋を出て、しばらくすると、大樹くんとおかあさんが部屋に入ってきました。二人とも泣きつかれた顔でした。
大樹くんとおかあさんの、すすり泣く声だけが、ずっと聞こえています。ぼくは、神様にお願いしたことを、おかあさんに言おうかどうか、ずっと考えていました。
とびらをノックする音がして、おまわりさんが、若い男の人をつれて、部屋に入ってきました。男の人は、すぐに、両手を床について、「本当に申し訳ありませんでした」と頭を床にこすりつけました。
大樹くんのおかあさんは立ち上がり、「私はあなたを一生、許しません。あんなにやさしい主人をころすなんて、この、人でなし」と大きな声で泣きさけびました。
ぼくのおかあさんは座ったまま、「どうして居眠り運転なんかしたんですか?」と小さな声で聞きました。
「仕事がいそがしく、ほとんど、寝ていませんでした。本当にすみませんでした」男の人は、また頭を床にこすりつけました。
「もういいです。私たちはこれで」とおかあさんは言うと、ぼくの手をとって、「もう帰ろう」と言いました。
病院を出て、目の前にある大きな公園に入りました。桜の花びらがヒラヒラと舞い散っています。おかあさんはベンチの前で立ち止まり、「優斗、ちょっと座ろうか」と言って、ぼくたちはベンチに座りました。
おかあさんは大きな息をはき、「終わったね」と言いました。
「おかあさん、ぼく……」ぼくは言わずにはいられませんでした。「きのう、ぼく、おとうさんがいなくなるようにって、神様にお願いしたんだ」
「そうだったの」おかあさんの目が少し大きくなりました。
「だから、おとうさんが死んだのは、ぼくのせいなんだ」
「優斗のせいではないよ」
「ぼくがお願いさえしなければ……」
「優斗がお願いをしても、しなくても、おとうさんは亡くなる運命だったのよ」
「ごめんなさい。おかあさん」
「優斗があやまることはないよ」おかあさんは、ぼくの手をやさしくにぎって、「優斗はやさしいね」と言いました。
春の日差しを受けた、おかあさんの目には、涙があふれていました。
その時、急に風が強くふき、多くの桜の花びらが、ぼくたちに舞いおりました。
「結婚式のフラワーシャワーのようね」おかあさんはさびしくほほ笑み、「幸せになろうね」と言いました。
それから、おかあさんは、しばらく遠くをながめていました。
そして、「あの若い男の人が神様だったのかもしれないね」
と小さく、小さくつぶやきました。
ある人にとっての「神様」は他の人にとっては「人でなし」ということもあります。善と悪は相対的な面もあるということです。あなたが「人でなし」といわれていても、落ち込む必要はありません。誰かがあなたを「神様」と崇めているかもしれません。




