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「埋まったジグソーパズル」手甲の秘密。



自衛隊を辞める・・・・職業軍人を辞めた父。



・・・・不本意だったに違いない・・・・


それでも、一家の主として「当主」として、必死に、必死に、力いっぱい必死に働いていたんだろうと思う。



飲み終えた缶をゴミ箱に捨てた。


・・・・まだ、先は長い。

ストレッチをして身体を伸ばす。


トラックに乗り込む。


運行スケジュールのボードを取り出し、時間を記入した。

休憩時間から何から、事細かに指示書に書かれている。確認の記入をしていく。

全ては安全運転のため、運転手の健康のためだ。


リストバンドを外して助手席に転がした。


・・・・左手首に傷跡がある・・・4cmくらいの傷跡がある。


キーを回してエンジンをかける。

・・・・走り出す。

本線に合流していく。


左車線に大型トラックがコンボイを組んで走っている。

コンボイとは、大型トラックの隊列のことをいう。

大型トラック、長距離運転のトラックは、安全運転のためもあって高速道路上でまとまって走ることが多い。

単独で、全ての注意を背負って運転するより、隊列に身を任せて走る方が精神的にも楽ができる。

長距離・・・しかも大型トラックだ。大きな緊張感をともなう。

緊張感を持続させるためにも、なるべく疲労が少ない方法をとる。

それに、大きなトラックの後ろを走る方が、風よけにもなって燃費も良くなる。

仕事としての運転だ。燃費を良くすることも運転手の力量だ。


会社も違う。行先も違う。・・・そんな知らない者同士が、トラックが、一時の隊列を組んで走行していく。



・・・・父もこんな風に高速道路を走っていた・・・・・深夜。ボクが、運転席の後ろのベッドで眠っている間にも父は運転していた・・・・


コンボイの最後列に加わった・・・・



父は優しい人だった。


しかし、優しさは弱さと紙一重だ・・・・

正義感が時に悲劇を生むように、優しさも時に悲劇を生む。



・・・父の生活は過酷すぎたのではなかったか。



全ての財産を奪われた、没落した一族の当主。

広い屋敷の維持費・・・・親弟妹の生活・・・・毎年、毎月、いったいどれだけの費用が必要だったんだろう。


・・・・そのための・・・過酷な長距離トラックの運転手としての激務。

おそらく、かなりの無理をしていたんだと思う。


時代は高度成長期だ。

今みたいに運行管理がしっかりしている時代じゃない。

今は、休憩時間も、運行距離さえしっかりと管理される。走り過ぎが法によって罰せられる時代だ。


父の時代は無理をしたはずだ。

ましてや、父は自分のトラックだった。・・・・ボクみたいな会社員じゃない。

なおさらに無理を重ねたはずだ。



父は優しい人だった・・・・


だからこそ、日々、忍耐の連続だったのではないか・・・・

仕事の重圧・・・・・名士の「本家」・・・・その家長としての重圧・・・・しかも戦後は「名士」とは名ばかり・・・・実質は「分家」に肩を越され・・・ただ、没落した「火の車」となった家計・・・・その長男でしかない。



・・・・ボクは、父の失敗によって・・・家の没落によって学校で「虐め」を受けた。

父にも、同じような経験があったんじゃないかと思う・・・・周りの人間に掌を返されたことが・・・裏切られたことがあったんじゃないかと思う。


転校した小学校の担任から聞いた。・・・・ボクが生まれる以前の屋敷には舞台があった。・・・それほどまでに広い屋敷を、一家は手放していた。

・・・その屋敷は、ゴンの・・・今は、分家の工場になっている場所だ。あの広大な建物だ。


・・・そうなんだ・・・ウチの没落は父に始まったことじゃない。


「敗戦」は祖父の代だ。農地解放は祖父の代の話だ。

祖父が戦争から帰ってきた時に、GHQの農地解放によって、全ての田畑を奪われた。

祖父は、生活のために・・・父をはじめ子供が多かった・・・なのに仕事は見つからない・・・生活費を作るために家屋敷を手放した・・・新興勢力として、権勢を誇りつつあった分家へと広大な屋敷を手放した。それによって当面の生活費を工面した。


父と、ゴンの父・・・叔父とは同じ歳だ。同じ学校に通っていた。


・・・父にもボクと同じことが起こっていたんじゃないかと思う・・・・

担任の話し方から、微妙な雰囲気を感じとっていた・・・・


ずい分と、父と叔父は比較されたらしい。

没落していく本家のボン。

昇り龍のごとく権勢を誇る分家のボン。


父がどれだけ努力をしても叔父には、学業も、運動も敵わない。

トラック運転手として独立・・・・運送会社を設立したとて、焼け石に水・・・なんとか生活を維持するだけで手一杯。本家の威光なぞ保てるはずもない。分家の権勢には遠く及ばない。



サービスエリアに入る。

トラックを停めた。


食堂で昼メシとする。

カレーとラーメンのセットにした。

大型トラックの運転は体力を使う。荷物の搬入、搬出・・・・ましてや、夏の炎天下の作業では体力の消耗が激しい。

・・・じゃあ、運転中は楽かと言えば・・・・・運転中は神経が消耗する。

乗用車の数倍もの大きさの車体だ。ほんの少しの気の緩みが取り返しのつかない事故を招く。



食後にベンチに座って缶珈琲を飲んだ。

ジーンと痺れたような脳がほぐされていく。


運行管理に決められた休憩時間をとって、再び走り出す。



・・・・・父の、人生の楽しみって・・・・何だったんだろうな・・・・


・・・・外に飲みに行く人じゃなかった。・・・・家で飲んでるだけの人だった・・・長距離の旅に出て、帰ってきて寝て・・・起きたら、また旅に出る生活だった。・・・・飲み屋に行く人じゃなかった。女がいる飲み屋に行く人じゃなかった。

ギャンブルもしない人だった・・・・パチンコ、麻雀、競馬、競艇・・・一切のギャンブルに手を出さない人だった。


父の楽しみとは、仕事終わりの一杯の酒だけではなかったのか。

母の餃子を肴に酒を飲む。

阪神タイガースのナイターを観ながら酒を飲む。

・・・・それだけが、父の唯一の楽しみではなかったか・・・・



祖父は厳しい人だった。

ボクには甘い祖父だったけれど・・・・さすがに元軍人・・・死線をくぐってきた人だ。父には厳しい人だった。

長男である父には、尚更に厳しい人だった。

おそらく、「家」の難局を乗り越えるための、若き当主への叱咤激励の意味もあったんだろう。


・・・・しかし、父に心の休まる時間はあったんだろうか・・・


・・・・そんな時に、ただひとりだけ、たったひとりだけ父を誉めそやす人物がいた。・・・・義理の父だった・・・母の父だった。

義理の父だけは、娘の婿ということもあったんだろう・・・・逆境から・・・・「名士の御曹司」という立場にもかかわらず、自ら現場作業・・・トラックの運転手となり、そして、トラックを増やす、仕事を増やして運送会社を設立していった父を誉めそやした。

訪ねれば、上げ膳、据え膳でもてなした。

父にとって、義理の実家は、この上なく居心地のいい場所になっていった・・・・



没落した「本家」をなんとか持ちこたえさせるだけの人生・・・・


父は・・・その全ての重圧をひとりで背負い・・・・背負いきれずに酒に逃げたのではなかったか。


・・・・もちろん許されることじゃない・・・・だからといって母を殴っていい理由にはならない・・・


・・・・それでも、父が背負った重圧は・・・・歴史に翻弄されて、国の命運に翻弄されての重圧は、一人の人間が背負うには、あまりに過酷なものではなかったのか。

父、一個人を「悪」とするには、あまりに父を追い詰めすぎではないのか。




家を没落させた後・・・父が事業に失敗した後・・・父は、左手に手甲をするようになった。



人生には、ある瞬間に、頭にあるいくつかのピースが繋がることがある。

繋がり、ひとつのジグソーパズルが完成する時がある。



・・・・守が自ら命を絶った。

手首を切っての自殺だった。



ボクのハンドルを握る腕・・・左手首に4cmほどの傷跡がある。

もちろん自殺を図ったわけじゃない。

仕事中、資材の納品をしていた時に・・・・ビニール紐で括られた資材・・・紐を切ろうとしたカッター刃が手首をかすめた。スパッと4cmほど切れた。肉のない部分だ。パックリと手首が切れた。・・・・肉がないから血も出なかった。・・・あと5mmずれていたら血管を切って大変な事態になっていた・・・

ガーゼを当てて包帯を巻いた。トラック運転手をしていれば「怪我」はつきものだ。その中では大した怪我じゃない。・・・ただ、手首という場所が場所だ・・・治った後、ハッキリと浮き出た傷跡は自殺未遂の跡にも見える。・・・余計な憶測を呼びたくない・・・・それ以来、リストバンドで隠すようになった。


リストバンドと父の手甲が重なった・・・・


守のナイフの滲みと白木の日本刀の滲み・・・・



・・・・白木の染み・・・・白木の血痕・・・

夜逃げをした後・・・小学生の時に見た・・・屋敷で見た白木の日本刀・・・・染みの付いた白木の日本刀・・・赤茶けた染みの付いた布団・・・・そこに寝ていた父・・・


・・・・頭の中のピースが見事に繋がった。ジグソーパズルが完成した。



家が没落してから・・・廃墟に引っ越してから、父は姿を現さなかった。


自殺未遂だった。

そして、重度のアルコール依存症・・・・ふたつの治療のために施設に入院していたのだった。




運転席から、遠くに山々が見えた。

夏・・・・それでも東北の夏は、どこか爽やかだ。

気がつけば先頭を走っていた。

後ろに10台近い大型トラックが続いていた。

コンボイを組んで走っていた。



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