弟子入り志願と甘い毒、そして静かに忍び寄るバグ排除の足音
ボスの魔石を回収し、なんとか自宅へ逃げ帰った俺を待っていたのは、静寂ではなく、さらなる混沌だった。
「佐藤蓮! 俺を弟子にしてくれ!!」
翌朝、玄関を開けた瞬間に土下座をしていたのは、昨日「一生かけて超える」と宣言して去っていったはずの颯だった。
「いや、無理です。教えられることなんて何もありません」
「謙遜はいい! あの『あえて転んで攻撃を誘発する』技術、俺も習得したいんだ!」
「技術じゃないって言ってるだろ!」
そんな押し問答をしていると、横から「ちょっと、邪魔よ」と鋭い声が響いた。
紬が、なぜかエプロン姿で立っていた。
「蓮、今日は二人で素材採取に行くって言ったでしょ。この暑苦しいのは放っておいて、早く行くわよ」
紬は颯をゴミを見るような目で一蹴すると、俺の腕を強引に引いた。
凪と湊は、今日は別の調査があるとかで不在。……つまり、あの勝ち気な紬と二人きり?
向かったのは、色とりどりの薬草が咲き乱れる、比較的安全な第五層。
だが、紬の様子がどこかおかしい。
「……アンタ、昨日みたいな無茶はもうしないでよね」
周囲に誰もいないことを確認した彼女の声は、いつになく小さく、震えていた。
「運がいいからって、死なない保証はないんだから。……アンタがいなくなったら、私、誰に文句を言えばいいのよ」
「紬さん……?」
不意に、彼女が俺の服の裾をぎゅっと握りしめた。顔は真っ赤で、目は泳いでいる。
これが巷で噂の『デレ』というやつか……? と、俺がドギマギしたその瞬間。
ダンジョンの空気が、一変した。
スピーカーから流れてきたのは、音楽ではない。
耳を刺すようなノイズ。まるで、再生中のレコードを無理やり逆回転させたような、不快な電子音。
それは、令和のヒット曲たちが奏でる「調和」を真っ向から否定するような、悪意に満ちた音の奔流だった。
「――見つけたぞ。世界の秩序を乱す『エラー項目』」
茂みの奥から現れたのは、全身を漆黒の法衣に包んだ、感情の読み取れない仮面の集団だった。
「我々は『因果調整機構』。佐藤蓮。貴様の幸運は、この世界のバランスを崩壊させるバグだ。よって――ここで削除する」
「なっ……!? 蓮、下がって!」
紬が咄嗟に火炎魔法を唱えようとした。だが、ノイズが激しくなると同時に、彼女のマナが霧散していく。
「無駄だ。我々の領域では、あらゆる『期待値通りの結果』は発生しない」
絶体絶命。
最強の魔法使いである紬が封じられ、攻撃力10の俺が残された。
仮面の男たちが、音もなく距離を詰めてくる。その手には、因果を断ち切るという黒い刃が握られていた。
俺は、恐怖のあまり腰を抜かした。
「ひ、ひぃぃっ! 助けてくれー!」
逃げようとして、案の定、根っこに躓く。
だが、その無様な転倒こそが、世界を書き換える「神の指先」だった。
俺が転んだ拍子に、背負っていたカバンの中から、昨日颯からもらった『お近づきの印の超激辛せんべい』が飛び出した。
それが、敵のリーダーが振り下ろした刃の「溝」に完璧に挟まる。
「……なっ!? 刃が止まった……だと!?」
さらに、俺が地面をのたうち回った拍子に、一輪の「枯れかけの雑草」を引き抜いた。
それが、実はこのエリアの防衛システムを司る『大地の神経』だった。
――グォォォォォン!!
突如として、地下から巨大な土石流が発生。
因果調整機構のメンバーだけをピンポイントで飲み込み、遥か遠くの「毒沼エリア」へと押し流していった。
「ば、バカな……!? 我々の計算を、こんな稚拙な動きで……ぐわぁぁぁぁ!」
静寂が戻る。
不気味なノイズが消え、スピーカーからは**再び、今最も勢いのある「逆境を笑い飛ばすポジティブな応援歌」**が流れ始めた。
「……あ、助かった?」
俺が呆然としていると、紬が震える足で立ち上がり、俺を思いっきり抱きしめた。
「バカ! バカ蓮! あんな至近距離で受け流すなんて……どれだけ心臓に悪いのよ!」
「いや、今のは本当にただの転倒で……」
「うるさい! もう離さないんだから! 死ぬまで私がアンタの護衛(監視役)なんだからね!」
その頃、ネットの掲示板はさらなる地獄(お祭り)と化していた。
【緊急】転倒聖者、謎の黒ずくめ集団を『せんべい一枚』で撃退www
801:名無しの探索者
おいおい、今のライブ映像見たか?
黒い刃をせんべいで受け流すとか、どんな物理演算だよwww
805:名無しの探索者
しかもその後の土砂崩れな。
あれ、あいつがわざと地面を蹴って地脈を暴走させたらしいぞ。
ギルドの専門家が「神業を超えてる」って泣いてた。
810:名無しの探索者
もうこれ、佐藤蓮に勝てる奴いないだろ。
運とか実力とか以前に、あいつがいるだけで世界が「蓮に都合良く」書き換わってんじゃねーか。
820:名無しの探索者
≫810
まさに『万象幸運』。令和の生ける伝説だな。
自宅に戻った俺は、紬に抱きつかれたままの腕を見つめ、スマホで自分の悪評(好評価)を確認して絶望した。
実力はない。やる気もない。
それなのに、仲間は増え、敵は自滅し、ネットでは神格化される。
俺の「不幸」な日常は、まだ始まったばかりだった。




