独りのドラゴンと独りのエルフ
あるところに、ドラゴンがいた。彼女は孤独であった。彼女が生まれた日は、ちょうど住む惑星に隕石が落ちる日で、同族も、他の生物もほどんど死んでしまったからだ。彼女が卵からかえった時は、彼女の卵より小さい生物ばかりであった。とはいえ、彼女はドラゴン。産まれた時から知識も、魔法も完璧であった。彼女は、外の世界へ当てもなく飛んでいった。
あるところに、エルフがいた。彼女も孤独であった。とはいえ、彼女には家族はいた。ただ一時は繁栄に繁栄していたエルフも、勢い衰え彼女の知る同族の多くも長い長い生の後、死を迎えただけである。彼女は旅をしていた。その長い生の暇を埋めるように。
そうして、あてもなく世界を見つめる二人は出会った。
山奥の滝の奥の洞窟の中で。
暇だな。
ラナは変わりのない辺りを見回す。
ドラゴンが住み着く洞窟に、近寄るもの好きな生物なんてそういやしない。
ここ十年、住処にしている洞窟もいつも変わらず、水の音を反響させる。
退屈だが、面倒事もない変わらない日々である。
また、眠りにつこうとしたとき、茂みの擦れる音がした。
「こんな大きな生物初めてみたよ」
あまりに、警戒心の欠片もない声に呆れ半分に声のする方を振り返った。
「こんにちは。あなた、もしかしてドラゴンって呼ばれてる類の生き物だったりする?」
無警戒な小さい生き物は手を振って笑顔を向けた。
ドラゴンは退屈していたので面白半分で、その生き物の形に姿を変えて答えた。
「そうね、ドラゴンかもしれないわ」
「凄い、変身したっ!」
「これくらいは造作もないわよ」
ドラゴンのエルフは、オレンジがかった朱色を腰まで伸ばしどこか気だるげな印象のあるエルフであった。
「そう、私はリラよろしくね!」
リラは満面の笑みで言った。
リラは、明るい金髪が肩のところで切りそろえれ明るい印象のあるエルフであった。
「こんなところで何をしているの?」
「私はあなたがなんでこんなとこに来たのかの方が、疑問よ。私はここに住んでいるだけ」
「そうなんだ、わたしはね旅してるの。仲間はみんな、いっちゃったしすることないの」
「へぇ。それに、あなた、私のこと怖くないの?私を見た者はみんな、逃げるわよ」
「怖くないよ、だってあなたを襲おうとしなかったでしょう?そういうのは、年の功で分かるの」
「年の功ってあなた何歳なの?」
「乙女に歳を聞くのはご法度でしてよ!それと、”あなた”じゃなくて”リラ”って呼んで。ねぇ、ドラゴンさん、名前はなんていうの?」
「名前はないわ。私、産まれた時から一人だもの」
リラは不思議そうに首を傾げた。
「知らないわ。授かった記憶では同族はたくさんいたらしいけど、私が卵からかえったときにはもういなかったの」
「そう…、じゃあ、わたしが名前付けてもいい?とびっきりかわいいの!」
ドラゴンは名前の必要性も感じなかったが、断る理由も思いつかなかった。
「別にいいけど」
「じゃあ…、ラナなんてどう?」
「いいわ、えっと、リラ」
「うん!よろしくね、ラナ!」
それから、リラはラナの住む山で生活を初め、寝るときはラナの洞窟の端で寝るようになった。
最初は、そうしているだけだったが、だんだんとリラはラナに小さなお願いをするようになった。
高いところにある果実をとってくれとか、あの獣を捕まえる手助けをしてくれとかそういうのだ。
ラナはなんだかんだ言いながら、背に羽を生やし取ってやったり、魔法で一撃入れてやったりした。
季節が一周巡ったころリラは荷物をまとめ始めた。
「何処か行くの?」
「うん、もっとラナといたいけど、わたし季節が一周したら必ずその場所を旅立つようにしてるんだ」
「なぜ?」
「うーん。そうね、変わっちゃうからかな。エルフってほら命が長いから。愛着を持ったところが変わっていくのは、ちょっとつらいから離れるようにしてるの」
「私は、変わりもしないわよ。ドラゴンだもの」
リラは、少し目を見開いたがすぐに寂しげな笑みを浮かべた。
「それでも、やっぱり周りは変わるわ。それに、世界全部を巡ってみたいし」
その、笑みはラナの心を波立たせた。
ラナはなんだか後悔するような気がした。
「ねぇ、着いて行ってもいい?リラの旅」
ラナは、なぜだか激しくなる鼓動を感じながらリラの顔を伺った。
リラは何かを耐えるような顔でラナを真っ直ぐ見つめていた。
「嫌なら、いいのよ。その、リラは始めて言葉の通じた生き物だから嬉しくて、その…」
ラナは顔を反らしながら呟くように言った。
「嫌な訳ないわ、嬉しい!居なくならない旅仲間ができるなんて!」
リラは満面の笑みを浮かべてラナの手を握った。
それから、二人はいろんなところに行った。
ゆっくりと流れる互いの時間は何百年経っても、あまり変わることはなかった。
ラナを背に乗せてやって遥か遠くに行ってみたこともあったし、リラの小さな魔法を教えて貰うこともあった。
ただ、当てもなく気の赴くまま旅をした。
でも、その時間も呆気なく終わった。
ラナが食べ物を探して戻っていた時、リラは血を流して倒れていた。
ヒトがそこに居た。
ヒトなんて最近、産まれた生物の癖にリラの命を奪ったとでもいうのか。
ラナは沸々と何かが湧き上がってくるのを感じた。
ただ、その辺にいる生き物全部を蹂躙した。
ラナはそれでもドラゴンだ。
力は有り余っていて、尽きることはない。
ドラゴンの姿に戻ったラナは呆然と翼を広げて飛んだ。
辿り着いたのはあの洞窟であった。
ラナはそれから元の生活に戻った。
毎日何もない、ただ辺りも眺めるだけの生活に。
−−−−−−−
ただ、その日は違う感じがした。
目が覚めて、いつもはまだ眠たいはずなのにやけに冴えていた。
匂いがした。
とても懐かしい匂いだ。
その匂いに誘われてラナは翼を動かした。
着いたのは、小さな鳥の何の変哲もない巣であった。
ラナは姿をその青が綺麗な鳥に変えて巣の近くに降り立った。
巣に居た鳥が飛び立った隙に、近づくと巣には卵があった。
ラナは、これはリラなのだと思った。
何となくだ。
でも、絶対にリラだと思った。
ラナは、鳥の姿でリラを見守った。
きっと、リラは自分を分からないだろうと思ったから遠くで、今度はリラが死なぬまま天寿を全う出来るように。
そうして、ラナは新しいリラが産まれてくるたび、密かに見守るようになった。
リラは、時にはミミズであったりもしたし、時にはクジラであったりもした。
−−−−−−−
今回もその日が来た気がして、ラナは洞窟から這い出て翼を広げた。
いつもはヒトの居ないところの方が多いが、今回はヒトのたくさんいるところであった。
リラがヒトに殺された時から、ラナはヒトがあまり好きではなかった。
それに、ヒトは騒ぎ立てるため認識阻害をしっかりとかけなければ近づけないのも厄介であった。
リラが居たのは、四角い建物の中であった。たくさんの仕切りがあってリラを見つけるのはかなり難解であった。
やっと見つけらリラは小さなヒトの子であった。
ラナは一旦、リラの家族が住む部屋の隣の部屋に住むことにした。
ちょちょっとその部屋の住人の記憶を操作して引っ越させ、大家の記憶も書き換えた。
その殺風景な部屋のど真ん中で、どこからともなく取りた椅子に鎮座した。その椅子には、なにやら数字の書いてある紙が括られてあるが気にしない。
壁を透視し、耳を澄ませ隣の部屋の様子を伺う。
どうやら、リラの家族は母しかいないらしい。
リラはすぐ泣いた。
その度に、母は慌てふためいて抱き上げたり、ミルクをあげたりしていた。
ラナは、それを眺めながらリラは無事か不安に思った。
ラナの見てきた親は皆、ここまで慌てはしなかったのだ。
リラは夜も泣いた。
その度に母は起きてあやしていた。
どんどんくたびれていく母に、ラナはますます不安になった。
ラナは自分が育てようかと思った。
だが、すぐに断念した。
ラナはリラの生きた回数ぶんリラの親を見てきた。
そのまま、野に放つ親もいれば、丁寧に育てる親も居た。
子の生は親の振る舞い方で変わるのだと知ったのだ。
一度、リラの親が死んだことがあった。
病なのか理由は分からないが。
ラナは、心細さげに鳴いているリラを見ておけず食べ物をやり、一緒にいてやった。
ラナはずっとリラと居られるのが嬉しくて堪らなかった。
でも、リラはラナから離れる方法が分からないかのようにずっとラナの後ろをつけてきた。
ラナも一人で生きる方法の伝え方も知らなかった。
自分は産まれた時から知っていたのだから。
結局、そのリラはラナの側で静かに寿命を生きた。
それが、ラナは嫌だった。
ラナは自由に世界を渡り歩いていた、あの底抜けに明るいリラが好きだったから。
だか、リラのヒトの母はどんどんボロボロになっていく。
それも、また嫌であった。
リラの母はまた、ラナに生きる意味をくれる者でもあるのだから。
悩んだラナは、リラの夜泣き、宥めることにした。
微睡みの中のリラなら、気付かれることもないだろうと思ったのである。
リラが夜に泣きそうになると、ベランダの窓からするりと入り、リラを抱き上げた。
そして、リラにかつて教えてもらった、良い夢を見る魔法をかけて寝床に戻す。
それだけである。
リラはラナが抱き上げると幼い声を出して、ふにゃりと笑う。
それがとても可愛くてリラは大好きになった。
リラはだんだんと大きくなった。
リラの髪の色は、かつてのリラと一緒の明るい金であった。
母は黒髪なのに不思議なものである。
ラナは、リラが、あのリラとそっくりで愛おしくて堪らなくなった。
夜泣きの回数は減り、ラナがこっそり隣の部屋に行く回数も減った。
本当はもっと近くで見ていたいし、触れていたかった。
でも、どれだけ親しくなってもリラはすぐ居なくなってしまう。
また、寂しい思いはしたくなかった。怖かった。
こうやって、遠くで見ているだけでいいと思っていた。
それなのに、今はずっとリラの近くにいるあの母が羨ましくて仕方ない。
殺風景な部屋で一人、慌ただしい部屋を眺めている夜に、心が沈んだ。
今日もリラを観察していたとき、やっと最近歩き始めたリラが派手に転んだ。
大きな大きな泣き声が、耳を澄ませたラナの頭に響いた。
ラナは堪らなくなって、隣の部屋に突撃した。
ラナはリラを抱き上げ、癒しの魔法をかけた。
大泣きしていたリラも、痛くなくなると満面の笑みを浮かべた。
その笑みは、かつてのリラそっくりである。
そして、リラはラナを見つめて言った。
「らぁーあぁ?」
ラナは泣きそうになった。
「うん、ラナよ。久しぶりね、リラ」
そして、リラの母を振り返って言った。
「リラを一緒に育てさせてはくれないかしら」




