「桜は嫌いだ」エピローグ。
フロントガラスから首都高速湾岸線の高架が見えた。
ここからだと海に浮かんでるように見える。
波面が陽射しにキラキラと光っている。
名前も知らない鳥が飛んでいた。
会社は海縁の倉庫街にある。
トラックターミナルや、いろんな会社の倉庫があったりする地域だ。・・・・・・江戸時代から延々と埋立地として拡張してきた場所だ。
会社から海に向かって行けば、何本もの舗装もされていない路があった。さらに進んでいけば雑木林があったり、名もない・・・・誰も知らない広場がいくつもあったりした。
草むらに囲まれた、海を見下ろせる高台にGTRを停めていた。
広さはテニスコート1面くらいか。
海側にはフェンスが張り巡らされていて、海辺には降りてはいけない。・・・・それでも東京湾が見渡せた。
「お父さんって・・・・・本当に桜が嫌いだったんじゃないかな・・・・・嫌いってか・・・もっと複雑な・・・・」
助手席の茜が言った。
・・・・・え・・・?
「カァ君が言う、カッコつけだけじゃないような気がするんだよね・・・・・」
小学校を転校する時・・・・
「好きだ」
茜に告白できなかった・・・・・それでも、勇気を振り絞って住所を聞いた。・・・・住所を交換した。
ボクは手紙を出せなかった・・・・ウジウジとして手紙を出せなかった。
そのうちに、助け船のように茜が手紙をくれた。
小学校・・・・中学校・・・・手紙のやりとりが続いた・・・・電話のやりとりが続いた。・・・・・映画も一緒に観に行った。
高校生になって、ボクが告白して正式に付き合いだした。
・・・・・「桜」は日本の象徴だ・・・・日本軍の象徴だ。
「死んだら靖国の桜で会おう」
そういって兵士たちは戦った・・・・そして死んでいった。
ウチは職業軍人の家系だ。
父も幼くしてそう覚悟したに違いない。
父は桜のように生きることを覚悟していた。
桜のように短く散ることを自分の人生と決めていた。
・・・・・・しかし、日本は敗れた。敗戦国となった。
そして、不本意な生き方を強いられる。
生きることは・・・・生き続けることは楽なことではない・・・・美しいことではない。
長男としての重圧・・・・当主としての重圧・・・・父としての重圧・・・・積み重なっていく借金・・・・
決して美しく散ることが許されない人生だった。・・・・パッと散れることがどれだけ楽なことかを知らしめられた・・・・
生き抜くことは耐え続けることだった。
「桜は嫌いじゃ」
・・・・それは、桜のように美しく生きられなかった自分。吐き捨てた言葉ではなかったか。
あるいは、桜を軍の象徴・・・・戦争の象徴として見たのか・・・・
祖父の人生・・・・父の人生は戦争に翻弄されたものだった。
・・・・戦争を憎んだ言葉だったのかもしれない。
「愛憎」
ボクが、父を愛し・・・・そして憎んだように・・・・複雑な思いがあった言葉なのかもしれない。
青いグローブ・・・・・父さんのグローブをはめてボールを放った。
茜が青いグローブで受け取る・・・・・子供用のボクのヤツだ。
「懐かしいなぁ・・・・青いグローブのカァ君・・・・モテモテだったもんね・・・・カッコよかったもん・・・・あの頃から大好きだった」
弾ける笑顔。
言いながらボールを投げ返す。
真っ白なサマーニットのノースリーブ。パステルピンクのロングスカート。
女の子にしては珍しくオーバースローで投げてくる・・・・それも、板についた投げ方だ。
ボクは就職で東京に来た。
茜は進学で東京に来た。・・・・今では看護師になっている。
人望のあった茜は、中学校、高校の同窓会幹事をやっている・・・・・ボクとは違って、お盆、正月には徳島に帰っている。未だに地元の友達は多い。
そんな繋がりから幸弘を捜し出してくれた・・・・守の実家に連絡して墓地の場所も教えてもらってくれたんだった。
GTRにもたれて夕日を見る。
海を見る。・・・・・微かに潮の匂いがする。・・・・・でも、徳島とは違う匂いだ。
手を繋いでいる。
相変わらず茜の方が背が高い・・・・・10cm・・・・ヒールを履かれればもっとの身長差だ。
一緒に歩けば、捕まった宇宙人みたいになってしまう。
・・・・・それでも、茜と手を繋いで歩くのが大好きだった。
いや・・・
茜の全てが大好きだった。
学校で虐められていた時・・・・東京でご飯が食べられなくなっていた時・・・・全ての時間、救ってくれたのは茜の存在だった。
茜がいなければ、ボクはとっくに人生の道を踏み外していただろう。・・・・人生は終わっていただろうと思う。
「今度はわたしも連れて行ってよね・・・・・明石海峡大橋・・・・一緒に行きたいんだからね」
・・・ああ・・・今度は一緒に徳島に帰ろう。
茜のお父さんお母さんに挨拶に行かなきゃな・・・・
そして、母にも・・・弟にも会ってもらう・・・・もちろん父の・・・祖父ちゃんの墓前にもな。
「茜・・・愛してる・・・・全部にありがとうな」
見つめ合った。
手と手、指と指を絡ませた。
ボクの大好きな茜の笑顔。夕日に輝いていた。




