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「食べればいいじゃん」

作者: 今野
掲載日:2026/04/17




 ダイエットの初日、私は替え玉を三回した。行きつけのラーメン屋だった。クーポンの配布により、まんまと乗せられてしまった。


 ネクタイをほどき、スーツを脱ぎ、アーノルドシュワルツェネッガーのような体を目指そうと、腕立て伏せと腹筋を繰り返した。我ながらよくできたものである。しかし徹底しきれない。コンビニでササミを買おうと家を出て、気づいたらラーメンを啜っているのである。


「まあ、初日だから……よく頑張ったから……」


 とお腹を慰めるが、脳の中のアーノルドシュワルツェネッガーは


「What are you doing?」


 と責め立てる。私は貴方のようにムキムキにはなれないよ。もう30半ばの私は、ビール腹であって、ろくに女も抱いてこなかったから、ひどい非モテだった。結婚も諦められず、しかし努力をするのは面倒だった。せめて筋トレをして、男らしさを獲得しようともこのザマだった。


 私はラーメン屋を後にし、せめてランニングしようと帰路を遠回りした。仕事の疲労と、筋トレの疲労。重なって体を重くさせる。走ろうという気持ちも、道程も用意されている。それなのに走れない。


「What are you doing?」


 シュワちゃんが責め立てる。ビカビカと光る筋肉は、私の脂肪を見下している。脂肪は高慢に、「何がいけないのか?」とふんぞり返って、私の腹に安住していた。だめだ。こいつを追い出さねば。


 音楽をかけて自分のギアを上げる。歩く速さが増して、段々と走っていく。汗が出てきて、ラーメンが胃の中で暴れた。


「good」


 ありがとう。シュワちゃん。


「more!」


 筋肉をいじめ抜け。私は自分のトップスピードで走った。胃からラーメンが出てきそうになる。脂肪が怯えていた。俺ももしやこの体から追い出されるのではないか、と。そうだ、お前は不当に私に住み着いている。家賃を払うか、退去してもらおう。


 ぐったりと疲れて、家に戻ると、私はまず水を飲んだ。グビグビと喉が鳴る。ラーメンの匂いがゲップとして出て、鼻から抜けると、自分の口の臭さに辟易した。


 鼻が効いてくると、自分の口臭に加え、汗臭さと、加齢臭に気がついた。私はふと、自分は努力するもなにも、もうすでに私の消費期限が過ぎているのではないかと思った。


 どれだけやっても無駄なんじゃないか、とシュワちゃんに聞いた。それは君自身が決めることだと返答される。


「じゃあ私はもう終わりだ。独身デブを楽しむよ」


 ヤケクソになってビールを飲んだ。最初からこうすればよかった。諦めていれば楽しむ余裕が生まれる。ひどいもんだ。けれど、足掻くよりも嬉しいものだった。脂肪が焦りから解放される。


「な? 食べればいいじゃん」


 ああ、そうさ。食べて飲めばいいのさ。ビールを飲むと、普段よりも美味い。運動したおかげだな。




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