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「白鞘の染み」一族の悲願。



・・・・別の箱を開けていく・・・

大きな葛籠の箱だ。・・・・これにはどこかで見覚えがあった。


壺だの茶碗だのが入っている。・・・・祖父から引き継いだものか。


見慣れないものが出てきた。


・・・軍帽だ。・・・・ふたつ。


一つは黒く鍔のついたもの。もうひとつは・・・・映画なんかで見たことのある、水兵が被っている鍔のついていない物。真っ白なものだ。

・・・・鍔のついたものは古い・・・上半分が白色だ。・・・・プラモデルを造っていたからわかった。これは海軍の軍帽だ。

傷というのか・・・痛んでいる。・・・汚れている。白い部分に汚れと変色がある・・・

水兵の帽子は比較的新しく感じた。



物音に起きたのか、二段ベッドから弟が出てきた。

トイレに行って・・・・冷蔵庫を開けて麦茶を飲む。


・・・・弟がやってきた。


「・・・・これ何・・・?・・・・誰の・・・?」


誰にともなく言った。

珍しそうに軍帽を手に取っている。

母は水兵の帽子を手に取った。



・・・・さらに箱の奥・・・・日本刀が出てきた。真黒の鞘。茶色の柄巻・・・ほぼ真黒に汚れている。


この日本刀には見覚えがあった・・・・

・・・遠い日・・・・そうだ・・・あの日・・・・


父の酒乱・・・・母と、弟と自転車で家を逃げ出した・・・

・・・・その数日後・・・ボクは、弟のオモチャとプラモデル・・・・グローブを取りに屋敷に戻った・・・・家は荒れていた・・・そこかしこの押入れが開け放たれ・・・・そこで布団で寝ていた父を見た。


その枕元・・・開け放たれた段ボール・・・そして、この葛籠の箱があった・・・・そこで、この日本刀を見た。


ウチは武家の出じゃない。豪農とはいえ農家でしかない。・・・・なぜに日本刀がある?・・・単なる骨董品取集なのか・・・・そのわりには鞘の傷、柄巻の汚れが気になった・・・・生々しさがあった・・・・使用してできた傷のような生々しさだ・・・



「それは、祖父ちゃんのや。祖父ちゃんが戦争に持って行った刀や」


母が言った。


・・・・・祖父から戦争の話を聞いたことがなかった。

戦争に行ったという事実だけは聞いていた。・・・・それ以上は何も聞いていない。



母から話を聞く・・・・・

祖父は戦争に行っていた・・・・しかも海軍兵学校卒だった・・・つまりは当時のエリートだ。



ウチは職業軍人の家系だった。



・・・・知らなかった。



一族は「豪農」として、この地を治めていた。・・・・豊臣政権の検地の時代に地位の確定がなされ、徳川幕府によって絶対的な権力を手中にしていった。


・・・・しかし・・・いつしか・・・一族には、豪農としての成功・・・それとは別の悲願が生まれる。

それは「武家」になるという悲願だった。


封建制度の時代。

日本の人口、大多数は農民だ・・・・85%だと言われる。・・・・その大多数を支配していたのが、わずか10%にも満たない武士階級だった。


「武士」とは、世の中の支配階級であり、特権階級だ。・・・ウチは「豪農」「庄屋」ともてはやされたところで被支配階級であることに変わりはない。・・・・どれだけ財力、権勢を誇ったとて、支配階級の木端役人にすら対等に物が言えない立場だ。

おそらく長い歴史の中で、幾度となく被支配者階級であることでの理不尽さを経験したんだろう。


一族は、名実ともに支配階級となること、「武家」となることを悲願とした。


・・・・もうひとつは「武士」という戦闘集団・・・国家を守るために「命を賭す」という階級への憧れもあったのだと思う。



・・・・それを緊急避難的に実現・・・幕府が、そんな農民たちを利用したのが「新選組」だ。

新選組には農家出身の血気盛ん、国家を憂いた「意識の高い」若者が大勢いた。


封建制度の時代。農家という・・・その身分というだけの理由で「国家運営」には参加できなかった。

「倒幕派」にも、「幕府派」にも与できない・・・・選択権がない、自らの意見・・・行動すらが起こせない存在ということだ。


明治維新とは、所詮は、日本の人口10%に満たない、武士という支配者階級たちの権力闘争でしかない。コップの中の嵐でしかない。・・・・大多数の国民の・・・農民の意思とは無関係の、たった10%弱の支配者階級の中での覇権争い、クーデターでしかない。


倒幕派に追い詰められた幕府は、緊急避難として、幕府を擁護する農民の若者たちを利用することを思い立つ。

武士の人口は、国家の10%弱でしかない。・・・・そのほとんどは藩に属している。新たに幕府が雇用できる求職者は少ない。一気に幕府擁護の戦闘集団を増やすには、蚊帳の外に置いていた農民から徴用するのが手っ取り早い。


ここに、「武士」に憧れを持つ農家の若者が殺到した。・・・・あるいは、食い詰めた武士階級の三男、四男といった若者たち。


局長の近藤勇からしてが農家の出身だ。


近藤は、新選組が戦い破れ、最後を迎えた時、「武士らしく」武士の作法として切腹で果てることを望んだ。

しかし、倒幕派によって「農民らしく」単なる罪人として斬首に処されている。

武士階級によって「お前らは農民だ!被支配者階級だ!」と、罵倒する行為だ。・・・・近藤が「武家」であったなら、礼をもって切腹に処せられただろう。


・・・・いずれにしても、これほどまでに「武家」という階級は得難いものであり、得難いがゆえに羨望、悲願となったのだろう。


幕末には、商家が武家に・・・・名字帯刀を許されるということはあった。・・・大名に貢献があった商家が名字帯刀を許された。金で地位を買った・・・・しかし、農家が武家へと、名字帯刀を許されるというのはなかなかに難しい。



「武家」への悲願。「帯刀」への悲願。



・・・・そこに明治維新が起こる。幕府の崩壊が起こる。


「武家」への願望をもっていた一族は、新たな政府の職業軍人へとなることで、その願望を叶えようとした。

長男、当主を職業軍人とすることで、新政府の「武家」とならんと考えた。


羨望した「武家」の象徴とは「帯刀」だ。

軍人として「帯刀」することが悲願だった。


徴兵されての一兵卒では帯刀は許されない。そのため、曾祖父の代から職業軍人として士官となり、帯刀を許されるようになった。


祖父は、代々の家業として、職業軍人の道へ・・・帯刀を許される士官への道として海軍兵学校へと進んだ。



箱から祖父の写真が出てきた・・・・婚礼のものだ。

海軍の白い詰襟。軍服姿、刀を持った若く凛々しい祖父の隣で花嫁衣裳をまとった祖母が写っていた・・・・祖母はボクが生まれる前に亡くなっている。


ボクにとって祖父は「好々爺」でしかない。・・・・孫にとっての優しい祖父さんでしかない。・・・・しかし、写真の中の祖父は武士の顔だった。常に死を覚悟した男の顔だった。


・・・・確かに、おかしなことはあった。

祖父は、工場の職工でしかない。

毎日、工場で、作業服で、汗にまみれて仕事をしていた。毎日碍子を造っていた。


・・・・しかし、ひとたび、家に帰った時の佇まいには、凛としたものがあった。背骨がすっと伸びた美しい所作。佇まいがあった。

そして、歩く姿だった。

歩く姿に無駄がなかった。直線的であり、角は直角的に曲がった。あれは軍人の所作だったのだ。

・・・・あの姿こそ、祖父の本来の姿だったのだ。



・・・・そして、もう一枚、小さな白黒写真が出てきた。


ひとりの男が写っている。

腰に両腕を添え、仁王立ちのように立っている。水兵の軍服だ。・・・・足が長い。

そして、誇らし気な笑顔だった。・・・頭に被っている水兵の帽子が母の手元にあるのと一致した。


父だった。・・・・・ボクの全く知らない父が写真の中にいた。


海上自衛隊時代の写真だという。

・・・・知らなかった。父が海上自衛隊にいたことは全く知らなかった。



・・・・そうか・・・・そうだったのか・・・日本帝国海軍の祖父・・・・そして、海上自衛隊・・・・父が戦艦模型ばかりを作り続けた意味は、これだったのか・・・・

更に言えば、模型作りの腕前。

父の造る戦艦は・・・・鉄は鉄に見えた。甲板は木材に見えた。

これらは、全て、実物を知っているからこそできたのではあるまいか。

実際に、自分の目で、手で触ったものであるがゆえに、そのリアリティーを表現できたのではないか。



子供は、自分の生まれる前の両親を知らない。

どうやって生きてきたのか、どうやって出会ったのか・・・・



弟が、珍しそうに、祖父、父の軍帽を、日本刀を手に持ち見ている・・・・


・・・・箱の奥底に、もう一本の日本刀が見えた・・・・


この日本刀も、あの遠い日に見た・・・・


白鞘の刀剣。

・・・・祖父の日本刀とは違い白鞘だった。・・・・そして、白鞘が汚れていた。

取り出そうとした・・・白鞘が酷く汚れていた・・・・染みだ・・・何かの染み・・・・


・・・・遠い記憶・・・・父の枕元・・・・白鞘が汚れていた・・・・染みは、今よりも鮮やかだった。

あの時、幼かったボクには「染み」の意味がわからなかった。

・・・・布団の赤茶けた染みの意味も・・・・


母の顔色がサッと変わる。・・・・見逃さなかった。・・・・母と眼が合う・・・・



弟は、興味深げに、父の造ったプラモデルを見ている。



確信した。白鞘の染みの意味を確信した。

母と心の中で頷き合った。・・・・白鞘の日本刀、取り出さずにそのまま箱に戻した。



・・・弟には気づかれたくない・・・・


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